英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新

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三章 若き魔王の初恋(2)

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 ティーゼとルチアーノが見守る中、門から勝手に入って来たルイに気付いたマーガリー嬢が、美しい顔に侮蔑の眼差しを浮かべた。

「あら、魔王様ではありませんか。こうして出回れるほど、お暇なんですの?」
「やぁ、マーガリー嬢、今日も美しいね。僕の事はルイと呼んでよ」

 マーガリー嬢が、汗ばんだ首周りについた髪を手で払いのけながら、ニコリともせずに言った。ルイは、美しい紅玉のような瞳を愛おしげに細めている。

 二人のやりとりが始まってすぐ、ティーゼは、一つの確信に唾を飲み込んだ。


 マーガリー嬢にとって、ルイは完全に恋愛からほど遠い位置付けだ。むしろ、完全にうざがられているような気がする。


 長身で妖艶な美女から険悪な空気を感じ取った周りの騎士達が、そろりと視線をそらして、逃げるように建物へと走り去った。ティーゼは堪らず、ルイ達の方を見つめたままルチアーノの袖を引っ張った。

「……どうしよう、ルチアーノさん。マーガリー嬢の機嫌が最高潮に悪くなっているように見えるんですけど。あの二人には、絶対的な温度差があると思うんですよ」
「見たままでしょうね。彼女の兄上とは文通仲間ですが、やはりルイ様を好ましくは感じていらっしゃらないようで」
「え、ルチアーノさん文通とかやってるんだ、何だか意外……――あぁ! 私が持ってきた手紙がそうなのかッ」

 その時、マーガリー嬢が、気付いたようにこちらを振り返った。彼女のエメラルドの瞳がより鋭くなり、言葉なく「出て来なさい」と威圧的に語っている。

 このままだと怒られそうな危機感を覚えて、ティーゼは恐る恐る、半ばルチアーノを盾にルイのそばに歩み寄った。近い距離から、怖い表情をした背の高い美女をちらりと見上げると、ふと、マーガリー嬢の眉間の皺が薄まった。

「あら、珍しいですわね。陛下がそこの取り巻き以外に人を連れていらっしゃるなんて。その子、人間ですわよね?」
「そうだよ。人間で、僕の友人のティーゼだ」
「『ティーゼ』?」

 マーガリー嬢が思案するような顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻してティーゼを見降ろした。

 視線が真っ直ぐ絡んだ瞬間、ティーゼは、強い緊張感を覚えて背筋をピンと伸ばした。すると、目の前の彼女が「緊張しないで」と気さくなに微笑んだので、今度は、別の意味でドキドキしてしまった。

「十四歳ぐらいかしら。男の子は忙しくなる年頃なのに、あなたも大変ね。ここでは見ない顔だけど、一般人?」
「はいッ。その、少し離れた町から遊びに来たんです」

 ティーゼは、美女と話している実感に興奮を覚えた。十四歳とは、随分小さい子供に見られているようだが、この美貌の微笑みを向けられるのであれば、十四歳の少年だと勘違いされてもいいと思えた。
 
 むしろ、勘違いさせた方が都合が良いのではないだろうか。

 女の子同士として、とルイは口にしていたが、少し考えてみると、彼の恋を応援する立場であるとするのなら、彼とは同性であると勘違いさせた方が、話しをややこしくしないで済むような気もする。

 十六歳の女友達だと打ち明けて、悪い方にこじれたら大変だ。

 そうなったら、彼の初恋が成就するのは更に難しくなる。

 すると、やりとりを見守っていたルイが、ティーゼの性別について訂正するよう口を開きかけた。ティーゼは、チラリと彼に目配せして「任せて下さい」と視線で伝え、黙っているようお願いして、マーガリー嬢にこう言った。 

「ええと、この町には初めて来たんですけど、ルイさんは優しく案内してくれたり、美味しいクッキーをくれたり、それから相談にも乗ってくれて、兄みたいに良い人なんですよ」
「そう。確かに、根は悪くない男よね」

 それは何気ない返答だったが、ティーゼは「おや?」と首を捻った。どうやら、マーガリー嬢はルイそのもの全てを嫌っているわけでもなさそうだ。

 思わずルイを盗み見ると、彼は露骨に嬉しそうな顔をしていた。この調子でもっと聞き出してみて、と期待の眼差しを返されたので、ティーゼは相談された側として仕方なく、もう少し踏みこむため彼女に向き直った。

 演技力には自信がないが、マーガリー嬢が自分を無害な男の子としてみているのなら、いけそうな気もする。

「その、お姉さんはすごく綺麗ですね。理想の彼氏像とかありますか?」
「あら、正直な子なのね。私が気になるの?」

 マーガリー嬢が、どこか面白そうに告げて歩み寄り、近くからティーゼの顔を覗きこんで来た。

 汗をかいているはずなのに、近くまでやって来た彼女からは甘い香りがして、ティーゼは、自分の性別を忘れてくらくらした。

「えっと、そのぉ……」

 思わず、取り繕う言葉も頭から吹き飛んでしまった。横顔に、ルチアーノの心底呆れたような冷やかな眼差しが突き刺さったが、今まで自分の周りには男友達しかいなかったのでしょうがないだろう、とティーゼは心の中で訴えた。

 マーガリー嬢は、恥ずかしがるティーゼに気分を害した様子もなく、クスリと笑った。

「私には、あなたと同じぐらいの弟がいるのよ。姉上の理想になる、と可愛い事を言ってくれる子なの。あら、あなた剣を持っているのね。騎士でも目指すの?」
「いやいやいや、わた――げほげほッ、僕は冒険者になるために、ギルドで修業中の身なんです。僕には家族がいないから、世界中を飛び回って色々なものを見てみたいなぁと思いましてッ」

 ティーゼは、慌てて一人称を『僕』と言い換え、その場で『十四歳の少年ティーゼ』の設定を作り上げた。横顔に、続けてルチアーノの冷ややかな眼差しを感じたが、それに関しては無視した。

 マーガリー嬢は、後半の台詞を感慨深く思ったらしい。険しい目を穏やかに細めると、女性らしい静かな微笑を浮かべた。


「騎士は、昔から私の憧れだったわ。弱い者や大切な者、大事な場所を守るために戦う、優しい正義感に憧れたの。私は既に行き遅れた歳になってしまったけど、そうね、理想というのなら――」


 そこでマーガリー嬢は言葉を切り、思案するような間を置いた。

 幼い少年の質問に真面目に答よううとする彼女の姿勢を見て、ティーゼは「こんな姉が欲しい」という好感を覚えた。素手で害獣を倒すという情報には恐れ入るが、弟を大事にしている、優しい女性騎士なのだとも思えた。


「――強いだけじゃ駄目なのだと思うわ。優しいばかりで何も出来ないのは、愚かだという人もいるけれど。誰よりも優しい強者が、私の理想かしらね」


 そんな人は滅多にいないでしょうけれど、とマーガリー嬢が言葉を締めた。

 誰よりも優しい、とティーゼは口の中で反芻した。

 一瞬、英雄となった幼馴染の顔が脳裏を過ぎったが、同情もあるんだろうなぁと思うと、少し寂しくなった。今は仲が良い幼馴染の関係には戻れているけれど、いつも心配してくれているのが申し訳ない。

 事件の後しばらく、彼は、慣れないような作り笑いを浮かべていた。怪我の後遺症の痛みがなくなって走り回れるぐらいにまでなった時に、「もう大丈夫だよ」と、その手を離してしまえれば良かったとは反省している。

 ここ数年、彼があまりにも自然に優しく微笑むから、今更あの頃の事を掘り返してしまうのも悪く思えて、「まだ怪我の事を気にしているのなら、大丈夫だから、心配しないで」と、どうしても口に出来ないでいるのだ。


「……気持ちって難しいなぁ。思っている事が全部そのまま、相手に伝わってしまえばいいのに」


 思案していたティーゼが、つい腕を組んでそう呟くと、マーガリー嬢がおかしそうに笑った。

「そのために私達は言葉を使うのよ。まぁ、それを平気で悪用する信用ならないクズもいるから、気持ちが伴っているのかは、きちんと見極めた方がいいでしょうね」

 マーガリー嬢はキレイな笑顔で「クズ」の部分を強調して言うと、「またね」とティーゼに別れを告げて踵を返した。ティーゼの隣にいたルイが、「また今度」と良い笑顔で見送ったが、彼女は振り返る事なく建物の中へと入って行ってしまった。

 うわぁ、これは露骨に交友を否定されているな……

 マーガリー嬢は大人の、特に異性に対しては警戒心がすごく強いのかもしれない。そうすると、もしかしたらルイの完璧な美貌と微笑みが、胡散臭く見えている可能性もある。


 つまり、現時点でルイの想いは全く伝わっていないどころか、敵認定されている可能性も浮上してきた。


「……ルチアーノさん、ちなみにルイさんのモテ具合はどんな感じなんですか?」
「魔界の城の廊下を歩いていると、その美貌を直視するか、お声を聞くだけで崩れ落ちる女性が大勢いらっしゃいます」

 と言う事は、ルイが幼馴染の彼よりもモテて、実質的にも優良物件である事には違いないのだろう。アピール方法を変えれば、低い確率とはいえ上手く行きそうな気もする。

 ティーゼだったら、こんな優しい人に想いを寄せられたら、きっと嬉しく思う。


 経験がないから、想像でしかないけれど。
 

 ルイの「戻ろうか」を合図に、ティーゼは、ルチアーノと共に来た道を戻る事にした。
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