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18話 まさかの人物
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彼はエレノアが「とうです」と言わんばかりに同意や共感を求めるたび、引き攣った愛想笑いが強まっていた。
(おい。美女になんて顔をしているんだ)
羨ましがっている周りの男性達が、かわいそうだ。
彼女は政治や事業話にも積極的な女性のようで、ぜひ意見を訊きたいとジークハルトに迫る勢いで話しかけ続けている。
(うん、すごく頭がよくて素晴らしい女性だ)
妖精的美少女も捨てがたいが、これはこれでいい。
ある種、他の令嬢達にない強烈さが魅力的だった。エリザは、周りの男性達から「踏まれたい……」というやばい願望を聞いたのだが、つい心の中で同意してしまったほどだ。
その時、不意に後ろから軽く肩を叩かれた。
ハッとした時、囁かれる声が聞こえた。
「エレノア嬢は、一度話し出すと長いよ」
そこには、ジークハルトとは違うタイプの美貌を持った青年がいた。ふわりと揺れる淡い金の髪、垂れた切れ長の青い瞳は知性を感じさせるのに、妖艶な笑みが大変マッチして似合っている。
(……誰だろう?)
生粋の貴族そうだが、これまで見てきた男達と違っていた。
なんというか、全身にまとっているオーラが飛びぬけてきらきらしているというか……。
「ジークハルト様のお知り合いですか?」
また声を掛けられた可能性を考え、こそっと尋ねた。
彼が顎をなぞりながら、なんだか愉快そうな笑みを浮かべた。
「そうだよ、ジークのことはよく知っている。後ろに控えている君がサポーターだということもね」
「はぁ、そうなのですか。なら今は忙し――」
「彼女は良くも悪くも注目を集めるから、ここではゆっくり話せないね。少しこちらへおいで」
エリザの意見も待たず、彼が彼女の黒いマントローブをつまんで引っ張った。
「あ、あのっ、私は今、ジークハルト様と離れるわけにはっ――」
「大丈夫だよ。君と少し話がしたいだけだから、ジークから見えない位置までは離れない。あそこは少し賑やかになるだろうからさ」
そう言った彼が、「ほら、ごらんよ」と指を差した。
視線を戻してみると、エレノアとジークハルトの周りに多くの紳士達が集まり始めていた。いったい何事だと思ったら、彼女が専門的な意見を求めて自分から人を集めている。
「うわー、すごい」
まるで学会会議のような難しい単語が飛び交い出した。ジークハルトは迫るエレノアとの間に紳士をさりげなく置いてはあとずさる、を必死に繰り返している。
(……まぁ、集まっているのが男性だからまだ大丈夫、かな?)
彼の成長のためにも、せめて数分は頑張ってもらいたい気持ちもあった。
「それで、お話とは?」
人混みから少し離れた位置で立ち止まった彼に、改めて尋ねた。
ジークハルトを愛称で呼ぶことから、親しい間柄だとは推測していた。先程のハロルドや、ルディオと同じく〝事情を知る者〟でもあるのだろう。
けれど、少し、相手の正体に関して嫌な予感も覚えている。
男が着ている正装服は、身分でも示すみたいなデザインも入っていた。軍服のようにどこかかっちりとしていて、それでいて宝石飾りや金の装飾も多い。
すると観察していることに気付いているのか、彼の垂れた瞳が怪しげに細められた。
「初めまして、【赤い魔法使い】の〝エリオ〟殿?」
その第一声に、「あ」とエリザは察知した。
彼は『まさにその通り』と言わんばかりに、にっこりと笑ってうえで、曖昧にはせずストレートに口にしてきた。
「こんなに可愛い女の子なのに、どうして皆間違えるんだろうね? ああ、私はレヴァン王国の第一王子、フィサリウス・レヴァンだ。ジークとは幼馴染で、歳は彼より一つ上の二十歳だよ。まぁ君の本名は知らないので、ひとまずのところは〝エリオ〟と呼んでもいいかな?」
たった短い言葉だけで言い負かされた感があった。
(まさかとは思っていたけど、王族……)
以前、ルディオもラドフォード公爵も『殿下』と口にしていた。それは、彼のことだったのだ。
「大変失礼をいたしました、殿下」
エリザは緊張しつつ、胸に手を添えて頭を下げた。
「あなた様がこの国の王太子殿下だったとは知らず、本当に申し訳なく――」
「気にしなくていい。私としては少し〝興味深かった〟。かなり広く顔が知られているという認識でいたが。あ、そうそう、名前の件の返事を聞いていなかったね」
「えと……お好きにお呼びください」
第一王子フィサリウスが、ニヤリとした。
「それにしても、君の作った報告書はすごく読みやすい。私も拝見させてもらっている」
「え」
まさかの経由で彼にまでチェックされていることに、思考回路が白くなる。
「ジークは、私にとってなくてはならない騎士だからね。改善して欲しいと願っているんだ」
「あ、それで……」
「就任し数日だけど、どう? 順調そう?」
意外と気さくななお方であるようだ。
にこやかに首をかしげて問われ、エリザは思い返しつつ答える。
「はぁ、その、数日は観察と考察にあてましたので、本格的に動いたのはこの舞踏会が初めてです」
「へぇ、それは意外だ。ジークがすごく安定していて前向きに――まぁいいか。私もできる限り協力するから、使えそうな人材や教材があれば躊躇せず手配させればいいよ」
王太子天下に頼むなんて畏れ多い。
そもそもラドフォード公爵もそうだが、彼も〝異国から来た強い魔法使い〟に期待し過ぎているのではないだろうか。
初めて対面したにもかかわらず、フィサリウスの瞳には好奇心の輝きしかないのも不思議だ。
「臨時なので短い間ではありますが、できる限りのことはしたいと考えています。ただ……近いうちに女だとバレてクビになるような気もしますけど」
彼がその話題を口にしてきた時と同じく、エリザも声を潜める。
「急に辞めさせられることにはならないと思うよ」
迷わず断言されて、驚く。
するとフィサリウスが、自身の美貌を最大限に活かすようににっこりと微笑んだ。エリザが胡乱そうにあとずさりすると、彼は面白そうに目を細めた。
「こんなに信用されないのも初めてだなぁ。大抵の子は顔を真っ赤にして納得してくれるのに。僕の勘って外れたことがないんだよ?」
「はぁ、勘なのですか……」
余計信用ならないなと思っていると、フィサリウスがまた極上の笑みを浮かべた。
(なんか、確信に燃えることがあるからそこも発言にも感じるんだけど……)
そんな疑問を覚えた時、彼が向こうを見て「おや」と言った。
そこはジークハルトがいた場所だ。何か起こっていることを勘ぐってばっと目を向けて、エリザは安堵する。
そこに、エレノアと話すということを達成したジークハルトがいた。
(よかった、自分で無事に切り抜けられたみたい)
だが直後、エリザは「え」と固まる。
目が合った途端、ジークハルトが眉を八の字にして瞳を潤ませた。
(え、待って。ここで泣いたら台無しになるんじゃないの?)
案の定そうだったようだ。隣にいたフィサリウスが「まずいなぁ」と間延びした声で呟いた。
「ここで情けない姿をさらすわけにはいかないから、エリオ、君には少し付き合ってもらうよ」
「へ? ――うわっ」
ぐいっと腰を引き寄せられた次の瞬間、エリザはフィサリウスの脇に抱えられていた。
(……待って。この状況、何?)
王太子に片腕で持ち上げられている状況が、すぐ呑み込めなかった。
(おい。美女になんて顔をしているんだ)
羨ましがっている周りの男性達が、かわいそうだ。
彼女は政治や事業話にも積極的な女性のようで、ぜひ意見を訊きたいとジークハルトに迫る勢いで話しかけ続けている。
(うん、すごく頭がよくて素晴らしい女性だ)
妖精的美少女も捨てがたいが、これはこれでいい。
ある種、他の令嬢達にない強烈さが魅力的だった。エリザは、周りの男性達から「踏まれたい……」というやばい願望を聞いたのだが、つい心の中で同意してしまったほどだ。
その時、不意に後ろから軽く肩を叩かれた。
ハッとした時、囁かれる声が聞こえた。
「エレノア嬢は、一度話し出すと長いよ」
そこには、ジークハルトとは違うタイプの美貌を持った青年がいた。ふわりと揺れる淡い金の髪、垂れた切れ長の青い瞳は知性を感じさせるのに、妖艶な笑みが大変マッチして似合っている。
(……誰だろう?)
生粋の貴族そうだが、これまで見てきた男達と違っていた。
なんというか、全身にまとっているオーラが飛びぬけてきらきらしているというか……。
「ジークハルト様のお知り合いですか?」
また声を掛けられた可能性を考え、こそっと尋ねた。
彼が顎をなぞりながら、なんだか愉快そうな笑みを浮かべた。
「そうだよ、ジークのことはよく知っている。後ろに控えている君がサポーターだということもね」
「はぁ、そうなのですか。なら今は忙し――」
「彼女は良くも悪くも注目を集めるから、ここではゆっくり話せないね。少しこちらへおいで」
エリザの意見も待たず、彼が彼女の黒いマントローブをつまんで引っ張った。
「あ、あのっ、私は今、ジークハルト様と離れるわけにはっ――」
「大丈夫だよ。君と少し話がしたいだけだから、ジークから見えない位置までは離れない。あそこは少し賑やかになるだろうからさ」
そう言った彼が、「ほら、ごらんよ」と指を差した。
視線を戻してみると、エレノアとジークハルトの周りに多くの紳士達が集まり始めていた。いったい何事だと思ったら、彼女が専門的な意見を求めて自分から人を集めている。
「うわー、すごい」
まるで学会会議のような難しい単語が飛び交い出した。ジークハルトは迫るエレノアとの間に紳士をさりげなく置いてはあとずさる、を必死に繰り返している。
(……まぁ、集まっているのが男性だからまだ大丈夫、かな?)
彼の成長のためにも、せめて数分は頑張ってもらいたい気持ちもあった。
「それで、お話とは?」
人混みから少し離れた位置で立ち止まった彼に、改めて尋ねた。
ジークハルトを愛称で呼ぶことから、親しい間柄だとは推測していた。先程のハロルドや、ルディオと同じく〝事情を知る者〟でもあるのだろう。
けれど、少し、相手の正体に関して嫌な予感も覚えている。
男が着ている正装服は、身分でも示すみたいなデザインも入っていた。軍服のようにどこかかっちりとしていて、それでいて宝石飾りや金の装飾も多い。
すると観察していることに気付いているのか、彼の垂れた瞳が怪しげに細められた。
「初めまして、【赤い魔法使い】の〝エリオ〟殿?」
その第一声に、「あ」とエリザは察知した。
彼は『まさにその通り』と言わんばかりに、にっこりと笑ってうえで、曖昧にはせずストレートに口にしてきた。
「こんなに可愛い女の子なのに、どうして皆間違えるんだろうね? ああ、私はレヴァン王国の第一王子、フィサリウス・レヴァンだ。ジークとは幼馴染で、歳は彼より一つ上の二十歳だよ。まぁ君の本名は知らないので、ひとまずのところは〝エリオ〟と呼んでもいいかな?」
たった短い言葉だけで言い負かされた感があった。
(まさかとは思っていたけど、王族……)
以前、ルディオもラドフォード公爵も『殿下』と口にしていた。それは、彼のことだったのだ。
「大変失礼をいたしました、殿下」
エリザは緊張しつつ、胸に手を添えて頭を下げた。
「あなた様がこの国の王太子殿下だったとは知らず、本当に申し訳なく――」
「気にしなくていい。私としては少し〝興味深かった〟。かなり広く顔が知られているという認識でいたが。あ、そうそう、名前の件の返事を聞いていなかったね」
「えと……お好きにお呼びください」
第一王子フィサリウスが、ニヤリとした。
「それにしても、君の作った報告書はすごく読みやすい。私も拝見させてもらっている」
「え」
まさかの経由で彼にまでチェックされていることに、思考回路が白くなる。
「ジークは、私にとってなくてはならない騎士だからね。改善して欲しいと願っているんだ」
「あ、それで……」
「就任し数日だけど、どう? 順調そう?」
意外と気さくななお方であるようだ。
にこやかに首をかしげて問われ、エリザは思い返しつつ答える。
「はぁ、その、数日は観察と考察にあてましたので、本格的に動いたのはこの舞踏会が初めてです」
「へぇ、それは意外だ。ジークがすごく安定していて前向きに――まぁいいか。私もできる限り協力するから、使えそうな人材や教材があれば躊躇せず手配させればいいよ」
王太子天下に頼むなんて畏れ多い。
そもそもラドフォード公爵もそうだが、彼も〝異国から来た強い魔法使い〟に期待し過ぎているのではないだろうか。
初めて対面したにもかかわらず、フィサリウスの瞳には好奇心の輝きしかないのも不思議だ。
「臨時なので短い間ではありますが、できる限りのことはしたいと考えています。ただ……近いうちに女だとバレてクビになるような気もしますけど」
彼がその話題を口にしてきた時と同じく、エリザも声を潜める。
「急に辞めさせられることにはならないと思うよ」
迷わず断言されて、驚く。
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「こんなに信用されないのも初めてだなぁ。大抵の子は顔を真っ赤にして納得してくれるのに。僕の勘って外れたことがないんだよ?」
「はぁ、勘なのですか……」
余計信用ならないなと思っていると、フィサリウスがまた極上の笑みを浮かべた。
(なんか、確信に燃えることがあるからそこも発言にも感じるんだけど……)
そんな疑問を覚えた時、彼が向こうを見て「おや」と言った。
そこはジークハルトがいた場所だ。何か起こっていることを勘ぐってばっと目を向けて、エリザは安堵する。
そこに、エレノアと話すということを達成したジークハルトがいた。
(よかった、自分で無事に切り抜けられたみたい)
だが直後、エリザは「え」と固まる。
目が合った途端、ジークハルトが眉を八の字にして瞳を潤ませた。
(え、待って。ここで泣いたら台無しになるんじゃないの?)
案の定そうだったようだ。隣にいたフィサリウスが「まずいなぁ」と間延びした声で呟いた。
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