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攻防2
しおりを挟む「このまま君を組み伏せてしまうのも一興。体だけでも私のものにしてしまうのも、悪くない。……グラシアナ、一緒に気持ちよくなろうか」
いたぶるように笑った顔に、ぞわりとした恐怖が膨れ上がる。
いつもと違う団長の様子が、これは本気だと伝えてくる。
なぜ? 団長が、どうしてこんな事を?
今までそんな素振りはなかった。なんだかんだと揶揄うだけなのを肌で感じていた。
どうして、こんな事を、急に……。
「男が惚れた女を抱きたいと思うのに、理由は必要ないだろう?」
自分の口からわずかに漏れた吐息が、震えていることを知らせてくる。
それを気付かれたくなくて、わずかに残る怒りを奮い立たせて団長を睨んだ。
惚れただなんて、よくもそんなことが言える。好きならば抱いてもいいと? 相手が望んでいないのに? 私の気持ちを踏みにじるのは構わないと? 嘘つき。
「君も望めばいい」
こんな力尽くのやり方、許せるわけがない。
怒りなのか、恐怖なのか、頭の中が熱くなる。
おちつけ。雰囲気に呑まれるな。冷静さを失うな。
息を数度ゆっくりと吐き出し、震える喉元を落ち着かせる。声を、震わせたくなかった。
「いやです」
「……そうか、残念だな。だが君は私の物だ。かわいそうに、逃げられない」
笑みを浮かべて見据えられ、そして強引にすぐ側のソファーにそのまま押し倒された。
その間、私は、なんの抵抗もできなかった。
その場から移動する間、軽く押さえつけられていただけだったのに。思いがけない力を込められて、体が反応するままに態勢を整えようとする動きを利用され、気がつけばソファーに座り込むしか無い状態だった。振り払うことさえ出来なかった。
その無力さに、血の気が引くような恐怖が襲う。
団長が私に覆い被さるようにして目の前にいる。私は抑え込まれた恐怖に震えていた。
団長はろくに力を込めてない様子なのに簡単に動きは封じられ、まともな抵抗さえできないのだと知る。
「殿下に愛想を振りまくんじゃない。君は私の物だ。それを体で覚えさせようか。……そうだな、それがいい。君を快感に啼かせて、思い知らせてやろう」
頭の上でひとまとめにされた両手首。膝上に乗り上げてきた巨体に阻まれ足も動かせない。
一切の抵抗が封じられていた。
空いた彼の右手が私の体を這うようになぞった。
その感触に、ぞわりとした震えが走った。
本能的に、敵わないのだと感じた。
そこにあったのは絶望だ。
相手は軍部の頂点に立つ男だ。そのあたりにいる一般の男ですらない、一般人など束で掛かってこられても息をするかのように制圧できる男だ。人間を屑ることに最も慣れた男だ。私が隙を見つけて抵抗したとしても、彼にとっては、抵抗にすらならないのだろう。
首筋に唇が触れ、ゆっくりと耳元まで移動する。
じわじわと追い詰められる感覚に、恐怖が込み上げる。
「逃げないのか?」
からかうような笑みを含んだ声だった。
悔しい。
じわりと涙が込み上げて、けれどギリと歯を食いしばってから、ゆっくり吐息を吐いた。そして団長を見据える。
「……お好きになさればいいのです。おっしゃるとおり、私など、あなたには簡単にどうとでもできる存在ですもの」
最初からそうだったじゃないの。謀られ、勝手に婚約者にされた。団長にとって私は、気遣う価値なんて最初からなかったのはわかってたこと。こんな風に弄びたいのなら、さっさとそうすればよかったのよ。わざわざ口説く必要さえ無いはず。今までよく無駄な手間をかけたものね。
嘲るように笑ったのが、私ができる最後の抵抗だ。
「犯すも嬲るも、あなたがしたいようになさればよろしいのです。私などひ弱で矮小な存在でしょう。何を脅すことがあるのです。意見を聞く必要があるのです。それとも、脅しつけて震える姿を楽しんでいましたか。……趣味が悪いのは、最初から存じ上げておりましたが、貴方が、人として信頼できない方だということが、これほど悲しいこととは思いませんでした。私に抵抗はできぬのです。お好きにすればよろしい。快感を与えるというのであれば、気持ちよければお望み通り喘いでさしあげましょう。乱暴して泣くのが見たいというのであれば、痛めつければいいのです。私など、簡単に泣きわめくことになるでしょう。……団長、おもちゃで遊ぶのは、楽しいですか」
信頼できると、無意識のうちに思っていたらしい。虚しさに笑ってしまう。
「……ああ、押さえつけられてなおその見下す瞳……、折れない心……最高だ……」
うっとりとした声が降ってくる。
安定の変態じみた雰囲気に、絶妙な苛立ちが込み上げる。
「……は?」
罵られながらやりたいと?
「……それも魅力的だが……、これ以上やると、ほんとうに嫌われてしまいそうだ」
苦笑しながら、ぱっと団長が両手を離した。
「え?」
「今日も抜群の切れ味で、心臓を貫かれるようなこの痛み。最高だ……! この至高の甘露を私に与えられるのは、やはり君だけだな」
は……?
「ふ、ふざけないで……!!」
震える私の叫び声に、団長はうっとりと吐息を漏らしながら私の上から下りると、そっと手を取った。
その身を寄せてきた素振りに、一瞬、びくりと体が震える。団長はそれに気付かなかったのか、微笑んだまま、私の体を起こしてくれた。
そして手の甲にそっと口付けて、跪いた彼はじっと見つめてくる。
この状況だけを見れば、騎士然としていてすこぶるかっこいいのだが、惜しむらくは先ほど押し倒してきた変態のクズだということだ。
あれを冗談でやったとでも言うつもりなのか。苦笑して終わらせられることだと思っているのか。
あの絶望と恐怖を、こんな風にごまかして終わらせようとする団長に、言葉にならない怒りが込み上げる。ガチガチとかみ合わない歯が音を立てる。震える手が、体が、込み上げる感情を抑えきれない。勝手に涙まで込み上げてくる。
なのに団長は私の手を握ったまま、うっとりと私を讃える。
「やはり君は俺の女神だ。その高潔さ、その正統さ、誠実さ、そして歯に衣を着せない切れ味!」
………キモ。
じとりと団長を見る。
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かみ合わない歯を、ぐっと噛みしめて震えを止める。震える私の手は、団長の手の中だ。
ふざけないでと怒鳴ったけれど、団長が本気でなかったことに、心底安堵したのは、私だ。
悲しいほどに、悔しかった。
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