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オレンジ色の夕日が水平線へと傾き始めても、エリアスはルーチェの元に戻ってこなかった。
ルーチェは部屋のカーテンをそっと揺らし、窓の外に目をやった。もちろん、視界に広がるのは海だけで、そんなところにエリアスがいるはずもないのだが。
「……どうしたのかしら」
距離を置こうと決めたばかりだ。けれど彼が姿を見せないと、それはそれで落ち着かない。
ルーチェはスイートルームのドアをそっと開けた。廊下には誰の気配もない。
「……探しに行かないと」
小さくつぶやいてから、ルーチェはエリアスの行方を探す事にした。船は巨大な密室だから、必ずどこかにはいるはず──いなかったら、とんでもない大事件だ。
とはいえ船は一つの街の様に巨大で、探し人を見つけるにはあまりにも不向きだった。
ラウンジや読書室、ピアノホールも見た。エリアスの姿はなく、ルーチェの胸に不安が募っていく。何しろ王子という身分から解き放たれたエリアスはかなり思い切った行動を取る人物なのだ。ルーチェの想像を超えるような事態が起きていたって、何もおかしくはないのだ。
この船って、こんなに広かったかしら――ルーチェが焦りを感じていると、ふとすれ違った女性たちの会話が耳に入った。
「ねえ、さっきの人、すっごくかっこよくなかった?」
「雰囲気あったわよね。なんか影がある感じで、つい見惚れちゃった」
「声かけてみればよかったのに」
「私たちみたいなの、相手にされるわけないじゃない」
ルーチェはその場に立ち止まり、聞き耳を立てた。
──エリアス様に違いないわ。
背が高くすらりとしていて、輝く金髪に海のような深いブルーの瞳、柔らかな物腰の青年が一人でうろついていれば、目立たないはずもない。
──やっぱり、一人で行動させると話題になってしまうわね。
王子と気が付かれ、よからぬことをしようとする輩が発生しないとも限らない。エリアスには戻ってきてもらい、部屋でじっとさせなければと、ルーチェはスカートの裾をつまみ、甲板へと続く階段を勢いよく駆け上がった。
ぬるい風が頬をなでる。オレンジ色に染まった甲板で、エリアスは船の手すりにもたれかかり、じっと水平線の向こうを眺めていた。
その横顔に、ルーチェは見入ってしまう。
──悲しそう。
光と影のコントラストが彫刻のような横顔に影と憂いを添えていた。エリアスはルーチェの存在に気づく様子もなく、そばでカモメがクゥと餌を欲しそうに鳴いてもただぼんやりと海を眺めていて、まるで近くにいても同じ世界にいないかのようだとルーチェは思う。
──今のエリアス様は、王宮に居た頃と同じ……。
船の上でなければ、あんなにくっついてきて愛をささやくエリアスこそが幻で、やっぱりこの近寄りがたいエリアス王子の方が現実だと思ってしまうかもしれない。
──それにしても、エリアス様、もしかして具合が悪いのかしら。
そんな考えが脳裏をよぎる。エリアスが船酔いするとは思えない。けれど、そうでないなら……。
ル-チェは脳内で、おぼろげなゲームの設定をたどる。原因不明とされていたエリアスの病について本人が言及するシーンがあったはずだ。
――精神的なものもあるから、君には治せない。
――だから、そばにいても意味はないんだよ。
ゲームの中の、エリアスの冷たいような、投げやりな表情を思い出す。
──私の前では元気にふるまっていても、実はエリアス様はすでに心身の不調を抱えているのでは……?
そんな不安が、じわりと広がっていく。
──それに、船の上では食事はきちんと出るけれど、王宮での生活とは比べ物にならない。流行病とか、船ならそれこそ壊血病だって……。ああ、さっき私、オレンジジュースを全部飲んでしまった。
ルーチェは微動だにしないエリアスの横顔を見れば見るほど、重篤な病が隠れているように思えて仕方がなくなってしまった。
──大変だわ。すぐに、手を打たないと――。
「エリアス様っ!」
ルーチェは大きな声を出すと、手すりにもたれたエリアスの肩がぴくりと動いた。
「ルーチェ……?」
「だ、大丈夫ですか!?」
ルーチェは両手で彼の頬をぎゅっとつかみ、顔をまじまじと覗き込んだ。
「どうしたの、急に」
「体のお加減がよろしくないのでは?}
ルーチェは少し前屈みになったエリアスの額に自分の額を寄せながら、確信を込めてつぶやいた。
「なんともないよ。ただ、少し外の空気を――」
「部屋に戻りましょう」
「どうしたの? 何か出た?」
「具合が悪いのですよね!?」
「……いや?」
ルーチェは問答無用の口調で、ぐいとエリアスの手を掴んだ。
「ごまかしてもだめですよ!」
「いや、本当に具合は――」
ルーチェの突然の行動に、さすがのエリアスも困惑気味だ。
「反論禁止!」
返答を許さず、ルーチェはエリアスの手をぎゅっと握りしめ、そのまま引っ張るようにして階段を下りていく。エリアスはおとなしくその後ろをついて歩く。
「船医に診てもらいましょう。何かあってからでは遅いですから!」
「なんだかよく分からないけれど……心配してくれてる?」
後ろからふと呟かれたその一言に、ルーチェの背筋がぴくりと震えた。
「ま、まあ、それは……」
「ふふ、そうか。じゃあ、おとなしく診てもらおうかな」
エリアスは小さく笑った。ルーチェはそれ以上、顔を見られないように前を向いたまま廊下を進んだ。
ルーチェは部屋のカーテンをそっと揺らし、窓の外に目をやった。もちろん、視界に広がるのは海だけで、そんなところにエリアスがいるはずもないのだが。
「……どうしたのかしら」
距離を置こうと決めたばかりだ。けれど彼が姿を見せないと、それはそれで落ち着かない。
ルーチェはスイートルームのドアをそっと開けた。廊下には誰の気配もない。
「……探しに行かないと」
小さくつぶやいてから、ルーチェはエリアスの行方を探す事にした。船は巨大な密室だから、必ずどこかにはいるはず──いなかったら、とんでもない大事件だ。
とはいえ船は一つの街の様に巨大で、探し人を見つけるにはあまりにも不向きだった。
ラウンジや読書室、ピアノホールも見た。エリアスの姿はなく、ルーチェの胸に不安が募っていく。何しろ王子という身分から解き放たれたエリアスはかなり思い切った行動を取る人物なのだ。ルーチェの想像を超えるような事態が起きていたって、何もおかしくはないのだ。
この船って、こんなに広かったかしら――ルーチェが焦りを感じていると、ふとすれ違った女性たちの会話が耳に入った。
「ねえ、さっきの人、すっごくかっこよくなかった?」
「雰囲気あったわよね。なんか影がある感じで、つい見惚れちゃった」
「声かけてみればよかったのに」
「私たちみたいなの、相手にされるわけないじゃない」
ルーチェはその場に立ち止まり、聞き耳を立てた。
──エリアス様に違いないわ。
背が高くすらりとしていて、輝く金髪に海のような深いブルーの瞳、柔らかな物腰の青年が一人でうろついていれば、目立たないはずもない。
──やっぱり、一人で行動させると話題になってしまうわね。
王子と気が付かれ、よからぬことをしようとする輩が発生しないとも限らない。エリアスには戻ってきてもらい、部屋でじっとさせなければと、ルーチェはスカートの裾をつまみ、甲板へと続く階段を勢いよく駆け上がった。
ぬるい風が頬をなでる。オレンジ色に染まった甲板で、エリアスは船の手すりにもたれかかり、じっと水平線の向こうを眺めていた。
その横顔に、ルーチェは見入ってしまう。
──悲しそう。
光と影のコントラストが彫刻のような横顔に影と憂いを添えていた。エリアスはルーチェの存在に気づく様子もなく、そばでカモメがクゥと餌を欲しそうに鳴いてもただぼんやりと海を眺めていて、まるで近くにいても同じ世界にいないかのようだとルーチェは思う。
──今のエリアス様は、王宮に居た頃と同じ……。
船の上でなければ、あんなにくっついてきて愛をささやくエリアスこそが幻で、やっぱりこの近寄りがたいエリアス王子の方が現実だと思ってしまうかもしれない。
──それにしても、エリアス様、もしかして具合が悪いのかしら。
そんな考えが脳裏をよぎる。エリアスが船酔いするとは思えない。けれど、そうでないなら……。
ル-チェは脳内で、おぼろげなゲームの設定をたどる。原因不明とされていたエリアスの病について本人が言及するシーンがあったはずだ。
――精神的なものもあるから、君には治せない。
――だから、そばにいても意味はないんだよ。
ゲームの中の、エリアスの冷たいような、投げやりな表情を思い出す。
──私の前では元気にふるまっていても、実はエリアス様はすでに心身の不調を抱えているのでは……?
そんな不安が、じわりと広がっていく。
──それに、船の上では食事はきちんと出るけれど、王宮での生活とは比べ物にならない。流行病とか、船ならそれこそ壊血病だって……。ああ、さっき私、オレンジジュースを全部飲んでしまった。
ルーチェは微動だにしないエリアスの横顔を見れば見るほど、重篤な病が隠れているように思えて仕方がなくなってしまった。
──大変だわ。すぐに、手を打たないと――。
「エリアス様っ!」
ルーチェは大きな声を出すと、手すりにもたれたエリアスの肩がぴくりと動いた。
「ルーチェ……?」
「だ、大丈夫ですか!?」
ルーチェは両手で彼の頬をぎゅっとつかみ、顔をまじまじと覗き込んだ。
「どうしたの、急に」
「体のお加減がよろしくないのでは?}
ルーチェは少し前屈みになったエリアスの額に自分の額を寄せながら、確信を込めてつぶやいた。
「なんともないよ。ただ、少し外の空気を――」
「部屋に戻りましょう」
「どうしたの? 何か出た?」
「具合が悪いのですよね!?」
「……いや?」
ルーチェは問答無用の口調で、ぐいとエリアスの手を掴んだ。
「ごまかしてもだめですよ!」
「いや、本当に具合は――」
ルーチェの突然の行動に、さすがのエリアスも困惑気味だ。
「反論禁止!」
返答を許さず、ルーチェはエリアスの手をぎゅっと握りしめ、そのまま引っ張るようにして階段を下りていく。エリアスはおとなしくその後ろをついて歩く。
「船医に診てもらいましょう。何かあってからでは遅いですから!」
「なんだかよく分からないけれど……心配してくれてる?」
後ろからふと呟かれたその一言に、ルーチェの背筋がぴくりと震えた。
「ま、まあ、それは……」
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