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夜の帳が落ち、静まり返った屋敷の一室。ルーチェは小花柄のカバーがかかったベッドの中で眠れぬ夜を過ごしていた。
──最初からこうなるはずだったのに、私がはっきりしないせいで両方が不幸になったのよ。
そんな思いがいつまでも頭の中をめぐっていて、ルーチェはため息をつきながらごろりと寝返りを打った。
もし、ここで上陸しなければ──もっと取り返しのつかないところまで行ってしまえば、また別の未来があったのかもしれない。
何度振り払おうとしても、次から次へと後悔や将来の不安がわき上がってくる。
「もう、本当に、駄目だったら……」
ルーチェが枕に顔を埋めた時、控えめに部屋のドアをノックする音が響いて、ルーチェは顔をあげた。その静けさから、火急の用件ではないらしい。
しばらく黙っていても誰かが部屋に入ってくる気配はない。もし叔母のライラだったなら、そのまま部屋に入ってくるだろう。
そっと扉の前に立つと、人の気配はあった。
「……どなたですか」
「僕だよ」
扉越しに聞こえたのは、聞き間違えるはずのないエリアスの声だった。
「……っ」
「どうしても話がしたいんだ。開けてくれないか」
懇願するような声音に、ルーチェはドアに背を向けて、そのまま床にずるずると座り込む。
「……それはできません」
ルーチェは小さく、しかしはっきりと答えた。
「何度も言いましたよね。私たちは、もうお別れしたんです。私のやるべきことは、あなたをここまで送り届けること……もう、それで終わりなんです。お話することは……何もありません」
沈黙が落ちる。しばらくして、エリアスがぽつりと問いかけた。
「ルーチェ、君は僕のことが……嫌いだったのか?」
返事はできなかった。
「今までのことは全て……貴族令嬢としての義務感で、僕に付き合ってくれていただけだったのか?」
その問いにも、ルーチェは答えなかった。ただドアにもたれかかったまま、両手を膝に乗せてじっとしていた。そうではないです、と言いたい。けれど言ってしまえば崩れてしまう。だから言葉にできなかった。
「楽しい思い出は沢山あります。……それは嘘ではありません。でも……全ては過去のことです」
「ルーチェ、僕には君を無理やりにでも国へ連れて帰ることができる。君が、僕の子を……孕んでいるかもしれないと訴えれば、どんな理由であれ君を国外に置いてはおけないはずだ」
搾り出すような声の奥に今までにエリアスの言動からは感じられなかった小さな刺を感じて、ルーチェは思わず体をこわばらせた。
エリアスはいつでもルーチェを好きに扱うことができるのだ。
「……それは……脅し……ですか?」
ルーチェは震える声でドアの向こうに問いかけた。心の中の自分がそんなことを聞いてどうするのだと自嘲する。
「……」
エリアスは無言だった。けれどさらに追及しなくても、ルーチェはエリアスがそんなことを出来ないのを、十分に理解していた。
だってエリアスはいつも、ルーチェを見てくれているのだ。苦し紛れの脅しの言葉は最後の手段でもあるけれど、無理矢理ルーチェを連れ帰ってもエリアスの目標は達成されない。
だから彼はこのまま大人しく、別れを受け入れるしかないのだ。宣言は最後の悪あがきでしかない。
──私って、本当に、ずるい……。
返事がないまま、ドアの向こうから気配が消えた。言葉はなくとも、エリアスが去っていったのを理解してルーチェは顔を伏せた。その拍子に、涙がぽろりとこぼれる。
──今度こそ、本当に、さようなら。
港の朝は静かだった。
夜が明けるまで、ルーチェは何度も夢から覚めた。いや、眠ったとは表現できないかもしれない。目を閉じる度にドアの前に立つエリアスの姿が脳裏に浮かび、そのたび胸が痛くなったからだ。
ルーチェは淡い光が差し込む窓辺にひとり立ち、ガラスに額を預けて島の風景を眺めていた。空はまだ藍色を残しているが、音はなくとも人々の営みの気配は既に始まっているのがわかる。
目線を港にやると、遠く、船のマストが見えた。
見送りには行かないつもりだ。静かに、遠くから、笑顔も涙も見せずにエリアスを見送る。船が港を離れ、水平線の向こうに消えるまで、ルーチェはここから見届けるつもりだった。
──最初からこうなるはずだったのに、私がはっきりしないせいで両方が不幸になったのよ。
そんな思いがいつまでも頭の中をめぐっていて、ルーチェはため息をつきながらごろりと寝返りを打った。
もし、ここで上陸しなければ──もっと取り返しのつかないところまで行ってしまえば、また別の未来があったのかもしれない。
何度振り払おうとしても、次から次へと後悔や将来の不安がわき上がってくる。
「もう、本当に、駄目だったら……」
ルーチェが枕に顔を埋めた時、控えめに部屋のドアをノックする音が響いて、ルーチェは顔をあげた。その静けさから、火急の用件ではないらしい。
しばらく黙っていても誰かが部屋に入ってくる気配はない。もし叔母のライラだったなら、そのまま部屋に入ってくるだろう。
そっと扉の前に立つと、人の気配はあった。
「……どなたですか」
「僕だよ」
扉越しに聞こえたのは、聞き間違えるはずのないエリアスの声だった。
「……っ」
「どうしても話がしたいんだ。開けてくれないか」
懇願するような声音に、ルーチェはドアに背を向けて、そのまま床にずるずると座り込む。
「……それはできません」
ルーチェは小さく、しかしはっきりと答えた。
「何度も言いましたよね。私たちは、もうお別れしたんです。私のやるべきことは、あなたをここまで送り届けること……もう、それで終わりなんです。お話することは……何もありません」
沈黙が落ちる。しばらくして、エリアスがぽつりと問いかけた。
「ルーチェ、君は僕のことが……嫌いだったのか?」
返事はできなかった。
「今までのことは全て……貴族令嬢としての義務感で、僕に付き合ってくれていただけだったのか?」
その問いにも、ルーチェは答えなかった。ただドアにもたれかかったまま、両手を膝に乗せてじっとしていた。そうではないです、と言いたい。けれど言ってしまえば崩れてしまう。だから言葉にできなかった。
「楽しい思い出は沢山あります。……それは嘘ではありません。でも……全ては過去のことです」
「ルーチェ、僕には君を無理やりにでも国へ連れて帰ることができる。君が、僕の子を……孕んでいるかもしれないと訴えれば、どんな理由であれ君を国外に置いてはおけないはずだ」
搾り出すような声の奥に今までにエリアスの言動からは感じられなかった小さな刺を感じて、ルーチェは思わず体をこわばらせた。
エリアスはいつでもルーチェを好きに扱うことができるのだ。
「……それは……脅し……ですか?」
ルーチェは震える声でドアの向こうに問いかけた。心の中の自分がそんなことを聞いてどうするのだと自嘲する。
「……」
エリアスは無言だった。けれどさらに追及しなくても、ルーチェはエリアスがそんなことを出来ないのを、十分に理解していた。
だってエリアスはいつも、ルーチェを見てくれているのだ。苦し紛れの脅しの言葉は最後の手段でもあるけれど、無理矢理ルーチェを連れ帰ってもエリアスの目標は達成されない。
だから彼はこのまま大人しく、別れを受け入れるしかないのだ。宣言は最後の悪あがきでしかない。
──私って、本当に、ずるい……。
返事がないまま、ドアの向こうから気配が消えた。言葉はなくとも、エリアスが去っていったのを理解してルーチェは顔を伏せた。その拍子に、涙がぽろりとこぼれる。
──今度こそ、本当に、さようなら。
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夜が明けるまで、ルーチェは何度も夢から覚めた。いや、眠ったとは表現できないかもしれない。目を閉じる度にドアの前に立つエリアスの姿が脳裏に浮かび、そのたび胸が痛くなったからだ。
ルーチェは淡い光が差し込む窓辺にひとり立ち、ガラスに額を預けて島の風景を眺めていた。空はまだ藍色を残しているが、音はなくとも人々の営みの気配は既に始まっているのがわかる。
目線を港にやると、遠く、船のマストが見えた。
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