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エリアスを一人残してスイートルームに戻ったルーチェは、部屋の扉を閉めたあと、ドアにもたれかかってため息をついた。
船内とは思えないほど広い部屋は静かで、波の音しか聞こえない。
「ちょっと……言いすぎたかしら」
ルーチェはのろのろとソファーに体を沈み込ませた。目を閉じると脳内ではエリアスの悲しそうな表情が自動的に再生されてしまう。
「だって……このままだとだめでしょう、ルーチェ。あなたは──悪役令嬢のルーチェ・エドマンズなのだから」
ルーチェは自分の手をぎゅっと握った。
「流されるわけにはいかないのよ……」
次の港に着いたら、エリアスを叔母に引き渡す。それが今の目的だ。王子である彼には王宮に戻ってもらい、そして自分は一人でほとぼりが覚めるまで旅を続ける。
キスも、体を重ねたことも、すべては思い出にする。
悪役令嬢、それが自分の運命だ。逃げることは選んだ。けれど逃げたその先で、彼と共に歩く未来まで望むなんてことは、とても恐ろしいことだ。
「たとえ、エリアス様が『降りたくない』って言ったとしても、エリアス様がゲームの通りに倒れてしまわない保証なんてないのだし……」
船の中では満足な治療などできないのだから、そうなればエリアスは帰るしかない。自分の足で帰れればまだいい、命に関わるような倒れ方をするかもしれない。そうなったらルーチェはもちろんエリアスに付き添って国へ戻るだろう。
そして悪役令嬢の運命から逃れられなくなる。
「だから、やっぱり、ダメ。失望されるぐらいなら、思い出のままでいいの。割り切った、大人の関係……ただのセフレ。……いえ、それはダメね。だって昨夜は多分、避妊しなかったし……」
昨夜のことを思い出すと、急に体が熱くなって、ルーチェはぶんぶんと首を振った。
「……そうそう、部屋の片付けでもしましょう。エリアス様にも荷造りを頼まなきゃいけないんだから」
部屋はもともと整っていた。けれど、よく見ればルーチェとエリアスの私物があちこちで混ざり合っている。
「このトランク……エリアス様のは、あっち側に。家具で仕切って……今日からは、居住エリアを別々にしましょう。これ以上、変なことにならないように……」
──だって、あんな言い方……体だけの関係はオッケーみたいに聞こえたかもしれないし。
体だけの関係。そんな言葉をわざと使ったのは、線を引くためだ。けれど、エリアスがそれを真に受けてしまったら? 本当にそうなってしまったら?
──こ、今晩も求められたらどうしよう……。
昨夜の感触が蘇ってきて、ルーチェは自分の両頬を叩いた。
「嫌では、ない……けれど……そういう問題でも、ない。誘いには、乗らないのよ……」
ルーチェはわざと大きな声を出しながら、ダイニングテーブルの向きやソファの位置も変えてみた。傍目にはただの模様替えに過ぎないかもしれない。けれど、ルーチェにとっては心の境界線を引く儀式のようなものだった。仕上げにトランクをでんと部屋の真ん中に設置する。
「でも……エリアス様、なかなか戻っていらっしゃらないわね」
ふと気を抜いた瞬間に口をついて出たのはエリアスのことで、ルーチェは自分に呆れてしまう。
「違う、違うの。読書でもして、気を紛らわせるの。ね、そうしましょう」
ルーチェはそう自分に言い聞かせ、ソファーで読もうと思ってそのままになっていた本を手に取った。すると開いたページのあいだから、ふわりと一枚の押し花の栞がこぼれ落ちた。
昔、エリアスがくれた花を押し花にして作った栞だ。
「旅に出る時は、僕も冒険に連れてってね」
そう言って微笑んだ子供のころのエリアスの顔が脳裏に浮かび上がってくる。
「……ごめんなさい。冒険には、連れていけないのに、そんな約束をして……」
ルーチェはそっと栞を拾い上げたが、それ以上本を読むことはできなかった。
船内とは思えないほど広い部屋は静かで、波の音しか聞こえない。
「ちょっと……言いすぎたかしら」
ルーチェはのろのろとソファーに体を沈み込ませた。目を閉じると脳内ではエリアスの悲しそうな表情が自動的に再生されてしまう。
「だって……このままだとだめでしょう、ルーチェ。あなたは──悪役令嬢のルーチェ・エドマンズなのだから」
ルーチェは自分の手をぎゅっと握った。
「流されるわけにはいかないのよ……」
次の港に着いたら、エリアスを叔母に引き渡す。それが今の目的だ。王子である彼には王宮に戻ってもらい、そして自分は一人でほとぼりが覚めるまで旅を続ける。
キスも、体を重ねたことも、すべては思い出にする。
悪役令嬢、それが自分の運命だ。逃げることは選んだ。けれど逃げたその先で、彼と共に歩く未来まで望むなんてことは、とても恐ろしいことだ。
「たとえ、エリアス様が『降りたくない』って言ったとしても、エリアス様がゲームの通りに倒れてしまわない保証なんてないのだし……」
船の中では満足な治療などできないのだから、そうなればエリアスは帰るしかない。自分の足で帰れればまだいい、命に関わるような倒れ方をするかもしれない。そうなったらルーチェはもちろんエリアスに付き添って国へ戻るだろう。
そして悪役令嬢の運命から逃れられなくなる。
「だから、やっぱり、ダメ。失望されるぐらいなら、思い出のままでいいの。割り切った、大人の関係……ただのセフレ。……いえ、それはダメね。だって昨夜は多分、避妊しなかったし……」
昨夜のことを思い出すと、急に体が熱くなって、ルーチェはぶんぶんと首を振った。
「……そうそう、部屋の片付けでもしましょう。エリアス様にも荷造りを頼まなきゃいけないんだから」
部屋はもともと整っていた。けれど、よく見ればルーチェとエリアスの私物があちこちで混ざり合っている。
「このトランク……エリアス様のは、あっち側に。家具で仕切って……今日からは、居住エリアを別々にしましょう。これ以上、変なことにならないように……」
──だって、あんな言い方……体だけの関係はオッケーみたいに聞こえたかもしれないし。
体だけの関係。そんな言葉をわざと使ったのは、線を引くためだ。けれど、エリアスがそれを真に受けてしまったら? 本当にそうなってしまったら?
──こ、今晩も求められたらどうしよう……。
昨夜の感触が蘇ってきて、ルーチェは自分の両頬を叩いた。
「嫌では、ない……けれど……そういう問題でも、ない。誘いには、乗らないのよ……」
ルーチェはわざと大きな声を出しながら、ダイニングテーブルの向きやソファの位置も変えてみた。傍目にはただの模様替えに過ぎないかもしれない。けれど、ルーチェにとっては心の境界線を引く儀式のようなものだった。仕上げにトランクをでんと部屋の真ん中に設置する。
「でも……エリアス様、なかなか戻っていらっしゃらないわね」
ふと気を抜いた瞬間に口をついて出たのはエリアスのことで、ルーチェは自分に呆れてしまう。
「違う、違うの。読書でもして、気を紛らわせるの。ね、そうしましょう」
ルーチェはそう自分に言い聞かせ、ソファーで読もうと思ってそのままになっていた本を手に取った。すると開いたページのあいだから、ふわりと一枚の押し花の栞がこぼれ落ちた。
昔、エリアスがくれた花を押し花にして作った栞だ。
「旅に出る時は、僕も冒険に連れてってね」
そう言って微笑んだ子供のころのエリアスの顔が脳裏に浮かび上がってくる。
「……ごめんなさい。冒険には、連れていけないのに、そんな約束をして……」
ルーチェはそっと栞を拾い上げたが、それ以上本を読むことはできなかった。
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