n回目のプロポーズ

名乃坂

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本編

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「僕と……結婚してください!」
綺麗な装飾の施された花冠を頭に被せられる。それはこの町ではプロポーズを意味する。
「嬉しい……!末永く、よろしくお願いします!」

ずっと、幸せな花嫁に憧れていた。
都会から来た彼は、スマートでカッコよくて、歳も近くて、そして何より、毎日私に会いに来てくれて、贈り物もいっぱいしてくれた。
彼は私のことを心の底から愛してくれているのだと思う。だから、そんな彼と一緒になれることが本当に嬉しかった。
これからは、彼に毎日朝食を作ってあげたいな。でも彼が今までにくれた手料理はどれも美味しかったから、結婚してからもたまには作って欲しいな。子供は何人がいいかな?私達の子供なら、絶対可愛いと思うの。
私はこれからの未来への期待に胸を膨らませていた。あの日、私達は間違いなく幸せを感じていた。

~「n回目のプロポーズ」~

「初めまして!新しくこの町に来た……さんですよね!」
……さん?何故だろう?私はこの名前に聞き覚えがある気がする。

挨拶をした次の日から、彼は私のところへ足繁く通うようになった。
町では珍しく一人暮らしをしている私にとって、彼との時間は幸せだった。
彼から贈り物をもらうことも多く、町の人たちから鈍感と言われる私でも、彼から求愛されていることは分かっていた。
彼はだいぶ年上だけど、そんなことは気にならないくらいに魅力的だった。
付き合う前、彼からは、実は前妻の浮気で離婚歴があり、連れ子もいると明かされた。少しびっくりしたけど、私は「子供が好きだからむしろ嬉しい」と答えた。
前妻の浮気なら、彼に非はないし、何より彼のことが好きだから気にならなかった。

そんな彼に告白されて付き合って、先日プロポーズを受けて、一緒に暮らすこととなった。

「はい。ここが君の部屋だよ。気に入ってくれると嬉しいな!」

彼に案内された部屋に入ると、そこは私の好きな物で溢れている空間だった。私が好きだと話したことのない物まである。

そういえば、彼はどうして交際前から、私の好きな物だけをピンポイントでくれたのだろうか?
ふと疑問が頭をよぎる。考える間もなく、子供達がやってくる。
「あっ、お母さん!」
子供達が駆け寄ってくる。彼が言っていた連れ子なのだろう。子供は六人。一番上の子は20歳近いだろうか。それに対して、一番下の子はまだ幼児だ。
「子沢山……なのね」
子供がいるとは聞いていたけれど、こんなに多いとは思っていなかった。
「ねえ、お母さん聞いてよ!」
子供達は新しい母親という存在に全く違和感がないようだ。子供達の自然な笑顔を見ていると、何だか自分が産んだのではないかとさえ感じる。
あれ?
子供達の顔を見つめる。みんなそれぞれ個性がある。でもみんな彼に似ている。
そして、私に似ている。
心臓が脈打つ。何故か不安になる。この不安は何だろう?あっ、分かった。私は不安なんだ。彼は私を前妻の代わりにしているのだと。
大丈夫。私は愛されている。
自分で自分に言い聞かせる。いや、つい不安になるだけで、自分に言い聞かせる必要もないくらい彼には愛されているのだから。

結婚してから数ヶ月が経った。
私は何度か彼に子供を作らないかと聞いてみるも、その度に「君の体の調子と相談だね」と濁された。
もちろん今いる子供も可愛いけど、私は自分の子供が欲しい。自分の子供を産んで、お母さんになることがずっと昔から夢だったから。

彼は私を溺愛してくれている。それでも私は不安だった。彼と前妻との関係、それから彼と私とのこと。
彼が寝ている間に、彼の書斎へ入る。立ち入りを禁止されているわけではないけれど、普段は閉じられているから、何となく入りにくかった場所だ。
彼の机の引き出しを開けてみる。そこには日記がある。
どれどれ。読んでみよっかな。
これは少しの悪戯心だ。けれど、日記を開いた瞬間、思わず悲鳴が漏れる。
「ひっ……!」
そこに書かれている内容は、彼の20年前の結婚式のことだ。彼と結婚した相手の名前が記されている。それは私の名前なのだ。
意味が分からずにページを捲ると、続きの内容は、子供ができたことや、ひたすらに幸せな結婚生活のことが綴られていた。長いそれらを軽く読み飛ばして次のページに行くと、3年目で、その結婚相手に浮気されたことが書かれている。それから離婚したこと、そして、相手の自分についての記憶を消したこと。
小さい頃に聞いたことがある。この町には、魔女が住んでいるらしい。そしてその魔女は相手の記憶を改竄する黒魔術を持っているのだと。
辻褄が合ってしまう。怖い。
さらにページを読み進めると、彼は再度結婚したようだ。また私と同じ名前の人と。そして幸せな結婚生活を送って、しばらく日が飛んでから相手の記憶を消して、また結婚している。一瞬同じ内容を繰り返しているだけかと思ったけれど、日付はどんどん今に近づいている。そして、最後の方のページは、私と結婚した日の話から、私との結婚生活について綴られている。

「見つけちゃった?」
背後から声がする。振り返らなくても分かる。彼だ。
「ここまで辿り着いたのは今の君が初めてだよ!おめでとう!」
拍手の音が聞こえる。声色は明るいのに怖い。
「私に、何、したの?」
「日記読んでたから分かるでしょ?この町に伝わる黒魔術を使って記憶をなくさせてもらったんだ!君とやり直したくて。あ、あと一応町の人達の記憶も改ざんしてるよ。君と僕に関してのことくらいだけど。親友だった医者と看護師は、軽く家族を人質に脅したら何か理解を示してくれたから、記憶はあまり弄ってないけどね。君の安全な出産のためには正しい状況を理解してもらわないといけないし」
頭が理解を拒否している。それでも必死に声を絞り出して返答する。
「最初の結婚は……20年前……?」
「あっ、言い忘れてたごめん!20年経ってるから君は今僕と同じで40代なんだ!だから今回は新しい子供のこと、手放しに賛成できなかったんだよ。そろそろ出産は心配だからさ」
「えっ……?」
「20代のつもりだったよね。バレないようにこの町から鏡の概念とか化粧の概念とかも消して気付く機会を減らしてたんだ」
怖い。怖い。自分の記憶が改竄されていること。それから、そんな力を持った男に囚われていることが。
「最後に何か質問ある?もうバレたことには変わりないし、何でも答えるよ」
意図が読めない。怖い。何か手掛かりになればと思い、また必死に声を絞り出す。
「こんな、分かりやすいところに、日記を隠してたのは、何で……?」
「ああ、それはね、本当は君にちゃんと気付いて欲しかったし、今までのことを思い出して欲しかったのかも。せっかく20年以上一緒にいて沢山思い出も作ったのに全部なかったことになってたからさ。まあ、バレそうになる度に記憶消してた僕も悪いんだけど」
ふいに後ろから抱きしめられる。
「じゃ、質問終わりね。バレた時用の部屋も用意してあるから、そこ行こっか」
「助け…っ…」
咄嗟に子供達に助けを求めてみる。けれど、起きてきた子供達も「お母さん、もういなくならないで」と言って、彼と一緒に私の腕を掴んでくる。そしてそのまま彼に抱き上げられて、地下室へと運ばれる。そして、薄暗い地下室の鎖に繋がれる。
「じゃあ、まずは思い出話の前に、17年前の浮気のこと、謝って欲しいな。まあ、謝られても、許せないけど……」
気付かなければ良かった。私はもう逃げられない、いや、ずっとことの男に囚われていたのだと悟った。
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