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第一章 魯坊丸は日記をつける
五十七夜 魯坊丸、母上に日記をつけるように命じられる
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〔天文十七年 (一五四八年)春二月はじめ〕
正月はじめから怒濤の一ヶ月を終えて二月となった。
定季が熱田衆の主だった家を訪ね、織田家の恐ろしさを語って熱田衆の協力を取り付けてきた。
親父を怒らせれば怖いよね。
美濃で大敗退した後に、西三河を奪うとか変態じみて恐ろしさしかない。
定季は俺に協力せずに失敗したら、その怒りの矛先はどこに向かうか?
そう脅した。
協力した結果で失敗した場合は、俺と千秋季忠と五郎丸等々の首で済むと。
俺が死ぬのは決定なのか?
定季にそう問うと、こう答えた。
「魯坊丸様、成功とは何を指しますか。申し付けられた数量を納品できなくとも、帝から“手間を取らせた”という労いの言葉がでれば、一先ずは成功でございます。ご不満を抱かぬ量がどこかはわかりませんが、完璧である必要はありません。熱田衆の協力を得た時点でほぼ勝ちが決まっております」
確かに。
五郎丸の持つ二つの酒蔵で三回挑戦して成功する確率はほとんどないが、四〇蔵で仕込んで、その全部の蔵ですべて失敗する確率は低い。
根本的な部分で間違っていたら全滅する可能性もあるので、絶対ないと言えないのが恐ろしいところだが、四十分の一でも成功と考えれば、かなり気が楽になった。
そう考えると、首が繋がった後も熱田衆の支持を得ることが重要となる。
まず、目の前に積み上がった大量の作業を乗り切った。
福のお陰である。
もうすぐ、五郎丸の酒蔵では二回目の酒造りが終わりそうで、良い感じで酒になってきていると報告を受けている。
但し、一つ一つの味にバラツキがあり、美味い酒に仕上がるかは微妙だそうだ。
寒造りが一番美味い酒を造るのに適した時期なので、いくつかストックできないとかなりキツい。
だが、焦っても仕方ない。
蔵が建っても働ける者がいないでは話にならないので、作業員を育てることに集中してほしいとの願いを出した。
今は上がってきた帳簿から概算を試算してまとめているところである。
次の問題は警備に移ってきた。
昨日も熱田神宮で俺を含めた中根家、千秋家、加藤家のみが集まって、今後の対策を議論した。
季忠が千秋家の総力を挙げて信頼できる兵を集めると意気込んでいるが、すでに去年の穴埋めでかき集めた後だったのが期待はできない。
神宮関連の親類縁者からかき集めて、各家々の家臣として与えてしまった後なのだ。
追加を頼むにしても、二・三年は待つことになるのでは?
熱田に流れてくる荒くれ者の傭兵団は信用できず、一先ず、各村から少しずつ集めて酒造所の守備兵とすることになったが、安心というには程遠い。
そう言って警備のことばかりに構ってもいられない。
今日も朝から広間に机を並べて、作業を分担しているが、次から次へと集めってくる帳簿を整理するのに手一杯になっていた。
大喜爺ぃも用立てた品物の帳簿を届けにきた。
「魯坊丸様。よろしくお願いいたします」
「わ、か、つ、て、い、る」(わかっている)
俺が出された帳簿の一枚目の総額をメモに取らせて横に回した。
積み上がる額に溜め息は吐いた。
熱田神宮と熱田衆に軽く千貫文を越えてきた額を「肩代わりしろ」と命じるのは無理らしい。
俺への信頼が崩れるという意味だ。
後々、酒で儲けて返済できると思うが、何かあると銭を無心されるという不信が根付くのが一番拙いらしい。
だが、五郎丸が「秘策あり」と言っていたので、そちらは信じることにした。
「魯坊丸様。お顔の色が悪いようですが大丈夫ですか」
「も、ん、だ、い、が、お、お、す、ぎ、る、の、だ」(問題が多すぎるのだ)
「確かに」
「大喜爺ぃは、酒蔵の護衛に当てはないか?」
「護衛でございますか。そうですな。京や堺に荷を運ぶとき、貴重な物を運ぶときだけ、伊賀者を雇っております」
「や、と、う、く、ず、れ、の?」(野盗くずれの?)
「野盗の如き者も多い伊賀者ですが、知多に流れついた千賀家などは行儀がよく、重宝しております」
「し、の、び、を、ご、え、い、に、か」(忍びを護衛にか)
「数珠屋の五平が窓口になっております。よい忍びを探してくれますぞ」
「よ、い、は、な、し、を、き、い、た」(よい話をきいた)
伊賀の忍びと言っても色々いるという訳か。
これは五郎丸と季忠に要相談だな。
お昼寝の時間となり、福が俺を迎えにきた。
作業の指示だけ与えて、俺は部屋に戻った。
悩みごとがあれば寝付けない方だったが、この体は問題なく寝られた。
床に入ると一発だ。
すっきりして広間に戻ろうと思っていると母上に呼ばれた。
「ふぁ・ふぁ・う・え。お・よ・ぶぃ・に・よ・り・しゃん・じょ・しゅ・ま・し・た」(母上、お呼びにより参上しました)
「魯坊丸。そこにお座りなさい」
「ふぁ・い」(は・い)
嫌な予感がして言葉が乱れる。
母上から福を呼び戻したことを叱られ、口答えもさせてくれない。
他家の者を使うときの手順を懇々と教えてくれる。
こっちの命がかかっているのだ。
図書助には、先日会ったときに謝っておいたので問題ない。
俺がそう答えると母上が少し悩んだ。
溜め息と共に「魯坊丸は常識を逸脱し過ぎです。このままではいけません」と呟いた。
今日は矛を下ろすと宣言してくれた。
その代わりに、事が終わってから、これまでの俺の行動を示して日記を書いて、母上に見せろと言った。
「し・か・し…………」
「見せなさい。それとも今、一つ一つを問い質されたですか」
「はぁ・い」
この事件が収束したら日記ですか?
面倒な。
あっ、この騒ぎで習字の練習をしていないから宿題か。
母上には敵わないな。
正月はじめから怒濤の一ヶ月を終えて二月となった。
定季が熱田衆の主だった家を訪ね、織田家の恐ろしさを語って熱田衆の協力を取り付けてきた。
親父を怒らせれば怖いよね。
美濃で大敗退した後に、西三河を奪うとか変態じみて恐ろしさしかない。
定季は俺に協力せずに失敗したら、その怒りの矛先はどこに向かうか?
そう脅した。
協力した結果で失敗した場合は、俺と千秋季忠と五郎丸等々の首で済むと。
俺が死ぬのは決定なのか?
定季にそう問うと、こう答えた。
「魯坊丸様、成功とは何を指しますか。申し付けられた数量を納品できなくとも、帝から“手間を取らせた”という労いの言葉がでれば、一先ずは成功でございます。ご不満を抱かぬ量がどこかはわかりませんが、完璧である必要はありません。熱田衆の協力を得た時点でほぼ勝ちが決まっております」
確かに。
五郎丸の持つ二つの酒蔵で三回挑戦して成功する確率はほとんどないが、四〇蔵で仕込んで、その全部の蔵ですべて失敗する確率は低い。
根本的な部分で間違っていたら全滅する可能性もあるので、絶対ないと言えないのが恐ろしいところだが、四十分の一でも成功と考えれば、かなり気が楽になった。
そう考えると、首が繋がった後も熱田衆の支持を得ることが重要となる。
まず、目の前に積み上がった大量の作業を乗り切った。
福のお陰である。
もうすぐ、五郎丸の酒蔵では二回目の酒造りが終わりそうで、良い感じで酒になってきていると報告を受けている。
但し、一つ一つの味にバラツキがあり、美味い酒に仕上がるかは微妙だそうだ。
寒造りが一番美味い酒を造るのに適した時期なので、いくつかストックできないとかなりキツい。
だが、焦っても仕方ない。
蔵が建っても働ける者がいないでは話にならないので、作業員を育てることに集中してほしいとの願いを出した。
今は上がってきた帳簿から概算を試算してまとめているところである。
次の問題は警備に移ってきた。
昨日も熱田神宮で俺を含めた中根家、千秋家、加藤家のみが集まって、今後の対策を議論した。
季忠が千秋家の総力を挙げて信頼できる兵を集めると意気込んでいるが、すでに去年の穴埋めでかき集めた後だったのが期待はできない。
神宮関連の親類縁者からかき集めて、各家々の家臣として与えてしまった後なのだ。
追加を頼むにしても、二・三年は待つことになるのでは?
熱田に流れてくる荒くれ者の傭兵団は信用できず、一先ず、各村から少しずつ集めて酒造所の守備兵とすることになったが、安心というには程遠い。
そう言って警備のことばかりに構ってもいられない。
今日も朝から広間に机を並べて、作業を分担しているが、次から次へと集めってくる帳簿を整理するのに手一杯になっていた。
大喜爺ぃも用立てた品物の帳簿を届けにきた。
「魯坊丸様。よろしくお願いいたします」
「わ、か、つ、て、い、る」(わかっている)
俺が出された帳簿の一枚目の総額をメモに取らせて横に回した。
積み上がる額に溜め息は吐いた。
熱田神宮と熱田衆に軽く千貫文を越えてきた額を「肩代わりしろ」と命じるのは無理らしい。
俺への信頼が崩れるという意味だ。
後々、酒で儲けて返済できると思うが、何かあると銭を無心されるという不信が根付くのが一番拙いらしい。
だが、五郎丸が「秘策あり」と言っていたので、そちらは信じることにした。
「魯坊丸様。お顔の色が悪いようですが大丈夫ですか」
「も、ん、だ、い、が、お、お、す、ぎ、る、の、だ」(問題が多すぎるのだ)
「確かに」
「大喜爺ぃは、酒蔵の護衛に当てはないか?」
「護衛でございますか。そうですな。京や堺に荷を運ぶとき、貴重な物を運ぶときだけ、伊賀者を雇っております」
「や、と、う、く、ず、れ、の?」(野盗くずれの?)
「野盗の如き者も多い伊賀者ですが、知多に流れついた千賀家などは行儀がよく、重宝しております」
「し、の、び、を、ご、え、い、に、か」(忍びを護衛にか)
「数珠屋の五平が窓口になっております。よい忍びを探してくれますぞ」
「よ、い、は、な、し、を、き、い、た」(よい話をきいた)
伊賀の忍びと言っても色々いるという訳か。
これは五郎丸と季忠に要相談だな。
お昼寝の時間となり、福が俺を迎えにきた。
作業の指示だけ与えて、俺は部屋に戻った。
悩みごとがあれば寝付けない方だったが、この体は問題なく寝られた。
床に入ると一発だ。
すっきりして広間に戻ろうと思っていると母上に呼ばれた。
「ふぁ・ふぁ・う・え。お・よ・ぶぃ・に・よ・り・しゃん・じょ・しゅ・ま・し・た」(母上、お呼びにより参上しました)
「魯坊丸。そこにお座りなさい」
「ふぁ・い」(は・い)
嫌な予感がして言葉が乱れる。
母上から福を呼び戻したことを叱られ、口答えもさせてくれない。
他家の者を使うときの手順を懇々と教えてくれる。
こっちの命がかかっているのだ。
図書助には、先日会ったときに謝っておいたので問題ない。
俺がそう答えると母上が少し悩んだ。
溜め息と共に「魯坊丸は常識を逸脱し過ぎです。このままではいけません」と呟いた。
今日は矛を下ろすと宣言してくれた。
その代わりに、事が終わってから、これまでの俺の行動を示して日記を書いて、母上に見せろと言った。
「し・か・し…………」
「見せなさい。それとも今、一つ一つを問い質されたですか」
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