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エリアスの問いは、どうにも腑に落ちないという気配があった。
「……でも、あの青年をまじまじと見ていたじゃないか」
一旦飲み込もうとはしたもののどうにも気になるらしい。
──エリアス様って、私のことをただの面食いだと思っているのかしら。
そのあたりにいるちょっと顔のいい青年に簡単にぽっとなると思われては困ると、ルーチェはぱたりと本を閉じた。
「だって、びっくりするような話をされてしまったのですもの」
「なんて?」
「あの二人が、恋人だと」
ルーチェの言葉にエリアスは少しだけ目を丸くしたように見えた。
「だから、エリアス様が気にするようなことはなにもありませんよ」
話を切り上げて、ルーチェは立ち上がった。
「散歩に行きます。今度は、本当に」
ルーチェは図書室を出て、船の廊下を歩いていく。エリアスが当然のように後ろをついてくるが、気にしないことにした。人の目がある場所なら、彼もそう簡単には迫ってこないだろうから。
船の甲板に出ると、空には雲がかかりはじめていた。風はまだ穏やかだが、これから天気が崩れるという予報はどうやら本当のようだった。
頬にぬるい潮風を受けながら甲板の端に歩み寄ると、水平線に浮かぶ小さな島々が見え、海鳥の鳴く声も聞こえてくる。白いカモメが柵の上に一羽、すっととどまって、ルーチェをじっと見つめている。
「カモメってよく見ると、結構可愛いのね。でも、おあいにくさま。私は何も持っていないわよ。エリアス様なら持っているかもしれないけどね」
後ろからエリアスがやってきて、ポケットから紙で作った小さな袋を取り出した。
「こんなこともあろうかと。どうぞ」
朝食の残りのパンを持ってきているのだとエリアスは言った。
「エリアス様、まだやってたんですか……動物に餌をやるの」
小さい頃のエリアスは世話焼きというか、親切と表現すべきなのか、よく動物に餌をやっていた。
それもまた、思春期にさしかかる前にいつの間にかやらなくなっていたが。
「『実家』にいる時はもうやっていなかったよ」
何しろ大人っぽくないから、とエリアスは言う。
「……でも、せっかく旅に出たから、ね」
風に煽られた前髪を手で払いながら、少し照れたように笑うその表情に、ルーチェは思わず見とれてしまう。
――いけない。いけない。
咳払いをして、ごまかすようにパンをちぎった。
少しちぎってからそっと差し出すと、カモメはすっとパンをくわえて飛び去った。
「つれない鳥だこと」
ルーチェは思わず皮肉を言ったが、エリアスが笑わなかったので若干気まずくなる。つれないのはカモメもルーチェも一緒だからだ。
仲間が成功したのを見ていたのか、他のカモメたちもぞくぞくとルーチェの元にやってきた。そのうちの一羽が、まるで自分の愛らしさをアピールするかのように、甲板をよちよちと歩いて、ルーチェに向かって翼を広げる。
「あ……可愛い」
「そうだね。ルーチェの方が可愛いよ。でもルーチェは僕の手からパンを食べてくれないからな……」
「っ……!」
反射的にエリアスの方を見ると、ほんの数センチ先にエリアスの顔があった。真面目とも、冗談ともつかない表情で、彼は静かに微笑んでいる。
「……冗談、ですか?」
「冗談じゃないよ。ずっと思ってる。君はさっきのつれない方のカモメみたいだ。飛んでいってしまって……そして、カモメと違って戻ってこない」
──だって、仕方がないじゃない。私は悪役令嬢なんだもの……。
ぼんやりとしているルーチェの手の平から、カモメたちがパンを強奪していった。空になった手をつつかれて、ルーチェははっと我に返る。
「……も、もうパンはなくなりました! はい、解散っ! 帰りましょう!」
──私は絶対に流されない。絶対に。
ルーチェは勢いよく立ち上がった拍子に、甲板の濡れた床を踏んでしまって、滑った。
「あっ」
不意の傾きに、ルーチェは体勢を崩してよろめく。踏み出した足が空を切り、軽くつるりと滑ったその瞬間。
柔らかな風を裂くように、エリアスの腕が背中にまわった。
「――きゃっ!」
次に気づいたときには、もうエリアスの腕の中にいた。
両腕はしっかりとルーチェの背中と腰に添えられ、まるで最初からそうあることが自然だったかのように、ぴたりと身体が寄せられている。胸の奥で、不規則な鼓動が波を打つ。
「大丈夫?」
低く、穏やかで、けれどどこか熱を含んだ声に、ルーチェの体はびくりと跳ねた。肩と腰に回された手の感触が──昨夜の情事を思い起こさせる。
──私、昨日……エリアス様と……。
ルーチェは慌てて顔を上げ、距離を取ろうと身をよじった。
「だ、大丈夫です。ありがとうございました」
まだ心臓がバクバクしている。甲板に出るとこうもトラブルばかり起きてしまうから、今後は行くのをやめようとルーチェは思う。
しかし、エリアスは無言のまま、ルーチェを離さない。
「ひ、一人で歩けますし……その、人が来たら、困ります……」
昨夜のようにお姫さま抱っこで船内を練り歩かれては困るから、ルーチェはやんわりとエリアスの腕から逃れようとした。しかしルーチェを抱き締めるエリアスの腕はほんの少しも緩まなかった。
「……もう少し、このままでいたい」
「……でも、あの青年をまじまじと見ていたじゃないか」
一旦飲み込もうとはしたもののどうにも気になるらしい。
──エリアス様って、私のことをただの面食いだと思っているのかしら。
そのあたりにいるちょっと顔のいい青年に簡単にぽっとなると思われては困ると、ルーチェはぱたりと本を閉じた。
「だって、びっくりするような話をされてしまったのですもの」
「なんて?」
「あの二人が、恋人だと」
ルーチェの言葉にエリアスは少しだけ目を丸くしたように見えた。
「だから、エリアス様が気にするようなことはなにもありませんよ」
話を切り上げて、ルーチェは立ち上がった。
「散歩に行きます。今度は、本当に」
ルーチェは図書室を出て、船の廊下を歩いていく。エリアスが当然のように後ろをついてくるが、気にしないことにした。人の目がある場所なら、彼もそう簡単には迫ってこないだろうから。
船の甲板に出ると、空には雲がかかりはじめていた。風はまだ穏やかだが、これから天気が崩れるという予報はどうやら本当のようだった。
頬にぬるい潮風を受けながら甲板の端に歩み寄ると、水平線に浮かぶ小さな島々が見え、海鳥の鳴く声も聞こえてくる。白いカモメが柵の上に一羽、すっととどまって、ルーチェをじっと見つめている。
「カモメってよく見ると、結構可愛いのね。でも、おあいにくさま。私は何も持っていないわよ。エリアス様なら持っているかもしれないけどね」
後ろからエリアスがやってきて、ポケットから紙で作った小さな袋を取り出した。
「こんなこともあろうかと。どうぞ」
朝食の残りのパンを持ってきているのだとエリアスは言った。
「エリアス様、まだやってたんですか……動物に餌をやるの」
小さい頃のエリアスは世話焼きというか、親切と表現すべきなのか、よく動物に餌をやっていた。
それもまた、思春期にさしかかる前にいつの間にかやらなくなっていたが。
「『実家』にいる時はもうやっていなかったよ」
何しろ大人っぽくないから、とエリアスは言う。
「……でも、せっかく旅に出たから、ね」
風に煽られた前髪を手で払いながら、少し照れたように笑うその表情に、ルーチェは思わず見とれてしまう。
――いけない。いけない。
咳払いをして、ごまかすようにパンをちぎった。
少しちぎってからそっと差し出すと、カモメはすっとパンをくわえて飛び去った。
「つれない鳥だこと」
ルーチェは思わず皮肉を言ったが、エリアスが笑わなかったので若干気まずくなる。つれないのはカモメもルーチェも一緒だからだ。
仲間が成功したのを見ていたのか、他のカモメたちもぞくぞくとルーチェの元にやってきた。そのうちの一羽が、まるで自分の愛らしさをアピールするかのように、甲板をよちよちと歩いて、ルーチェに向かって翼を広げる。
「あ……可愛い」
「そうだね。ルーチェの方が可愛いよ。でもルーチェは僕の手からパンを食べてくれないからな……」
「っ……!」
反射的にエリアスの方を見ると、ほんの数センチ先にエリアスの顔があった。真面目とも、冗談ともつかない表情で、彼は静かに微笑んでいる。
「……冗談、ですか?」
「冗談じゃないよ。ずっと思ってる。君はさっきのつれない方のカモメみたいだ。飛んでいってしまって……そして、カモメと違って戻ってこない」
──だって、仕方がないじゃない。私は悪役令嬢なんだもの……。
ぼんやりとしているルーチェの手の平から、カモメたちがパンを強奪していった。空になった手をつつかれて、ルーチェははっと我に返る。
「……も、もうパンはなくなりました! はい、解散っ! 帰りましょう!」
──私は絶対に流されない。絶対に。
ルーチェは勢いよく立ち上がった拍子に、甲板の濡れた床を踏んでしまって、滑った。
「あっ」
不意の傾きに、ルーチェは体勢を崩してよろめく。踏み出した足が空を切り、軽くつるりと滑ったその瞬間。
柔らかな風を裂くように、エリアスの腕が背中にまわった。
「――きゃっ!」
次に気づいたときには、もうエリアスの腕の中にいた。
両腕はしっかりとルーチェの背中と腰に添えられ、まるで最初からそうあることが自然だったかのように、ぴたりと身体が寄せられている。胸の奥で、不規則な鼓動が波を打つ。
「大丈夫?」
低く、穏やかで、けれどどこか熱を含んだ声に、ルーチェの体はびくりと跳ねた。肩と腰に回された手の感触が──昨夜の情事を思い起こさせる。
──私、昨日……エリアス様と……。
ルーチェは慌てて顔を上げ、距離を取ろうと身をよじった。
「だ、大丈夫です。ありがとうございました」
まだ心臓がバクバクしている。甲板に出るとこうもトラブルばかり起きてしまうから、今後は行くのをやめようとルーチェは思う。
しかし、エリアスは無言のまま、ルーチェを離さない。
「ひ、一人で歩けますし……その、人が来たら、困ります……」
昨夜のようにお姫さま抱っこで船内を練り歩かれては困るから、ルーチェはやんわりとエリアスの腕から逃れようとした。しかしルーチェを抱き締めるエリアスの腕はほんの少しも緩まなかった。
「……もう少し、このままでいたい」
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