治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新

文字の大きさ
11 / 58

10話 嫡男様と、新治療係

しおりを挟む
 治療係は、教育的指導をする教師のようなものだ。

 そう、エリザは就任一日目で思った。

 これから付きっ切りで治療係として仕事をするため、屋敷の二階の一室を借りることになった。

 ふかふかのベッド、立派な机。衣装タンスなども揃っている立派な部屋だ。すごく広い客人用の浴室も使っていいとのことが、エリザ的に一番嬉しいことだった。

 できるだけ同行し、ジークハルトの治療にあたる。毎日報告をまとめ、ラドフォード公爵の仕事を邪魔しないよう報告書を提出する。

 驚いたことは、ジークハルトが『殿下』の護衛騎士であることだった。

 わざわざ臨時で就任する治療係のために、『殿下』が顔合わせも兼ねて彼の半日を休暇にしたのには恐縮した。

 とはいえ、これからジークハルトの問題に関しては、治療係であるエリザに全て投げられるのだ。

 ――つまり、引きこもりも同様である。

「親睦を深めつつ屋敷内を案内してもらおうと思ったのですが……」
「初日からボイコットですか」

 部屋に荷物を仕分け、書斎室でラドフォード公爵と報告までの流れを話し合ったのち、セバスチャンに申し訳なさそうに告げられた。

 前向きであると聞いていただけに、早々に人見知りを発動されるとは思っていなかった。

「私、やはり彼の治療係としてはだめなのでは――」
「いいえ、そうではないのです」

 セバスチャンがやんわりと否定した。

「先日のエリオ様のお話をお聞きになられた旦那様が、少しでも協力をしようと、まずは症状を確認するために何人か手配し、案内する先々に用意しているのです」

 それを聞いて、エリザは悟りを得たように遠い目をした。

「ああ、つまり罠に嵌められる気配を本能的に感じている、と」

 すると、セバスチャンが「恐らくは」と控えめに肯定した。

 帰宅してきたジークハルトは、「女性の気配が増えているような気がする」と不安をこぼし、真っすぐ私室に閉じこもってしまっているのだという。

「ルディオは――仕事でしたっけ」
「はい。坊ちゃまの代わりに護衛業に入っているかと」

 直して間もない扉を、また壊すというのも気が引ける。

「壊すことが前提なのでございますか?」
「思考がつい口からこぼれましたが、違います。誤解されないように言っておくと、私は物理的に物事を解決しようとは考えていません」

 凛々しい顔をしたエリザを、セバスチャンはそうかなという顔で見ていた。

 道のりと扉の形を覚るために、彼に案内されジークハルトの私室へ向かう。とにかく屋敷は広くて、扉がたくさんあるのもややこしかった。

(時間がかからず説得できるといいけどなぁ)

 彼女はそう祈りながら、扉を二、三回ノックした。

「ジークハルト様、いらっしゃいますか? 本日より、短い間ですが治療係に就任した〝エリオ〟です」

 呼ばれるのと同じく、自分でそう名乗るのも慣れない。

(友達はルディオしかいないし、他からは【赤い魔法使い】としか呼ばれないもんな)

 しかし、この男の恰好で『エリザ』と名乗ると、相手が性別を勘違いしていた場合は『実は女性なんですよ』言葉を続けるのもややこしい。

 すると、数秒もしないうちに扉がゆっくりずつ開かれた。

 そこから、騎士服に身を包んだジークハルトが顔を覗かせた。一回目の対面と変わらず、明るい栗色の髪が似合う眩しすぎる美しいお顔である。

 ――扉から頑なに手を離さず、廊下の左右を確認していなければ完璧だったに違いない。

「ジークハルト様、いったい何をされているのでしょうか」

 エリザは、ひとまず笑顔を作って尋ねた。なんとなく推測できたので、こうでもしていないと顔面に全部思いが出そうだ。

「じょ、女性が隠れたりしていませんか?」
「隠れていません。ここにいるのは、私とセバスチャンさんだけです」

 もしや、とエリザは不意に思い至る。

(本能的に、目の前にいる私が女性だと勘付いているとか?)

 ジークハルトから距離を取ろうとしたエリザは、ほっとした彼の、続いた言葉を聞いた途端に拍子抜けした。

「何かあれば、あなたが守ってくれると父から聞いているので安心です」

 あなたの本能、どこか故障しているのでは。

 思わず心の中でツッコミした。

(守るってなんだ。相手はか弱い女性なんだけど、詳細を知っている側からみるととことんヘタレ野郎だよ?)

 エリザは顔が引き攣りそうになった。

 それが顔面に滲みでしていたのだろう。セバスチャンから目配せをされて、咳払いをする振りで表情を戻す。

 治療係がいれば大丈夫、と彼が思ってくれるのもまたいい兆候だ。

 これは彼が出歩ける環境を作れるチャンスである。

 ジークハルトには悪いが、彼の女性恐怖症がどれだけのものか確認したくもある。ラドフォード公爵が張っているという罠、もとい作戦に乗り出していただこう。

「お任せください、ジークハルト様。あなた様は私が守りますので、積極的に出歩くべきです」

 エリザは凛々しい顔でそう言い切った。

 なんとも正義感を漂わせ見事な嘘を断言しきった――と、のちに屋敷内で使用人が話しているのを聞くことになる。

 ジークハルトが私室から出てきてくれたので、そこでエリザは仕事もあるセバスチャンと別れた。

「案内、本当に大丈夫ですか? なんならセバスチャンさんを呼び戻して――」
「その必要はないです。大丈夫です。僕が案内したいので」

 エリザは、歩き出した彼を不思議そうに見上げた。

「ほら、エリオとはまだ二回目の顔合わせですから」

 意外と治療係にも律儀なのかな、とか彼女は思った。

 ジークハルトに案内されて、まずは二階から回ることになった。

 彼が出歩く時はメイドに外出禁止令でも出ているのか、一階に向かう階段からも女性の使用人を見掛けなかった。

 不思議に思ってジークハルトに訊いてみると、彼が出歩くルートは事前にセバスチャンに伝えられており、その時間に合わせて女性の使用人は動いているらしい。

(仕事を振り分けるの、セバスチャンさんも大変だろうなぁ)

 エリザは、彼が大変優秀さであるのを感じた。

 とはいえ、エリザもまたラドフォード公爵に雇われている身だ。

 公爵邸の主要な使用人を知らないようでは困る。せめて屋敷内を取り仕切る立場にいる女性くらいは紹介して欲しいと頼むと、あっさり「分かりました」と返事があった。

「まずは侍女長を紹介します」
「え、いいんですか?」
「実は、彼女は僕が産まれた時から世話になっているので、近付くだけであれば大丈夫なんですよ」
「はぁ、なるほど? ……逃げだしたい衝動はないということですか?」
「…………震えは出ません」

 進んで顔を会わせられるほど平気ではない、ということのようだとエリザは解釈した。

 侍女長のもとへ案内されながら、エリザは毅然とも見えるジークハルトの綺麗な歩き姿をこっそり眺めた。

(公爵様が屋敷内に罠を張れたのも、彼が事前に歩く範囲をセバスチャンに伝える環境があったからできたことなんだなぁ)

 症状を確認できるように手配したというから、その人達は全て女性だろう。

 次の治療係が探される間までの短い期間なので、就任初日にジークハルトの女性恐怖症の症状を見られるのは有り難い。

(うん。フォローはしよう)

 心の中で、隣をあるくイケメンに合掌する。

 一階の使用人側の廊下を進むと、部屋の一室から時事長は出てきた。

「わたくしは侍女長を務めさせていただいております、モニカと申しますわ」

 きっちり指を揃えて前で組み、彼女は見本のような挨拶をした。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...