塩対応の婚約者を置いて旅に出たら、捨てたはずの王子がついてきた

のじか

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「こ……恋って……」

 エリアスの言葉に、ルーチェはうまく返事をすることができない。

 ──もしかして、ご自分の意思で私を追いかけてきてくれた……? いえ、でも、どのみち私は……。

 返事の代わりに、ルーチェはうつむいてぎゅっとスカートを握った。エリアスもまた、顔を上げることはない。

「あの夏の日に、まるで世界が一変したような気がした。けれどどこか、自分がとても悪いことをしているとも思った。こんなことを考える僕に、君は幻滅するんじゃないかと」

 エリアスはゆっくりと話の続きを始める。邪魔するものは誰も──洋上の密室の中では存在しないのだ。

「だから僕は、自分の中に新しく生まれた感情に蓋をすることにした。いつか素直な感情を口にする時ができる日まで、君にこの気持ちを悟られまいとした」
「……それなら……いえ、だからエリアス様は私に──」

 ルーチェの脳裏に、少女時代の悲しい記憶が蘇った。

 ■■■

『エリアス様! 今度、湖へ釣りに行きませんか! 庭師からいい場所があると教えてもらったのですわ!』
『……僕、もうそういうの、やめることにしたんだ』

 次の遊びに誘うルーチェを、エリアスはすげなく断った。

『え……』

 その時ルーチェは、エリアスの態度の変わりようにひどくショックを受けたものだ。

『僕は将来、王になる。だから色々と準備することがあって……』

 ルーチェと顔を合わせて自分を見失うのが怖くなって、エリアスはルーチェとはあまり関わらなくなったのだ。

『君もそろそろ将来の王妃としての自覚を持つべきだよ、ルーチェ』

 その一言は、ルーチェの心にシミのようにぽとりと落ちて、いつまでも残った。

 ルーチェの目にはエリアスはずいぶんと大人びて見えて──もう、彼が自分とは同じ場所にいないことを理解した。

『はい……エリアス様の、おっしゃる通りです、ね……』

 ルーチェは顔をくしゃっとさせてうつむいてしまったから、エリアスの顔を見ていなかった。

 ──エリアス様が立派な王子様を目指すなら、私も彼にふさわしい令嬢にならなくちゃ。

 エリアスが先に変わってしまったことで、ルーチェも成長しなくてはいけないのだと自分の心に蓋をするようになった。

 そうして、二人は一緒に居ながらも少しずつすれ違ってしまったのだった。

 ■■■

「僕は自分の変容を当然の成長だととらえることにした──当然楽しくはなかったけれど、子供時代はいつまでも続かないものだから、仕方がなかった。君も納得して、今の僕を肯定してくれているのだと、王子としての僕を婚約者だと認めてくれていると思っていた」

 エリアスの言葉に、ルーチェの喉が音を立てた。なぜなら、この後に続く言葉は決して前向きなものではないだろうから。

「あの夜までは、ルーチェは僕のそばにいてくれるはずだった。けれど、そうではなかった。自己満足で君を傷つけ続けて──君も変わった」

 ルーチェはエリアスの気持ちに気が付かないまま、エリアスの興味を引く方法を探しつづけていた。既成事実を作ってエリアスを手に入れようとして──そして、別離の未来を知ってしまった。

「舞踏会の夜に君が誘いかけてきた時、僕は喜びを感じると同時に……ためらってしまった。僕に好意を持って、身を任せようとしてくれている。けれどルーチェ、君が見ているエリアスは、果たして──僕そのものなのか、果たしてエリアス王子なのか、と怖くなってしまったんだ」

「あ……あの時は、その……」

 まさか前世の記憶を取り戻して、悪役令嬢になりたくないから逃げた、と告げるのは躊躇われた。

 だって、それもまた、自己満足のために突き放したのと同じなのだから。

「そうして、卑怯で臆病な僕に君は愛想をつかしてしまった」

 その声は低く、落ち着いてはいた。けれどルーチェはエリアスの言葉が真っ暗で、そして渦巻く海の底から響いているような気さえした。

 エリアスはうつむいて、ルーチェの足の甲に頬を寄せている。その姿はまるで、迷子が途方に暮れているようだ。

「エリアス様……」

 ルーチェはエリアスの肩に手を置こうとして、けれどなんと返事をしていいかわからなかった。

 ──だって、もう決めてしまったの。

「行かないで、ルーチェ。僕を捨てないで……」

 まるでルーチェの心の声を聴いてしまったかのように、エリアスは女王に忠誠を誓う騎士のようにルーチェの足の甲に唇を落とした。

「~~っ!」

 全身の血が一気に沸き立つような感覚に襲われて、ルーチェの体がびくりと跳ねた。驚きに息が詰まって、言葉が出てこない。

「エリアス様っ……そんなっ……」

 ルーチェが足を引こうとした瞬間、エリアスの唇がそっとルーチェの足の指をくわえこんだ。

「ひゃっ……」

 くすぐったい感触と背徳感のその奥に、ルーチェはざらりとした官能の芽生えを感じた。

「んんっ……」

 ルーチェは声を押し殺すために口元を覆った。

 逃げるように足を引こうとするが、エリアスの手が優しく、けれど確実に足首を支えて離さない。

「……あっ、だ、だめ、そこはっ……!」

 エリアスの愛撫は止まることはなく、ルーチェの中にあるひそやかな快楽を目覚めさせてゆく。

 感じてはいけないと恥ずかしさで心が悲鳴を上げるのに、体はもっと奥を、別の場所まで彼に委ねてしまいたがっている。

「だ、だめです、そんなっ……絶対にっ」

 熱に浮かされたように、ルーチェの身体はソファの背にもたれるように倒れ込んだ。浅い呼吸の合間に、エリアスの手がそっと膝の内側へと滑ってきた。

 決して強引ではない。けれどエリアスの指は確かに、明確な意思を持ってルーチェの身体を暴いていく。

「触れたいと思っているのは、足だけじゃない……」
「っ……だ、ダメ……!」

 ルーチェは上ずった声でエリアスをとどめようとしたが、声には力がなかった。

 エリアスの唇が、ルーチェの足のあいだをかき分けた。

「舐めさせて」
「……っ! だ、だめです、だめです、そんなっ……」

 ルーチェはふるふると首を振った。

「ルーチェ、教えてほしい。君はあのとき、僕にどんな風にされることを望んでいたのか、どうしてほしかったのか……」

 エリアスの唇が太股をなぞり、そして強く吸った。

「っ!」

 小さなしびれが、まるで棘が刺さったようにいつまでもルーチェの身体に残る。そしてじわじわと、熱を持っていく。

「教えてくれたら、なんでも言うことを聞くから。つまらない見栄で君を傷つけた僕は使用人のような扱いをされたっていいし──飼い犬でもかまわない」
「んんっ……わ、私……、そんなっ」
「だから、僕を捨てないで。せめて、体だけは気持ちよくさせるから……」

 独り言のように呟いて、エリアスはルーチェの秘所から溢れた蜜をぺろりと舐めとった。

「ひゃっ……!」

 熱い舌の感触に、ルーチェの体は震えた。

「んんっ……やっ、だめ、そんなとこ……」

 あまりの羞恥に、ルーチェの瞳に涙が滲む。言葉では拒否していてもルーチェの体は素直に反応してしまって、エリアスは責めを緩めてくれない。

「あっ、んんっ……」
「感じてくれている?」

 エリアスの吐息混じりの語りかけでさえルーチェの体の中に入り込んで、全身をめぐる。

「僕には、君がわからないんだ。ずっと見ていたはずなのにね。だから聞かせてほしい。感じてくれている? ルーチェ……」
「っぁ、っ、感じてる、ので、やめ……~ッ!」

 舌で熱いつぼみを弄ばれて、ルーチェはあっと言う間に達してしまった。

「達したね。……体のことなら、反応でわかるのにね」
「……ぁ……」

 自嘲めいたつぶやきをするエリアスの腕の中で、ルーチェはとても無防備だった。グリーンの瞳は潤み、吐息は荒く、しっとりと汗ばんだ肌を照明の下に晒している。

 そんなルーチェを、エリアスの青い瞳はじっと見つめている。

 体はまだ熱を帯びていて、息は荒い。ひとつ達したばかりの体が、まだ続きを欲しがっているのは明らかだった。

 ──このまま、流されたっていい。そう、今なら……。

 エリアスから離れようというルーチェの決意は、もろくも崩れさろうとしていた。だってルーチェの心の中には、まだエリアスがいるのだ。その彼を目の前にして、今、二人きりで──。

 ルーチェは震える手を伸ばして、エリアスの頬を引き寄せようとした。けれど、エリアスの体はすっとルーチェから離れてしまう。

「……ぁ……」

 ルーチェの中で、安堵の感情と持て余した熱がせめぎあった。

「安心して、ちゃんと待つよ。君が本当に、僕を望んでくれるまでは……」
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