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八話 尾張から美濃へ
しおりを挟む清洲の城、今川の侵攻を退けた現在、街ともに織田家の領内は、平穏を取り戻し始めていた。
今川家との決着により織田家の領内は、以前にも増して、更なる賑わい発展を見せるようになっていたのである。
この頃になると、重治の存在は、それまで否定的であった者達を含めた全ての家臣達の間で認められるようになっていた。
桶狭間の戦いに置いて、義元に神罰を下した神様が、たとえ、彼であったということを知ることがなくてもである。
最初の頃、重治は、信長のオマケのような扱いで、重臣たちの間では、鼻にもかけられることなく、まるで腫れ物にでも触るかのようであった。
しかしそれでも、池田恒興、丹羽長秀、前田利家ら信長の側近中の側近が目をかけている事もあってか、少しずつではあるが周りの家臣たちに溶け込んでいったのである。
その中でも、武闘派重臣の一人である柴田勝家からは、特別なかわいがられようになっていた。いろいろな意味を含め…
「どうしたぁ。お前の力は、そんなものかぁ」
「まだ、まだぁー」
打ち込んでは倒され、立ち上がっては、さらに打ち込んで倒される。
古武術と剣術、しかもそれが実戦用となると、根本的な違いがある。
「そんな事で、お館様を守れるかぁ」
「うりゃあー」
「そうだあ、その調子だぁ」
重治の家にふらりと毎日のように現れては、槍、刀、乗馬に体術、ありとあらゆる、武将に必要な物を教えてくれる。
文字通り、重治を親切丁寧にかわいがってくれていたのである。
今川家との決着がついたあとの織田家は、東への脅威が無くなった事で、父親の悲願であった美濃への進出を始める。
しかし、美濃の蝮、道三が存在しなくなっても、美濃三人衆と呼ばれる、稲葉一鉄、氏家直元、安藤守就の結束は堅く、信長は、斎藤家を攻め倦んでいたのである。
重治は、織田家の斎藤攻めが本格化する中、どうしても気になることがあった。
斎藤家と言えばそこから連想させられものそれは稲葉城。
歴史上、そんな斉藤家の稲葉城を武力に頼ることなく制圧したとされる重治のご先祖様、竹中半兵衛重治の事である。
当時の竹中半兵衛は、当主、斎藤義龍の信任も厚く、織田家に対する作戦、対抗策を立てる軍師の役目を務めていたはずである。
織田家が斎藤家攻略のための試金石を打つためには、どうしてもこの半兵衛への接触が避けることの出来ない事だと、重治は考えていた。
重治は、信長に会って、この先どの様な手立てをとっていくべきか、相談する事を心に決めた。
「お館様、竹中重治殿、お越しでございます」
「うむ、そうか。……こちらに、通せ」
「はっ」
登城した重治は、会見の間ではなく、奥にある信長自身の部屋へと通されていた。
「しばらくじゃのぉ。もっと、ちょくちょくと顔を出さぬか」
「……は、はぁ」
連日のように勝家をはじめとする、『信長家臣の来訪で大忙しである』と、言えない重治であった。
「お館様などと、呼ばれるようになって、簡単に城から抜け出ることが、出来ぬようになったわ」
信長は、苦虫を噛み潰したような表情を見せたあと、重治を見てニヤリと笑った。
「……それで今日は、斎藤家のことか?」
「はっ、斎藤家攻略のためには、何としても竹中半兵衛を調略せねばなりませぬ」
信長は、何やら考えたのちに強い口調で言い放った。
「ゆるさぬぞ。重治、お前を行かせる訳にはいかぬ……」
「しかし……」
「……終わりじゃ。この話は、ここまでじゃ。よいな」
強い、厳しい口調の信長の目は、それでもとても優しかった。その目を見た重治は、それ以上、何も言うことが出来なくなっていた。
「重治よ、わしはなぁ、ほんとうはな、美濃などが欲しいわけではないのじゃ」
「…………」
「濃の父、義父であった道三殿の夢を思いを叶えてやりたいと思うておるのじゃ」
この時代の斎藤家の磐石なる礎を築きあげたのは、先代の道三である。
道三の采配によって、北の朝倉家を押さえ込み、南は織田家と婚姻同盟関係を持ち、安定した政治をおこない、美濃の国を繁栄させていた。
そんな斎藤道三も、西暦1554年天文二十三年に家督を息子の義龍に譲っている。
その折りに、娘、帰蝶(濃姫)を信長に嫁がせ、織田家との婚姻同盟関係を成立させている。
その絆によってより安定した美濃の国に更なる発展をもたらしたのである。
家督は、義龍に譲ったものの、信長の卓越した能力を知った道三は、『美濃の国を義息である信長に譲る』と公言したことにより、義龍に深い恨みを買い、家中に不和を招き、親子による激しい争いの果て義絶する事となる。
西暦1556年弘治二年四月、義龍は、挙兵した。
そう、父である道三を攻めたのである。
そしてその時の戦いにおいて、斎藤道三は長良川河畔にて最後、義龍の手により討ち死にした。
その後、斉藤家と織田家の同盟は破棄される。道三と交わされた同盟である当然といえば当然のことである。織田家と斉藤家の間に、再び小競り合いは繰り返しはじめ、戦時状態が続いていったのである。
「道三様の夢とおっしゃいますと……」
「義父殿はな、義龍と事を構えた時に、わしに文を寄越して来ておるじゃ」
「文ですか。その文にはどの様な事が?」
重治は、その文の内容を古文書の文章として熟知していた。
それでも、信長の懐かしき思い出を語る口調に腰を折るような事は避けるような真似はしない。
「天下布武じゃ。義父、道三殿は、若かりし頃、自らの力で全国を統一しようと考えておられたのじゃ」
「義父殿は、油売りから始まり、美濃をおさめるまでに登り詰め、その次の事まで考えておられたそうだ」
「…………」
「わしと出会って、若いわしに、その夢を継いでくれるようにと。……その旗印が、天下布武じゃ」
「…………」
そこまで話した信長は、ぼんやりと中空を見つめた目は、遙か遠くを見つめたようであった。
「ならば……、それならば、なおのこと竹中半兵衞との接触を」
「……わしはな、お前に危ない真似をさせとうないのじゃ。いや、させぬ」
「……」
「半兵衞の事は、なんとかする。その方には、どうすれば我が織田家が、天下を治めることができるか考えていってもらいたい」
信長の言葉に対して重治は、しばらく考えてから語りだした。
「……そうですね。信長様、これからの戦いでは、鉄砲の有無が勝敗をわけまする」
「うむ、なるほど今の鉄砲の数では、駄目だというのじゃな」
重治は、決して半兵衛の事をあきらめた訳ではなかった。
しかし、信長の思いがまるでわからない訳でもない。
会話を続けながらもどう納得させるかで重治の頭のなかは一杯だった。
「‥はい、それと南蛮渡来製の物だけにたよっていては、限度があります」
「それでは、どうせよと」
「はい。近江の国に国友村と言う刀鍛冶の村があります。そこの刀鍛冶に作らせるのです」
「うむ、刀鍛冶の技術を利用するというのじゃな。……よし、わかった。すぐにでも手配んをさせよう」
信長は、重治との話し合いのあと、重治の提案を躊躇なく受け入れ、行動を起こしてくれるという。
重治は、感激した。
自分の尊敬する織田信長から絶対的な信頼を得ているという喜びと同時に、その事に対する責任を強く感じていた。
「それともう一つ、雑兵について少し」
「うむ、雑兵とな?」
戦国時代でも、初めのこの頃はまだ、足軽兵(雑兵)は仕官し給金を得ている武将たちとは違い、農耕期の間は百姓をしているのが普通で、休耕期にのみに戦が行われる事が多かった。
「はい、今、織田家は楽市楽座を敷く事で、莫大な収入を得ることが出来るようになっています」
「‥‥うむ、なるほど、そういうことか。足軽まで雇い入れれば、季節に縛られることも無くなり、訓練により最強の軍団と成りうると。……さすがは、重治」
これまでの常識である、半農の雑兵を給金を支払う事により、軍事にのみ就かせるという手法を戦国大名の中で織田家が始めて使い始めたのである。
「いえ、一を聞いて十を知る、信長様こそ、さすがでございます」
「‥‥!、し、しげ、しげはる。そ、そちの体……」
この時、重治は、重治自身に起こり始めた異変に全く気づいていなかったが、例の兆候、時間移動の予兆、そんな現象を予測させる現象が信長の目の前で起こり始めた。
重治のからだは、ぼんやり淡く輝きはじめ、時間とともにその輝きは増していく。
「‥‥重治、お前はまた、わしを置いて行くのか。…その方は、わしの半身、勝手に行くことは許さぬ」
そんな言葉を続ける間にも、重治の体はどんどんと輝きを増していく。
重治は、思いもしない急な出来事にとても混乱していた。
何故なら今、重治の手元に例の刀はない。
今回の登城には、竹中家先祖伝来の家宝であるところの小刀は持参していなかったのである。
時間移動の媒体となるはずの小刀が無いにも関わらず、今また信長の前から、重治は消えようとしていたのである。
「……信長様、必ず、必ず帰ってまいります」
重治の周りが、目を開けていられぬほど光り輝いた。
信長の眼前でその光はやがて、小さくなっていき、そして消えてしまう。
「しげはる……」
重治のいなくなった部屋の中、一人残された信長の声だけが、虚しく響くのであった。
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