変態が紳士~憧れの堅物団長から「罵ってくれ」と迫られています〜

水瀬かずか

文字の大きさ
8 / 73

婚約者1

しおりを挟む
 期待に応えたわけでもないのに、うっかり罵ってしまい、さらなる期待を団長に与えてしまった、グラシアナ・ソレル、二四歳。
 今日も団長からの求愛が気持ち悪い。

「……いいな、今日も最高の切れ味だ、愛しの婚約者殿……」

 喋ってないのに勝手に読むし。最低なことこの上ない。
 うっとりと見つめてくる団長は、今日も最高に気持ち悪い。だが顔はいい。
 思考を読んだ団長が、ニコリと笑顔を浮かべる。団長の笑顔は貴重だけれど、それで許すとでも思っているのかな。

 バルドメロ・オルティス三十二歳。出身は武門として名高いオルティス伯爵家の長男。団長になる際、伯爵位も継いでいると聞く。噂では、家の方は前伯爵にまかせていて、今は軍務優先にしているだとか聞くが、詳しくは知らない。
 名門貴族出身で、魔術騎士団長の肩書きを持ち、国王からの信頼も厚い。

 彼の私生活はほとんど知られていないが、未だ独身。貴族ご令嬢のみならず、女官や侍女達が彼の妻の座を狙っているが叶っていない。
 優良物件と言うには、実際のところ団長は適齢期を過ぎている。十代でほとんどが結婚する適齢期の貴族女性たちからすると「おじさま」と呼ばれる年齢だ。でもそれも、いざ本人を前にすると、中年という印象は拭われるだろう。いささか貫禄がありすぎるけど、それも含め、好意的に思う令嬢も少なくない。かっこいいおじさまだとか、大人の男性枠だ。

 そんな目の前の彼が、私の婚約者だ。
 いやだ、怖い。
 結局あれから、私は団長の婚約を結ぶことになってしまった。
 挙げ句、ただいま同居中だ。婚家への行儀見習いという名目で団長の家に居候している。団長の知られざる私生活を、望んでもないのに毎日目にしている。
 団長の生活が意外にも質素だったのは、幸運だった。曰く、本邸のように大仰だとかえって仕事の邪魔になるかららしい。住み込みの使用人は片手で足りるし、屋敷も小さかった。私の実家より、ちょっと小さいぐらいだ。でなければ怖くて泣いてしまうところだった。

 あの日、私が呆然として頭が働かないのを良いことに、勢いでそのまま婚約が成されてしまい、住居も移されてしまった。
 時々変態モードのセリフをぶっ込みながら話を進める物だから、その度に内心でつっこみを入れていたせいで口車に乗せられた。
 普段ならそんなことはあり得ない。だって、私は不要なことは言わないから。でも団長は心を読んで会話を成立させちゃうから、いつものように対処ができなかった。
 気がつけば団長のお屋敷に連れて行かれ、使用人達に「よろしくお願いします」と挨拶していた。

 そう、つまり、彼は私を嵌めて婚約に持ち込んだクズだ。

「嵌めるなどと、人聞きの悪い……」

 朝食のさなか、心のなかで悪態をつく私に、目の前で一緒に食事をとっている団長が苦笑する。それにちらりと目を向けてから、私は心の中で反論した。

 人聞きだなんて、声にすら出してないのに誰が聞くと。
 少し眉を下げて微笑む団長を、私は無表情のまま睨みつける。

 あれ以来、私にだけはやたらと笑うようになって、笑顔の希少価値感はだだ下がりである。
 そもそも思考が読めたのなら婚約の必要なんてないと思うの。

「必要ないだなんてつれないな。俺が罵って欲しいのは……君だけだ」

 最後の一言はキメ顔だったが、それを口説き文句と思っている時点で気持ち悪い。

「今日も突き刺さる一言が最高だ……」

 うっとりしないでください、気持ち悪い。
 本当に知りたくなかった、憧れの上司の性癖。せめて普通に口説いてくれたら……と、願わずにはいられない。
 溜息をこっそりとつく私に、団長がにこやかに指摘する。

「そんなことをすれば、恐れ多いと逃げるだろう?」

 ……それは否定できない。

「何よりこれが重要なのだが」

 彼は言葉を切ると、真剣な面持ちで重々しく口を開いた。

「表向きの顔で普通に口説いたら、罵ってもらうのは不可能じゃないか……!」

 ゲスい。
 完全に計算してやがるじゃないですか……。
 無言のまま、心の中で罵り続ける私に、団長がにっこりと笑う。

「目的のためには手段を選ばない主義なんだ」

 最初に嫌われたら、意味ないでしょう……。

「そうでもないな。むしろそのほうが、今後少しでもまともな素振りをすれば、落差でいい人に見えるものだ」

 にやりと団長が楽しげに笑う。
 は? 最初の印象がよすぎたので、現在ひたすら下落しておりますが?

「理想を押し付けられた状態と比べると、格段にいいだろう?」

 いえ、私は団長に理想を押し付けて生きていたかったです。

 私の心の呟きに、団長がくはっと吹き出した。
 最低すぎる。
 ふてぶてすぎる様子に怒る気力がつい削がれてしまう。
 とっさに顔を背けたのは、思わず笑いそうになったからだ。


 私は、団長のやったことを許したくなかった。
 力のある者が自分より弱い者を口八丁で丸め込んだり、権力や力で物をいわすという行為が、私は最高に嫌いだ。女は特にそれに従うしかない社会だ。高潔だと思っていた人が、高潔さの欠片もない行為を自分にしてきた事に、心底嫌悪感がわく。
 反面、いやなことを無理強いされている感じはなく、団長とのやりとりの気安さは今までになかった楽さすらある。
 なんなら団長とは関係のない王城での日常の方がずっと理不尽に溢れている。

 その違和感が上手く飲み込めない。
 私はもっと怒っていいはずなのに、それほど腹が立ってないことが、なんか悔しい。
 グルグルと渦巻く言葉にならないもやもやを堪えていると、団長が耐えきれないように胸元を抑えた。

「……っ、君の正論が胸に痛い」

 団長が苦しげながらも恍惚とした表情を浮かべている。

 それは、そんな顔をして言う言葉じゃないです。

 思わず心の中で突っ込んでしまうと、団長は打ち抜かれたかのように身体を震わせ、うっとりと熱い吐息を盛らした。

「俺は君のそんな健全な心を、心から好ましく思っている。……最高だ」

 表情と内容の乖離がエグい。変態が絶好調すぎて憎しみが止まらない。
 その癖して、まぶしそうに私を見つめる目は、以前と変わらぬ高潔さや誠実さが垣間見える。だからこそ、なおのこと最低だと思った。

 朝食のおいしさだけが、私の心を癒してくれた。おいしいもの万歳。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

お見合いに代理出席したら花嫁になっちゃいました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
綾美は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、お見合いの代理出席をする為にホテルへ向かったのだが、そこにいたのは!?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...