塩対応の婚約者を置いて旅に出たら、捨てたはずの王子がついてきた

のじか

文字の大きさ
15 / 44

15

しおりを挟む
 ルーチェはエリアスを後ろに引き連れて、客室へと向かう廊下を歩いている。小さな宝石があしらわれたミュールはとても可愛らしいが、やはり少し足が痛くなってきたから早めに戻って正解だったとルーチェは思う。

「肩、貸そうか?」

 若干歩き方があやしくなってきたルーチェに、エリアスはささやいた。

「いえ。私はそこまで貧弱ではありませんので」

 ルーチェが速度を速めてもエリアスとは股下の長さが違うから、彼はなんなくついてくる。

 ──結構、遠いのよね。

 歩きながら、ルーチェはそんなことを考えていた。どうでもいいことで頭をいっぱいにしておかないと、すぐエリアスの言動が気に掛かってしまうから、ここ数日はずっと頭の中が忙しい。

「あら……?」

 スイートルームへ繋がる階段はこっちだったかしら? とルーチェが立ち止まると、後ろからひょいと抱き抱えられた。

「ひゃっ!?」

 エリアスはルーチェを抱えて、スタスタと廊下を進んでいく。

「ちょ、ちょ、ちょっと! なんですかこれ!」
「足が痛いのを我慢する必要はない」
「痛くて立ち止まった訳では……!」

 ちょっとばかり道には迷っていましたけれど。ええ、だって船の中って同じドアがずっと続くのですもの……。

 と言い訳をしようとすると、エリアスが階段をのぼりはじめたので、ルーチェは慌ててエリアスの首にしがみついた。

 自分の香水とは違う甘い香りがして、ルーチェの胸はぎゅうっと締め付けられるように苦しくなる。

「お、降ろしてください……」
「もう到着するよ」

 宣言通り、見覚えのある部屋番号の扉が目の前にはあった。

「はい、お嬢様」
「ど、どうも……」

 ルーチェはふわりとソファーの上に降ろされた。そこまではいいのだが、エリアスに微笑まれると、どうしていいかわからなくて、クッションを抱えて顔を隠した。

 そのままドレスの裾がくしゃりとなるのも構わず、足首を振ってミュールを床に落としてソファーに転がった。

 エリアスの婚約者だったころなら、こんなみっともない姿は絶対に見せられなかった。

 けど今はもう違うのだ。

 ──ほら、エリアス様。これが私の本性です。幻滅してくださって結構ですのよ!

 ルーチェは目を閉じて、エリアスが苦言を呈するのを待った。しかし言葉はないどころが、どこか遠くでエリアスが動き回っている気配がする。

「……?」

 ルーチェがそっと目を開けて様子を窺うと、エリアスがなにやら黙々と作業をしている。

 お湯を入れた洗面器、清潔なタオル、香油の小瓶が小さなテーブルの前に整然と並べられていく。

「……何をしてるんですか?」

 我慢できず、ルーチェは身を起こして尋ねてしまった。

「見ての通り。足湯の準備を」
「なるほど」

 エリアス様も足が疲れたのね。ルーチェは特に疑問を感じることもなく、体をずらしてエリアスの座る場所を作ろうとした。

 けれど彼はそこのスペースにはまることはなく、床にひざまずいた。

「はい、ルーチェ。足を出して」
「足湯って私のですか!?」

 エリアスの言動に、ルーチェは青ざめた。どこの世界に王子に向かって素足を放り出して足を洗えなんてことが出来る女がいるというのか。

「そうだよ、疲れてるだろう。足は大事にしないと」

 エリアスはさあ、と手を差し出すがとてもそこに足を乗せる勇気はない。

「む、むむむ無理です!」

 ルーチェはエリアスに捕まらないように、ソファーの上で足を抱えて丸くなった。

「無理です!」
「そんなこと言わずに。お願い」
「お願い!?」
「そう。僕が勝手にルーチェの足に触りたいだけだから」

 頼まれては、ルーチェは断ることができない。

「……わ、わかりました。でも、そんな、私ごときの足にそんな好待遇をしていただかなくても……」
「ごときじゃない。僕にとっては宝物だ」
「え……?」

 とても自然に、当たり前のように言ってのけたエリアスを、ルーチェはまじまじと見つめた。

 ──そんなこと、ゲームでだって言わないのに。本格的にバグってるのかしら……。

 促されるまま、ルーチェはスカートの裾を気にしながら片足を差し出すことになった。

 エリアスの骨張った手が、ルーチェの白く柔らかい肌に触れた。両手で壊れ物を扱うように優しく、そして肌の感触を確かめるように。

「……っ」

 ルーチェは小さく息を吸ってからぎゅっと唇を引き結び、ソファの背にもたれかかる。心臓の音がうるさくて、まるで部屋じゅうに響いているみたいだとルーチェは思う。

 そっと滑るように撫でる指先が、ルーチェの体に僅かな熱を残していく。

「っ、あの……」

 今度はかかとからアキレス腱にかけて、大きな手のひらで形を確かめるように優しく握られて、びくりと体が反応してしまった。

「……く、く、くすぐったい、です」

 たまらず口にすると、エリアスは手を止めて、真面目な顔で言った。

「ごめん。でも、まだ終わってない」

 その顔はまさしく真剣そのもので、ふざけているようにはとても見えない。

 エリアスはルーチェの足に香油を垂らして、足の指の間に自分の指を差し込んだ。

「ひゃん!」

 ルーチェは思わず声を上げてしまうが、エリアスはお構いなしに指の腹でくにくにとルーチェの足を弄ぶ。

 ――なんか、手つきがやらしい……のは誤解じゃないわよね?

「も、もう、いいです。私、とっても元気……」

 ルーチェはむず痒さから逃れたくて、ぎゅっとソファーの肘置きを握った。

「もう少し」

 ──このまま、ずっと触られてたら、私……。

「え……エリアス様が、そんなにマッサージがお上手だなんて、思いませんでした」

 一体どこで練習したんでしょうかね、とルーチェは少しばかりの皮肉を込めて声を出した。

「ずっと妄想してたからね」
「も?」

「……ずっと、君の足をこうして触る機会を窺っていたから」

 エリアスの突然の告白は、ルーチェにとって寝耳に水の話だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

処理中です...