治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新

文字の大きさ
44 / 58

43話 王子様の心配、気づかない男装少女と解除の術

しおりを挟む
「僕の勘が外れないのも問題だよねぇ」

 ティーカップを持った拍子に、フィサリウスはそんなことを呟いていた。それもまたエリザにはよく分からないことだった。

「ま、とにかく君も飲んで。あれだけ話して泣きもしたんだから、喉が渇いているだろう」
「泣いてません。……あれ、泣いた、かな?」

 言い切っておきながら、エリザは間もなく首を捻った。

 たぶん、ちょっと疲れている気がする。そこれは確かにたくさん喋ったうえ、王子様相手に泣きもしたからだろう。

(危ない、ちょっと気をつけないとな)

 普通だと首が飛ぶ――などと考え、彼女は今一度冷静になるためにも、彼がすすめた通り紅茶を飲んでひと息つくことにした。

 その様子を眺めていたフィサリウスが、忍び笑いをした。

「さて。そんな君に朗報だよ」

 彼がティーカップを置き、長い足を組んだ。

「クリスティーナ嬢に的を絞って調べたところ、彼女の母方の地方に伝わる、ある〝おまじない〟に辿り着いた」
「おまじない……とすると、大昔の?」
「そう。効くかも分からない迷信や気休めも一つ、けれど君から言わせると〝魔術〟というものだったかな?」

 エリザは、ティーカップを両手に持ったままこくりと頷く。

「その地方では、恋が叶うとして少数本に刷られているモノであるらしい。子供でもできることだよ。必要なのは指定された木の枝が三本、白い鳥の花、ピンクの花びら、それを想い人がいる家の敷地で、長い草で巻いて土に埋める」
「ははぁ、それはまさに魔術の一種ですね」

 クリスティーナは、ジークハルトが幼い頃、同世代の子供たちがラドフォード公爵邸に呼ばれた際にいた。

 庭園も解放されてのパーティーだったらしいから、土敷地内の土に術具を埋められる可能性も十分。

 それでいて、たくさんの子供たちがいたはずだから、子供でもできるという簡単な『おまじない』の言葉一つ唱えるくらい、造作もないだろう。

「とすると太陽の位置やタイミングが不運にも偶然一致してしまって、本物の魔術になってしまった、というわけですね」
「魔術師である君が言うのなら、私のその推測も正しかったわけだ」

 彼が膝の上で優雅に手を組み合わせ、にっこりと笑った。

「大昔の、精霊の力を借りて誰もが魔法を使えたという話については、まさに君が口にした要素は必須みたいだね。まるで調理の手方のようだ」
「まさにそうですよ。高度な魔術になるほど、たとえば灰の量もきっちり定められています」
「わぉ、それはすごいね」

 エリザはティーカップを置いて「ひとつまみの量も訓練するって、師匠が言っていました」と手振りで披露した。

 フィサリウスは足を下ろし、興味深そうに眺めていた。

「我が国の大昔の魔法は〝精霊の魔法〟と言われているみたいだよ。精霊は基本的に悪戯好きだとされていて、言い伝えられている『おまじない』に危険なものは存在していないことは急ぎ確認させた。我が国の治安に関わるからね」

 すると、ジークハルトは危険な状態ではないようだ。

 それが明確になったのは安心で、ひとまずエリザはほっとした。

「じゃあ、今以上に悪化することはないんですね」
「あれは悪化ではなくて……」

 聞いた話を思い返すみたいな顔をして、フィサリウスが天井を見た。

「それで、この国の『精霊の力を借りる大昔の魔術』というのは、現代でも解けるようなものなんですか?」
「うん、そこも安心して欲しい」

 彼がエリザへ視線を戻して、はっきりと請け負う。

「実際に現地に人を派遣して色々と話も聞いてきてもらった。ああ、そういえばさっきクッキーを食べたと言っていたけど、何かお菓子を持ってこさせようか?」

 話が飛んで、エリザはちょっと拍子抜けしてしまった。

「いいえ。というか、殿下は流れ者の私に甘すぎません?」

 これまでを思い返すと、色々となんとも破格の対応のような気がした。

 すると、フィサリウスはにっこりと笑った。

「私は、素直で可愛い子には甘いんだ」

 なるほど、はぐらかされたらしい。

 エリザは真面目な顔でそう思った。表情から察した彼が、ちょっと残念そうな目をしてソファの背にもたれかかる。

「そうか。君は自覚がないんだな、頬くらい染めてくれるかなと思ったのに」
「社交辞令くらい聞き流せます。それで、術は解除できるものなんですか?」
「できるよ。『おまじない』には始まりと、終わりがあるんだ。ただし術の実行者限定だね。そこで登場するのか、精霊が貸し与えた力を無効化する万能薬になる」

 これが本題の『朗報』だったのか、彼がにーっこりと笑った。少し首を傾げられた際に、彼の癖のない金髪がパサリと白い頬に落ちていた。

「……その感じからすると、裏技?」
「そ。あらゆる古い文献を捜した結果、魔法が始まった時代に、精霊が力を肩代わりして掛けた魔法というのは、私たちが自分の魔力を使う魔法で溶けてしまうのが分かったんだよ。どんなものでも、全部ね」
「あ、それで使われなくなっていった感じですか?」
「そうみたいだ」

 歴史まで繋がっているのかと、エリザはわくわくしてしまった。魔術から魔法への移行なんて、初めて聞く話である。

 精霊も、進んで誰にでも〝魔法〟を使わせたわけではないと思う。

 代わりにその人に魔法を掛けに行くのだって、きっと何か彼らにご褒美になることがあった。

(それが、たぶん『魔力』なんだろうな)

 元々、この国の人々は持っていたのだ。

 使い方を知らなかっただけなのではないかとエリザは考えた。

 だって、ただの人間がある日急に魔法を使えるようになっただけなら、魔法使いの人口はもっと希少種だと思うのだ。

 大昔、この国にあった『精霊の魔法』とやらは、召喚魔術みたいなものなのだろう。

(そして取引きが成立したら、精霊は、糧になる魔力を貰った――のかも?)

「何か考えてる?」

 向かい側の王子様には、目敏く察知されたようだ。

 エリザは、自分の故郷の土地の魔術師という環境から、自分が考えた当時の『精霊の魔法』について一つの可能性を説明してあげた。

「それで、殿下が見つけてくださった解除の方法は?」
「月の出ている夜に、水面に映った月にタタラの小枝を落として魔力を注いだあと、その枝自体を魔法で水に変える。それが聖水になるから、あとは魔法使いが作れる『魔力石』を削ったものを混ぜれば完成。それを飲ませれば解除できるよ」

 エリザは聞き届け、うんうんと頷きながら一度紅茶で落ち着けた。

 ティーカップを置いたところで、言う。

「それ、私にできる治療方法ではないですね。ちんぷんかんぷんなうえ、不可能な技術が多々混じっています」
「あはは、それはこちらで用意するから大丈夫。とくに強い私の魔法で作ってあげるから効果は百パーセント保証するよ」
「それは頼もしいです」
「君の役目は、ジークに飲ませることだよ。君の言葉なら素直に聞いてくれるだろう?」

 まるで、本来ジークハルトは警戒心が強い生き物だ、と遠回しに確認されてもいる気がする。

(おかしいな。私と殿下の間に、彼に対するイメージの違いの大きさが)

 エリザは、進んでお菓子を受け取るジークハルトを何個も思い浮かべた。

(というか、貴族の子息がそうって、まずくない?)

 普通『貴族』となると、毒見係だっているだろう。

 ジークハルト自身もそれを警戒するべきでは、とエリザは余計なお世話を考えてしまった。

「まぁ……今のジークハルト様は、確かに私が治療係としてすすめれば、薬なのだと疑わず飲んでくださるでしょうね」
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています

処理中です...