9 / 55
9.新しい部屋へ
しおりを挟む
さすがにみっともない姿だというのが理解できたのか、
半泣きになったジネットは顔を隠すようにして部屋に戻って行った。
「……どんな姿であろうと、興味はないのだが」
「それでも、ジネットにとっては一番嫌なことなんです」
「そういうものなのか。まぁ、邪魔なものはいなくなったな」
「はい、お待たせいたしました」
使用人たちが遠巻きにこちらを見ている。
ここで話したことはお義母様に伝わるだろう。
よけいな邪魔が入らないうちにシリウス様と馬車に乗り、
アンペール侯爵家の屋敷を出る。
ここに来るのは最後だけど未練はない。
だけど、そう言えば……
「シリウス様、私をアンペール侯爵家の籍から抜いた時、父に会いました?」
「いや、会えなかったな。籍を抜く書類は国王に署名させた。
アンペール侯爵家の領地にいると聞いているが、
調べたら領地から勝手に出られないようにされているらしい」
「え?領地から出られない?」
「モフロワ公爵家の者が侯爵の行動を制限しているらしい。
再婚も形だけの結婚だったようだ。
侯爵が屋敷にいられたら邪魔だと思ったんだろう。
クラデル侯爵家の当主に頼んでおいたから保護してくれるはずだ」
「……ちょっと待ってください。
形だけの結婚ですか?では、ジネットは?」
「お前の妹ではないな」
「そんな……」
再婚したのは私が記憶にないくらい幼い時だった。
お義母様から私の子ではないと言い聞かされていたから、
本当の母親ではないことは知っていた。
だから、私だけ家族ではないのだと思っていたけれど。
まさかジネットがお父様の子ではないとは思わなかった。
ああ、でも。
お義母様の産んだ子がアンペール侯爵家の後継ぎだという契約だった……。
あれではお父様の子でなくても継げてしまう。
「だから、ジネットは私をあんなに嫌っても平気だったんですね。
血のつながりがなかったから異母姉だとも思っていなかった」
「血のつながりがあっても憎み合うものはいる。
妹じゃなくてよかったじゃないか」
「……そうはそうかもしれません」
今後会うことがあっても姉妹ではないのなら関係ない。
血のつながりがあることを理由に何か言われる心配もない。
そう思えばよかったのかもしれない。
学園に着いても馬車は止まらず、敷地の奥へと進む。
着いたところは三階建ての大きな建物だった。
左右に同じ建物が二つ並んでいる。
「女子寮は左だ。部屋に行こう」
「シリウス様も部屋までついてきてくれるんですか?」
「俺の転移は一度行ったところじゃなければ使えない。
何かあった時のために部屋を確認しておく」
「あ、はい。わかりました」
あの転移はそういうものなのか。
女子寮に男性が入って大丈夫なのか心配したけれど、
シリウス様は学園の臨時教師という身分のため問題なかった。
侯爵令嬢が寮に入ることはめったにないそうだが、
高位貴族用の部屋も用意されていた。
三階は高位貴族用の部屋しかないため、使用するのは私だけ。
管理人の女性はこの部屋が使われるのは二十年ぶりだと説明してくれた。
「二十年ぶりか。おそらくリアーヌ様だろうな」
「え?お母様ですか?」
「ああ、クラデル侯爵家で学園に通うものは寮に入ることが多い。
その分、魔術の研究に時間が使えるからな」
「そういう理由で……」
私を産んでまもなく亡くなったお母様のことはあまり知らない。
形見のハンカチもけっして良くできたものではなく、
どちらかといえば不器用な人だと思う。
魔術師だったというのも、結婚する前の数年のことだというし。
名門クラデル侯爵家の長女としては地味な感じがしていた。
でも、親戚だからとはいえシリウス様が覚えている。
それがなんだかうれしくてそわそわする。
「あとは自分でなんとかできるか?
クラデル侯爵家から使用人を派遣することもできるが、どうする?」
「いえ、問題ありません。今までも自分でなんでもしてきましたから」
「そうか。もし、何かあったとしたら、左右の指輪をふれさせるんだ」
「指輪をふれさせる?こうですか?」
両手の指輪を近づけて、コツンとぶつける。
その瞬間、まぶしいほどの光を放つ。
「わわっ!」
「今ので俺に知らせがくる。危険な状況だと判断した時だけでなく、
自分一人で切り抜けるのは無理だと思ったら呼べ」
「……はい」
呼べと言われても、シリウス様をそう簡単には呼べない気がする。
そう思ったのが見透かされたのか、念を押される。
「いいか?王族から何か言われたり、令嬢たちの嫌がらせが過ぎたりしたら、
絶対に呼ぶんだ。ナディアはまだ魔術を使えないだろう。
自分の身が守れるようになるまではきちんと頼れ。わかったな?」
「わ、わかりました」
怒っているんじゃないかと思うくらい怖い顔で言われ、勢いで返事をする。
それだけ私が危ない立場だということなのかもしれない。
「よし、ではまた明日な」
「はい。ありがとうございます」
礼を言い終わると同時にシリウス様の姿が消える。
どこに住んでいるのかはわからないけれど、転移して帰ったらしい。
寮の部屋は今まで使っていた離れの十倍は広かった。
寝室と応接間、侍女や護衛の控室まである。
大きな寝台の上に転がると、どっと疲れが来て動けなくなる。
……やっと、アンペール侯爵家を出られたんだ。
もうお義母様とジネットは家族ではないんだ。
うれしさがこみあげて笑いが止まらない。
「もう、自由なんだ……」
笑いは止まったけれど、今度は涙が止まらなくなった。
部屋に一人でいるのがうれしいと思う日が来るなんて思わなかった。
半泣きになったジネットは顔を隠すようにして部屋に戻って行った。
「……どんな姿であろうと、興味はないのだが」
「それでも、ジネットにとっては一番嫌なことなんです」
「そういうものなのか。まぁ、邪魔なものはいなくなったな」
「はい、お待たせいたしました」
使用人たちが遠巻きにこちらを見ている。
ここで話したことはお義母様に伝わるだろう。
よけいな邪魔が入らないうちにシリウス様と馬車に乗り、
アンペール侯爵家の屋敷を出る。
ここに来るのは最後だけど未練はない。
だけど、そう言えば……
「シリウス様、私をアンペール侯爵家の籍から抜いた時、父に会いました?」
「いや、会えなかったな。籍を抜く書類は国王に署名させた。
アンペール侯爵家の領地にいると聞いているが、
調べたら領地から勝手に出られないようにされているらしい」
「え?領地から出られない?」
「モフロワ公爵家の者が侯爵の行動を制限しているらしい。
再婚も形だけの結婚だったようだ。
侯爵が屋敷にいられたら邪魔だと思ったんだろう。
クラデル侯爵家の当主に頼んでおいたから保護してくれるはずだ」
「……ちょっと待ってください。
形だけの結婚ですか?では、ジネットは?」
「お前の妹ではないな」
「そんな……」
再婚したのは私が記憶にないくらい幼い時だった。
お義母様から私の子ではないと言い聞かされていたから、
本当の母親ではないことは知っていた。
だから、私だけ家族ではないのだと思っていたけれど。
まさかジネットがお父様の子ではないとは思わなかった。
ああ、でも。
お義母様の産んだ子がアンペール侯爵家の後継ぎだという契約だった……。
あれではお父様の子でなくても継げてしまう。
「だから、ジネットは私をあんなに嫌っても平気だったんですね。
血のつながりがなかったから異母姉だとも思っていなかった」
「血のつながりがあっても憎み合うものはいる。
妹じゃなくてよかったじゃないか」
「……そうはそうかもしれません」
今後会うことがあっても姉妹ではないのなら関係ない。
血のつながりがあることを理由に何か言われる心配もない。
そう思えばよかったのかもしれない。
学園に着いても馬車は止まらず、敷地の奥へと進む。
着いたところは三階建ての大きな建物だった。
左右に同じ建物が二つ並んでいる。
「女子寮は左だ。部屋に行こう」
「シリウス様も部屋までついてきてくれるんですか?」
「俺の転移は一度行ったところじゃなければ使えない。
何かあった時のために部屋を確認しておく」
「あ、はい。わかりました」
あの転移はそういうものなのか。
女子寮に男性が入って大丈夫なのか心配したけれど、
シリウス様は学園の臨時教師という身分のため問題なかった。
侯爵令嬢が寮に入ることはめったにないそうだが、
高位貴族用の部屋も用意されていた。
三階は高位貴族用の部屋しかないため、使用するのは私だけ。
管理人の女性はこの部屋が使われるのは二十年ぶりだと説明してくれた。
「二十年ぶりか。おそらくリアーヌ様だろうな」
「え?お母様ですか?」
「ああ、クラデル侯爵家で学園に通うものは寮に入ることが多い。
その分、魔術の研究に時間が使えるからな」
「そういう理由で……」
私を産んでまもなく亡くなったお母様のことはあまり知らない。
形見のハンカチもけっして良くできたものではなく、
どちらかといえば不器用な人だと思う。
魔術師だったというのも、結婚する前の数年のことだというし。
名門クラデル侯爵家の長女としては地味な感じがしていた。
でも、親戚だからとはいえシリウス様が覚えている。
それがなんだかうれしくてそわそわする。
「あとは自分でなんとかできるか?
クラデル侯爵家から使用人を派遣することもできるが、どうする?」
「いえ、問題ありません。今までも自分でなんでもしてきましたから」
「そうか。もし、何かあったとしたら、左右の指輪をふれさせるんだ」
「指輪をふれさせる?こうですか?」
両手の指輪を近づけて、コツンとぶつける。
その瞬間、まぶしいほどの光を放つ。
「わわっ!」
「今ので俺に知らせがくる。危険な状況だと判断した時だけでなく、
自分一人で切り抜けるのは無理だと思ったら呼べ」
「……はい」
呼べと言われても、シリウス様をそう簡単には呼べない気がする。
そう思ったのが見透かされたのか、念を押される。
「いいか?王族から何か言われたり、令嬢たちの嫌がらせが過ぎたりしたら、
絶対に呼ぶんだ。ナディアはまだ魔術を使えないだろう。
自分の身が守れるようになるまではきちんと頼れ。わかったな?」
「わ、わかりました」
怒っているんじゃないかと思うくらい怖い顔で言われ、勢いで返事をする。
それだけ私が危ない立場だということなのかもしれない。
「よし、ではまた明日な」
「はい。ありがとうございます」
礼を言い終わると同時にシリウス様の姿が消える。
どこに住んでいるのかはわからないけれど、転移して帰ったらしい。
寮の部屋は今まで使っていた離れの十倍は広かった。
寝室と応接間、侍女や護衛の控室まである。
大きな寝台の上に転がると、どっと疲れが来て動けなくなる。
……やっと、アンペール侯爵家を出られたんだ。
もうお義母様とジネットは家族ではないんだ。
うれしさがこみあげて笑いが止まらない。
「もう、自由なんだ……」
笑いは止まったけれど、今度は涙が止まらなくなった。
部屋に一人でいるのがうれしいと思う日が来るなんて思わなかった。
1,456
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした
ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。
自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。
そんなある日、彼女は見てしまう。
婚約者に詰め寄る聖女の姿を。
「いつになったら婚約破棄するの!?」
「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」
なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。
それを目撃したリンシアは、決意する。
「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」
もう泣いていた過去の自分はいない。
前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。
☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m
☆10万文字前後完結予定です
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる