男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新

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五章 ラビィと妖獣と氷狼(4)

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 噛みつかれないよう、氷狼の牙を剣で受け止めたまま、ラビは苦痛に呻く氷狼を凝視した。

 よく見れば、氷狼は悔しさに殺気立ち、プライドの高さが今の状況を許せないとばかりに、小さく身体を震わせているのが分かった。雪も氷もない気候が氷狼を苦しませているのか、開いた口からは、小さな流血も見られた。

 氷狼の頭の上から悪鬼が顔を覗かせて、耳障りな声でキィキィと鳴いた。

 乱闘を楽しみ嗤う顔に、ああ、なんて低俗なのだろうと、ラビはノエルが口にしていた悪鬼の存在を把握して強い怒りを覚えた。

 後方にいたジンが短剣を構え、「すまない」と謝った。

「ラビ、お前じゃ無理だ。俺が――」
「ジンッ、このまま氷狼の鬣の中を突き刺せ!」

 ラビは怒りのままに叫んだ。

 悪鬼の顔から笑みが消えた。
 ラビは構わず、戸惑うジンに向かって指示した。

「氷狼は暴走しているだけなんだ。いいからオレを信じて、氷狼の左目の上を真っ直ぐ貫け! そうすればこの氷狼は止まる!」

「くそッ――何がなんだか分からねぇが、了解だ!」

 ラビの気迫に押され、ジンがやけになったように短剣を構えた。彼は短剣を振るい上げると、ラビの上から氷狼の鬣目掛けて「えぇい、神よッ」と短剣を突き刺した。

 それは氷狼の氷の鬣を少し傷つけた程度だったが、ラビの目には、短剣が悪鬼を貫くのがハッキリと見えていた。

 悪鬼が事切れると同時に、氷狼が崩れ落ちて地面に倒れ込んだ。
 ラビは、茫然とするジンの前で剣を下げた。


「……おいおい、こりゃあ一体どうなってんだ?」


 不意に、別方向からそんな呟きが上がった。

 振り返ると、そこには助っ人に駆け付けてくれていたらしい、ヴァンとサーバルがいた。彼らはラビ達のそばで足を止めると、目の前で起こった事が信じられないような顔をした。

「おい、お前ら一体どういう手を使ったんだよ」
「君達は一体何をしたんだ?」

 ヴァンが前髪をかき上げるそばから、サーバルがラビに詰め寄った。

「君は、魔法が使える獣師なのかい!?」
「んなバカな事ある訳ねぇだろカス」

 ラビは冷たく断言した。

 ジンが途端に「汚いうえにひどい中傷だッ」と突っ込み、ヴァンとサーバルが沈黙したが、彼女は三人の動揺を無視して続けた。

「氷狼の鬣のあたりに、視認が難しい小さな害獣がついてる。そいつを叩き潰せば氷狼は止まるから、そういう事で宜しく!」
「は!? ちょッ、待て!」

 止める声も聞かず、ラビはグリセンの元へ向かって走り出した。対策について共有し、指示させるならば彼が適任だろう。

 グリセンは、新たに屋上から飛び降りて来た氷狼を阻止すべく、放火銃を放っていた。氷狼が突破しようと前足を大きく振り上げた時、ラビは地面を蹴り上げると、全体重を掛けて獣の背中を乱暴に剣で打ち付けた。

 氷狼が、衝撃に四肢を折り曲げた。
 彼女は氷狼の後ろに着地してすぐ、振り返りざまグリセンに向かって叫んだ。

「グリセンッ、その放火銃を氷狼の左側頭部に打ち付けろ!」

 グリセンは突然の怒号に驚いたのか、「ひぃ!?」と悲鳴を上げて、持っていた放火銃を、ほぼ反射的に振り回して氷狼を勢いよく打った。
 
 氷狼の鬣の横にしがみついていた悪鬼が潰れ、氷狼が地面に崩れ落ちるのを見届けると、ラビはグリセンに、氷狼の対処法について手短に伝えた。出来るだけ他の人にも指示して欲しいと頼むと、警備棟から既に離れ始めている氷狼に狙いを定めて走った。

 しかし、その途中、ラビはセドリックとユリシスとバッタリ顔を合わせた。

 出会い頭、ラビは質問攻めにされたが、「うるっさい!」「そんな暇ないッ」と怒鳴って彼らを黙らせると、言葉早く対処法を伝えた。

「目に見えない害獣を叩けばどうにかなるから。警備棟の屋上から侵入されて、グリセンの方が手薄になってるみたいだし、頼んだぜ!」
「待って下さいラビッ、一人でどこへ――」

 セドリックが制止の声を上げたが、ラビは駆け出しがてら、一度だけ振り返り「頑張れよ副隊長!」と言って走り去った。

              ※※※

 見えない害獣が付いている、と聞いた騎士達は、半信半疑ながらも行動に移った。しかし、打ち所によって呆気なく氷狼が意識を失う事を実感すると、「よく分からねぇけど、やるぞぉ!」と、猛然として氷狼の群れに立ち向かった。

 騎士団の包囲網をかいくぐった氷狼については、包囲網の外で待ち構えていた黒大狼のノエルが対応にあたり、氷狼達の氷の体表の刺を砕きながら悪鬼を潰した。

 ラビは騎士達をサポートしながら、出来るだけ一頭でも多くの氷狼を鎮静化させるべく走り回っていた。地面に転がる獣の数も増えていたが、住民達が避難した警備棟の周囲は、立ち向かう騎士よりも氷狼の姿がまだ圧倒的に多かった。

 他の騎士と共に、三頭の氷狼と応戦していたテトが、ラビに気付いて注意をそらした時、そのうちの一頭が彼の脇を通過した。

「うわッ。すまんそっちに行ったぞ!」

 ラビはテトの声よりも早く反応すると、向かって来る氷狼に剣を構え、繰り出される爪先をぎりぎりでかわし、氷狼の耳の辺りに立っていた悪鬼を切り裂いた。テトが「助かったぜ!」と軽く手を振り、ラビも後ろ手を振って応えた。

 警備棟の敷地内では、屋上から続々と降りてくる氷狼にグリセンが放火銃を放ち、セドリックとユリシスが、動きが鈍くなった氷狼を素早く鎮圧していた。しばらくすると、屋上から、複数名の騎士が顔を覗かせて叫んだ。

「今下っていった氷狼が最後です!」
「我々も、階下に降りて応戦します!」
「こちら死者なし!」

 ラビは、男達の張り上げる声を聞きながら、目先の氷狼に飛び掛かり、狙いを定めて悪鬼を突き刺した。「死者はなし、か」と半ば安堵の息を吐きつつ、乱闘の喧騒を聞きながら屋上へと目を向けやる。


 その時、不意に後方から、一つの濁声が聞こえた。


『お前、俺達が見えるな?』

 キィキィと語尾が嗤い、ラビは反射的に振り返った。

 そこには、折れた脚を引きずり歩く、一頭の大きな氷狼がいた。その頭上に腰を下ろした悪鬼が、真っ直ぐラビを見据えて、一つしかない赤い目を見開いたまま首を傾げる。

『――お前が、あの妖獣の使い手か?』
「え……?」

 言葉が喋れるのか、とラビが場違いな事を考えていると、悪鬼がニィっと目を細めた。


『ならば、使い手さえ潰せば、あの邪魔な妖獣は退場させられる訳だな。お前が、アレを召喚して従えているのだろう?』


 ラビには一瞬、悪鬼の言葉の意味が理解出来なかった。ノエルの口から、使い手という言葉は何度か聞いていたが、妖獣やその使い手とやらも既に現代にはないはずで――

 そこまで考えたところで、ノエルの話を思い出した。

 悪鬼が、古い時代の記憶のままにいるのだとしたら、彼らの中では妖獣や使い手が、この世界に当然のように溢れていると思っているのだろう。ラビは、警戒して身構えた。

『お前からは力を感じないが、――まぁあの妖獣も特に能力はないようだから、たまたまガキの召喚契約が成功したって口か? 妖獣が、契約もなしに人間側につく事もあるまい』 

 悪鬼は考えるように続け、細かい針のような歯を見せた。

 ラビは、不意に五感が重くなるような違和感を覚えた。恐怖を感じた訳ではないのに、得体の知れない何かが手足に絡みついたように動けなくなった。ひどい耳鳴りがすると同時に立ち眩んでしまい、顔を顰めて耐えた。

 それは、僅かな時間のはずだった。

 身体の違和感が解けると同時に、辺りの騒がしさが耳に飛び込んで来て、ラビはギョッとした。

 知った声が口々に「逃げろ」と叫ぶ声まで聞こえて、ハッとしてそちらに目を走らせる。見開いた眼前に、こちらに飛び込んでくる二頭の氷狼の姿が見えた。

 その後方から駆けて来るセドリックやユリシス、ジンやヴァンやサーバル、気付いて蒼白するグリセンや、テトの顔が、やけにはっきりと認識出来た。

 あ、まずい。どうしよう。

 一瞬、ラビの思考が停止した。二頭同時に相手にするのは無理だと分かって、咄嗟に判断出来なかった。



 ちょうどその時、町を見回っていた二人の騎士が、騒ぎを聞いて、例の荷車を押しながら戻って来た。彼らは黒大狼と氷狼、そして攻防を繰り広げる騎士団の惨状に悲鳴を上げた。

「この荷車は一体どうしたらいいんですか副隊長ッ!?」

 自分達も戦います、と彼らは上司へ指示を仰いだ。



 その声を聞いた途端、ラビは我に返り反射的に剣を構えていた。

 ここまで距離を近づけられたら、倒せても一頭だけだろうと考えながらも、二頭の氷狼と対峙すべく眼前を睨み据えた。一頭目の氷狼の突進の軌道を読むと、身を翻して悪鬼を切り払った。

 同時に二頭目が強靭な前足で宙を裂き、避けられずに肩を打ち払われて、ラビは強烈な痛みと共に地面の上を二、三回転した。

 強打された左肩から腕にかけて、激痛が走った。爪が当たった腕が、冷た過ぎて痛いのか、熱いのか分からなくなる。

 苦痛に叫び出しそうになる悲鳴を飲み込み、奥歯を噛みしめた。爪が突き刺さったか、もしくは腕の肉をもぎ取られたものだと覚悟したが、腕を押さえた際に、激しい流血がない事に気付かされた。

 痛みで滲んだ視界で腕の状況を確認してみると、形もちゃんと残っていた。袖が切れて皮膚に鋭い切り傷が入っている程度で、比較的傷は浅く済んでいる。


 強烈な一撃を放った氷狼と、先程の悪鬼が操る大きな氷狼の二頭が、ラビに止めを刺すべく走り出した。

 
 その瞬間、まるで雷が落ちたような、恐ろしい獣の咆哮が空気を震わせた。
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