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ジュースを飲み干したエリアスは、口元を軽く拭って言った。
「もう、だいぶ元気になったよ。だから、そろそろ起きても大丈夫だと思うけど」
ルーチェは首を横に振った。
「だめです。まだ朝ごはんも食べてません。栄養を摂らないと回復しませんよ」
「まあ、それは……そうだけど」
ルームサービスのカートには小さな鍋に入ったお粥が乗っている。小さなろうそくで温められていて、蓋を開けると湯気が立ちのぼる。
ルーチェはお粥を手早くよそって、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「エリアス様は猫舌ですので……僭越ながら、私がふーふーいたします」
「!?」
大真面目な顔で発言するルーチェに、エリアスの肩が僅かに揺れた。そうしている間にもルーチェはスプーンにすくい取った粥にふうふうと息を吹きかけている。
「どうぞ」
「……」
エリアスは差し出されたスプーンから目を逸らし、片手で口元を隠すようにしてうつむいている。
「顔、赤いですよ。……もしかして、熱が?」
「いや、熱はないよ」
「本当ですか? 失礼します……」
ルーチェがそっと額に手を当てると、エリアスは目を細めた。
──確かに、私の方が体温が高いくらいだわ……。
「熱は無いようですね。では、改めて……はい、あーん」
差し出されたスプーンを見つめながら、エリアスは小さく笑った。
「……君が、そんな風に世話を焼いてくれるのは、ちょっと不思議な気分だね」
「病人の看病をするのは当然のことです。あーん、してください」
「……じゃあ、いただくよ」
ルーチェが差し出してきた粥を、エリアスが黙々と咀嚼する。その神妙そうなエリアスの顔を見て、ルーチェは何かを思い出しかける。
──なんだか、この姿、デジャヴのような……。
こんな状況になったことなど一度もないはずなのに、何か知っているような感覚。
──そういえば。ゲームの中でもこんなイベントがあったような。
体調を崩したエリアス王子に、ヒロインが献身的に尽くすシーン。
最初は素っ気なく冷たかった彼の態度が少しずつ軟化し、やがて「君が食べさせてくれるなら、食べるよ」と、態度を変える。
そこから二人の関係は変わっていく。その場面とほとんど一緒の状況を、今自分が再現してしまっている。エリアスの艶のある金髪も、伏せられた瞳も、照れているわけでもなく、淡々としているがどこか複雑そうな表情も──記憶の中そのままだ。
……でも、私はヒロインじゃない。
これはヒロインのための展開であって、悪役令嬢であるルーチェには本来与えられないはずの展開だ。
「ルーチェ。もう僕は……ごちそうさま、かな」
気がつけば、エリアスは差し出された最後のひとさじを食べ終えていて、空っぽのスプーンと皿だけが二人の間にあった。
「……あ、すみません。夢中になっていて、終わったことにも気づかず……」
「いや、ありがとう。おかげで、ちゃんと食べられたよ」
「それでは、私、食器を片付けてきますね」
「そんなことまでしなくていい。あとで僕が――」
立ち上がろうとしたルーチェを、エリアスがとどめようとした。
「いえ、今の私は看病担当ですから。患者様はおとなしく寝ていてください」
冗談めかして笑うルーチェに、エリアスはやれやれと肩をすくめた。
「このあと、先生に相談してみますね。風邪ではないにせよ、滋養強壮に効くお薬くらいは処方していただけるかもしれませんし」
「それは……困る」
エリアスはルーチェの手首をそっと掴んで、少し首を振った。
「えっ? どうしてですか?」
「元気になりたくないんだ」
深刻そうな口調に、ルーチェはきょとんと目を丸くする。
「どういう意味ですか、それ」
「文字通りの意味だよ。これ以上、元気になりたくないってことさ」
エリアスの言葉に隠された別の意味に、鈍感なルーチェは気が付かない。
「……そんなこと、言わないでください。私は、エリアス様には元気になってほしいです」
ルーチェの真っ直ぐな言葉に、エリアスは小さくため息をつき、視線を天井に向けたまま、言葉を紡ぐ。
「僕は君のことを、ずっと見てきたつもりだった。でも……君が何を考えているのか、まったく分からない」
そのまま、エリアスはベッドの上でルーチェに背を向けた。
「僕は元気すぎるほどに元気だ。もし僕が、なにか『病んでいる』とするなら――それは、君のせいだ」
「……え?」
「身体は健康だ。けれど、君のことを考えていると、どうにも調子が狂うんだ。食欲が出ないし、寝ても覚めても落ち着かない」
「それって……」
「君だって、僕の行動がおかしいと、内心思ってるだろう?」
ルーチェは視線をそらした。
「まあ……確かに、少し……」
「だろう? でも、それは僕のせいじゃない。君が最初に『変なこと』をするから、こっちもおかしくなるんだ」
「え、私が……?」
「そうだよ。僕の知らないうちに、妙なことをしてくる。それが、ひとつ残らず気になって仕方がない。君は意図していないかもしれないけれど──それが、余計にたちが悪いんだ……一日中、君のことを考えてばかりで、もう限界が近い。たとえ健康でも、こんな状態でまともに眠れるはずがない」
「エリアス様……」
「でも、君は船を降りたら、たぶんもう僕の前には現れないんだろう?」
それは、確信にも似た呟きで、ルーチェは何も言い返せない。
「だったら、せめて今だけは……君が傍にいるこの時間だけは、元気になんてなりたくない。熱が出てもいい。眠れなくても構わない。……君と離れたくないからだよ」
「もう、だいぶ元気になったよ。だから、そろそろ起きても大丈夫だと思うけど」
ルーチェは首を横に振った。
「だめです。まだ朝ごはんも食べてません。栄養を摂らないと回復しませんよ」
「まあ、それは……そうだけど」
ルームサービスのカートには小さな鍋に入ったお粥が乗っている。小さなろうそくで温められていて、蓋を開けると湯気が立ちのぼる。
ルーチェはお粥を手早くよそって、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「エリアス様は猫舌ですので……僭越ながら、私がふーふーいたします」
「!?」
大真面目な顔で発言するルーチェに、エリアスの肩が僅かに揺れた。そうしている間にもルーチェはスプーンにすくい取った粥にふうふうと息を吹きかけている。
「どうぞ」
「……」
エリアスは差し出されたスプーンから目を逸らし、片手で口元を隠すようにしてうつむいている。
「顔、赤いですよ。……もしかして、熱が?」
「いや、熱はないよ」
「本当ですか? 失礼します……」
ルーチェがそっと額に手を当てると、エリアスは目を細めた。
──確かに、私の方が体温が高いくらいだわ……。
「熱は無いようですね。では、改めて……はい、あーん」
差し出されたスプーンを見つめながら、エリアスは小さく笑った。
「……君が、そんな風に世話を焼いてくれるのは、ちょっと不思議な気分だね」
「病人の看病をするのは当然のことです。あーん、してください」
「……じゃあ、いただくよ」
ルーチェが差し出してきた粥を、エリアスが黙々と咀嚼する。その神妙そうなエリアスの顔を見て、ルーチェは何かを思い出しかける。
──なんだか、この姿、デジャヴのような……。
こんな状況になったことなど一度もないはずなのに、何か知っているような感覚。
──そういえば。ゲームの中でもこんなイベントがあったような。
体調を崩したエリアス王子に、ヒロインが献身的に尽くすシーン。
最初は素っ気なく冷たかった彼の態度が少しずつ軟化し、やがて「君が食べさせてくれるなら、食べるよ」と、態度を変える。
そこから二人の関係は変わっていく。その場面とほとんど一緒の状況を、今自分が再現してしまっている。エリアスの艶のある金髪も、伏せられた瞳も、照れているわけでもなく、淡々としているがどこか複雑そうな表情も──記憶の中そのままだ。
……でも、私はヒロインじゃない。
これはヒロインのための展開であって、悪役令嬢であるルーチェには本来与えられないはずの展開だ。
「ルーチェ。もう僕は……ごちそうさま、かな」
気がつけば、エリアスは差し出された最後のひとさじを食べ終えていて、空っぽのスプーンと皿だけが二人の間にあった。
「……あ、すみません。夢中になっていて、終わったことにも気づかず……」
「いや、ありがとう。おかげで、ちゃんと食べられたよ」
「それでは、私、食器を片付けてきますね」
「そんなことまでしなくていい。あとで僕が――」
立ち上がろうとしたルーチェを、エリアスがとどめようとした。
「いえ、今の私は看病担当ですから。患者様はおとなしく寝ていてください」
冗談めかして笑うルーチェに、エリアスはやれやれと肩をすくめた。
「このあと、先生に相談してみますね。風邪ではないにせよ、滋養強壮に効くお薬くらいは処方していただけるかもしれませんし」
「それは……困る」
エリアスはルーチェの手首をそっと掴んで、少し首を振った。
「えっ? どうしてですか?」
「元気になりたくないんだ」
深刻そうな口調に、ルーチェはきょとんと目を丸くする。
「どういう意味ですか、それ」
「文字通りの意味だよ。これ以上、元気になりたくないってことさ」
エリアスの言葉に隠された別の意味に、鈍感なルーチェは気が付かない。
「……そんなこと、言わないでください。私は、エリアス様には元気になってほしいです」
ルーチェの真っ直ぐな言葉に、エリアスは小さくため息をつき、視線を天井に向けたまま、言葉を紡ぐ。
「僕は君のことを、ずっと見てきたつもりだった。でも……君が何を考えているのか、まったく分からない」
そのまま、エリアスはベッドの上でルーチェに背を向けた。
「僕は元気すぎるほどに元気だ。もし僕が、なにか『病んでいる』とするなら――それは、君のせいだ」
「……え?」
「身体は健康だ。けれど、君のことを考えていると、どうにも調子が狂うんだ。食欲が出ないし、寝ても覚めても落ち着かない」
「それって……」
「君だって、僕の行動がおかしいと、内心思ってるだろう?」
ルーチェは視線をそらした。
「まあ……確かに、少し……」
「だろう? でも、それは僕のせいじゃない。君が最初に『変なこと』をするから、こっちもおかしくなるんだ」
「え、私が……?」
「そうだよ。僕の知らないうちに、妙なことをしてくる。それが、ひとつ残らず気になって仕方がない。君は意図していないかもしれないけれど──それが、余計にたちが悪いんだ……一日中、君のことを考えてばかりで、もう限界が近い。たとえ健康でも、こんな状態でまともに眠れるはずがない」
「エリアス様……」
「でも、君は船を降りたら、たぶんもう僕の前には現れないんだろう?」
それは、確信にも似た呟きで、ルーチェは何も言い返せない。
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