塩対応の婚約者を置いて旅に出たら、捨てたはずの王子がついてきた

のじか

文字の大きさ
6 / 44

6

しおりを挟む
 ルーチェはこの二週間、エリアスとの距離を徹底して保っていた。昼食の誘いにも、騎士団の見学にも、午後の茶会にも出席しなかった。

 理由はすべて「体調不良」あるいは「執務が立て込んでいて」で切り抜ける。エリアスは基本的に放任主義だから、それらしい理由があれば追及するような人ではないとルーチェは経験から知っていた。

 結果、顔を合わせることもめっきり減り、ついには一言も交わさない日が続いている。

 胸が痛まないと言えば嘘になる。けれどルーチェは今までの終わりがない恋の苦しみとは違って、失恋の痛みはいつか癒えると知っている。

 ──これでいい。だってそう決めたのだもの、王子の心変わりで悪役令嬢になってしまうぐらいなら、自ら彼の前から消えると。

 ルーチェは出発日を初夏の舞踏会にぶつかっている。その日の舞踏会は一際盛大に行われる予定で、主だった貴族たちが一堂に会し、ルーチェ一人がいなくても騒ぎにはならないだろう。

 裏でこっそりと旅立つには最適な日取りだったし、出航する貴族もいない。ルーチェはなんなく一等船室──スイートルームを予約することができた。

「よし」

 ルーチェは引き出しの中にある乗船券をもう一度確認してから、荷造りをする。

 動きにくいドレスは旅に適さない。何着かは持っていくが、旅先で着用する服はこっそりと市街地で買い求め、当日に船に積み込んでもらう手筈は整っている。

 生粋の令嬢であるルーチェのままであれば、こんな大それた行動を起こすことはできない。しかしルーチェの中に蘇った前世の記憶が、出奔へのハードルを大きく下げた。

 ドレスは最小限、靴と本、そして換金しやすそうな宝石。

「……これも、一応ね」

 子供のころにエリアスがくれた花を押し花にしたしおりも、本のすきまに忍ばせる。

 決行の夜がやってきた。

 ルーチェは何食わぬ顔で馬車に乗り込んだが、城に到着したあとはドレスの上に外套を着て、ひそかに城を脱出し、港までやってきた。

 途中で誰かに見とがめられるかと予測していたが、驚くほど円滑に事は進んだ。


「エドマンズ様のお部屋はこちらになります」

 通されたスイートルームには、きちんと荷物が積み込まれていた。

「……なんだか荷物が思ったより多いわね。まあ、いいか」

 少ないよりは多い方がいいかと、ルーチェは出航前に甲板から王都を眺めることにした。

 夜風が冷たいが、心地よかった。それは心が解放されたせいもあるだろうけれど、とルーチェは思う。

 ルーチェは手すりに両肘を乗せ、煌びやかな王都の明かりを見つめた。光の中には、もちろんエリアスがいる城も含まれている。

「さようなら、エリアス様……」

 誰に届くわけでもない声で、ルーチェはそう呟いた。

 叶わぬ恋はあきらめて、これからは、自分のために生きていく。自分はなんだってできると、ルーチェは信じている。

「……結構冷えるわね」

 びゅんと冷たい風が吹き抜けて、ルーチェは体を震わせた。乗客の乗り降りが終わり、船にかかっていた橋が収納されたのを見守ってから、ルーチェは部屋に戻ることにした。

 部屋はもちろん、しっかりと鍵がかかっている。

 鍵を差し込み、軽くひねってドアを開けた、その瞬間。

「ルーチェ、遅かったね」

 部屋の中から聞こえてきたその声に、ルーチェは思わず足を止めた。

 この船でもっとも豪華な一等客室は、広々とした部屋に城と金を基調にした華やかな内装に、大きなクローゼット、キングサイズのベッドが一つ、備え付けの浴室には猫足のバスタブ。外に出て海を眺められるバルコニー付き。そしてティータイムのための小さなテーブルと、三、四人はゆうに座れそうなソファー。

 そこに、優雅に腰掛け、足を組んでいる青年。

「……え?」

 ルーチェは唖然として、声が出なかった。

 けれど、彼の姿を見間違えるはずもなかった。

「今夜は冷えるから、また風邪を引いてしまうよ」

「エ……エリアス様~!?」

 なんとエリアス王子が──ルーチェが捨てたはずの婚約者が、ルーチェの部屋に押しかけていたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

処理中です...