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「エリアス様……どうか、今夜……私を抱いて、ください」
豪奢なシャンデリアが煌めき、華やかなワルツが流れる舞踏会のホールを尻目に、ルーチェ・エドマンズ公爵令嬢は薄暗いバルコニーに立ち、婚約者であるエリアス・オーウェン王子に向かって愛を囁いていた。
ルーチェとエリアスは幼い頃からの婚約関係──つまりはやがて政略結婚することになる相手だが、ルーチェはエリアスのことを心から好いている。ただの婚約者などではなく、彼女にとって、唯一無二の人だ。
しかし、公爵令嬢であり、王子の婚約者というこの国でもっとも恵まれている女性でありながら、ルーチェの胸の内には長年彼女を悩ませている問題がある。
それは、エリアスが自分に対して冷淡なことだ。
「……政略ではなく、あなたを、愛しているのです……」
ルーチェは身を震わせながら、ありったけの勇気を振り絞って言葉を吐き出した。その言葉がどれほどの決意を伴うものか、ルーチェの火照った頬と涙がにじむ瞳が物語っている。
ルーチェの告白を聞いてエリアス王子は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに元の薄い微笑みに戻ってしまう。ルーチェにはそれがどうしようもなくせつない。
「僕もだよ、ルーチェ。きみのことを誰よりも大切に想っている」
「なら……!」
すがるルーチェに向かって、エリアスはそっとルーチェの唇に人差し指をあてた。
「それはまだ、できないよ」
ルーチェに愛を囁かれた当のエリアスは、柔らかいがどこか硬さがあり、咎めるような口調だった。
「君と僕は婚約者だけれど、まだ結婚前なんだ。君を大事にしたいから、そういうことは……」
「けれど、私とエリアス様は、必ず結婚するのですよね?」
「もちろん。その日を心待ちにしているよ」
ルーチェはそのまま、エリアスの胸に身を寄せた。
「だったら、だったら……どうして……」
自分を欲しいと言ってくれないのか。
ルーチェの瞳にはますます涙が溜まる。
子どもの頃から彼を見つめ、慕い、叶うはずの未来をずっと信じてきた。エリアスは子供の頃から変わらず、いつも彼女に対して優しい。
けれど、その優しさは彼女一人にむけてのものではない。エリアスは誰に対しても穏やかで親切で、ルーチェは今まで、自分が彼の特別なのだと実感できたことはない。
ルーチェは長い間、自分が向けるような感情をエリアスが返してくれないのが不満だった。
成人の儀を終えたルーチェは、立派な令嬢、そして大人の女性として扱われている。それなのにエリアスはこうしてなだめるだけで、ルーチェに男女が行うようなキスの一つも返してくれないのだ。
「僕は嘘をつかないよ」
君のことを大切に思っているからだ、とエリアスはルーチェの耳元でささやいた。エリアスの声で、ワルツの音はますますルーチェから遠ざかっていく。
「言葉だけなら、どうとでも言えるではないですか……!」
ルーチェはエリアスの甘いささやきを振り払うように、少し顔をそむけた。
親が決めた婚約だけでは不安だ。たとえふしだらと罵られようとも、ルーチェはいますぐにでも愛のあかしが欲しいのだ。
「子供の頃からずっと、私の中に、言葉にしがたい不安があるのです」
「未来の王妃、そして国母になるという重圧は君にしかわからないものだ」
エリアスは慰めるようにルーチェのなだらかな肩を撫でた。
「いいえ、そうではありません。眠れない夜、どうしても不安になるのです。エリアス様が私に背を向けて、どこかに行ってしまうような……だから、どうか、今夜、おそばに置いてください」
「……分かったよ、ルーチェ」
「エリアス様……!」
その一言にルーチェの胸は高鳴った。
瞳を潤ませながら見上げると、エリアスが優しい手つきで両手でルーチェの頬をそっと包み、顔を近づけ――
その瞬間だった。
月明かりに照らされたエリアスの青い瞳を見つめたとき、まるで雷に打たれたかのような感覚がルーチェを襲った。
頭の中に、別の記憶が流れ込んでくる。
──私は、悪役令嬢だ。
その時、ルーチェは自分の運命を理解した。
──どうして、今まで忘れていたのだろう。ルーチェ・エドマンズは、私がプレイしていたゲームの悪役令嬢と同じ名前。
「ルーチェ?」
婚約者の異変を察知したエリアスの問いかけも耳に入らない。ただ、ルーチェは呆然と月明かりに照らされたエリアスの顔を、長年の幼なじみでもある王子の顔を、ただじっと眺めている。
──エリアス様の顔は──ゲームのスチルで何回も、穴が空くほど見つめた顔と同じ!
あまりにも馬鹿馬鹿しい妄想と一笑に付すには、その記憶はあまりにも鮮明だった。
──私は確かに、この人を一心に慕っていた。でも、それはけっして叶わぬ恋、そして破滅への一本道。
エリアス様の心は私にはない。今までも、これからも。ならば私は、この運命から逃れなければ。
ルーチェは強くそう決意した。
「や、やっぱり……いいです!」
ルーチェはエリアスの腕の中で仰け反り、白い手袋をはめた手でエリアスの口をふさいだ。
「ルーチェ!?」
エリアスが驚いたように目を見開くのが分かったが、もうルーチェは彼を見ていられなかった。顔をそむけ、身をよじり、エリアスの腕の中から逃げ出す。
「ごめんなさい、エリアス様。先ほどのは、ナシでお願いいたします!」
ルーチェはエリアスに背を向けた。ルーチェの肩に、エリアスの言葉が降ってくる。
「ルーチェ、待ってくれ!」
「いいえ、待てません! ごめんなさい!」
どうせ彼は自分を愛していないのだし、怒られたってどうってことはない。ルーチェは駆け出した。
ドレスの裾を乱しながら、エリアスが止めるのも聞かずバルコニーを飛び出し、ホールを突っ切って一目散に逃げ出した。
豪奢なシャンデリアが煌めき、華やかなワルツが流れる舞踏会のホールを尻目に、ルーチェ・エドマンズ公爵令嬢は薄暗いバルコニーに立ち、婚約者であるエリアス・オーウェン王子に向かって愛を囁いていた。
ルーチェとエリアスは幼い頃からの婚約関係──つまりはやがて政略結婚することになる相手だが、ルーチェはエリアスのことを心から好いている。ただの婚約者などではなく、彼女にとって、唯一無二の人だ。
しかし、公爵令嬢であり、王子の婚約者というこの国でもっとも恵まれている女性でありながら、ルーチェの胸の内には長年彼女を悩ませている問題がある。
それは、エリアスが自分に対して冷淡なことだ。
「……政略ではなく、あなたを、愛しているのです……」
ルーチェは身を震わせながら、ありったけの勇気を振り絞って言葉を吐き出した。その言葉がどれほどの決意を伴うものか、ルーチェの火照った頬と涙がにじむ瞳が物語っている。
ルーチェの告白を聞いてエリアス王子は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに元の薄い微笑みに戻ってしまう。ルーチェにはそれがどうしようもなくせつない。
「僕もだよ、ルーチェ。きみのことを誰よりも大切に想っている」
「なら……!」
すがるルーチェに向かって、エリアスはそっとルーチェの唇に人差し指をあてた。
「それはまだ、できないよ」
ルーチェに愛を囁かれた当のエリアスは、柔らかいがどこか硬さがあり、咎めるような口調だった。
「君と僕は婚約者だけれど、まだ結婚前なんだ。君を大事にしたいから、そういうことは……」
「けれど、私とエリアス様は、必ず結婚するのですよね?」
「もちろん。その日を心待ちにしているよ」
ルーチェはそのまま、エリアスの胸に身を寄せた。
「だったら、だったら……どうして……」
自分を欲しいと言ってくれないのか。
ルーチェの瞳にはますます涙が溜まる。
子どもの頃から彼を見つめ、慕い、叶うはずの未来をずっと信じてきた。エリアスは子供の頃から変わらず、いつも彼女に対して優しい。
けれど、その優しさは彼女一人にむけてのものではない。エリアスは誰に対しても穏やかで親切で、ルーチェは今まで、自分が彼の特別なのだと実感できたことはない。
ルーチェは長い間、自分が向けるような感情をエリアスが返してくれないのが不満だった。
成人の儀を終えたルーチェは、立派な令嬢、そして大人の女性として扱われている。それなのにエリアスはこうしてなだめるだけで、ルーチェに男女が行うようなキスの一つも返してくれないのだ。
「僕は嘘をつかないよ」
君のことを大切に思っているからだ、とエリアスはルーチェの耳元でささやいた。エリアスの声で、ワルツの音はますますルーチェから遠ざかっていく。
「言葉だけなら、どうとでも言えるではないですか……!」
ルーチェはエリアスの甘いささやきを振り払うように、少し顔をそむけた。
親が決めた婚約だけでは不安だ。たとえふしだらと罵られようとも、ルーチェはいますぐにでも愛のあかしが欲しいのだ。
「子供の頃からずっと、私の中に、言葉にしがたい不安があるのです」
「未来の王妃、そして国母になるという重圧は君にしかわからないものだ」
エリアスは慰めるようにルーチェのなだらかな肩を撫でた。
「いいえ、そうではありません。眠れない夜、どうしても不安になるのです。エリアス様が私に背を向けて、どこかに行ってしまうような……だから、どうか、今夜、おそばに置いてください」
「……分かったよ、ルーチェ」
「エリアス様……!」
その一言にルーチェの胸は高鳴った。
瞳を潤ませながら見上げると、エリアスが優しい手つきで両手でルーチェの頬をそっと包み、顔を近づけ――
その瞬間だった。
月明かりに照らされたエリアスの青い瞳を見つめたとき、まるで雷に打たれたかのような感覚がルーチェを襲った。
頭の中に、別の記憶が流れ込んでくる。
──私は、悪役令嬢だ。
その時、ルーチェは自分の運命を理解した。
──どうして、今まで忘れていたのだろう。ルーチェ・エドマンズは、私がプレイしていたゲームの悪役令嬢と同じ名前。
「ルーチェ?」
婚約者の異変を察知したエリアスの問いかけも耳に入らない。ただ、ルーチェは呆然と月明かりに照らされたエリアスの顔を、長年の幼なじみでもある王子の顔を、ただじっと眺めている。
──エリアス様の顔は──ゲームのスチルで何回も、穴が空くほど見つめた顔と同じ!
あまりにも馬鹿馬鹿しい妄想と一笑に付すには、その記憶はあまりにも鮮明だった。
──私は確かに、この人を一心に慕っていた。でも、それはけっして叶わぬ恋、そして破滅への一本道。
エリアス様の心は私にはない。今までも、これからも。ならば私は、この運命から逃れなければ。
ルーチェは強くそう決意した。
「や、やっぱり……いいです!」
ルーチェはエリアスの腕の中で仰け反り、白い手袋をはめた手でエリアスの口をふさいだ。
「ルーチェ!?」
エリアスが驚いたように目を見開くのが分かったが、もうルーチェは彼を見ていられなかった。顔をそむけ、身をよじり、エリアスの腕の中から逃げ出す。
「ごめんなさい、エリアス様。先ほどのは、ナシでお願いいたします!」
ルーチェはエリアスに背を向けた。ルーチェの肩に、エリアスの言葉が降ってくる。
「ルーチェ、待ってくれ!」
「いいえ、待てません! ごめんなさい!」
どうせ彼は自分を愛していないのだし、怒られたってどうってことはない。ルーチェは駆け出した。
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