魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

四十九夜 面倒な美濃の蝮(蝮土ができた件)

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〔天文十七年 (一五四八年)九月九日夜〕
宴席を終えた俺は津島神社の南にある堀田邸 (津島市禰宜町)に移動した。
堀田邸は津島神社と同じ土地内にある。
邸宅では、堀田ほった-正貞まささだが出迎えてくれた。
正貞は道空より先に津島に戻ってきたばかりであった。
そもそも祭事はすべて息子の正秀まさひでに任せて、宴席には参加せずに美濃の疲れを自宅で癒やしていたそうだ。
実に羨ましい。
俺も仕事を全部丸投げにしたい。
正貞が取次代になってから知多千賀衆の者を美濃の連絡役として正貞の小者に付けていた。
彼の側役として同行させようとえ状の書き方や取次の礼法を習わせてていたが、簡単に身に付く訳ではなかった。残念。
しかし、その技能は次回にでも役に立つと思って、そのまま習わせている。
そういう訳もあり、堀田邸には千賀の者が何人かいる。
味方がいるので俺としては一安心なのだ。
知多千賀衆には、正貞との連絡役、美濃の情勢や武将の動き、商人の活動、白石の鉱脈を探す山師との繋ぎ、発掘の作業員が寝泊まりする宿舎の選定などの使命を与えて頑張ってもらっている。
白石の調査は俺の記憶を元に牛屋から北西にあたる金生山 (217m)周辺に広がる美濃帯堆積岩類の石灰岩だ。
すでに露天掘りで採掘している鉱山があるが、他を探させている。
消石灰に糊・ すさ・粘土・砂などを混ぜたものを漆喰しっくいと言い、防火性を高める為に屋敷の壁に塗るのが主流であり、権力者が好んで使っていた。
しかし、贅沢品であり、一般の領主が使うだけで需要は多くない。
生産量も知れていた。
だが、織田弾正忠家が欲しているのは、そんなささやかな量ではない。
鉱山は他にも根尾川の上流とか、揖斐川上流の室山と飯盛山付近にも石灰の鉱山があり、利政と領主の許可を取って、ピンポイントで調べさせている。
地質学の学者に連れ回された経験が生きてくるとは、何が幸いするかわからないものだ。
客間で一息付くと、正貞が部屋に入っていた。

「魯坊丸様、ご苦労様です」
「まったくだ。俺はこう言った行事が嫌いだ。銭になるなら多少は我慢して参加するが、俺は派閥を広めるとか、支持者を集めるとかに興味はない。家督は信長兄上が継げばよい。俺は若隠居して城に籠もっていたいのだ」
「その歳で若隠居ですか?」
「何か悪いか」
「いえ、特には…………」
「要するに、家督など継いで見たくない者の顔色を見るより、おまえのような付き合いやすい者と付き合って、裏から指図して銭を儲ける方が性に合う」
「そう言ってもらえますと嬉しく思います」

正貞は三歳で若隠居と言ったので驚いた様子で、何か思うところがあったようだったので捕捉しておいた。
納得したかは知らないが、それ以上は説明のしようがない。
挨拶が終わると、すぐに本題に入った。

「良い知らせと、悪い知らせがございます。どちらからに致しましょうか」
「良い方からだ」
「まず、魯坊丸様が指定された場所から白石が見つかりました。選ばれた二ヶ所から見つかったことに山城様 (斎藤-利政)が驚いており、出ると思っていなかった領主らは採掘権を山城様に譲渡されたことを後悔されておりました。領主らのあまりの情けない顔に笑いを堪えるのに苦労致しました」
「そうか、出たか」
「領主の方々には作業場や宿舎の土地の借り賃、採掘された白石の代金の一部が税として入ることで納得して頂けました」
「それは上々だ」
「山城様は魯坊丸様が千里眼でも持っているのかと呆れておりました」
「で、驚いた調子で採掘権を譲ってくれたのか」
「はい、年百貫文でお譲り頂けました」

よし、やっと終わった。
長かった。
利政は領主との交渉権を三千貫文で売ること、肥料を斉藤家に融通させること、酒や蘇や肥料の造り方を譲渡することなどを突き付けてきた。
こちらは別に美濃から買わずとも、土佐でも買えると大見得を切った上で、俺は白石を用意できるなら応じると了承した。
だが、織田家が要求する白石を採掘する能力が美濃斉藤家にないと気づいて落胆した。
そして、交渉権で争うのを諦めると、利政は採掘権を領主から強引に奪い取って、採掘権に三千貫文の値を付けてきた。
利政が意地を張れば、土佐から白石を買うことになると脅した。
俺と利政は、その言い値が違ったので取次役を通じてしばらく睨み合った。
採掘権だけで、三千貫文とかが無茶なのだ。
利政は一千貫文まで値引きしたが、俺は折れなかった。
俺は採掘権を年三十貫文程度と考えていた。
美濃で作業所を建築するので、最低でも一ヶ所三百貫文が必要であり、三ヶ所の建設費とその他諸々の費用を含めて一千貫文は投資する予定だ。
作業員の給与や舟の手配などを含めると、最終的に三千貫文が掛かる見積もりだ。
一文の得にならない利政に一千貫文も出せる訳もない。
だが、利政が一千貫文から引かない。
俺は正貞に作業所の見積書を持たせ、これらを斉藤家で準備してくれるなら、採掘権として一千貫文を出しましょうと迫った。
もちろん、空手形になるのは嫌なので作業所がある程度は完成した時点で一千貫文を渡す。
嫌ならば、五十貫文から釣り上げて一括で五百貫文、あるいは、年百貫文なら支払うと選択を迫った。
これが飲めないなら決裂だ。
そもそも斉藤家にそんな銭がある筈もない。
斉藤家の台所事情を織田家に知られていることに気づいて、利政は渋い顔になったという。
決着が付いているのに粘られている。
強情というか、負けず嫌いというか、あの手この手で譲歩を引き出そうと条件を付けてくる。
ここだけで二ヶ月も掛かっている。
その他の細部の取引交渉は終わっており、交渉に沿って準備が進んでいる。
二ヶ月も掛かったが、年百貫文で採掘権を織田家が得て終わった。

「どうでもよいことですが、お聞きして宜しいでしょうか?」
「何だ」
「どうして年百貫文とされたのですか?」
「手間賃だ。無税を条件に採掘権を買うならば、もっと金額を上げてもよいが、採掘量が多くなるとやっかみを生む」
「確かに。産出量が増えれば、税だったらもっと多くの銭が入ったと考え、無税としたことで恨み買いますな」
「そうだ。無税にしたことを後悔し、我らに騙されたと考える。それが嫌だった。だから、採掘量が増えた分だけ、税も増える方を選んだ」
「なるほど」
「だが、納得するのは鉱山を持つ領主のみだ。利政殿には鉱山を持たぬ他の領主を抑える為の手間賃を与えた。だから、年三十貫文と考えていたが、斉藤家があまりにも銭がない。余程、銭が欲しいのだろうと思って百貫文まで引き上げた」
「見事でした。二ヶ月もじっくりと引き延ばしたので、それ以上の要求はできなかったと思われます」

あっ、そうか。
俺が強情に二ヶ月も粘ったので、今回の妥協が最後と利政も考えて受け入れたのか。
なるほど、必要がなくともワザと交渉を引き延ばすのも外交か。
面倒だな。
だから、利政は同盟を破棄するつもりがないのに、強気な交渉をしてくるのか。
やっと理解できた。
さて、聞きたくないが悪い方の知らせを聞こう。

「悪い知らせは、肥料を造る土地の話です」
「肥料造りに斉藤家の者を使うのは無理だぞ」
「そこは問題ありません。肥料を美濃で造るならば、織田家の者で構わないとのことです」
「では、何が問題だ」
「肥料を造る場所です。斉藤家が誘致した長良天神神社の社領でやって頂きたいとのことです」
「長良天神神社とは、どこだ。嫌な予感がするぞ」
「ご察しの通り、稲葉山城と長良川を挟んだ対岸にある神社でございます」

一瞬、目眩がした。
どこの馬鹿が居城の隣に敵国の居住区を差し出すのだ。
敵地のど真ん中という意味では採掘場の側に造る肥料小屋も同じだが、居城の隣と遠く離れた採掘場の隣では意味が違う。
それに長良川を使って砕いた石灰粉を積んで運ぶ舟がない。
俺は採掘した白石を舟に積んで、川を下って熱田まで運ぶ。
そして、その空いた舟に砕いた石灰粉を舟で採石所の隣まで運ぶことを考えていた。
登りの舟は多くの荷を運べないが、肥料に使う分くらいならば問題ない。
空で舟を上流まで運ぶより効率的だ。
だが、長良川の上流となると、別の輸送舟を用意しなければならない。
完成した美濃の地図を取り出し、俺は長良天神神社の北側の山と、川沿いの土地に赤墨で丸を書いた。

「肥料を造る場所として、北の山の一部を借りたい。そして、物を売る場所として、商家の店を建てたい。また、少々の畑を耕すことを了承させろ。それが駄目ならば、最初の場所に戻す。これは絶対だ」
「何故ですか?」
「斉藤家に銭はない。輸送費が斉藤家持ちになることはない。だが、輸送費をすべて斉藤家が持つ気があるかの要求しておけ。斉藤家がすべての輸送費を持つなら必要ない」
「承知しました」
「売る物は、薬と紙と炭と木工のお椀などだ。商売が軌道に乗れば、舟が盛んに行き交う。その舟に白石を砕いた材料を載せて、川を遡らせる」
「舟代を商売で稼ぐのですね」
「そうだ。当然だが、商人らが泊まる宿も経営するぞ」
「納得しますか?」
「舟賃が出せるのかと脅せ。だが、それでは交渉材料としては弱いか。ならば、紙、炭、お椀などを造る者は美濃の者を使う。技術が欲しければ、盗んでも構わん」
「よろしいので?」
「薬以外は大したものではない」
「わかりました」
「以上か」
「いえ、もう1つ」

利政は年百貫文の採掘量を正月に現金で納めるように言ってきた。
平手政秀か、堀田正貞は正月の挨拶で差し出す。
織田弾正忠家が美濃斉藤家に従っている印象を付けたいらしい。
これは親父が決める案件だ。
信光叔父上を通して、親父に相談するように言っておいた。

「だが、そんなことに価値があるのか?」
「魯坊丸様、世間が見る目の体裁は大事ですぞ」
「そういうものか」
「そういうものです」
「では、こう言うのはどうだ。斎藤利政殿の家臣が東美濃で肥料を造らせた。だが、誰も見向きもしなかったが、熱田の塩馬借『橘屋』の大喜嘉平が持ち帰って試したところ、実際に収穫が増えた。大々的に広めたい親父の織田信秀は美濃の蝮からもらった土ゆえに『蝮土まむしど』と名付けたいと願った』
「蝮土ですか?」
「あの『美濃の蝮』という通り名は、下剋上をなした者をさげすむ言葉だが、10年、20年先では、国を富ました土の名前として『美濃の蝮』と呼ばれることになる。どうだ、交渉材料になるか?」
「なりますな」
「では、好きなように使え」
「畏まりました」

これで斉藤家との交渉も終わりだ。
肩の荷を下ろして、宿舎としている津島の大橋邸へ俺は戻ることにした。
堀田邸を出て舟に乗ると、舟にゆったりと揺られながら、長月と呼ばれる九月の三日月を見上げた。
すべて終わってよい気分だ。
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