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その後の後始末の恥ずかしさやいたたまれなさ、広い倉庫の片隅でパタパタと動く虚しさについては、詳しいことは触れずにおいておきたい。特筆するならば備品のティッシュと袋が非常に役に立った事だろうか。ここが資材倉庫で運が良かったというか。そもそもこういう場所でこういう事に至る事への問題提起にするべきかは、悩ましいところだけれど。
そしてその後は、これ以上は寒いので、互いにしっかりと着込んで寄り添って一夜を過ごした。
彼の手が不埒にまさぐってきたりもしたけれど、身体の先端の寒さに凍えながらも、それなりに問題なく、浅い眠りを繰り返しつつ、朝を迎えた。
閉じ込められたことは、二人の秘密にすることにした。
外聞が良い物ではないし、何かと面倒だというのが彼の言い分だった。でも、私も、この一夜のことについて誰かにしゃべれるはずもないし、その方がありがたかったから肯いた。
その日はドアが開いてから、こっそりと倉庫を抜け出し、そのまま仕事に出た。手持ちのお菓子を彼と分け合って、温かい缶コーヒーを一緒に飲んだ。
あまり眠れなかったせいで仕事は辛かったけど、それでも何とか乗り切れた。
ようやく帰れると思った時だった。
「仕事、終わったか?」
声をかけられて振り返ると宅間さんがいた。
今までにない自然さで私の机の横に来ると、身を屈めてくる。私の仕事状態を見ているようだった。
「もうすぐで、終わり、ます」
少しドキドキしながら答えると、わずかに彼の表情が笑みを作る。それがとても優しそうに見えるから不思議だ。思わず私も顔がにやけてしまう。
「じゃあ、一緒に帰るぞ」
大きな手がぽんと頭の上に置かれ、当たり前のように言われて、顔に血がのぼる。
うわわ、なんか照れるかも。
「宅間、なにうちのひなちゃんにちょっかい出してんだよ」
私の直属の上司の声に顔を上げる。
「うちのってなんだ」
低い声で、不機嫌そうに上司を威嚇する宅間さんのの様子は迫力がはんぱない。なのに上司の方に気にした様子がないのは、二人の年が近い気安さなんだろうか。
「ひなちゃんは、うちの部署の子なんですー。羨ましいか」
宅間さんが鼻で笑った。顔は笑ってなかったけれど。
「別に。部署が一緒なだけで?」
「あ? ナニその態度……って、え!? まさか!? ひなちゃん!?」
え? なに?
上司に目を向けられて戸惑う。
私は二人の会話に全くついて行けていなかった。内容は私の事だけど、これはただ軽口をたたき合って言葉遊びしているようにしか見えなかったから。やっぱり年代も性別も違って、気安そうに話している間柄の人たちの会話には入りにくいものがあって、名前をネタに使われているだけの他人事感覚で流していた。
だから話を振られると、ちょっと困ってしまう。
「はい、なんでしょうか?」
「……な、わけ、無いよね?」
「な訳あるんだよ!」
ぐいっと宅間さんに肩を抱き寄せられる。
状況が掴めない。どうしてこんな人前で肩を抱かれ……。
「嘘だろ!!」
上司から悲鳴が上がった。
「え? なんの話ですか?」
「ほら見ろ、ひなちゃん分かって無いじゃないか! お前が勝手に先走ってるんだろ!」
「あの、なんの話ですか…?」
困って宅間さんを見上げる。上司よりも宅間さんに頼って尋ねたことに、上司が悲鳴を上げた。
「ひなちゃん俺よりそいつを頼りにすんの!? え!? うそ!? まじで!?」
え、なんでそんな事に反応されるの?
おろおろするしかなくなった私に、宅間さんが冷めた声で呟いた。
「ひなたが、俺の彼女だって認めたくないんだとよ」
一気に顔が真っ赤になる。
彼女。かのじょ……。
そう言われて初めて、私と宅間さんの関係が変わったことを実感する。
私が、宅間さんの彼女……。
熱い頬に手を当てて顔を隠すように包み込む。
照れる。少し恥ずかしい。
ちらっと宅間さんを見上げるように目を向ける。
ほんとに私が彼女でいいのかな。昨夜だけで終わりじゃない? 身体だけじゃない?
「なんだ。違うのか?」
むっとした様子で眉間に皺が入る。
ただでさえ怖い顔なのに、ちょっと表情を動かしただけで眉間に深く皺が入る構造なのはちょっと問題じゃないかと思いつつ、慌てて首を横に振る。
「違いません、彼女です!」
力一杯肯定すると、彼がにやりと先輩に意地の悪そうな笑みを向けた。
「ほら見ろ」
「いーやーだー!! うちのアイドルがー! こんな見た目も中身も野獣の男にー!」
上司が雄叫びを上げた。
そのわざとらしさがいかにも上司らしくて、普段はそういうところが私も話しやすくて好きなのだけれど、今は少し恥ずかしい。
宅間さんは勝ち誇ったように笑みを浮かべているけれど、どう見ても悪役だった。
私はというといたたまれなさに、もくもくと帰る準備を進める。
「荷物はこれで全部か?」
「あ、はい」
「じゃあ帰るか」
私の返事を待たずに彼が荷物を持つ。誰のツッコミも入ることなく叫んでいた上司が振り返った。
「おぼえてろよー!」
……なにをか、聞くのが躊躇われました。
宅間さんと上司の公開羞恥プレイのおかげで、翌日には社内公認という、出社拒否したくなるような状況になるのだけれど、それはまた後の話。
そしてその夜は宅間さんにそのまま拉致られ、そして彼の部屋で、約束通り私の初めてを奪われたのだった。
密室状態の場所に閉じ込められたのは思いがけない出来事だったけれど、あの時起こったことに不満や後悔は特にない。
普通の状態でいたら、彼と付き合うことにならなかったと思うから。
あの時はどうしようと思ったけど、今は倉庫に二人で閉じ込められたことを、良かったなって、こっそりと神様に感謝している。
そしてその後は、これ以上は寒いので、互いにしっかりと着込んで寄り添って一夜を過ごした。
彼の手が不埒にまさぐってきたりもしたけれど、身体の先端の寒さに凍えながらも、それなりに問題なく、浅い眠りを繰り返しつつ、朝を迎えた。
閉じ込められたことは、二人の秘密にすることにした。
外聞が良い物ではないし、何かと面倒だというのが彼の言い分だった。でも、私も、この一夜のことについて誰かにしゃべれるはずもないし、その方がありがたかったから肯いた。
その日はドアが開いてから、こっそりと倉庫を抜け出し、そのまま仕事に出た。手持ちのお菓子を彼と分け合って、温かい缶コーヒーを一緒に飲んだ。
あまり眠れなかったせいで仕事は辛かったけど、それでも何とか乗り切れた。
ようやく帰れると思った時だった。
「仕事、終わったか?」
声をかけられて振り返ると宅間さんがいた。
今までにない自然さで私の机の横に来ると、身を屈めてくる。私の仕事状態を見ているようだった。
「もうすぐで、終わり、ます」
少しドキドキしながら答えると、わずかに彼の表情が笑みを作る。それがとても優しそうに見えるから不思議だ。思わず私も顔がにやけてしまう。
「じゃあ、一緒に帰るぞ」
大きな手がぽんと頭の上に置かれ、当たり前のように言われて、顔に血がのぼる。
うわわ、なんか照れるかも。
「宅間、なにうちのひなちゃんにちょっかい出してんだよ」
私の直属の上司の声に顔を上げる。
「うちのってなんだ」
低い声で、不機嫌そうに上司を威嚇する宅間さんのの様子は迫力がはんぱない。なのに上司の方に気にした様子がないのは、二人の年が近い気安さなんだろうか。
「ひなちゃんは、うちの部署の子なんですー。羨ましいか」
宅間さんが鼻で笑った。顔は笑ってなかったけれど。
「別に。部署が一緒なだけで?」
「あ? ナニその態度……って、え!? まさか!? ひなちゃん!?」
え? なに?
上司に目を向けられて戸惑う。
私は二人の会話に全くついて行けていなかった。内容は私の事だけど、これはただ軽口をたたき合って言葉遊びしているようにしか見えなかったから。やっぱり年代も性別も違って、気安そうに話している間柄の人たちの会話には入りにくいものがあって、名前をネタに使われているだけの他人事感覚で流していた。
だから話を振られると、ちょっと困ってしまう。
「はい、なんでしょうか?」
「……な、わけ、無いよね?」
「な訳あるんだよ!」
ぐいっと宅間さんに肩を抱き寄せられる。
状況が掴めない。どうしてこんな人前で肩を抱かれ……。
「嘘だろ!!」
上司から悲鳴が上がった。
「え? なんの話ですか?」
「ほら見ろ、ひなちゃん分かって無いじゃないか! お前が勝手に先走ってるんだろ!」
「あの、なんの話ですか…?」
困って宅間さんを見上げる。上司よりも宅間さんに頼って尋ねたことに、上司が悲鳴を上げた。
「ひなちゃん俺よりそいつを頼りにすんの!? え!? うそ!? まじで!?」
え、なんでそんな事に反応されるの?
おろおろするしかなくなった私に、宅間さんが冷めた声で呟いた。
「ひなたが、俺の彼女だって認めたくないんだとよ」
一気に顔が真っ赤になる。
彼女。かのじょ……。
そう言われて初めて、私と宅間さんの関係が変わったことを実感する。
私が、宅間さんの彼女……。
熱い頬に手を当てて顔を隠すように包み込む。
照れる。少し恥ずかしい。
ちらっと宅間さんを見上げるように目を向ける。
ほんとに私が彼女でいいのかな。昨夜だけで終わりじゃない? 身体だけじゃない?
「なんだ。違うのか?」
むっとした様子で眉間に皺が入る。
ただでさえ怖い顔なのに、ちょっと表情を動かしただけで眉間に深く皺が入る構造なのはちょっと問題じゃないかと思いつつ、慌てて首を横に振る。
「違いません、彼女です!」
力一杯肯定すると、彼がにやりと先輩に意地の悪そうな笑みを向けた。
「ほら見ろ」
「いーやーだー!! うちのアイドルがー! こんな見た目も中身も野獣の男にー!」
上司が雄叫びを上げた。
そのわざとらしさがいかにも上司らしくて、普段はそういうところが私も話しやすくて好きなのだけれど、今は少し恥ずかしい。
宅間さんは勝ち誇ったように笑みを浮かべているけれど、どう見ても悪役だった。
私はというといたたまれなさに、もくもくと帰る準備を進める。
「荷物はこれで全部か?」
「あ、はい」
「じゃあ帰るか」
私の返事を待たずに彼が荷物を持つ。誰のツッコミも入ることなく叫んでいた上司が振り返った。
「おぼえてろよー!」
……なにをか、聞くのが躊躇われました。
宅間さんと上司の公開羞恥プレイのおかげで、翌日には社内公認という、出社拒否したくなるような状況になるのだけれど、それはまた後の話。
そしてその夜は宅間さんにそのまま拉致られ、そして彼の部屋で、約束通り私の初めてを奪われたのだった。
密室状態の場所に閉じ込められたのは思いがけない出来事だったけれど、あの時起こったことに不満や後悔は特にない。
普通の状態でいたら、彼と付き合うことにならなかったと思うから。
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