魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

七十二夜 忍びの村へデザートを

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〔天文十八年 (一五四九年)十月はじめから十一月はじめ〕
 ううう、油断した。
 最近、昼寝をきっちり取っていたし、体力も付いてきた。
 面倒と思っていた視察も、山を越えて森を抜けるピクニックみたいで楽しかった。
 貧しい村が多く、村起こしで培った知恵が生かされた。
 前世の俺は、目に見えない有象無象な民の為に努力した。
しかし、事情で不正が発覚すると、罪を俺に負わされた。
俺を有象無象な民が責め、すべてに裏切られた。
何もかも虚しかった。
左遷された先でじいさんばあさんの為に村起こしをすることになり、じいさんばあさんらの笑顔が眩しかった。
これがやりがいかと気づかされた。
 長根村の村起こしは、俺自身も身動きできない赤ん坊の上、銭はない、道具もない。
 ないない尽くしでやりがいを感じる暇もなかった。
 生きてゆく為に、生活改善の為にやるしかない感じだった。
 でも、今は違う。
 銭は調達でき、人手があり、道具も揃った。
 あばら小屋を取り壊して、プレハブ小屋に建て替えた。
空き地を畑におこし、大豆や芋や麻も植えて、冬の食料を確保させた。
貧しい村の人口は五十人から二百人だ。
鍬衆二百人もいれば、畑作りもあっという間だ。
 贅沢を言えば切りがない。
俺は思い描いた通りの村起こしができた。
 村人が喜ぶ顔がご褒美だ。
 こうでないと楽しくない。
 本格的な村の復興は道を整備してからだ。
道の整備は防衛の意義もあり、領主らとの交渉が必要だ。
 また、経費も領主に請求せねばならない。
 ともかく、下尾張の漫遊を俺は大いに楽しんだ。
 興奮していた。
疲れを忘れていた。
極めつけは『刈安賀の戦い』だった。
昼寝をたっぷりと取ったので大丈夫と思っていた。
冬が近付く九月末だからか、少し寒かった。
絶対に勝てると確信していたが、それでも死は突然にやってくる。
戦がはじまると拳に力が入った。
夜半に撃退を終えると早々に引き上げた。
しかし、床に入ったのは朝方であり、ほぼ徹夜だった。
仮眠をとって中根南城に戻り、養父と母上に報告を終えて、部屋に戻るとばたりと倒れた。
後は覚えていない。
死ぬほどの高熱で苦しかった。
まだ頭がぼっとする。
隣の部屋で医師の曲直瀬まなせ-道三どうさんが叱る声が聞こえた。
障子が赤くなり、夕刻のお粥を紅葉が運んでくる。

「若様。お粥を食べられそうですか?」
「あぁ、いただく」
「気が付かれてよろしゅうございました。この三日間、ずっと魘されていたので気が気でありませんでした」
「すまない」
「千代女様が取り乱されたのを久しぶりに見ました」

紅葉がくすりと笑い、涙をぽろぽろと流す。
ずいぶんと皆に心配させたようだ。
俺は曲直瀬-道三の叱り声が聞こえたが、何を言われたのかと尋ねた。
岡本-定季をはじめ、千代女、さくら、楓、紅葉らを集め、俺の私生活で説教されたと答えてくれた。
俺は異常な御子であり、常識に照らし合わせられない。
しかし、それでも四歳の子供に変わりない。
子共の死亡率が異常に高く、十人産んでも三人残るかどうかだ。
七歳まではいつ死んでもおかしくない。
だから、『七歳までは神の内』と言われる。
心配を掛けた。
さて、俺が意識を取り戻したと聞くと、千秋季忠が見舞いが訪れた。

「魯坊丸様。養生してください。魯坊丸様に何かあってからでは一大事です」
「早く直して、お手伝いに参ります」
「我らは大丈夫です。新嘗祭の準備はすべてお任せください。そして、まずは元気になって下さい」
「わかりました。お迷惑を掛けます」

次に加藤かとう-順盛よりもりまき-長義ながよし、大喜五郎丸、熱田や知多の武将、熱田商人、津島商人等々が見舞いにきた。
道三の説教が効いたのか、元気になっても床から出してもらえず、俺が床を出るまで十五日も要した。
その間に養父、城代、定季が寝床の前に揃い、決裁を三人の名でできる方式に変えたいと言ってきた。
以前から俺が要望していたので同意した。

養父ちちうえ。今更、何ゆえに変更となったのですか?」
「千秋季忠様が動いて下さった。おまえの仕事を軽減するには、皆の承認がいる」
「皆ですか?」
「熱田の商人らもお前の署名がない書類では不安になる。況して、新たに加わった津島商人や荒尾様、佐治様は尚更だ」
「まぁ、そうですね」
「だが、無理をさせて、おまえに何かあれば、一大事と千秋季忠様が皆を説得して下さった」
「ありがたい事です」

熱田内の事は養父と城代が代行し、酒関連と熱田外を定季が担当する。
 尾張外ははじめから中根南城で書類を作り、信光叔父上が署名して送り返していたので、些細な事案は定季と千代女で分担してまとめる事となった。
 俺は報告を聞くのみだ。
 しかし、予算などで優先事項を決定するのは俺しかできない。
だから、仕事は山程残っていた。
部屋から出してもらえなくとも、書類に目を通す仕事がたくさんあった。
熱田神宮のお仕事も減り、特別な祭事を除くと月に二度に減らされた。
大幅な収入ダウンだ。
代わりに月に一度の視察が加わり、三日から四日の予備日を空ける。
視察の中に酒造所も含まれる。
軟禁が解除されると、健康作りが加わった。
具体的に言うと、体操の後に庭をランニングする。

「さくら、もう駄目だ」
「あと三周です」
「足が縺れてきた」
「食事の時間に間に合わないと、夕刻の特訓で20周を加えよと言いつかっております。もう時間がありません」

えっ、これで軽いの?
朝と風呂に入る前に腕立て20回、腹筋20回、庭を10周走る軽い運動が加わった。
朝食の為に切り上げると、タイムアップで夕方のランニングが計30周に増える。
30周は嫌だと、頑張ったが駄目だった。
しょんぼり。
さて、朝食を食べると、昼では今までと同じだ。
昼食後の昼寝の後に自由時間のゴロゴロタイムが追加された。
里が遊びにくれば、一緒に遊んだ。

「里、この積み木でどちらが高くできるか競争だ」
「あい」
「里はどの積み木を選ぶ」
「これ」

可愛い妹と遊ぶ至福の時間だ。
城の中でずっと楽しい事のみをやって時間を過ごす。
不労所得で引き籠もりニート。
理想に一歩、近づいた気がした。
自由時間が終わると城や周辺の視察をして、夕食を食べながら報告を聞く。
鉄砲や硝石などの機密報告は夕食の後になる。
部屋に戻ると、俺にしか判断のできない書類に目を通した。

「千代。酒造所に行くのが月一になると、色々と不満が貯まらないか?」
「わかりかねます」
「酒造りは手探り、外に出られない村人の不満が心配だ」
「その様な心配は杞憂だと存じます。隠れ村など珍しいものではありません」
「そういうものか」
「そういうものです」
 
 千代女は大丈夫と言ったが、俺はやはり心配だった。
 不満解消の策と言えば、徳川八代将軍の吉宗の『目安箱』だ。
酒造所に置かせた。
 十日に一度、目安箱を確認するのが、さくら達の仕事とした。
 最初は俺が見るつもりだった。
しかし、千代女が「若様の仕事を減らすのに頑張っているのに、若様が仕事を増やされては困ります」と反対された。
 目安箱に入った手紙は、苦情ではなく、俺への感謝が多かった。
 希に希望を書く者もいた。

「若様。これをご覧下さい」
「さくらか。何か不都合が書いてあったか?」
「いいえ、中根南城に勤務している伊賀者が『でざと』という甘い菓子を食べたと自慢された手紙です」
「どれどれ」
 
 末森に配置された千雨という忍びからお願いだ。
 村に帰ったときに、中根南城を担当する伊賀者から『ぷりん』を食べた自慢されたそうだ。
 中根南城では、食事後にデザートが付くことがある。
 これは皆を労う意味もある。
 だが、上司だけが美味い物を食ったのでは、下の者も羨ましがる。
 ある程度は身分差があると認識させる意味もある。
しかし、まったく与えないのは不満となる。
ならば、祝い事がある時のみ、城に勤めている者に振る舞われると決められた。
 今回は、俺の快気祝いにプリンがでた。
 母上もずいぶんと奮発した。
手紙には、ただプリンを食べたいと希望していた。

「さくら。酒造所と忍びの里の皆にもプリンを配ってくれ」
「いいのですか?」
「彼らも俺の回復を祈ってくれただろう。お礼は皆に振る舞うべきだ」
「しかし、砂糖が高い上に卵が足りません」
「一度に振る舞う必要はない。順番に振る舞え。砂糖の代金は俺の財布から予算を出せばよい。城に迷惑も掛からないだろう」
「わかりました。そのように手配しておきます」
「加えて、食事後に果物やわらび餅などのデザートを出すようにしておけ」
「千代女様が贅沢だと怒りますよ」
「祝い事がある日以外は安い物とする。熱田などに近いのに買い物に行けないのだ。少しくらいの贅沢はあった方がいい」
「畏まりました」
 
 酒造所で働く者は村から出られない。
仕事をマスターすると、役職が与えられ、給金がもらえる。
しかし、銭があっても使う場所がない。
最低10年はそんな生活が続く。
 適度なガス抜きは必要だろう。
 後日、プリンを食べた千雨から「ご主人様、大好き」という感想が目役箱に入れられた。
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