7 / 30
第三章
第一話
しおりを挟む
二人とも、授業が終わって、俺はいつもとは違う路線の電車に乗っていた。
帰宅ラッシュと重なって、俺たちは窓際に追い詰められている。でも紫ノくんは僕の壁になるように立ってくれていた。
「紫ノくん、ごめんね」
イヤホンの片耳を貸してくれて、一緒に音楽を聴きながら、俺は人に揉まれている紫ノくんに小声で謝った。紫ノくん、きっといつもなら端によって、自分の方に人が寄って来ないような位置に立っているのだろうな。でも俺がいるから、少しでも乗り心地がいいようにとスペースをくれているのだ。
俺の右肩の上くらいの壁に手をついて、紫ノくんは意外にもきっちりと筋肉のついた腕で、自重を支えていた。
「別に、平気だよ」
「でも、人混み嫌いでしょ?」
「うん」
「だよね。降りたらスーパーでも寄って帰ろう。俺奢るよ。夕飯作るから」
「費用折半ならいいよ」
紫ノくんの提案に、俺は頷いた。こうやって俺を守ろうとしてくれる紫ノくんに俺ができることがあるなら、してあげたかったのだ。
そしてなんとか俺たちは電車を降りると、紫ノくんに案内してもらいながら、俺は知らない街を歩く。
「図書館、家から十分のところにあるんだ」
「ええ、紫ノくんめちゃくちゃ嬉しいんじゃない?」
「うん、嬉しい」
それから紫ノくんは、裏路地を歩く猫に名前が七つあることなどを教えてくれた。ぶち、と紫ノくんは呼んでいるらしい。黒縁メガネをしているような模様があるから、というのが理由だそうだ。
「紫ノくんの実家からここまでどれくらいあるんだっけ」
「一時間くらい」
「遠くもなく、でも近いとも言えないね」
「電車で来れる距離だし、車で行けば、もうちょっと早いよ」
そんなことを話しながら、俺たちはスーパーに辿り着いた。
「ここ、形が崩れてたり、賞味期限が近い商品を売ってる店なんだ。でも別に形が崩れてても味は一緒だし、消費期限を過ぎてるわけじゃないから、僕はここ、使ってる」
「へ~、こんなとこあるんだ」
店の外に並べられた野菜や果物は、よくみて見れば確かに形が崩れていたり、奇妙な育ち方をしているものもある。でも値札を見れば、俺は目を見開いた。
「五十円!?」
「ね、安いでしょ」
「うん、すごい安い。マジかあ、俺、ここに通おうかな……」
「僕と一緒に暮らす?」
「うん。……うん?」
俺は紫ノくんを見た。紫ノくんはどこ吹く風でカゴを持って、中に入っていく。もしかして俺は、外堀から埋められようとしているのだろうか。
(いや、気持ちを強く持て、田手日生! お前は一人の男だ。染崎紫ノに人生を左右されるなんて、そんなこと、あってはならない!)
俺は呼吸を整えると、さっさと中に入っている紫ノくんの背を追った。
店の中、並ぶ商品は確かに一見不良品に見えるけど、紫ノくんはいつもここで買い物していると言う。他の買い物客もみんな当たり前の顔で規格外の玉ねぎを取っていたり、伸び過ぎた大根を手にしている。
俺は途中から、商品の形なんて気にしないで、必要な材料を買った。豚バラ炒めのもとも安かったから買った。今日は豚バラ大根だ。今日使うんだから、別に賞味期限が近ろうが困らない。
「良いとこだね、ここ。本当に家の近くに欲しい」
「じゃあ、俺と夕飯、時々食べてよ。材料費出すからさ、その代わり、作って」
「マジ? 良いよ。今日の俺の料理の腕前見て言って」
「わかった」
そして俺たちは会計を終えると、二人で帰路に着く。
階段を登って、坂道をのぼって。
荷物はいつの間にか、紫ノくんが持っていた。俺は最初、手を伸ばしたけど、ひらりとかわされてしまう。
「紫ノくん、今度は俺に持たせてね」
「今度があるの?」
「え、あ」
俺は肯定したら良いのか否定したら良いのかわからなくて、黙った。
でも紫ノくんはそんな、曖昧模糊な俺を追い詰める。
「自分を好きだって言ってる男の家に簡単に来るなんて、日生くんってたまに考えてない時あるよね」
「いやだって、それは紫ノくんの家だから……!」
「わかってるよ。でもそれって俺のこと、意識してないってことだよ」
俺は黙った。意識していないわけじゃない。でも、やっぱり安心感がある、というところはあって。今のこの瞬間指摘されるまで、俺は紫ノくんに襲われるなんて考えたこともなかったし、紫ノくんが男であることも、忘れていた。自分に性欲を抱く存在であることを。
……いや、抱いているのか? 俺とキスしたいとか思うのかな。
「紫ノくんはさ」
「うん」
全然スマートに聞けない。紫ノくんは冷静に見えるのに。
「あー、えっと、あのー、キスしたいとか、思うの? 俺と」
「そうだね」
「そ、そっかぁ」
なんでもないように頷かれて俺は坂道を登りながら、別の意味で顔を赤くしていた。
どうして紫ノくんはこんなにも冷静に、自分の心のうちを明かせるのだろう。俺なんか、こんな質問されたらてんぱって誤魔化そうとするか、もじもじするか。どちらにせよ、ちゃんと答えられる自信はない。
俺はどうにか紫ノくんの余裕を崩したくて、空いている手に手を伸ばしてみる。
小指を握った。すると、俺が見上げていた背が振り返った。
夕焼けに照らされて、その顔色はわからなかったけど、でも、多分。
帰宅ラッシュと重なって、俺たちは窓際に追い詰められている。でも紫ノくんは僕の壁になるように立ってくれていた。
「紫ノくん、ごめんね」
イヤホンの片耳を貸してくれて、一緒に音楽を聴きながら、俺は人に揉まれている紫ノくんに小声で謝った。紫ノくん、きっといつもなら端によって、自分の方に人が寄って来ないような位置に立っているのだろうな。でも俺がいるから、少しでも乗り心地がいいようにとスペースをくれているのだ。
俺の右肩の上くらいの壁に手をついて、紫ノくんは意外にもきっちりと筋肉のついた腕で、自重を支えていた。
「別に、平気だよ」
「でも、人混み嫌いでしょ?」
「うん」
「だよね。降りたらスーパーでも寄って帰ろう。俺奢るよ。夕飯作るから」
「費用折半ならいいよ」
紫ノくんの提案に、俺は頷いた。こうやって俺を守ろうとしてくれる紫ノくんに俺ができることがあるなら、してあげたかったのだ。
そしてなんとか俺たちは電車を降りると、紫ノくんに案内してもらいながら、俺は知らない街を歩く。
「図書館、家から十分のところにあるんだ」
「ええ、紫ノくんめちゃくちゃ嬉しいんじゃない?」
「うん、嬉しい」
それから紫ノくんは、裏路地を歩く猫に名前が七つあることなどを教えてくれた。ぶち、と紫ノくんは呼んでいるらしい。黒縁メガネをしているような模様があるから、というのが理由だそうだ。
「紫ノくんの実家からここまでどれくらいあるんだっけ」
「一時間くらい」
「遠くもなく、でも近いとも言えないね」
「電車で来れる距離だし、車で行けば、もうちょっと早いよ」
そんなことを話しながら、俺たちはスーパーに辿り着いた。
「ここ、形が崩れてたり、賞味期限が近い商品を売ってる店なんだ。でも別に形が崩れてても味は一緒だし、消費期限を過ぎてるわけじゃないから、僕はここ、使ってる」
「へ~、こんなとこあるんだ」
店の外に並べられた野菜や果物は、よくみて見れば確かに形が崩れていたり、奇妙な育ち方をしているものもある。でも値札を見れば、俺は目を見開いた。
「五十円!?」
「ね、安いでしょ」
「うん、すごい安い。マジかあ、俺、ここに通おうかな……」
「僕と一緒に暮らす?」
「うん。……うん?」
俺は紫ノくんを見た。紫ノくんはどこ吹く風でカゴを持って、中に入っていく。もしかして俺は、外堀から埋められようとしているのだろうか。
(いや、気持ちを強く持て、田手日生! お前は一人の男だ。染崎紫ノに人生を左右されるなんて、そんなこと、あってはならない!)
俺は呼吸を整えると、さっさと中に入っている紫ノくんの背を追った。
店の中、並ぶ商品は確かに一見不良品に見えるけど、紫ノくんはいつもここで買い物していると言う。他の買い物客もみんな当たり前の顔で規格外の玉ねぎを取っていたり、伸び過ぎた大根を手にしている。
俺は途中から、商品の形なんて気にしないで、必要な材料を買った。豚バラ炒めのもとも安かったから買った。今日は豚バラ大根だ。今日使うんだから、別に賞味期限が近ろうが困らない。
「良いとこだね、ここ。本当に家の近くに欲しい」
「じゃあ、俺と夕飯、時々食べてよ。材料費出すからさ、その代わり、作って」
「マジ? 良いよ。今日の俺の料理の腕前見て言って」
「わかった」
そして俺たちは会計を終えると、二人で帰路に着く。
階段を登って、坂道をのぼって。
荷物はいつの間にか、紫ノくんが持っていた。俺は最初、手を伸ばしたけど、ひらりとかわされてしまう。
「紫ノくん、今度は俺に持たせてね」
「今度があるの?」
「え、あ」
俺は肯定したら良いのか否定したら良いのかわからなくて、黙った。
でも紫ノくんはそんな、曖昧模糊な俺を追い詰める。
「自分を好きだって言ってる男の家に簡単に来るなんて、日生くんってたまに考えてない時あるよね」
「いやだって、それは紫ノくんの家だから……!」
「わかってるよ。でもそれって俺のこと、意識してないってことだよ」
俺は黙った。意識していないわけじゃない。でも、やっぱり安心感がある、というところはあって。今のこの瞬間指摘されるまで、俺は紫ノくんに襲われるなんて考えたこともなかったし、紫ノくんが男であることも、忘れていた。自分に性欲を抱く存在であることを。
……いや、抱いているのか? 俺とキスしたいとか思うのかな。
「紫ノくんはさ」
「うん」
全然スマートに聞けない。紫ノくんは冷静に見えるのに。
「あー、えっと、あのー、キスしたいとか、思うの? 俺と」
「そうだね」
「そ、そっかぁ」
なんでもないように頷かれて俺は坂道を登りながら、別の意味で顔を赤くしていた。
どうして紫ノくんはこんなにも冷静に、自分の心のうちを明かせるのだろう。俺なんか、こんな質問されたらてんぱって誤魔化そうとするか、もじもじするか。どちらにせよ、ちゃんと答えられる自信はない。
俺はどうにか紫ノくんの余裕を崩したくて、空いている手に手を伸ばしてみる。
小指を握った。すると、俺が見上げていた背が振り返った。
夕焼けに照らされて、その顔色はわからなかったけど、でも、多分。
0
あなたにおすすめの小説
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
【2025/11/15追記】
一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
自分勝手な恋
すずかけあおい
BL
高校の卒業式後に幼馴染の拓斗から告白された。
拓斗への感情が恋愛感情かどうか迷った俺は拓斗を振った。
時が過ぎ、気まぐれで会いに行くと、拓斗には恋人ができていた。
馬鹿な俺は今更自覚する。
拓斗が好きだ、と――。
【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
続編・番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる