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攻防3
しおりを挟むくやしい。
安心してしまった自分が悔しい。
「ホント、さいってい……」
涙が出そうになったのを、ぐっと堪えて睨みつけた。
なのに、私のぐちゃぐちゃになった気持ちなんか知らぬフリをして、団長は飄々として肩をすくめる。
「こんなにも嫌がられるとは思わなかったな」
婚約者だというのに傷ついたよ……と被害者ぶっているけど、被害者は確実に私の方だ。
あんな行為を受け入れるなんて私には無理だ。相手に何もかも流されて、決めてもらって、幸せを全部ゆだねるような女性ならそれも良いのかもしれない。そういう生き方もあるだろう。それが幸せな人もいる。それはそれでいいだろう。けれど、私はそういう生き方が苦痛だ。愛情や立場を言い訳に無理矢理体を奪おうとする男なんてお断りだ。それがまかり通ると思ってる人はこれからも相手の意思を踏みにじって自分のしたいことを押し付けてくるだろう。そんな人に身をゆだねるだなんて絶対に嫌だ。
団長があんな心ないことをする人だとは思いませんでした。
「心外だな、口付けひとつさえも我慢しているというのに」
何をしたかったんですか。私の貞操を奪うつもりはなかった、ということですか。
跪いたままの団長は、その姿勢を崩すことなく私の手を握っている。
「もちろんだ。相手の心の準備ができていないのに、男の欲を優先した都合だけで、その貞操を奪うなど、ただのクズだろう」
全くもってそのとおりだ。変態の上にクズだなんて、救いようがない。そう、団長、あなたのことです。
心の中で次から次へと団長をなじる言葉が溢れる。
なんであんな嫌がらせをしたの、なんであんなことをして笑っているの、なんで、なんで……。団長のバカ、団長のバカ、団長のバカ!!
混乱から落ち着き始めた心は、まともに考えることもできなくなっていて、子供みたいな言葉となって感情があふれる。全部、全部、団長が悪い。
溢れそうな涙をギリギリで堪えて、歯を食いしばる。
声を出したら、きっと涙がこぼれてしまう。
困ったように笑う団長が握ったままの私の手を優しく親指で撫でる。
あんなことをされたのに、そんな行動一つで、またひとつ落ち着く自分が嫌だった。
「君の嫌がることはしない」
……さんざんされてます……。
「……その切れ味が最高だ……ぐうの音も出ない」
うっとりとする団長に、ふっと力が抜けて笑いそうになって、でも笑うものかと唇を強く結んだ。
じゃあ、黙ればいいのに。
心の中でなじるように罵倒する。
団長が笑った。それが本当に嬉しそうで、あ、やっぱりこの人変態だ、と実感する。
最低すぎる。
これで笑いそうになっている自分も、この状況も、団長の様子も。
ゆっくり、ゆっくり、息をする。
少しずつ、感情の強張りが溶けてゆく。
震えはおさまって、溢れそうな涙も引いてゆき、強ばっていたからだから力が抜ける。
その間、団長はなにも言わず、ただその場で私の手を握っていた。
ふと我に返る。
なぜだろう……。これはこれで嫌な感じだ。無理やり奪われなかったことを安心しつつも納得がいかない。
本気だったのなら絶対に許せないが、冗談でも許せない。
でも、いつもの流れになったところで気づく。さっきまでの団長への恐怖が完全におさまっていた。
怒りさえも曖昧になって、ふと冷静に状況が見えてくる。
跪いた団長を改めて見れば、もっと罵ってくれるのだろうかといわんばかりの、キラキラとした目を向けられる。
せっかく忠誠を誓う高潔の騎士のようなのに、今日も安定のきもち悪さが勝っていた。
変態が過ぎると、気持ち悪さが恐怖を上回るらしい。
「グラシアナ」
団長が私を呼んだ。
思いがけず真剣な表情だった。
「もう、殿下をあんな風に近づけないでくれ。俺が嫉妬でまた君を襲ってしまわないように」
……嫉妬?
「君にその気がないのは十分にわかっている。だからといって、他の男に口説かれている君を見るのは、気分の良いものじゃない」
嫉妬で、あんなことするんですか。
理由があれば許されるとでも思っているんだろうか。
「もうしないと約束しよう。変態の上にクズだなどと君に思われては、見込みがなくなってしまうからな」
……え?
彼の言葉に驚いて視線を向ければ、真剣なままの彼と目が合った。
まさかとは思うけど、見込みがあると、思われていた……?
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心の中で呟く度に、団長が胸を押さえて悶えている。
「う……っ、その鋭さが最高だ」
うっとりとした表情で讃えられた。今日も最高にきもちが悪い。
そして最高にとろけた笑顔は私に向けられている。ああ、今日も顔がいいと思う。
だけど、驚くほどに、うれしくなかった。
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