王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香

文字の大きさ
5 / 8

第5話 再会 そして、決して届かない場所

しおりを挟む

 王宮の謁見室は、静まり返っていた。

 高い天井に描かれた王家の紋章。
 磨き上げられた床に反射する魔法灯の光。
 かつて、セレスティアが幾度となく立った場所。

(……懐かしいわね)

 だが、胸に去来するのは郷愁ではなかった。
 ただ、冷静な距離感だけ。

「――入室を許可する」

 低く響いた声に、扉が開かれる。

 セレスティアは一礼し、リオンの肩にそっと手を置いたまま、前へ進んだ。

 玉座の前に立つ男――
 元王太子は、二人を真っ直ぐに見据えていた。

 その視線が、まず息子に向けられる。

「……君が、リオンか」

「はい」

 リオンは礼儀正しく頭を下げた。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 その受け答えに、元王太子は一瞬だけ眉をひそめた。
 想像していた“天才”の態度とは、あまりにも違う。

(……無邪気、なのか?)

 次に、その視線がセレスティアへ移る。

「久しいな、セレスティア」

「ええ。お久しぶりです」

 淡々とした返答。
 そこに、怨嗟も懇願もなかった。

 その事実が、彼の胸をざわつかせる。



「聞いているだろう」

 元王太子は、言葉を選ぶように続けた。

「君の息子は、王国にとって……極めて重要な存在だ」

「そうですか」

 セレスティアは、微笑みすら浮かべずに答えた。

「王国魔導院では、前例のない評価を受けている」

「存じております」

 元王太子は、思わず声を荒げた。

「ならば、理解しているはずだ!この国に留まる意味を!」

 その瞬間。

「えっと……」

 間に入ったのは、リオンだった。

「僕、そんなにすごいこと、しましたか?」

 沈黙。

 元王太子は、言葉を失った。

「試験も、言われた通りやっただけですし……」

 彼は困ったように続ける。

「壊さないように、気をつけましたし」

 セレスティアは、そっと息子の肩を軽く叩いた。

「リオン。今は、大人の話よ」

「あ、はい。ごめんなさい」

 素直に引き下がるその姿が、かえって元王太子の神経を逆撫でした。

(……この態度で、王国を揺るがしたというのか)



「セレスティア」

 元王太子は、声を低くする。

「過去のことは……水に流そう」

 その言葉に、空気が凍った。

 セレスティアは、ゆっくりと彼を見返す。

「“水に流す”とおっしゃるのは」

 静かな声。

「私が、すべてを失ったことを、無かったことにできる立場にある方だけです」

 元王太子は、言葉に詰まった。

「……だが」

「ですが?」

 彼女は一歩も退かない。

「婚約破棄、断罪、追放。どれ一つ、正式な謝罪も、再調査もありませんでした」

 淡々と事実を並べるだけ。
 それが、何より重い。

「それでも私は、王国に戻ってきました」

 彼女は、リオンの肩に置いた手に、わずかに力を込めた。

「この子の未来のために」

 元王太子は、初めて気づいた。

(……彼女は、私を見ていない)

 見ているのは、息子だけ。
 自分は、背景に過ぎない。



「条件を提示しよう」

 彼は、話題を変えるように言った。

「王国は、リオンを全面的に保護する。地位、資金、研究環境――すべて用意する」

「引き換えに?」

 セレスティアの問いに、元王太子は目を伏せる。

「……王国の管理下に置く」

 その瞬間。

 空気が、微かに揺れた。

 誰よりも早く、それを察したのはセレスティアだった。

「リオン」

「はい」

「深呼吸して」

「え?う、うん」

 彼が息を整えると、揺れは収まる。

 元王太子は、愕然とした。

(今のは……この少年の感情?)

「答えは、否です」

 セレスティアは、きっぱりと言い切った。

「この子は、誰かの“管理対象”ではありません」

「だが――!」

「もし、どうしても必要だと言うのなら」

 彼女は、ほんの一瞬だけ、微笑んだ。

 かつて“悪役令嬢”と呼ばれた、その微笑を。

「王国そのものが、この子を受け止められるだけの器を持ちなさい」

 沈黙。

 元王太子は、理解した。

 ――自分は、もうこの女に、届かない。



 謁見室を後にした廊下。

「母さん……」

 リオンは、小さく呟いた。

「僕、王国にいちゃ、だめ?」

 セレスティアは、足を止め、息子と目線を合わせる。

「いいえ。“あなたが選ぶ”なら、どこにいてもいい」

 彼女は、優しく微笑む。

「でも、誰かに決められる必要はないわ」

 リオンは、しばらく考え、頷いた。

「……うん。僕、自分で決める」

 その言葉に、セレスティアは胸の奥で確信した。

 ――もう、この子は。

 守られるだけの存在ではない。

 だが、それでも。

(母であることは、変わらない)

 王宮の窓から差し込む光の中、二人は静かに歩き去っていった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

弟が悪役令嬢に怪我をさせられたのに、こっちが罰金を払うだなんて、そんなおかしな話があるの? このまま泣き寝入りなんてしないから……!

冬吹せいら
恋愛
キリア・モルバレスが、令嬢のセレノー・ブレッザに、顔面をナイフで切り付けられ、傷を負った。 しかし、セレノーは謝るどころか、自分も怪我をしたので、モルバレス家に罰金を科すと言い始める。 話を聞いた、キリアの姉のスズカは、この件を、親友のネイトルに相談した。 スズカとネイトルは、お互いの身分を知らず、会話する仲だったが、この件を聞いたネイトルが、ついに自分の身分を明かすことに。 そこから、話しは急展開を迎える……。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

出て行けと言われた私が、本当に出ていくなんて思ってもいなかったでしょう??

睡蓮
恋愛
グローとエミリアは婚約関係にあったものの、グローはエミリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、グローは自身の機嫌を損ねたからか、エミリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてエミリアはグローの前から失踪してしまうこととなるのだが、グローはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はエミリアの味方をすると表明、じわじわとグローの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

処理中です...