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20話 嫡男様はご褒美が欲しい?
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「あれ? おかしいな……」
助かった、という気持ちよりも疑問符が頭に浮かぶ。
相手が男だと思っているからだろう。ジークハルトは、エリザの呟きの意味が分からない様子で首を傾げていた。
フィサリウスが、ひっそり息を吐きながら肩から力を抜いた。
「……友人が無事で何よりだ。ストレスは身体に悪いから、無理をせずに帰るといい。私は先に退出させてもらうから、また明日会おう、ジーク」
「はい。おやすみなさい、フィー。良い夢を」
ジークハルトが、向こうの関係者出入り口をくぐるフィサリウスを見送った。
二人の会話を聞きながら、エリザは蕁麻疹などの症状が出なかった原因にハッと思い至った。
(つまり、ジークハルト様の女性感知能力がまたしても働かなかったんだ)
嘘でしょ、と思う。
気配のみならず、触れる行為にでも無反応。さすがに触られたら女性であると気付かれるのに、どうして彼にはバレないのか!?
すると、ジークハルトが両手をわななかせているエリザに気付いた。
「エリオ、どうしました?」
「……いえ、別に」
不可解なことは、もう一つある。
いつの間にか、ジークハルトが普通に名前を呼んでいることだ。
(確か初めの頃は、【赤い魔法使い】とか口にしていた気がするけど……)
いや、そもそも蕁麻疹の件については、彼はひどく混乱して泣いていたのだ。もしかしたら女性感知能力も、誤作動を起こしたのかもしれない。
(そうだよ。あれだけ高性能なんだから、まさか肉体レベルで私が男認定されるとは思えないし!?)
自分に言い聞かせるようにエリザは思った。
今後は、気を付けよう。そういったん胸を落ち着けた時、ジークハルトに覗き込まれてハッとする。彼のアイスブルーの瞳が、期待に輝いていてびっくりした。
「ジークハルト様?」
「エリオの指導が、ご褒美をいただける仕様だったとは気付きませんでした。子供のうちだけだと思っていたので、嬉しいです」
まさか、食いついてくるとは思わなかった。
「えーっと…………その、頑張ったらご褒美、っていう方が気持ち的にも楽しく頑張れるかなぁ?と思いまして」
彼は中身が幼いのだろうか。
だが、まぁ、出まかせの発言とはいえ、彼がやる気になってくれるのであればエリザとしても歓迎だ。
嬉しいと感じてくれている気持ちを無碍にもしたくない。
エリザは、急きょその案を取り入れることを考えた。ジークハルトが大人であることをいったん脇に置いて、子供だったらどんな流れが嬉しいか思案する。
「そう、ですね。ええと、毎回同じ物だと飽きられると思いますから、課題の難易度に応じて、私に用意できる範囲内でジークハルト様の希望を叶えることにします。簡単なミッションに関しても、その都度キャンディーをプレゼントいたします」
キャンディーくらいだったら、エリザの貯金でも難なく買える。
ジークハルトが満足げな笑顔を浮かべた。泣いたあとのせいか、その笑顔はやけに幼い感じにも見えた。
(まぁ、一件落着。良かった――)
期待に応えられたようで何よりだ。
そう思って心の中で一息ついた時、不意に、ジークハルトがどこか恥ずかしそうに両手を開いてきた。
「え。なんですか、ジークハルト様?」
「ご褒美は、僕が決めてもいいのでしょう? それなら……抱き締めてもいいですか?」
「なぜ!?」
思わず、エリザの口から心の声がまんま出た。
腰からようやく引き剝がして安堵したばかりだというのに、どうして彼はこのタイミングで抱擁なんて求めてくるのだ。
(ふ、服越しとはいえ、さっきと同じでぎゅっとするってことだよね?)
思わず後ずさりしたら、ジークハルトが同じ分だけ歩み寄りながら言う。
「昔、怖いことを我慢した時に、よく父に抱き締めてもらったのを思い出しました。そうすると、すごく安心できたんです」
「あ、なるほど。さっきの怖い気持ちがまだ残っているんですね」
納得した。しかし、受け入れるかどうかは話が別だ。
「でもですね、それは肉親相手だからであって、私はただの治療係ですし――ぴぎゃっ」
言っている最中だったのに、両手でがばりと抱き締められた。
エリザは咄嗟に降参ポーズを取った。彼の固い胸板に押し付けられて、高い体温に困惑しながら数秒固まっていた。
(これは、いったいどういう状況なんだろう……)
経験になかったものだから、緊張も相まって心臓がすごいことになっている。
と、ジークハルトが解放してくれた。
エリザは、呆けたように彼を見上げた。ジークハルトが少し照れたように笑って、指先で頬をかく。
「エリオのおかげで、もう少し頑張れそうです。よければ会場に戻って、最後にデザートを食べませんか?」
お誘いは嬉しい。しかし、エリザはショックを受けた。
(……これって、もしかしなくても私、肉体レベルで男だと思われてるのでは……?)
ほろりと涙が出そうになる。
(いや、いやいやいやっ、もしかしたら彼の女性感知能力がショックでいったん壊れただけかもしれないしっ)
エリザは、そう思うことで女性としての威厳を取り戻そうとした。
だが会場に戻ってケーキを食べたのち、彼の父であるラドフォード公爵を探そうとして移動しようとした矢先、ジークハルトがうっかり令嬢と肩が当たってしまって蕁麻疹が出た。
異変は即効だった。エリザは「えぇぇ」と声がもれた。
事情を知っている近衛騎士達が駆け付けて、速やかに控室へ連れて行ってくれた。その騒ぎでルディオとも会えた。
「なぁエリオ、責任感じてんのか? そんな落ち込むなって」
「私が落ち込んでいるのはそこじゃない……」
ルディオは、きょとんとしていた。
しばらく控え室でジークハルトを休ませている間に、ラドフォード公爵が迎えに来てくれたのだった。
助かった、という気持ちよりも疑問符が頭に浮かぶ。
相手が男だと思っているからだろう。ジークハルトは、エリザの呟きの意味が分からない様子で首を傾げていた。
フィサリウスが、ひっそり息を吐きながら肩から力を抜いた。
「……友人が無事で何よりだ。ストレスは身体に悪いから、無理をせずに帰るといい。私は先に退出させてもらうから、また明日会おう、ジーク」
「はい。おやすみなさい、フィー。良い夢を」
ジークハルトが、向こうの関係者出入り口をくぐるフィサリウスを見送った。
二人の会話を聞きながら、エリザは蕁麻疹などの症状が出なかった原因にハッと思い至った。
(つまり、ジークハルト様の女性感知能力がまたしても働かなかったんだ)
嘘でしょ、と思う。
気配のみならず、触れる行為にでも無反応。さすがに触られたら女性であると気付かれるのに、どうして彼にはバレないのか!?
すると、ジークハルトが両手をわななかせているエリザに気付いた。
「エリオ、どうしました?」
「……いえ、別に」
不可解なことは、もう一つある。
いつの間にか、ジークハルトが普通に名前を呼んでいることだ。
(確か初めの頃は、【赤い魔法使い】とか口にしていた気がするけど……)
いや、そもそも蕁麻疹の件については、彼はひどく混乱して泣いていたのだ。もしかしたら女性感知能力も、誤作動を起こしたのかもしれない。
(そうだよ。あれだけ高性能なんだから、まさか肉体レベルで私が男認定されるとは思えないし!?)
自分に言い聞かせるようにエリザは思った。
今後は、気を付けよう。そういったん胸を落ち着けた時、ジークハルトに覗き込まれてハッとする。彼のアイスブルーの瞳が、期待に輝いていてびっくりした。
「ジークハルト様?」
「エリオの指導が、ご褒美をいただける仕様だったとは気付きませんでした。子供のうちだけだと思っていたので、嬉しいです」
まさか、食いついてくるとは思わなかった。
「えーっと…………その、頑張ったらご褒美、っていう方が気持ち的にも楽しく頑張れるかなぁ?と思いまして」
彼は中身が幼いのだろうか。
だが、まぁ、出まかせの発言とはいえ、彼がやる気になってくれるのであればエリザとしても歓迎だ。
嬉しいと感じてくれている気持ちを無碍にもしたくない。
エリザは、急きょその案を取り入れることを考えた。ジークハルトが大人であることをいったん脇に置いて、子供だったらどんな流れが嬉しいか思案する。
「そう、ですね。ええと、毎回同じ物だと飽きられると思いますから、課題の難易度に応じて、私に用意できる範囲内でジークハルト様の希望を叶えることにします。簡単なミッションに関しても、その都度キャンディーをプレゼントいたします」
キャンディーくらいだったら、エリザの貯金でも難なく買える。
ジークハルトが満足げな笑顔を浮かべた。泣いたあとのせいか、その笑顔はやけに幼い感じにも見えた。
(まぁ、一件落着。良かった――)
期待に応えられたようで何よりだ。
そう思って心の中で一息ついた時、不意に、ジークハルトがどこか恥ずかしそうに両手を開いてきた。
「え。なんですか、ジークハルト様?」
「ご褒美は、僕が決めてもいいのでしょう? それなら……抱き締めてもいいですか?」
「なぜ!?」
思わず、エリザの口から心の声がまんま出た。
腰からようやく引き剝がして安堵したばかりだというのに、どうして彼はこのタイミングで抱擁なんて求めてくるのだ。
(ふ、服越しとはいえ、さっきと同じでぎゅっとするってことだよね?)
思わず後ずさりしたら、ジークハルトが同じ分だけ歩み寄りながら言う。
「昔、怖いことを我慢した時に、よく父に抱き締めてもらったのを思い出しました。そうすると、すごく安心できたんです」
「あ、なるほど。さっきの怖い気持ちがまだ残っているんですね」
納得した。しかし、受け入れるかどうかは話が別だ。
「でもですね、それは肉親相手だからであって、私はただの治療係ですし――ぴぎゃっ」
言っている最中だったのに、両手でがばりと抱き締められた。
エリザは咄嗟に降参ポーズを取った。彼の固い胸板に押し付けられて、高い体温に困惑しながら数秒固まっていた。
(これは、いったいどういう状況なんだろう……)
経験になかったものだから、緊張も相まって心臓がすごいことになっている。
と、ジークハルトが解放してくれた。
エリザは、呆けたように彼を見上げた。ジークハルトが少し照れたように笑って、指先で頬をかく。
「エリオのおかげで、もう少し頑張れそうです。よければ会場に戻って、最後にデザートを食べませんか?」
お誘いは嬉しい。しかし、エリザはショックを受けた。
(……これって、もしかしなくても私、肉体レベルで男だと思われてるのでは……?)
ほろりと涙が出そうになる。
(いや、いやいやいやっ、もしかしたら彼の女性感知能力がショックでいったん壊れただけかもしれないしっ)
エリザは、そう思うことで女性としての威厳を取り戻そうとした。
だが会場に戻ってケーキを食べたのち、彼の父であるラドフォード公爵を探そうとして移動しようとした矢先、ジークハルトがうっかり令嬢と肩が当たってしまって蕁麻疹が出た。
異変は即効だった。エリザは「えぇぇ」と声がもれた。
事情を知っている近衛騎士達が駆け付けて、速やかに控室へ連れて行ってくれた。その騒ぎでルディオとも会えた。
「なぁエリオ、責任感じてんのか? そんな落ち込むなって」
「私が落ち込んでいるのはそこじゃない……」
ルディオは、きょとんとしていた。
しばらく控え室でジークハルトを休ませている間に、ラドフォード公爵が迎えに来てくれたのだった。
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