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27話 ケーキを食べさせたいって何?
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「どうしてそうなった!? 頼むから、溜めこむ前に理由を話せっ、理由を!」
どうやら、ジークハルトのストレスが爆発しかけている状況であるらしい。
初めて居合わせて、エリザは茫然としていた。フィサリウスはすでにソファの後ろに回っており、彼の前には守護するようにハロルドが立っている。
(え、何。危険人物扱い?)
先程までの穏やかな空気はとこへいったのか。
するとルディオの必死の問いかけに、ジークハルトがにっこりと微笑んだ。
「僕の治療係を取り上げようとする態度が、気に入らない。ちょっかいをかけて来ようとする人間の存在があると思うと虫唾が走る。勝手に餌付けられるのも我慢ならないし、エリオが治療係を辞めてしまうと思うと不安だから、まずはその要因を潰してきていいよね?」
「同意を求めるな! なんだその訳の分からん理由は!?」
ジークハルトが立ち上がるのを力いっぱい阻止しているのか、彼の両肩を押さえるルディオの手が激しく震えている。
確かに、よく分からない言い分だとエリザは思った。
(引き継ぎもなしに、治療を途中放棄されると思って不安に?)
答えを求めるように、フィサリウスとハロルドへ視線を向けた。
すると、途端に二人が青を青くして静かに拒絶を示してくる。
「今こっちを向くのはまずいよ」
「治療係としてジークを指導してくれっ」
ひどい。こちらだって訳が分からないでいるのに。
ひとまず落ち着けよう。
これまでも大丈夫だった。そう自分の心に言い聞かせながら、エリザは歩み寄ってジークハルトの軍服をつまんで引っ張った。
「えぇと、ジークハルト様?」
つんつん、と引っ張ると彼の目がこちらを向いた。
その青い目が、やや見開かれる。
「……エリオ? どうしたんです?」
良かった、話は聞いてくれそうだ。
「ええと、私はあなたの治療係ですし、あなたの許可なしには引き抜きもないかと……だから不安を感じられる必要はないかと思います」
安心させようと思って、ぎこちない微笑を返した。
ジークハルトはピクリとも笑わなかった。じっとひたすら見つめられ、エリザは身じろぎした。
(これ、初めての状況だな……一度、経験者達にアドバイスを求めた方がいい?)
そう考えて視線を逃がした時、彼が手を伸ばしてくるのが見えた。
(あ――私、女の子だ)
彼の女性感知能力が発動して、蕁麻疹が起こるのではないかという不安が過ぎった。
エリザは、反射的にぱっと手を離して後退した。ジークハルトが止まって、作り物のような美貌で覗き込んでくる。
「どうして避けるのですか?」
「ど、どうしてって……」
彼の隣に座っているルディオも、目を丸くして状況を見守っている。
「……あの、ジークハルト様こそ、なぜ手を伸ばされたんですか?」
ジークハルトが、まるで自分でもよく分かっていない顔でゆっくりと手を見た。
(また不安状態、なのかな?)
室内の緊張感が、いまだ拭えていないことから考える。フィサリウスとハロルドも、息を潜めているのが伝わってた。
エリザは、重々しい空気を変えるべく続けた。
「えっと、治療係として私はまだまだ頼りないですが、ジークハルト様の不安も取り除けるようがんばっていきたいと思っています。できることから一つずつ応えていきますので――」
「では、ケーキを食べさせてもいいですか?」
……はい?
咄嗟に言葉が出なくなってしまった。
聞き間違いだろうかと思って見つめ返すと、そこにはおずおずといった様子で窺ってくるいつものジークハルトがいた。
説得で落ち着いたようで安心するが、ちょっと耳を疑う。
「……すみませんジークハルト様、もう一度言っていただけますか?」
「メイドに食べさせられていたのを見てから、胸がずっとぐるぐるしているんです。他の誰かに餌付けされるのがとても癪なので、僕もエリオにあげたいのです」
自分の役を盗られたようで不安定になった、ということだろうか?
(……いやいやいや、それはおかしいでしょ)
エリザは心の中でツッコミした。
雇われた治療係であって、主人に食べさせてもらうのはまず違う。
思い返せば舞踏会以来、ジークハルトにティータイム時に菓子などを口に入れられている。彼にとって餌付けだったというのも驚きだ。
(いや、そうでなく、流されるように普通に食べている私も問題なのか)
ルディオ達が、唖然として眺めているのが肌でも分かった。
エリザだって、どうして『食べさせたい』になっているのか分からない。人の視線がある中では、ちょっと恥ずかしい気がしてくる。
「あの……このケーキは、ジークハルト様のご褒美であって」
なんとか話題をさらせないか考える。しかし再びじっと見つめてきたジークハルトの瞳は、まるで獲物を追い詰める狩人のような――。
完全に思考が行き詰った。言葉が続かない。
その時、不意にジークハルトがにっこりと美麗な微笑みを向けてきた。
エリザは、引き攣りながらもどうにか笑みを返した。気のせいでなければ、笑顔に圧を感じる。
これは、素直に従ったほうが平和的に解決する、ような気がする。
「――分かり、ました。それでジークハルト様の不安がなくなるようでしたら」
頷くと、ジークハルトから圧が消えてくれた。
にこにこと楽しそうな表情を浮かべたのを見て、胸を撫で下ろす。ルディオを見てみると、ぽかんと口を開けていた。
「なんて顔してんの」
「いや、なんというか……うーん?」
「ルディオがどうして考え込むの。いいから、席かわって――」
唐突に、彼の横から伸びた手がエリザを両脇から抱え上げた。
「うわぁっ」
浮遊感に驚いた次の瞬間、ソファの背を越えていた。
目を瞑った一瞬後、ぼすっとお尻が落ちるのを感じた。
恐る恐る目を開けてみると。ジークハルトの膝の上に座っていた。ばっと肩越しに振り返ると、すぐ上に彼の顔があってびっくりした。
「……あの、ジークハルト様。これはどういう……?」
彼に蕁麻疹が出ないかと思って緊張した。
出ないことは数日かけて検証済みだ。しかし、エリザは女性なので、いつ発症されてもおかしくない。
「こうしている方が安心感があります。食べさせやすいですし」
取って付けたようにそう言った彼は、どこか楽しそうだった。早速ケーキがのった皿を引き寄せている。
(……もしや、あなた様は世話を焼くような弟でも欲しかったのですか?)
先生みたいに尊敬している魔法使いではなかったのか。
(いや、尊敬しているから治療係を盗られたくない、んだよね?)
「はい、エリオ、口を開けてください」
楽しそうな声に、思考が飛ぶ。
そもそもこの公爵家嫡男様は、恥ずかしくないんだろうか。
空気が読めていない男みたいな構図だと思いながら、ジークハルトを見つめ返す。席に戻ったフィサリウスとハロルドも含め、すごく見られている。
「……あの、今更なのですが、この体勢だとどうにも恥ずかし――」
「変更は無理です。ほら、あなたの好きなチョコケーキですよ」
「…………いただきます」
悩んだ末、目の前で誘われたら食わずにいられずぱくりと口にした。
ルディオが背を向けて「そこで食うのかよ……!」と小さく呻いていた。ハロルドも毒気が抜かれた顔をしていた。
(仕方がない。欲望には勝てない)
エリザは、緊張の糸が切れたみたいに笑い出したフィサリウスに恥ずかしさが増すのを感じながら、結局一切れ分のケーキをジークハルトに世話された。
どうやら、ジークハルトのストレスが爆発しかけている状況であるらしい。
初めて居合わせて、エリザは茫然としていた。フィサリウスはすでにソファの後ろに回っており、彼の前には守護するようにハロルドが立っている。
(え、何。危険人物扱い?)
先程までの穏やかな空気はとこへいったのか。
するとルディオの必死の問いかけに、ジークハルトがにっこりと微笑んだ。
「僕の治療係を取り上げようとする態度が、気に入らない。ちょっかいをかけて来ようとする人間の存在があると思うと虫唾が走る。勝手に餌付けられるのも我慢ならないし、エリオが治療係を辞めてしまうと思うと不安だから、まずはその要因を潰してきていいよね?」
「同意を求めるな! なんだその訳の分からん理由は!?」
ジークハルトが立ち上がるのを力いっぱい阻止しているのか、彼の両肩を押さえるルディオの手が激しく震えている。
確かに、よく分からない言い分だとエリザは思った。
(引き継ぎもなしに、治療を途中放棄されると思って不安に?)
答えを求めるように、フィサリウスとハロルドへ視線を向けた。
すると、途端に二人が青を青くして静かに拒絶を示してくる。
「今こっちを向くのはまずいよ」
「治療係としてジークを指導してくれっ」
ひどい。こちらだって訳が分からないでいるのに。
ひとまず落ち着けよう。
これまでも大丈夫だった。そう自分の心に言い聞かせながら、エリザは歩み寄ってジークハルトの軍服をつまんで引っ張った。
「えぇと、ジークハルト様?」
つんつん、と引っ張ると彼の目がこちらを向いた。
その青い目が、やや見開かれる。
「……エリオ? どうしたんです?」
良かった、話は聞いてくれそうだ。
「ええと、私はあなたの治療係ですし、あなたの許可なしには引き抜きもないかと……だから不安を感じられる必要はないかと思います」
安心させようと思って、ぎこちない微笑を返した。
ジークハルトはピクリとも笑わなかった。じっとひたすら見つめられ、エリザは身じろぎした。
(これ、初めての状況だな……一度、経験者達にアドバイスを求めた方がいい?)
そう考えて視線を逃がした時、彼が手を伸ばしてくるのが見えた。
(あ――私、女の子だ)
彼の女性感知能力が発動して、蕁麻疹が起こるのではないかという不安が過ぎった。
エリザは、反射的にぱっと手を離して後退した。ジークハルトが止まって、作り物のような美貌で覗き込んでくる。
「どうして避けるのですか?」
「ど、どうしてって……」
彼の隣に座っているルディオも、目を丸くして状況を見守っている。
「……あの、ジークハルト様こそ、なぜ手を伸ばされたんですか?」
ジークハルトが、まるで自分でもよく分かっていない顔でゆっくりと手を見た。
(また不安状態、なのかな?)
室内の緊張感が、いまだ拭えていないことから考える。フィサリウスとハロルドも、息を潜めているのが伝わってた。
エリザは、重々しい空気を変えるべく続けた。
「えっと、治療係として私はまだまだ頼りないですが、ジークハルト様の不安も取り除けるようがんばっていきたいと思っています。できることから一つずつ応えていきますので――」
「では、ケーキを食べさせてもいいですか?」
……はい?
咄嗟に言葉が出なくなってしまった。
聞き間違いだろうかと思って見つめ返すと、そこにはおずおずといった様子で窺ってくるいつものジークハルトがいた。
説得で落ち着いたようで安心するが、ちょっと耳を疑う。
「……すみませんジークハルト様、もう一度言っていただけますか?」
「メイドに食べさせられていたのを見てから、胸がずっとぐるぐるしているんです。他の誰かに餌付けされるのがとても癪なので、僕もエリオにあげたいのです」
自分の役を盗られたようで不安定になった、ということだろうか?
(……いやいやいや、それはおかしいでしょ)
エリザは心の中でツッコミした。
雇われた治療係であって、主人に食べさせてもらうのはまず違う。
思い返せば舞踏会以来、ジークハルトにティータイム時に菓子などを口に入れられている。彼にとって餌付けだったというのも驚きだ。
(いや、そうでなく、流されるように普通に食べている私も問題なのか)
ルディオ達が、唖然として眺めているのが肌でも分かった。
エリザだって、どうして『食べさせたい』になっているのか分からない。人の視線がある中では、ちょっと恥ずかしい気がしてくる。
「あの……このケーキは、ジークハルト様のご褒美であって」
なんとか話題をさらせないか考える。しかし再びじっと見つめてきたジークハルトの瞳は、まるで獲物を追い詰める狩人のような――。
完全に思考が行き詰った。言葉が続かない。
その時、不意にジークハルトがにっこりと美麗な微笑みを向けてきた。
エリザは、引き攣りながらもどうにか笑みを返した。気のせいでなければ、笑顔に圧を感じる。
これは、素直に従ったほうが平和的に解決する、ような気がする。
「――分かり、ました。それでジークハルト様の不安がなくなるようでしたら」
頷くと、ジークハルトから圧が消えてくれた。
にこにこと楽しそうな表情を浮かべたのを見て、胸を撫で下ろす。ルディオを見てみると、ぽかんと口を開けていた。
「なんて顔してんの」
「いや、なんというか……うーん?」
「ルディオがどうして考え込むの。いいから、席かわって――」
唐突に、彼の横から伸びた手がエリザを両脇から抱え上げた。
「うわぁっ」
浮遊感に驚いた次の瞬間、ソファの背を越えていた。
目を瞑った一瞬後、ぼすっとお尻が落ちるのを感じた。
恐る恐る目を開けてみると。ジークハルトの膝の上に座っていた。ばっと肩越しに振り返ると、すぐ上に彼の顔があってびっくりした。
「……あの、ジークハルト様。これはどういう……?」
彼に蕁麻疹が出ないかと思って緊張した。
出ないことは数日かけて検証済みだ。しかし、エリザは女性なので、いつ発症されてもおかしくない。
「こうしている方が安心感があります。食べさせやすいですし」
取って付けたようにそう言った彼は、どこか楽しそうだった。早速ケーキがのった皿を引き寄せている。
(……もしや、あなた様は世話を焼くような弟でも欲しかったのですか?)
先生みたいに尊敬している魔法使いではなかったのか。
(いや、尊敬しているから治療係を盗られたくない、んだよね?)
「はい、エリオ、口を開けてください」
楽しそうな声に、思考が飛ぶ。
そもそもこの公爵家嫡男様は、恥ずかしくないんだろうか。
空気が読めていない男みたいな構図だと思いながら、ジークハルトを見つめ返す。席に戻ったフィサリウスとハロルドも含め、すごく見られている。
「……あの、今更なのですが、この体勢だとどうにも恥ずかし――」
「変更は無理です。ほら、あなたの好きなチョコケーキですよ」
「…………いただきます」
悩んだ末、目の前で誘われたら食わずにいられずぱくりと口にした。
ルディオが背を向けて「そこで食うのかよ……!」と小さく呻いていた。ハロルドも毒気が抜かれた顔をしていた。
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