聖女が落ちてきたので、私は王太子妃を辞退いたしますね?

gacchi(がっち)

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16.絶望するしかない?(あかり)

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騎士にも女官にも会わないまま、マルセル様がお茶をしている場所まで走る。

そこではマルセル様がジュリアンとキスをしていた。
舌をからめるようなキス……
そして、マルセル様の手はジュリアンヌのスカートの中に。

それを見て、かっとなって叫んだ。

「何をしているのよ!マルセル様!」

聞こえたのか、二人ともキスをやめてこちらを見た。
焦って動揺するかと思ったのに、そんなことはなかった。
マルセル様は少し驚いた顔しただけだった。

「……なんだ、あかりか。どうしたんだ?」

「ど、どうしたんだって……もう浮気しないで!」

「浮気?」

「今、しているじゃない!私以外の女は全員別れてほしいの!」

そうよ。私は婚約者なんだから、このくらいのことは言っていいはず。
愛妾を持つのが当然だなんておかしいって言えばいい。

「それは無理だなぁ」

「どうしてよ!?」

「愛妾というのは、もう俺に嫁いで来ているのと同じだ。
 簡単に離縁はできないように、愛妾もやめさせることはできない」

「マルセル様に嫁ぐのは私でしょう?
 その私が嫌だって言っているのよ!?」

「それは困ったなぁ」

困ったなぁといいながら、マルセル様の手はスカートの中に入れたまま。
うっとりするような顔でジュリアンがマルセル様にもたれかかる。

「……もう!離れてよ!その女は邪魔だから帰して!」

「え?そんなことをしたらジュリアンが可哀想だろう?
 今日はジュリアンの順番なんだ。
 突然割り込んできたのはあかりのほうじゃないか。
 明日か明後日には顔を出してあげるから、今日は部屋に戻りなよ」

「何それ……愛妾と別れてくれないなら婚約もやめる」

「……本気で言ってるの?」

「本気よ!愛妾が八人もいるような男の奥さんなんて嫌よ!」

さすがにこれだけ言えば聞いてくれるだろう。
そう思ったのに、マルセル様は私を見てくれない。

「そっか。じゃあ、仕方ないね。
 婚約者はセレスティナに戻すか」

「……え?」

「……私もそのほうがいいと思いますわ。
 あかり様では愛妾の管理はできなさそうですもの」

「な、なに……それ」

マルセル様だけじゃなく、愛妾の女までそんなことを言う。
あまりにあっさりと受け入れられ、何を言っていいのかわからなくなる。

「もう用事は済んだだろう?
 邪魔だからどこかに行ってくれ」

マルセル様はそれだけ言うとジュリアンとのキスを再開した。
もう私には興味がないような態度に、見ていられなくて走って部屋に戻った。

どうしよう……婚約をやめるって言っちゃった。
脅しのつもりだったのに、マルセル様はどうでも良さそうだった。

あんなに会っている時は可愛いって言ってくれてたのに、
他の女にも同じように優しくしていたんだ……くやしい。

誰にも会いたくないけれど、夕方になればセレスティナが来る。
マルセル様のことを愚痴って、どうしたらいいか考えてもらおう。

ドアが開いて、セレスティナだと思ったのに、違った。
私に一番冷たくする女官だった。
泣いている私を見て、女官はにやりと笑った。

「何よ……」

「王太子殿下の婚約者ではなくなったと聞きました」

「え?」

「ですので、明日の朝には出て行ってもらいます」

「は?」

出て行けって、行く場所もないのに?

「荷物の持ち出しと、多少の金品は差し上げるそうです」

「ちょっと待ってよ!追い出す気なの!?」

「追い出すだなんて……ここは王太子妃の部屋ですよ?
 関係のないものがいていい場所ではありません」

「だけどっ!」

「今までの滞在費を請求されないだけいいと思いませんか?」

「……嘘でしょう」

力なくつぶやいたら、女官はうれしそうな顔をした。

「本当に嘘みたいな二か月間でした。
 ここはセレスティナ様のためのお部屋です。
 ちょっとした事故がありましたが、元の持ち主に戻るだけです」

「……セレスティナ様は?セレスティナ様を呼んで!」

「セレスティナ様はマルセル様とお会いしています。
 婚約を元に戻すのでしょうね」

「……いいから、セレスティナ様を呼んでちょうだい!」

たとえセレスティナがマルセル様の婚約者に戻ったとしても、
助けてって言えば助けてくれる気がした。
いつものように笑って助けてくれる……

「何の権限で?」

「え?なんのけんげん?」

「セレスティナ様は筆頭公爵家のご令嬢ですよ。
 平民が呼び出せるお方ではありません」

「で、でも」

「今までがおかしかっただけです。
 それでは、明日の朝になったら出て行ってくださいね」

にっこり笑って女官が部屋から出て行く。
他の騎士や女官がドアの隙間からのぞき見しているのが見えた。
その誰もがうれしそうに笑っていた。

……どうしよう。最初に言われていたのに。
王太子の婚約者にならなきゃ追い出すって。

まさか本当だなんて思わないじゃない。
何も知らない異世界人のあかりを一人で追い出すなんて。

かくまってくれるような相手もいない。
どんな場所なら雇ってくれるのかも知らない。
この世界でパパ活?いや、娼婦っていうんだっけ?

そんなことをしてまでこの世界にいなきゃいけないのなら、
今すぐ元の世界に戻りたい。

荷物を片づけることもできず、うずくまって泣き続ける。
誰か助けてほしい。ここから連れ出してほしい。



「あかり様、話はできますか?」

セレスティナの声が、まるで神様みたいに聞こえた。




















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