魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

文字の大きさ
4 / 228
第一章 魯坊丸は日記をつける

三夜 魯坊丸、熱田明神にされる

しおりを挟む
〔天文十五年 (1546年)秋七月〕
秋は、夕ぐれ。夕日のさして、山のはいと近うなりたるに……。
さくら山が真っ赤に染まる景色を眺めながら、女中の福との歌当て遊戯ゲームを楽しむ。
俺はちょっと秋に因んで
枕草子の一文を口ずさむと、俺のオムツを畳みながら福が言った。
「秋はの清少納言せいしょうなごんでございますね。若様は風流でございます」
「あぶ」(そうだろう)
次に秋の万葉集を詠ってみた。
「あぶぶ、あぶあぶぅ、あぶあぶあぶぶ、あぶあぶ」(秋の野に 咲たる花を 指折りかき数ふれば七種ななくさの花)
福が少し首を捻った。
「秋の野にですよね。だったら、大伴家持の『秋の野に、咲ける秋萩秋風あきはぎあきかぜに なびける上に 秋の露置つゆおけり』ではないでしょうか?」
「ぶぅ」(間違い)
「違いましたか。 えっと、なんですか?」
福が一人で「秋の野にじゃなかったのかな? 秋の田かな。でも『かりほ』とは言ってなかったような・・・・・・?」とか呟いているが、万葉の歌はよく似た歌が多い。
秋の田のと言えば、“秋の田の、仮庵かりほいほりの、苫をあらみ、わが衣手は、露にぬれつつ。天智天皇(1番)”でも思い浮かべているのだろうか?
他にも、「秋の田の、(ほの上に置ける」や「秋の田の、穂向き見がてり」などがあるから、『秋の田』と聞き間違うと、そこから無限ループに嵌まるのだ。
「う~~~ん。わかりません。もう一度」
「あぶぶ、あぶあぶぅ、あぶあぶあぶぶ、あぶあぶ」
「やっぱり、『秋の野に』ですよね…………大伴家持じゃないとすると、あっ⁉ 山上憶良やまのうえのおくらの七草じゃないですか」
「ばぶぅ!」(正解)
「やった! 当りです」
オムツを畳む手が止まって、その勢いのままに福が立ち上がり、小さい子のように “ぴょんぴょん”と跳ねると、こぶしを握ってガッツポーズをとって喜んだ。
福は見た目通りに裳着を終えたばかりで、数え十五歳の可愛い少女だ。
ふっくらとした丸顔にそばかすと団子鼻が特徴であり、残念ながら美人顔ではない。
一方、教養力は大したものであり、平安の世なら紫式部や清少納言のように持てはやされたかもしれない。
平安時代の事は詳しくは知らないけどね。
福が喜んでいると、廊下の端にずっと隠れしていた影が動いた。
その声は意外に大きく、「なるほど。確かに会話をしておる」などと言って優雅に部屋に入ってきた。
福は慌てて平伏したが、その男は福を無視して俺に頭を下げた。
「魯坊丸様。この季光すえみつ。感動に打ち震えております。私は確信致しました。魯坊丸様こそ、熱田明神様の生まれ代わりに間違いございません」
「ばぶぅ」(誰だ?)
俺が不機嫌そうな声に福に問うと、福が紹介してくれた。
「魯坊丸様。こちらは熱田神宮の大宮司様の千秋せんしゅう-季光すえみつ様でございます。魯坊丸様が産まれて間もなく、初宮参りで魯坊丸様の成長を祈願されたのも季光様と聞いております。織田家の快進撃は神仏の加護であり、織田弾正忠家の若である魯坊丸様は熱田明神の生まれ代わりであると高々に述べられたそうです」
「娘よ。よく知っておるな」
「はい。母から聞きました」
「あのときは織田弾正忠家を持ち上げる為の方便であった。だが、儂はここに確信に至った。魯坊丸様は紛うこと無き熱田明神様の生まれ代わりだ。もう疑う余地もない」
「真でございますか?」
「そなたが証明したではないか。論語をそらんじ、古典をたしなむ。そんな赤子がどこにおる。熱田明神様の生まれ代わりでなければできぬ所業だ」
「確かに」
季光がそう言うと、福が目をキラキラと輝かせて俺の方を見た。
違う。俺はそんな大層なものじゃない。勝手に熱田明神とか言うな。
俺は宗教関係者が大嫌いだ。
大体、政治家に近寄る宗教関係者はどことなく怪しい。
利権や汚職について回る。
そんな奴らと関わりたくない。
もちろん、まともな宗教家もいるが、真面な神職や住職は政治家らにわざわざ近づいてこない。
そんな政治家から紹介される宗教関係者らは、禄でもない奴らばかりだ。
神様の生まれ代わりとか、大教祖に祀り上げようと思う奴など信じられるか。
俺は不機嫌な顔をしてそっぽを向いた。
だが、季光様はまったく動揺することもなかった。それから十日間と開けずに、俺の下に来ては、織田家の様々な報告に上がるようになった。
鬱陶しい奴だ。
ただし、一つだけ喜ばしい事があった。
それは季光の推薦で福が正式に俺専属の侍女に格上げされた事だった。
福と遊べる時間が長くなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための 「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した 航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。 航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。 そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

処理中です...