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朝食が運ばれてきたが、ルーチェはまったく食欲が湧かなかった。
屋敷の外が騒がしくなり、門が開く音や馬の蹄の音が聞こえるのを、うつむいたまま黙って聞いていた。
控えめなノックと共に、叔母のライラが入室してきた。
「エリアス王子殿下は、無事に港へ出発したわ」
そう告げるライラの声は平坦で、どこか淡々とさえしている。
「よかった……本当に」
ルーチェはライラと視線を合わせずに、窓に向かって喋った。
「……でも、あなたは戻らなくて、本当にいいの?」
今なら間に合うのよ、と諭すようにライラは言った。
「エリアス様は王子でありながら、嘘までついて私を追いかけてきてくれました。……でも、だからこそ、私は婚約者にふさわしくないのだと思いました。真面目で善良な王子を惑わせて、国に迷惑をかけるような女は……」
「それは、そうね。あなたは自己中心的だし、考えなしで幼いわ」
ライラの口調は厳しいけれど、痛いほどに正論だ。
「それは……自分でも、わかっています」
しばしの沈黙の後、ライラがため息をついた。
「ルーチェ。あなたって本当にバカね……」
なぜだかその口調には、皮肉よりも優しさがにじんでいた。
「叔母様……ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「今更でしょう。一応これを渡しておくけれど」
ライラは後ろ手に隠していた小箱をルーチェの膝の上に載せた。
「それは……!」
ルーチェはその小箱に見覚えがあった。記憶に新しいそのビロードの箱の中には──。
「殿下が、せめてこれだけはルーチェに渡してください……と。彼女が受け取らなければ寄付しますと言われたわ」
ルーチェがぱかりと箱を開けると、中にはやはりあの時ルーチェが受け取らなかった指輪が入っていた。
「あなたが何を思って旅に出たのか知らないけれど──愛を試すには、もう十分な期間があったのだと思うわ。その上で、あなたが正しい選択をしたようにはとても見えない」
優しく肩を撫でられて、ルーチェの目にじんわりと涙がにじんだ。
「私はずっとここにいるわ。だから、あなたがここを出たり、戻ったり、それこそ行ったり来たりしても、別に構わない。もう、心配するのはやめるから。でもこれだけは言えるわ。後悔のないように生きなさいよ」
ライラの声には、惚れた男を追いかけて国外へ嫁いだ女の強さがあった。
「あなたはこのライラの肉親なんだから」
ライラはは取り出したハンカチでそっとルーチェの目元を拭ってから、部屋を出ていった。
──後悔のない、生き方……なんて、今さら……。
ルーチェが再び窓辺に立ち、庭の向こうをぼんやりと見下ろしていると、門のあたりに小さな人影がちらちらと動いているのが見えた。数人の子供たちが屋敷の前で立ち尽くしているのだ。
昨日の……あの子たちだわ。
ルーチェは急いで身支度を整え、屋敷を出た。門を開けた瞬間、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
「お姉さん、よかった。ちゃんとここにいた」
昨日、花冠をかぶっていた女の子が声を上げた。
「結婚式のとき、うまくできなくてごめんなさい。あのあと、お兄さんと喧嘩しちゃったんでしょう? 私たち、すごく心配で……」
子供たちはどうやらルーチェを訪ねてきたようだった。だが当然のごとく門前払いで、屋敷の前をうろついていたのだった。
「こっそり院長先生から聞いたの。あのお二人は領主様のお屋敷に行きましたよ、って。だから様子を見にきたの」
ルーチェは思わず微笑んだ。けれど、細めた目尻には再びじんわりと涙がにじむ。
「ありがとう。あんなに良くしてくれたのに、心配までさせて……」
「お兄さんはどこに行ったの?」
子供たちはエリアスがどうなったのかを非常に気にしているようだった。
「……あの人は、国に帰ったの。大きな船に乗って、元いた国へ戻るのよ」
「じゃあ、お姉さんは?」
「私は……ここに残るつもり。ここの領主夫人は私の叔母なの。しばらくはここで暮らすわ」
「そんなの、おかしいよ」
一番年少の子が、まっすぐに言った。
「おかしいことなんて何もないわ」
答えるルーチェの声は少しかすれていた。
「でもさ、お兄さんはお姉さんのこと、あんなに好きだったのに。どうして喧嘩しただけですぐ離れ離れになっちゃうの?」
素朴な疑問に、ルーチェの内側から、ぐっとこみ上げてくるものがある。
「喧嘩なんか、してないのよ……私が、悪かったの。私が全部、怖くなって……逃げたの」
ルーチェの目から、涙がぽろりと落ちた。
「悪かったなら、謝ればいいじゃん」
年長者の少年が呆れたように言った。
「……もう遅いわ」
「遅くないよ。あっちの船はね、いっつも十二時の鐘と一緒に出航するの。今から行けば、間に合うんだから」
確信がこもった言葉に、ルーチェの胸はどきりと跳ねる。
「ほ……本当に?」
「ほんとだってば!」
子供たちは声をそろえて言った。
「だからまだ間に合いますよっ!……このまま、お兄さんと仲直りできなかったら、きっとずっと後悔します」
女の子の言葉に、ルーチェははっと息をのんだ。
「わ……私、やっぱり……行くわ」
ルーチェはくるりと子供たちに背を向けて、急いで屋敷の中へ戻る。部屋に入り、手で持てるトランクに身の回りのものだけを詰めた。
「……残りの荷物は、全部あなたたちにあげる!」
ルーチェは子共たちに手を振り、港への坂道を駆け下りていった。
屋敷の外が騒がしくなり、門が開く音や馬の蹄の音が聞こえるのを、うつむいたまま黙って聞いていた。
控えめなノックと共に、叔母のライラが入室してきた。
「エリアス王子殿下は、無事に港へ出発したわ」
そう告げるライラの声は平坦で、どこか淡々とさえしている。
「よかった……本当に」
ルーチェはライラと視線を合わせずに、窓に向かって喋った。
「……でも、あなたは戻らなくて、本当にいいの?」
今なら間に合うのよ、と諭すようにライラは言った。
「エリアス様は王子でありながら、嘘までついて私を追いかけてきてくれました。……でも、だからこそ、私は婚約者にふさわしくないのだと思いました。真面目で善良な王子を惑わせて、国に迷惑をかけるような女は……」
「それは、そうね。あなたは自己中心的だし、考えなしで幼いわ」
ライラの口調は厳しいけれど、痛いほどに正論だ。
「それは……自分でも、わかっています」
しばしの沈黙の後、ライラがため息をついた。
「ルーチェ。あなたって本当にバカね……」
なぜだかその口調には、皮肉よりも優しさがにじんでいた。
「叔母様……ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「今更でしょう。一応これを渡しておくけれど」
ライラは後ろ手に隠していた小箱をルーチェの膝の上に載せた。
「それは……!」
ルーチェはその小箱に見覚えがあった。記憶に新しいそのビロードの箱の中には──。
「殿下が、せめてこれだけはルーチェに渡してください……と。彼女が受け取らなければ寄付しますと言われたわ」
ルーチェがぱかりと箱を開けると、中にはやはりあの時ルーチェが受け取らなかった指輪が入っていた。
「あなたが何を思って旅に出たのか知らないけれど──愛を試すには、もう十分な期間があったのだと思うわ。その上で、あなたが正しい選択をしたようにはとても見えない」
優しく肩を撫でられて、ルーチェの目にじんわりと涙がにじんだ。
「私はずっとここにいるわ。だから、あなたがここを出たり、戻ったり、それこそ行ったり来たりしても、別に構わない。もう、心配するのはやめるから。でもこれだけは言えるわ。後悔のないように生きなさいよ」
ライラの声には、惚れた男を追いかけて国外へ嫁いだ女の強さがあった。
「あなたはこのライラの肉親なんだから」
ライラはは取り出したハンカチでそっとルーチェの目元を拭ってから、部屋を出ていった。
──後悔のない、生き方……なんて、今さら……。
ルーチェが再び窓辺に立ち、庭の向こうをぼんやりと見下ろしていると、門のあたりに小さな人影がちらちらと動いているのが見えた。数人の子供たちが屋敷の前で立ち尽くしているのだ。
昨日の……あの子たちだわ。
ルーチェは急いで身支度を整え、屋敷を出た。門を開けた瞬間、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
「お姉さん、よかった。ちゃんとここにいた」
昨日、花冠をかぶっていた女の子が声を上げた。
「結婚式のとき、うまくできなくてごめんなさい。あのあと、お兄さんと喧嘩しちゃったんでしょう? 私たち、すごく心配で……」
子供たちはどうやらルーチェを訪ねてきたようだった。だが当然のごとく門前払いで、屋敷の前をうろついていたのだった。
「こっそり院長先生から聞いたの。あのお二人は領主様のお屋敷に行きましたよ、って。だから様子を見にきたの」
ルーチェは思わず微笑んだ。けれど、細めた目尻には再びじんわりと涙がにじむ。
「ありがとう。あんなに良くしてくれたのに、心配までさせて……」
「お兄さんはどこに行ったの?」
子供たちはエリアスがどうなったのかを非常に気にしているようだった。
「……あの人は、国に帰ったの。大きな船に乗って、元いた国へ戻るのよ」
「じゃあ、お姉さんは?」
「私は……ここに残るつもり。ここの領主夫人は私の叔母なの。しばらくはここで暮らすわ」
「そんなの、おかしいよ」
一番年少の子が、まっすぐに言った。
「おかしいことなんて何もないわ」
答えるルーチェの声は少しかすれていた。
「でもさ、お兄さんはお姉さんのこと、あんなに好きだったのに。どうして喧嘩しただけですぐ離れ離れになっちゃうの?」
素朴な疑問に、ルーチェの内側から、ぐっとこみ上げてくるものがある。
「喧嘩なんか、してないのよ……私が、悪かったの。私が全部、怖くなって……逃げたの」
ルーチェの目から、涙がぽろりと落ちた。
「悪かったなら、謝ればいいじゃん」
年長者の少年が呆れたように言った。
「……もう遅いわ」
「遅くないよ。あっちの船はね、いっつも十二時の鐘と一緒に出航するの。今から行けば、間に合うんだから」
確信がこもった言葉に、ルーチェの胸はどきりと跳ねる。
「ほ……本当に?」
「ほんとだってば!」
子供たちは声をそろえて言った。
「だからまだ間に合いますよっ!……このまま、お兄さんと仲直りできなかったら、きっとずっと後悔します」
女の子の言葉に、ルーチェははっと息をのんだ。
「わ……私、やっぱり……行くわ」
ルーチェはくるりと子供たちに背を向けて、急いで屋敷の中へ戻る。部屋に入り、手で持てるトランクに身の回りのものだけを詰めた。
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