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16 就職試験とは
しおりを挟む「ここ、どこ?」
見知らぬ場所で気が付いて、ティナは呆然となる。
不思議だった。
自分はあの老夫婦に売られたのだと思った。娼館に連れて行かれ、中年男に売り渡されてしまうのだと。
老夫婦のことを信じていたし、感謝もしていた。それなのに優しくしてくれたのも、王都まで連れて来てくれたのも全部嘘で、自分を売るために騙されていたのだと分かったのだ。
悲しかったし、悔しかった。
せっかく村長や村の人達が自分の将来のためにと領主様から逃がしてくれたのに、全部無駄になってしまう。
そして自分の将来が閉ざされてしまうことに絶望したのだ。
それなのに気が付いたら知らない場所にいた。
何かに包まれたような感覚で、動くことができなくて、何も見えないし聞こえなかった。
どれくらいの時間が経ったのか……。何も出来ないから少しウトウトしていたのかもしれない。
いつの間にか移動していた。
すえた臭いのしていた、あの建物の裏から、何本もの木が生えた場所へ。
老夫婦も中年男もいなかった。
ここはどこなのか? なぜこんな場所にいるのか?
そんなことよりも、あの場所から逃げ出せたのだ。もう娼館へ売られることは無い。
安堵の余り、その場にへたり込んでしまった。
キャラバン隊の御者の男性から驚かされた時もそうだったが、恐ろしい目に合った時、気が付くとなぜか場所が移動している。
考えても、まったく分からない。
ティナは頭を一つ振ると、簡単に気持ちを切り替える。
分からないことに何時までも頭をひねっていたって時間の無駄だ。助かったのだから良しとしよう。
気持ちを引きずらないし、深追いもしない。そんなティナのあっさりし過ぎる感情を、不思議に思うかもしれないが、生まれも育ちも貧農だと、そんな思考回路でないと生きてはいけない。
不作の時も、自然災害が発生した時も、領主から不当な扱いを受けてしまった時も、生きてさえいればいい。苦しいことが起こっても、何とかならなくても、死ななければいい。
そうやって僻地の農民達は生活していくしかないのだから。
困難が無くなったのなら、それだけでいい。生きていることに感謝する。
クイッ。
ティナのズボンの裾が引っ張られた。
そちらに視線を向けると、スーが足元におりティナを仰ぎ見ている。
「スーさんがいてくれて良かったわ」
スーを抱きしめる。
スーさえいれば生きていける。何とかなる。
ティナにとって、スーは唯一の家族であり、大切な仲間なのだ。
辺りを見回してみる。
数本木が立っており、その後ろに隠れるようにしてティナはいた。周りに人はいない。
木の影から出てみると、少し先に関所が見えた。
「関所の所に戻って来てる……」
関所から馬車で数十分は揺られて、あの場所に連れて行かれたはずなのに。
「何だか分からないけど、いつまでもここにいるわけにはいかないわよね。とりあえず就職場所にいきましょう」
ティナは関所の方へと戻ることにした。
ティナは文字が読めない。村のほとんどもの者達も読み書きできない。
文字の読み書きができるのは、村長と牧師様だけだ。
牧師様とはいっても、村に教会なんてものはなくて、都会で牧師をしていた人が歳をとって隠居するために村に移り住んで来た元牧師様だ。
だからティナには村長が持たせてくれた紹介状を読むことができない。そんなティナのために村長は、口頭で何度も就職先を教えてくれた。
就職先の名称は王立ザイバガイト学園。
様々な学部のある学校だ。大勢の生徒達が日々研鑽を積んでいるのだそうだ。
この国唯一の王立学校であり、最高のエリート校。この学園に入学した時点で就職先には困らないと言えるほどのステータスを持つとのこと。
田舎の、それも貧乏農家の娘であるティナは、学校に行こうとは思わない。学校とは経済的余裕のある家の子どもが行く場所だから。
ティナは、この王立ザイバガイト学園の中にある食堂の下働きとして働くのだ。
一生懸命働けば、スーさんと一緒にお腹一杯ご飯が食べられるだろう。
「あの、すいません。ザイバガイト学園の場所をご存じないですか?」
関所の近くまで来れば、周りに人がごった返している。
大勢の人がいることに圧倒されてしまうが、なんとか近くにいたおばさんに声をかける。
「学園に行きたいのかい? ああ、そういや今日は試験だったわね。どおりで人が多いと思ったわよ。そうかいそうかいお嬢さんも試験を受けに来たのかい。学園の場所はね、この道を真っ直ぐ行くと、大きな看板が立っているわ。お嬢さんの足なら……、そうね20分ぐらいかしら? そこから右に入っていくと、人が大勢いるから、すぐに分かるわ。試験頑張りなさいね」
おばさんは、ティナを励ますようにニコリと笑うと、大通りを指さす。
「ありがとうございます」
ティナは頭を下げると言われた方へと歩き出した。
おばさんは親切だったけど不思議だった。ティナが就職するために学園に向かっていることを知っているみたいだった。
村長からの紹介状を渡せば、すぐに雇ってもらえると思っていたのに、試験って何? もしかして就職試験があるの?
ティナは困ってしまった。
食堂の下働きになるための試験とはどんなものだろう。
小さなころから母親の手伝いはしてきた。でも、ジャガイモの皮むきだって、野菜を細かく刻むのだって、それほど上手くはできない。
それに使っていた包丁は古くて切れ味が悪かったから、切れ味の良い包丁を渡されたら、上手く扱えるか分からない。
もし試験に受からなかったら……。
考えにゾッとしてしまうティナなのだった。
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