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「まあっ! お二人とも、とてもお上手ですわ!」
ルーチェとエリアスの息が合ったダンスに、講師の女性はぱちぱちと拍手をした。
「ありがとうございます」
ルーチェとエリアスは息を合わせて頭を下げた。視線を交わすと、エリアスはさも得意げに微笑んだが、ルーチェの方は口元が引きつっている。
──どうしてこんなことに……。
船には乗客たちが退屈しないよう、様々な催しものが行われている。きちんと身支度を調えたルーチェが船旅を満喫すべくスイートルームを脱出すると、当然のようにエリアスがついてきた。
「君が一人でいると危ないから」と言われると、心当たりのあるルーチェは毎度の事ながら反論ができない。まるで従者のようにエリアスを引き連れて歩いていると、ダンスの練習会──乗客には普段社交界に参加しない人達も多く含まれているので、ちょっとした体験のようなものだ──それに参加しないかと声をかけられて、ルーチェより先にエリアスが「はい」と返事をしたのだ。
勿論、今更エリアスがマダムたちに囲まれてきゃいきゃい言われようとも関係がないから、ルーチェはそこにエリアスを置いていくつもりだった。
しかしエリアスが「それなりに経験がある。こちらの彼女も」と告げると、若くて見目のよい人たちにお手本を見せてほしいとせがまれて、ルーチェはエリアスとのダンスを披露することになってしまって、周囲から喝采を浴びている。
「まるでおとぎ話の王子と王女みたいに素敵だったわ!」
「うふふ。そうでしょうか」
──私は王女ではなくて公爵令嬢だけど、エリアス様の方は本当に王子なのよね……。
とは、とても口に出せないし、この中にエリアス王子の顔を知っている人が紛れてやしないかと、ルーチェは気が気ではない。
「さ、行きますよ! 遊ぶ所は沢山あるのですから!」
ルーチェはエリアスの手を引いて足早に練習会場を出た。
「次はどこへ?」
「……決まってないですけれど」
ルーチェの背後で、エリアスが少し笑った気配がした。
「もしかしてヤキモチを焼いてくれたの?」
「そ、そういうわけでは……」
隙あらばエリアスがくっつこうとするので、ルーチェは慌てて甲板に逃れた。
「あら、出店が出ているわ」
ルーチェの視線がふと止まった先に、甲板の一角で果物を絞っているスタンドがあった。どうやら時間帯によっては甲板に店が出ているようだった。
「知らなかったの?」
「はい。気が付きませんでした」
何しろ甲板に上がるといろいろ起きるので、と言うのは余計だろうとルーチェは口をつぐむ。
「ここで待ってて」
そう言い残すと、エリアスは出店の方へ向かっていった。店員とエリアスがやりとりをする音が、波音に混ざって聞こえてくる。
──何を頼むつもりなのかしら。
店員とエリアスは妙に盛り上がっているように見えた。以外とエリアス様も平民に向いているのかも、なんてことまでルーチェは思ってしまう。
ルーチェが手すりにもたれかかってその様子を眺めていると、エリアスが戻ってきた。
その手に抱えているのは、大ぶりのガラス製グラス。表面に船のロゴがあしらわれたそれには、搾りたてのオレンジジュースが二人分たっぷりと注がれていて、その上には柑橘の皮で作ったハート型の細工があしらってあった。
「はい、どうぞ。『新婚旅行の方には飾り切りのサービス』だって」
得意げに微笑んで差し出してきたその顔は、完全に「自分たちは新婚です」とでも言いたげな表情だった。
「……」
ルーチェはじっとグラスを見つめた。
どうやらエリアスは──この旅を新婚旅行にすり替える作戦のようだ。いよいよ完全に彼の術中にはまってしまっているとルーチェは焦る。
──流されている私ももちろん悪いのだけれど……。
「……エリアス様。ひとついいですか」
「なんだい、ルーチェ
ルーチェはエリアスからグラスを受け取って、一気に飲み干した。
「驚いた……」
エリアスがぽつりと呟く。驚くのはこれからだ、とルーチェは唇を少し噛んでから、口を開いた。
「この際、はっきり言わせてもらいますけれど。い、いいいい一度、や、やや、やったぐらいで、私の旦那様面をされては困ります」
ルーチェは顔を真っ赤にしながらも、きっぱりと宣言した。言葉を少しばかり噛んでしまったのが悔やまれるが、それでも気持ちは伝えなければならない。
二人の間を、ぴゅうと冷たい空気が吹き抜けた。
「いいよって言ったのに」
エリアスは静かに呟いた。責めるでもなく、かといって茶化しているわけでもない。その一言にはほんのわずかに寂しさが滲んでいる。
「そ、そそそそ、それは行為の合意、という意味です」
小さく区切るように、ルーチェは言葉を続けた。
「私達、別れたので。これは新婚旅行ではないです」
くるりと背を向けたルーチェの背中に、エリアスが不満そうな声をあげた。
「お別れをしたのに、肉体関係だけあるだなんて、妙な話だ。君も僕が一緒に旅を続けることを認めてくれたのだとばかり……」
「それは、童貞の発想です」
ルーチェは海風の勢いに任せてとんでもないことを言ってしまったが、発言は取り消せない。
「今の私たちは市井の男と女なので、血統を重視するために……純潔を尊ぶ……という感情は必要ないんです。つまり、するもしないも自由ってことです。当然、付き合ったり、将来を約束しなくても気持ちが盛り上がって、そういった状況になるというのは十分に考えられます。というか、実際そうなんです」
ルーチェはエリアスに背中を向けたまま、勢いよく持論をぶちまけた。
「昨日のは、そういうことですので。ただの割り切った火遊びです、そういうことなので!」
空になったグラスをエリアスに押しつけて、ルーチェはその場を去った。
ルーチェとエリアスの息が合ったダンスに、講師の女性はぱちぱちと拍手をした。
「ありがとうございます」
ルーチェとエリアスは息を合わせて頭を下げた。視線を交わすと、エリアスはさも得意げに微笑んだが、ルーチェの方は口元が引きつっている。
──どうしてこんなことに……。
船には乗客たちが退屈しないよう、様々な催しものが行われている。きちんと身支度を調えたルーチェが船旅を満喫すべくスイートルームを脱出すると、当然のようにエリアスがついてきた。
「君が一人でいると危ないから」と言われると、心当たりのあるルーチェは毎度の事ながら反論ができない。まるで従者のようにエリアスを引き連れて歩いていると、ダンスの練習会──乗客には普段社交界に参加しない人達も多く含まれているので、ちょっとした体験のようなものだ──それに参加しないかと声をかけられて、ルーチェより先にエリアスが「はい」と返事をしたのだ。
勿論、今更エリアスがマダムたちに囲まれてきゃいきゃい言われようとも関係がないから、ルーチェはそこにエリアスを置いていくつもりだった。
しかしエリアスが「それなりに経験がある。こちらの彼女も」と告げると、若くて見目のよい人たちにお手本を見せてほしいとせがまれて、ルーチェはエリアスとのダンスを披露することになってしまって、周囲から喝采を浴びている。
「まるでおとぎ話の王子と王女みたいに素敵だったわ!」
「うふふ。そうでしょうか」
──私は王女ではなくて公爵令嬢だけど、エリアス様の方は本当に王子なのよね……。
とは、とても口に出せないし、この中にエリアス王子の顔を知っている人が紛れてやしないかと、ルーチェは気が気ではない。
「さ、行きますよ! 遊ぶ所は沢山あるのですから!」
ルーチェはエリアスの手を引いて足早に練習会場を出た。
「次はどこへ?」
「……決まってないですけれど」
ルーチェの背後で、エリアスが少し笑った気配がした。
「もしかしてヤキモチを焼いてくれたの?」
「そ、そういうわけでは……」
隙あらばエリアスがくっつこうとするので、ルーチェは慌てて甲板に逃れた。
「あら、出店が出ているわ」
ルーチェの視線がふと止まった先に、甲板の一角で果物を絞っているスタンドがあった。どうやら時間帯によっては甲板に店が出ているようだった。
「知らなかったの?」
「はい。気が付きませんでした」
何しろ甲板に上がるといろいろ起きるので、と言うのは余計だろうとルーチェは口をつぐむ。
「ここで待ってて」
そう言い残すと、エリアスは出店の方へ向かっていった。店員とエリアスがやりとりをする音が、波音に混ざって聞こえてくる。
──何を頼むつもりなのかしら。
店員とエリアスは妙に盛り上がっているように見えた。以外とエリアス様も平民に向いているのかも、なんてことまでルーチェは思ってしまう。
ルーチェが手すりにもたれかかってその様子を眺めていると、エリアスが戻ってきた。
その手に抱えているのは、大ぶりのガラス製グラス。表面に船のロゴがあしらわれたそれには、搾りたてのオレンジジュースが二人分たっぷりと注がれていて、その上には柑橘の皮で作ったハート型の細工があしらってあった。
「はい、どうぞ。『新婚旅行の方には飾り切りのサービス』だって」
得意げに微笑んで差し出してきたその顔は、完全に「自分たちは新婚です」とでも言いたげな表情だった。
「……」
ルーチェはじっとグラスを見つめた。
どうやらエリアスは──この旅を新婚旅行にすり替える作戦のようだ。いよいよ完全に彼の術中にはまってしまっているとルーチェは焦る。
──流されている私ももちろん悪いのだけれど……。
「……エリアス様。ひとついいですか」
「なんだい、ルーチェ
ルーチェはエリアスからグラスを受け取って、一気に飲み干した。
「驚いた……」
エリアスがぽつりと呟く。驚くのはこれからだ、とルーチェは唇を少し噛んでから、口を開いた。
「この際、はっきり言わせてもらいますけれど。い、いいいい一度、や、やや、やったぐらいで、私の旦那様面をされては困ります」
ルーチェは顔を真っ赤にしながらも、きっぱりと宣言した。言葉を少しばかり噛んでしまったのが悔やまれるが、それでも気持ちは伝えなければならない。
二人の間を、ぴゅうと冷たい空気が吹き抜けた。
「いいよって言ったのに」
エリアスは静かに呟いた。責めるでもなく、かといって茶化しているわけでもない。その一言にはほんのわずかに寂しさが滲んでいる。
「そ、そそそそ、それは行為の合意、という意味です」
小さく区切るように、ルーチェは言葉を続けた。
「私達、別れたので。これは新婚旅行ではないです」
くるりと背を向けたルーチェの背中に、エリアスが不満そうな声をあげた。
「お別れをしたのに、肉体関係だけあるだなんて、妙な話だ。君も僕が一緒に旅を続けることを認めてくれたのだとばかり……」
「それは、童貞の発想です」
ルーチェは海風の勢いに任せてとんでもないことを言ってしまったが、発言は取り消せない。
「今の私たちは市井の男と女なので、血統を重視するために……純潔を尊ぶ……という感情は必要ないんです。つまり、するもしないも自由ってことです。当然、付き合ったり、将来を約束しなくても気持ちが盛り上がって、そういった状況になるというのは十分に考えられます。というか、実際そうなんです」
ルーチェはエリアスに背中を向けたまま、勢いよく持論をぶちまけた。
「昨日のは、そういうことですので。ただの割り切った火遊びです、そういうことなので!」
空になったグラスをエリアスに押しつけて、ルーチェはその場を去った。
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