先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~

桜井正宗

文字の大きさ
46 / 53

先輩が幸せをくれた

しおりを挟む
「今すぐ自宅へお戻りください」
「……どうして」
「理由は簡単です。大切なお客様がお見えになっているからでございます」
「大切なお客様? そんな人、覚えがない」

先輩は本当に覚えがないらしく、困っていた。誰だか知らないけど――でも、大切なお客さんって言うくらいだ。戻った方が良さそうに聞こえる。

「先輩、ここは俺に任せて帰った方がいいのでは?」
「……ううん、大丈夫。大体察しはつくから」
「どういうことです?」
「実は、お父さんからラインが入っていたんだ。ほら、ちょっと前に『お見合い』の話があったでしょ。あれだと思う」

……ああ、すっかり忘れていた。あの時は俺が阻止したけど、先輩のお父さんは激昂げっこうして、刀を振り回してきたんだった。でも、あの後の牧田事件で感謝された覚えもある。

それは関係ないってことか。お見合いはするつもりか。

「それなら行く必要はないですね」
「……愁様、なにを仰いますか! 旦那様のご厳命ゆえ、お嬢様を一刻も早く自宅へ戻さねばなりません」

ジークフリートさんがたかのような鋭い目で俺をにらむ。なかなかの迫力だ。だが、俺は屈することもなく、冷静に見つめ返した。

「お帰り下さい、ジークフリートさん。先輩には選ぶ権利があると思うのです」
「しかしですな……」

店内でこのまま言い争いになるのもお客さんに悪い。外で話そうと思ったが、先に先輩が動いた。


「ごめんなさい、ジークフリート。お父さんには“お断りします”と伝えておいて」


嫌な汗を流し、一瞬悩むジークフリートさんだったが――折れたようだ。


「分かりました。旦那様にはそのように伝えます。ですが……お嬢様」
「わたしは大丈夫。いざとなったら、愁くんと駆け落ちするから」
「か、駆け落ち!? そ、そんなこと旦那様が許すと……!?」
「お父さんは関係ない。わたしがどうしたいかよ」

「……お嬢様には敵いませんな。既に馬に蹴られておりますが、早々に立ち去ります」

きびすを返すジークフリートさんの背中は、どこか寂しそうだった。
これでいいんだ。こうしなければ、俺と先輩の関係は終わってしまう。それだけは嫌だ。


――仕事に戻り、しばらくするとお客さんが増えてきた。


さすが先輩の力。フォロワー数三千は伊達ではない。
ゾロゾロとやって来るコスプレ冒険者たち。こりゃ、忙しくなるぞ。

先輩は、お客さんと撮影やら接客をしていた。

一方の俺は給仕の仕事だ。
執事はこうなるよな。

無心で仕事をこなしていくと、カウンター席の騎士の衣装をした女性から話しかけられた。十字軍のグレートヘルムのせいで顔が見えないな。


「やあ、愁くん」
「はい、お呼びでしょうか……って、なんで俺の名前を?」

「そりゃ、私だもん」

ヘルムを脱ぐその人は――九十九さんだった。

「って、なんでコスプレしているんですか! しかも、大胆なビキニアーマーで!」
「今日はオフだからねえ。たまにはお客さんで来てみた」
「お客さんって、九十九さん……コスするんですね」
「そりゃねえ。そうじゃなきゃ、冒険者ギルドの受付嬢なんて出来ないっしょ」

なるほど――と、俺は妙に納得してしまった。って、そうじゃない。いくらなんでも派手すぎる。肌の露出多すぎるだろう。

「そ、そうですか。なにか頼みます?」
「う~ん、強いて言えば愁くんかな」
「――は?」

「愁くんが欲しい」
「ナニ、イッテンダ、コノヤロウ」

「もちろん本気。愁くんと大人のデートしたい」

ぐっと顔を近づけてくる九十九さん。……うぅ、このスーパーモデルみたいに整った容姿を目の前にすると胸がドキドキする。

「勘弁してください。これ以上のトラブルはもう避けたいんですよ」
「あ~、やっぱりね。さっき、執事の人が凄い剣幕だったもんね。あれ、柚ちゃんのところが雇っている本物?」

「そうですよ。正真正銘の本物の執事。俺みたいなコスプレ野郎とは次元が違いますよ」
「そっかそっか。今日の所は引いておこう」
「今日のところは?」
「その代わり」

ちょいちょいと手招きされ、俺は顔を近づける。

「なんです?」
「人差し指貸して」
「はい?」

俺は人差し指を差し出した。

すると、九十九さんは「いただきま~す」とか言って“ハムッ”と俺の指をくわえてきた。ちょ、オイ。この人何やってんだ!!


「――――ッ!?」


頬を赤らめる九十九さんは、俺の指を舌を使ってベロベロ舐めていた。


「……ん~、おいしい」
「……つ、九十九さん! 恥ずかしいですって」
「ああ、そうだ。私のことは千桜ちはるでいいからね」
「年上の人を名前で呼べませんよ……」
「構わないよ。私は気にしないし」
「俺は気にするんです」

というか、指に九十九さんの唇の感触とか……唾液が付着して……しばらく手を洗わないようにしよう。うん。

などとやってると、先輩が膨れてやってきた。


「愁くん、何してるの! 九十九さんと近すぎ、離れて」
「せ、先輩。ちょっと話していただけですよ!」
「なんで顔が赤いの?」
「そ、それは……特に理由はないです」
「ふぅん。怪しいな」


ジトッとした目を向けられるが、迫力がねぇ~。可愛くて仕方なかった。これ、写真に撮りたいな。


「そ、それよりお客さんは良いんですか?」
「今、終わったところ。やっぱり平日だからね、休日に比べたら少ない方だよ。それより、愁くん……こっち来て」

「え、でも」
「いいから!」


手を引っ張られ、誰もいない裏口へ。
仕事中だというのに、先輩はどこへ連れていく気だ。


「あの、先輩……お客さんが」
「今は愁くんが最優先事項。いい、愁くん……浮気は絶対ダメ! 禁止!」

「し、していませんよ」
「どうかな。でもね、させない為にも……んっ」

先輩はかかとを上げ、俺の唇を奪ってきた。……マジか。完全に不意打ちを食らった。

まさか、先輩からキスしてくるとは思わなかった。

しかも業務中に。


――ああ、でも。


今の先輩のキスには、今まで以上に気持ちが乗っていた。甘くて……脳がとろけそうだ。こんな幸せを俺にくれるなんて。

俺も雰囲気に流され、先輩の腰を抱き寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

処理中です...