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「えっ……そんな、異常なしってどういうことですか?」
ルーチェは診察室で、驚きの声をあげた。ルーチェはそのままエリアスを医務室に引っ張って、検査を受けさせたのだ。
「そう言われましても……この方はまったくの健康体です」
白髪の医師はもうお手上げという風に手をあげた。
「どこにも異常はございません。脈拍、呼吸、瞳孔の開きにいたるまで全て正常、健康そのものです。ご本人の自覚症状も特にないようですし」
「そうそう、僕は体調が悪いなんて一言も言ってないよ」
ルーチェが再び口を開きかけた時、椅子に座っていたエリアスが先に発言した。
「そ……それは、そうなんですけど」
苦笑いするエリアスの横顔を、ルーチェは複雑なまなざしで見つめた。
「でも……本当に、大事な人なんです。だから、ちゃんと見てください。ほんの小さな兆しでも、見逃したくないんです」
ルーチェはそう言って、医師にずずいと近寄った。船の上ではいわゆるセカンドオピニオンが出来ないのだから、この医師に頼るほかないのだ。
「結婚したばかりの旦那様がご心配なのは分かりますがねえ」
そう言って医師が笑った。からかうような言い回しに、ルーチェは一瞬だけ固まる。
「旦那様ではありま――」
「じゃあ、僕たちはこれで」
と、エリアスが言葉を遮って立ち上がり、ルーチェの肩を抱いて医務室を出た。
「ルーチェ、君って僕に病気でいてほしいの?」
廊下でのエリアスの心配そうな問いかけに、ルーチェは慌てて首を振った。
「そんなわけありません。元気でいてほしいからこそ、診てもらいたかったんです」
「……でも、病気だったら、船から降ろせると思ったんじゃない?」
ルーチェは何も言えなかった。確かに、それが心のどこにもないとは言い切れない。けれど病気になってほしいなんて、望んだことは一度もない。
「じゃあ、僕はこれで」
言葉を探してうつむいているルーチェに、エリアスの作られた明るさが滲む声が降ってくる。
「えっ? どこに行くんですか?」
「この船で出会った男性たちに、ポーカーでもどうだいと誘われていて。今までは断っていたけれど、たまにはいいかなと」
「だ、ダメです。そんなのダメです!」
「どうして?」
「そんな不良みたいな集まりに行くくらいなら、私と部屋でババ抜きでも大富豪でもやったほうが、ずっとマシです!」
その剣幕にエリアスは驚いたように目を見開いてから、苦笑した。
「……ルーチェがそれでいいなら、もちろん。喜んで、そうするよ」
柔らかい笑みを見せたエリアスに、ルーチェは安堵と焦燥の入り混じった気持ちを抱いた。
──このまま、どこにも行かせてはいけない。絶対に部屋にとどめておかなければ。……それに、男の人達とポーカーだなんて、トランプはともかく、そこから悪い遊びにでも誘われてはたまらないし……!
ルーチェはエリアスを連れて帰り、夕食の後はひたすらカードゲームに興じることにした。
「おはよう、ルーチェ」
翌朝、エリアスの声はいつもより少し掠れていた。
ふつうに朝が来た。それだけで、ルーチェの胸には安堵と警戒がないまぜになった思いが広がる。今日の夜を越えれば、船は港町に到着するはずだから。
「おはようございます、エリアス様」
そう挨拶したルーチェの瞳が、すぐにある一点で止まる。
「エリアス様、顔色が……」
エリアスの目の下にはうっすらとクマができていて、肌の色もどこか冴えない。
「昨日は……よく眠れなくて」
エリアスは言い訳のように呟いて、ルーチェから目を逸らした。
「! やはり、体調が!」
「いや、体調が悪いというよりは……ただ、眠れなかっただけなんだよ」
まだ眠くないというエリアスに付き合ってカードゲームをして、いつの間にかルーチェは寝入ってしまっった。エリアスを寝かしつけてから自分が寝るべきだったと、後悔する。
「今からでも寝るべきです。もう一度ベッドに戻ってください、はい」
ルーチェは有無を言わせず、エリアスの腕をとってベッドへと押し戻した。抵抗する様子もなく、エリアスはそのままベッドに身を預けた。
「ルーチェがそう言うなら、僕はそうするけど……まるで病人みたいだね」
「本日はこちらで安静にしていただきます。船医が何と言おうと、お休みいただきます」
そう宣言すると、ルーチェは手早くルームサービスに連絡を入れ、朝食のメニューをオレンジジュースとお粥に変更した。
それから部屋じゅうのクッションをかき集めて、エリアスの周りに背もたれとして配置する。そうしているうちに、ルームサービスが到着する。
「エリアス様、ジュースが届きましたよ」
「……」
エリアスは目を閉じたまま、動こうとしない。ルーチェはそっと近づき、その肩を軽く叩いた。
「エリアス様?」
返事がない。
「……まさか、死んで……!?」
声が震えそうになったそのとき、エリアスが片目をぱちりと開けた。
「ごめん、死んでないよ。嘘だよ」
「……っ」
「ちょっと嬉しかったんだ。こうして世話を焼いてもらえるの、悪くないなって」
「病気の人のお世話をするのは当然のことです。誰だってそうします」
「でも、なんで君はそんなに僕を病人扱いしたがるんだろうね。……まあ、そういうプレイってことなら、受け入れるけど……」
「プレイなんかじゃありません!」
ルーチェの声が少しだけ大きくなった。
「私は大真面目なんです。たとえ、エリアス様に自覚がなくても、体調が万全じゃないのは明らかです。だから、きちんとお世話します。まずは、これを」
そう言って、ルーチェはグラスを手に取った。グラスの縁が光を反射して、きらきらと輝いている。
「ビタミンは大事です。飲んでください。その。昨日は私が全部飲んでしまったので」
「……ルーチェが飲ませてくれるの?」
「必要とあらば!」
赤くなった頬を隠すように、ルーチェはグラスをエリアスの唇にあてがう。
「じゃあ、いただくよ」
エリアスはようやく観念したように、口をひらいた。
ルーチェは診察室で、驚きの声をあげた。ルーチェはそのままエリアスを医務室に引っ張って、検査を受けさせたのだ。
「そう言われましても……この方はまったくの健康体です」
白髪の医師はもうお手上げという風に手をあげた。
「どこにも異常はございません。脈拍、呼吸、瞳孔の開きにいたるまで全て正常、健康そのものです。ご本人の自覚症状も特にないようですし」
「そうそう、僕は体調が悪いなんて一言も言ってないよ」
ルーチェが再び口を開きかけた時、椅子に座っていたエリアスが先に発言した。
「そ……それは、そうなんですけど」
苦笑いするエリアスの横顔を、ルーチェは複雑なまなざしで見つめた。
「でも……本当に、大事な人なんです。だから、ちゃんと見てください。ほんの小さな兆しでも、見逃したくないんです」
ルーチェはそう言って、医師にずずいと近寄った。船の上ではいわゆるセカンドオピニオンが出来ないのだから、この医師に頼るほかないのだ。
「結婚したばかりの旦那様がご心配なのは分かりますがねえ」
そう言って医師が笑った。からかうような言い回しに、ルーチェは一瞬だけ固まる。
「旦那様ではありま――」
「じゃあ、僕たちはこれで」
と、エリアスが言葉を遮って立ち上がり、ルーチェの肩を抱いて医務室を出た。
「ルーチェ、君って僕に病気でいてほしいの?」
廊下でのエリアスの心配そうな問いかけに、ルーチェは慌てて首を振った。
「そんなわけありません。元気でいてほしいからこそ、診てもらいたかったんです」
「……でも、病気だったら、船から降ろせると思ったんじゃない?」
ルーチェは何も言えなかった。確かに、それが心のどこにもないとは言い切れない。けれど病気になってほしいなんて、望んだことは一度もない。
「じゃあ、僕はこれで」
言葉を探してうつむいているルーチェに、エリアスの作られた明るさが滲む声が降ってくる。
「えっ? どこに行くんですか?」
「この船で出会った男性たちに、ポーカーでもどうだいと誘われていて。今までは断っていたけれど、たまにはいいかなと」
「だ、ダメです。そんなのダメです!」
「どうして?」
「そんな不良みたいな集まりに行くくらいなら、私と部屋でババ抜きでも大富豪でもやったほうが、ずっとマシです!」
その剣幕にエリアスは驚いたように目を見開いてから、苦笑した。
「……ルーチェがそれでいいなら、もちろん。喜んで、そうするよ」
柔らかい笑みを見せたエリアスに、ルーチェは安堵と焦燥の入り混じった気持ちを抱いた。
──このまま、どこにも行かせてはいけない。絶対に部屋にとどめておかなければ。……それに、男の人達とポーカーだなんて、トランプはともかく、そこから悪い遊びにでも誘われてはたまらないし……!
ルーチェはエリアスを連れて帰り、夕食の後はひたすらカードゲームに興じることにした。
「おはよう、ルーチェ」
翌朝、エリアスの声はいつもより少し掠れていた。
ふつうに朝が来た。それだけで、ルーチェの胸には安堵と警戒がないまぜになった思いが広がる。今日の夜を越えれば、船は港町に到着するはずだから。
「おはようございます、エリアス様」
そう挨拶したルーチェの瞳が、すぐにある一点で止まる。
「エリアス様、顔色が……」
エリアスの目の下にはうっすらとクマができていて、肌の色もどこか冴えない。
「昨日は……よく眠れなくて」
エリアスは言い訳のように呟いて、ルーチェから目を逸らした。
「! やはり、体調が!」
「いや、体調が悪いというよりは……ただ、眠れなかっただけなんだよ」
まだ眠くないというエリアスに付き合ってカードゲームをして、いつの間にかルーチェは寝入ってしまっった。エリアスを寝かしつけてから自分が寝るべきだったと、後悔する。
「今からでも寝るべきです。もう一度ベッドに戻ってください、はい」
ルーチェは有無を言わせず、エリアスの腕をとってベッドへと押し戻した。抵抗する様子もなく、エリアスはそのままベッドに身を預けた。
「ルーチェがそう言うなら、僕はそうするけど……まるで病人みたいだね」
「本日はこちらで安静にしていただきます。船医が何と言おうと、お休みいただきます」
そう宣言すると、ルーチェは手早くルームサービスに連絡を入れ、朝食のメニューをオレンジジュースとお粥に変更した。
それから部屋じゅうのクッションをかき集めて、エリアスの周りに背もたれとして配置する。そうしているうちに、ルームサービスが到着する。
「エリアス様、ジュースが届きましたよ」
「……」
エリアスは目を閉じたまま、動こうとしない。ルーチェはそっと近づき、その肩を軽く叩いた。
「エリアス様?」
返事がない。
「……まさか、死んで……!?」
声が震えそうになったそのとき、エリアスが片目をぱちりと開けた。
「ごめん、死んでないよ。嘘だよ」
「……っ」
「ちょっと嬉しかったんだ。こうして世話を焼いてもらえるの、悪くないなって」
「病気の人のお世話をするのは当然のことです。誰だってそうします」
「でも、なんで君はそんなに僕を病人扱いしたがるんだろうね。……まあ、そういうプレイってことなら、受け入れるけど……」
「プレイなんかじゃありません!」
ルーチェの声が少しだけ大きくなった。
「私は大真面目なんです。たとえ、エリアス様に自覚がなくても、体調が万全じゃないのは明らかです。だから、きちんとお世話します。まずは、これを」
そう言って、ルーチェはグラスを手に取った。グラスの縁が光を反射して、きらきらと輝いている。
「ビタミンは大事です。飲んでください。その。昨日は私が全部飲んでしまったので」
「……ルーチェが飲ませてくれるの?」
「必要とあらば!」
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