魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

二十五夜 清酒の完成を喜ぶ魯坊丸

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〔天文十七年 (一五四八年)夏四月三十日〕
酒造りとは中々に難しい。
最初は『口神(噛み)酒』が主流であり、文字通りに米を口で噛んで酒を造る。
唾液の中の「アミラーゼ」が米のデンプンを糖に変えてくれる。
あとは容器に入れて待つだけで『酒』が出来上がる。
熱田神宮の中でも儀式として残っていた。
お味はヨーグルトみたいだった。
まぁ、三々九度にでてくる小さな盃に一滴、二滴を垂らしただけなので酔うこともなかった。
そんなことを思い出しながら、今日も熱田の酒造所の視察だ。
酒の蔵に入ると、酒独特な香りが漂った。

「おぉ、この蔵は凄くいい香りがします」
「さくらもそう思うか?」
「是非、味見したいと所望します」
「未成年は駄目だ」
「何を言いますか。このさくら、こちらに来る前に裳着を済ませておりますから、立派な成人でございます」
「魯坊丸様。紅葉も裳着を済ませています」

えっ、紅葉も試飲したいという意味ですか?
見た目が小学六年生なので犯罪臭がします。
戦国時代と二十世紀では成人年齢が違うから、基準がわかりません。
俺と一緒に舐めるだけにしてもらいましょう。
俺は熱田神宮の千秋家を拠点にして、二十八日に一番から三番の蔵を、二十九日に四番から六番の蔵の酒絞りを視察した。
三日目となれば、もう慣れたもので、午前に千秋家まで送られてきた書類に目を通す執務を行い、午後から酒造所に足を運ぶ。
皆は俺が到着する頃までにすべての絞りを終えるように頑張っていた。
この世界に『ラッキーセブン』という認識はないが、この七番の蔵はデキがよいと杜氏が言っていた。
蔵に入ると、本当にいいフルーティーな香りが充満しており、期待感が高まっている。

「魯坊丸様、八番の蔵が先に絞りを終えました。酒甕を借り倉に入れましたので、試飲の立ち会いをお願いいたしますと、杜氏が申しております」
「わかった。すぐにゆく」

俺は七番の蔵を出て、試飲用に借り倉に移動した。
倉の前では津島からの使者が待っており、俺を見つめると挨拶にきた。

「お初にお目にかかります。津島衆の首領である大橋おおはし-重長しげながの名代の川口かわぐち-宗定むねさだと申します。川口家に養子に出されましたが、重長の弟でございます。連れの者は、津島商人を束ねる赤田屋あかだや-清七郎せいしちろうと、津島神社の奉納酒を取り締ります古川屋ふるや-来蓮房らいれんぼうでございます」
「油問屋を商っております。赤田屋-清七郎でございます」
牛玉山ごおうざん観音寺かんのんじ の土蔵を守らせて頂いております。酒屋問屋の古川屋-来蓮房でございます。よろしくよしなに」

早めに話し合いたいと手紙と送ると、今日でも訪ねると先触れがきたので熱田の酒造所に足を運んでもらった。
この熱田の酒造所と同じ規模の酒造所を勝幡城の北に作る。
口で説明するより、見てもらった方が早いと思ったからだ。
何はともあれ、試飲に参加してもらった。
お試しの酒樽を味わったそうだが、火入れする前の酒は格別らしい。
俺も舐めたが味はわからん。

「魯坊丸様。非常に美味しいです。皆様と一緒の枡で頂いてもよろしいでしょうか?」
「却下だ」
「そう言わずに」
「さくら、我々は護衛で付き添っているのだ。盃で一緒に試飲を許して頂いただけで感謝しろ」
「しかし、千代女様…………」
「私はこれで十分」
「右に同じ」
「紅葉、楓の裏切り者」

騒がしいのは悪くない。
堅苦しい話ばかりでは息が詰まるからな。
五十蔵を建てたが、稼働しているのは三十蔵のみだ。
残る二十蔵は来月から稼働する。
そして、酒造りも二日で三蔵三十樽を仕込むのが限界だった。
三十蔵をすべて仕込むのに二十日も掛かった。
そこから約二ヶ月掛けて酒を造ってゆく。
五十蔵を一周するのに三ヶ月ほど掛かるようだ。
最初の予定とは大きく狂ってきた。
整備や清掃などの期間を含めると、年三回の仕込みが限界であり、夏場の影響もやってみないとわからない。
杜氏の話だと、二十番以降である最近の仕込みは悪いらしい。
今日の試飲が終わると、五日ほど空けてから十番蔵以降の仕上げの絞りをはじめる。
予定が遅れに遅れていた。
少し前の俺なら焦っていただろう。
俺は自分の勘違いを思い出しながら笑った。

「魯坊丸様。どうかしましたか?」
「勘違いとは恐ろしいと思ったのだ」
「勘違いですか?」
「親父から千個の十斗樽(百八十リットル)を用意しろと命じられて焦ったことがある」
「大殿の信秀様がそんな命令をされたのですか」
「一石樽で十樽だ。偶然にできた酒を十樽も用意しろと命じられたのだぞ。しかも帝に献上する酒だ」
「それは大役ですね」
「だが、実際は山科言継卿が頼んだのは三百個であり、親父が五百個を納めると豪語した。では、残りの五百個は何なのだ?」

そうなのだ。
実際に用意する酒は、最低三百個の一斗樽で済んだ。
一石樽で三つだ。
それなら十蔵百樽でも作れる可能性があった。
五分の一の規模でよかった。
親父に銭を無心する必要もなく、銭を得る為に奔走する必要もなかった。
後で知って頭を抱えた。

「では、残り五百個は何の為に言われたのですか?」
「それは千代女の方が詳しかろう。帝へ献上する物は税が掛からん。一千個の内、百個は街道の領主などに配り、残り四百個は売るつもりだった」
「なるほど、関税が掛からないのを利用して、安く京に持ち込むつもりだったのですか」
「俺の親父はズル賢いだろう」

一千個を一度に運べないので何度も荷駄隊を出すことになる。
関所では人頭税と物品税が取られる。
領主や寺院の都合で税が決められ、滅茶苦茶に高い税を掛ける領主もいる。
それを防ぐ為に守護や守護代と掛け合うのだが欲深い者は尽きない。
だが、神社や仏閣、そして、帝や公方様への献上品に税を掛けるのは禁止されている。
その法の抜け道を使って親父は儲ける気だった。
正確には、五百個の献上品の元手も回収する気だった。

「帝が気に入った酒を十斗樽で京の有力者や領主らに四百個も売れば、相当な額になります」
「献上した酒代をなかったことにできるだろ」
「大殿もやり手ですね」
「先に言ってくれれば、違うやり方もあった。しかし、一千個用意しろとしか言わないから大事おおごとになったのだ」
「用意してしまう魯坊丸様も大概です」
「さぁ、用意できるかはまだわからん」

そんなことを言っている間に、七番蔵の絞りたての小樽十個が運ばれてきた。
香りから違い、皆の顔が期待の色に染まった。

「おぉ。何という美味さだ」
「これが酒ですか。まったく別物ではございませんか」
「これが清酒か」

千代女らの表情も変わり、目が酒をまっすぐにみている。
その中でも、さくらが「枡で飲みたい。枡で飲みたい」という念を送っているのがわかったが無視だ。
見なかったことにしよう。
杜氏らがすべてを味見してから、それぞれの意見をまとめて報告にきた。

「魯坊丸様。二番の樽は以前の酒を超えております。間違いなく『超特選』でございます。四番の樽は『特選』を付けても問題ありません。八番と九番は『特選』までとは言えません。他は昨日より良い酒ですが『上選』の域を超えておりません」
「では、八番と九番は『上選』の甲とする。他の酒は乙とし、昨日の酒は丙とする。上選で値段差は付けぬが、甲は贈答品用に使い、乙と丙を売り物とする。我々だけがわかる印を何処かに付けておけ」
「畏まりました」

俺と杜氏の会話を聞いていた川口-宗定が聞いてきた。

「魯坊丸様。この酒を売っていただけないのですか?」
「今は無理だ。まず、帝に献上する分を確保する必要がある。だが、安定して造れるようになれば、売り物にするつもりだ。それは津島で造る酒造所にも言える。『超特選』より美味い『超特選』を超える『極み』を造ってもらえると嬉しい」
「それは私共に言っておられるのですか?」
「古川屋にきてもらったのは他でもない。造り方を教えるので、津島の酒造所で『極み』を目指して酒造りをやってもらいたい。人手をこちらに出す気はできたか?」
「受けて立ちます。熱田より美味い酒を造ってみせます」
「では、川口-宗定と古川屋に寺院との話し合いを任せてよいか。津島で造った酒は酒屋に安値で卸す。もちろん、他にも細かい条件が付くが、銭を取る訳ではない」
「そういうことならお受けしましょう」
「こちらも異存ありません。説得致します」

清酒の美味さで一発だ。
この『超特選』を味わえば、飲みたい・売りたいと欲望が交渉の余地を吹っ飛ばしてくれた。
いいタイミングできてくれた。
八番と九番の『上選・甲』は大瓶に入れ直して、湧き水が流れる貯蔵庫で保管する。
熟成させると美味くなる酒もある。
もし、この後から『特選』がでない場合は、『特選』と混ぜて『特選』に偽装することにしよう。
これで保険ができた。
一番から六番の蔵の酒は、火入れを終えて一斗樽に入れ直した分から出荷をはじめる。

「そうだ。一昨日から完成した酒の出荷をはじめいるが、津島にも回そうか?」
「もちろん、お願いします」
「では、書類を三部送るので、連名で署名してくれ。署名を終えた書類は、一部を熱田神宮に、一部を末森に、残りは保管してほしい。こちらに書類が届いた時点で、津島に出荷をはじめる」
「よろしくお願いいたします」

いやいや、もう少し疑って欲しいな。
海運への投資義務とか、複式簿記の記帳とか、割と面倒なことを要求しているぞ。
銭は取らないが、投資はしてもらう。
それとも見た目が稚児だからと騙されているのかな?
悩むのは俺じゃなく津島衆だ。
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