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番外編 過保護は、もはや日常
しおりを挟む朝の食堂は、今日も静かに戦場だった。
「……で?」
アルベルト兄様が低い声を出す。
「どうして、リリアーナの隣に、お前が先に座っている」
視線の先には、何食わぬ顔で紅茶を飲むユリウス兄様。
「偶然だよ、兄上」
にこやかな笑み。
「彼女が先に来ていただけさ」
「なら、なぜ距離が近い」
「椅子の配置だね」
「動かせ」
「冷たいなあ」
私は、そっとパンを口に運びながら、いつもの光景を眺めていた。
「……あの」
控えめに声を出す。
「私、どこに座っても……」
「そこだ」
「今のままでいい」
「動くな」
三方向から、即答が飛んでくる。
義姉セラフィーナ様は、少し離れた場所で優雅に微笑んでいた。
「今日も平和ね」
……本当に?
*
午前中。
診療兼相談所の準備をしていると、庭の向こうから、剣の打ち合う音が聞こえてきた。
「……?」
覗いてみると、騎士たちが訓練をしている。
その中心にいるのは――
レオンハルト兄様。
「動きが甘い!」
低い叱咤。
「……もし、彼女を守る場面だったら、今ので終わっているぞ」
騎士たちが、背筋を伸ばす。
「彼女?」
思わず呟いた瞬間。
「――今の聞いたか」
兄様が、こちらを見る。
騎士全員が、一斉に私へ敬礼した。
「……え?」
「よし、もう一度だ」
何事もなかったように訓練が再開される。
私は、そっと義姉様を見る。
「……私、いつの間に、想定敵基準になったんでしょうか」
「今さら?」
義姉様は、涼しい顔だった。
*
午後。
相談所に、年配の女性が訪れた。
「……こんな場所で、話を聞いてもらえるなんて……」
「いえ、こちらこそ」
穏やかに応対していると。
背後の扉が、静かに開いた。
「……様子は?」
アルベルト兄様。
「問題ありませんよ」
答えると、安心したように、扉の外へ下がる。
数分後。
今度は――
レオンハルト兄様。
「何か、あったか?」
「特に……」
さらに数分後。
「お茶、足りてる?」
ユリウス兄様。
私は、とうとう苦笑した。
「……皆さん」
三人が、同時にこちらを見る。
「私、囚われているわけではありませんよ?」
一瞬の沈黙。
そして。
「分かっている」
「当然だ」
「でも、見ていたい」
……最後の一言だけ、余計では?
*
夕方。
義姉様と二人、庭を歩く。
「……兄様たち、少し過保護すぎませんか」
そう言うと。
「少し?」
義姉様は、首を傾げる。
「かなり、よ」
即答だった。
「でも……」
彼女は、私の歩調に合わせて言う。
「あなたは、長い間、誰にも守られていなかった」
胸が、きゅっと鳴る。
「だから、今は――その分を、まとめて受け取っているだけ」
私は、空を見上げた。
「……重く、ないでしょうか」
「重いわ」
義姉様は、微笑む。
「でも、愛は、少し重いくらいがちょうどいい」
*
夜。
部屋に戻ると、机の上に小箱が置かれていた。
中には――
小さな護符。
「……これは……」
裏には、簡潔な文字。
『外出時、必ず携帯すること』
――三人の連名。
思わず、笑ってしまう。
「……本当に」
誰にも必要とされないと思っていた。
役割を終えたら、居場所はなくなると。
でも。
今は。
「……幸せ、ですね」
独り言に、誰も答えない。
けれど。
廊下の向こうに、確かな気配がある。
守る音。
見守る気配。
――溺愛とは、こういう日常の積み重ねなのかもしれない。
悪役令嬢だった少女は、今日も、少し過保護な家族に囲まれて、穏やかな夜を迎える。
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