婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱

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羽化・2

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昨日の四対騎士団の乱戦の結果は散々だった。
剣は折れ盾は割れ、弓はあちこちに突き刺さってボロボロになった騎士達は死屍累々。

書類仕事が終わって様子を見に来た団長にしこたま怒られた。
いくら訓練用って言っても武器はタダじゃない。大体なんで石弓が鉄の鎧を貫通するんだと正座させられた。

触らないことを意識したら飛んできた弓掴んで投げ返すくらいしかやることがなかったとも、ちゃんとケガしない程度に済んでるよとも言えなかった。
手練れの騎士のものすごい剣幕に幼馴染み達ですら正座していた。

弓もダメならどうするか。
とにかく触らなきゃ良くて、うっかり鎧を叩き割ったりしない何かを使えばいい。

そう結論を出した俺は、取り急ぎ、ゴミをまとめてある小屋からちょうど良さそうな棒っきれを拾った。
半棒というには短く、トンファー代わりにするには持ち手がない。それに四角いから元々は何かの一部だったのかもしれない。

これなら刃を潰した剣を使うよりも安全だ。
剣を受けるどころか振りかぶっただけでも折れそうだけど、喉元につきつけるには十分。
つまりコレがあれば、首を掴んだり組み伏せたりする必要がなくなる。

そんな風にホクホクしながら出たところを、たまたま通りかかった近衛騎士団の隊長に捕まった。

「殿下?このような場所で何をなさっているのですか?」
「……リカルドこそ珍しいな」

周りを見ては不快そうに眉を寄せていた男は、名前を呼ぶと機嫌良く口端を引き上げて近づいて来た。

「貴方がこちらに向かう姿が見えたもので」

隙なく着こなされた真っ白な制服。
剣帯は使いにくそうなゴテゴテした飾り付きだしダラっとしたマントが邪魔そうだ。何本かの黄色の毛束がついた華やかな肩当てなんて肩当ての意味がないんじゃないだろうか。

近衛騎士団はよく会っている騎士達とは全くの別物だ。
彼らは王宮騎士団で、近衛とは仲が悪い。

どのくらい悪いかっていうと、運悪く居合わせる度に貴族らしい言い回しの罵詈雑言が飛び交うくらいだ。
なんでか毎回俺を真ん中に挟むものだから、まあまあとひたすら宥めるハメになる。

それでもって日々の警備や王都の見回り、有事の時には率先して動く王宮騎士団とは違って、近衛騎士達は主に王族の身辺警護、祭典の時の花形を勤めていて、結婚した時は俺にも護衛をってそりゃあもうしつこかった。

仕事だっていうのはもちろんわかるんだけど、必要ないよって断ってるのにあんまりにもしつこくて幼馴染み達どころかテオまでブチ切れそうだった。
宥める相手ばかりどんどん増えていくのはなんでだ。みんな短気すぎないか。

まぁ、結果としてはなんとか上手いことおさまって俺の護衛はナシで済んだんだけど。

それ以来、顔を合わせると何かと理由を付けて絡んで来るようになったリカルドには少し困っていた。
テオがわかりやすく嫌な顔をするんだ。
侯爵家出身で、その侯爵家が貴重な鉱山を管理しているから斬り捨てるわけにもいかないと舌打ちしていたのを思い出す。

(デカい国は大変だな)

ウチだと揉めた時には殴り合いのケンカでどっちが正しいか決めるから、案外アッサリとカタがつくし尾を引いたりもしない。そう考えるとやっぱり脳筋かもしれない。

「手に持っている物はなんです?」
「中で見つけたんだ。訓練で使うんだよ」
「わざわざ、不要品を?」

小屋を示して言った俺に、貴方が?と繰り返し、額を押さえて溜め息を吐く。

その後ろでヒィヒィ言いながら笑い転げているのは外で俺を待っていてくれた幼馴染み達だ。
テオは王や王弟との会議だから執務室から出て来たイザームもいて、一緒になって笑っている。

「なにもゴミ漁る必要ねーだろッ」
「あのカオでッ、ゴミ漁りとかッ……!」
「大将、俺がマトモなモン買ってやっから。ゴミはゴミ箱に突っ込んどけ」
「イザーム止めろッ、腹が死ぬッ」

使わない物を再利用することの何が悪いって言うんだ。戦場じゃ武器がダメになるなんて日常茶飯事で、その辺にある物を使うじゃないか。

「殿下」

思わずムスッとする俺にもう三歩近づいて差し出されたのは、真っ白い手袋を着けた手。
それと共に、風に乗って微かに届いた甘い香りにザワザワと皮膚が粟立った。

(……なんだ……?)

リカルドの香水だろうか?
どこかで嗅いだことがある匂いだと思う。
胸焼けしそうな甘さなのに不思議ともっと近くで嗅ぎたくなるような、そんな、クセになる匂い。

「そちらはお預かりしましょう」
「あ、うん」

掛かった声にハッと意識が戻る。
この国に来てからというもの、鼻がおかしくなりそうなほど色んな匂いに囲まれて来た。その中で嗅いだのかもしれない。

大人しく渡した棒は、リカルドに追従していた近衛騎士に流れるように手渡された。
手袋を外し、それももう一人の近衛騎士に渡してニコリと見上げてくる姿に溜め息が漏れそうになる。

少しも汚れてなんかいないのに。
真新しい手袋を受け取って嵌め直す様はいかにも貴族的だ。

初めて会った時からそうだった。
俺に対しては過ぎるくらいに好意的なリカルドは、笑い転げる幼馴染みに目を向けない。
俺の従兄いとこであるイザームをギリギリ視界に入れるか入れないかで、王族でも貴族でもないカーミル達をわかりやすく見下している。

(みんなの方がすごいのに)

父さんが王だから王子って呼ばれていただけの俺なんかよりずっと強くて、カッコいい。
当の本人達は全然気にしていないようだけどなんだかモヤモヤした。

「このくらいの長さの棒状の物をお探しなのですね。それでしたら私が用意致しますよ」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「どうか遠慮なさらず詳細をお聞かせ下さい」
「……いや」

伸ばされた手が腕に触れる。
ほんの少しだけ答えに詰まった俺に、ぴり、と背後が殺気立った。いつもは気が良くてカッコいい幼馴染み達の困ったところだ。短気で暴れん坊な上に、ものすごく過保護なんだ。

マズイマズイと、そっと身体を引く。
大人しく離れた手にホッとした。

「その、テオに相談してみるよ。じゃあ、」

ここは早々に立ち去ってしまおうともう一歩離れた、その時。

「アースィム様」

リカルドが俺の名前を呼んだ。
途端、ぶわりと膨れ上がった殺気に考えるより先に身体が動く。

「てめぇは呼ぶなっつっただろうがッ!!」
「イザーム!」

突っ立ったままのリカルドを背に庇い、殴りかかろうとしたイザームの両手首をグッと掴んで、押し留める。
ギリギリじわじわと押してくる力はブチ切れているそれで、完全に目が据わっていた。

イザームがこんなに怒るのは俺が言ったせいだ。
以前、ねっとり絡みついてくるような響きにゾッとしてリカルドに名前を呼ばないで欲しいと伝えたからで。だから俺のせいだ。

「なんで止めんだよ大将」
「何回言ってもわかんねーバカだしカラダに覚えさせるっきゃねぇだろ」
「コイツは覚えらんねぇんじゃね?」

踏み締めた地面の上を靴底が滑る。
これだから硬い革靴は嫌なんだと歯を噛み締める俺に、イザームの後ろから笑い声のない煽りが飛んだ。

正直、暢気にそんなこと言ってないで止めるのを手伝って欲しい。いや、暢気じゃないのはちゃんとわかってる。
三人とももれなくキレていて、ディルガムが指を鳴らしサジェドは爪先でトントンと地面を叩いている。首を回した後、編んだ髪を後ろへ払うのはカーミルで。

ヤる気満々で俺のゴーサインを待ってるけど、そんなの出すわけない。
リカルドは騎士を名乗っているわりにはヒョロヒョロなんだ。軽く小突いただけでも気絶しそうな男に何するっていうんだ。

「なんて野蛮な……!」

(いや、野蛮なとかじゃなくて!)

そんなこと言う暇があるならさっさと逃げて欲しかった。
筋肉以上に生存本能が圧倒的に足りていないし、隊長がこれなんだ。王宮騎士達が近衛は騎士じゃないと吐き捨てるのも思わず納得してしまう。

「大将どけ!」
「ダメだ……!」

唸り、ググッと押してくる力に少し下がりそうになったのを、膝を軽く折ることで耐える。
後ろにいるお供達がリカルドを連れて行く様子はなくて、本気になった幼馴染み達を相手にするのに庇ってはいられないんだけどと焦る俺。

「殿下!」
「イザームさん、落ち着いてください!」

更にマズイことに、見知った騎士達が集まって来た。
今の幼馴染み達はヤバい爆発物。
敵じゃない騎士に対してキレたりはしないだろうけど、あまり近寄って欲しくない。ギュッと眉を寄せた顔をそっちに向ける。

必死な俺に気が付いたんだろう。
息を呑んだ騎士達は近付き過ぎない場所で足を止めてくれた。

それは良かったんだけど騎士達の後ろ、ついでに目に入ったのは予想もしなかった人集り。
集まっているのは騎士だけじゃない。
文官や、たまたま城に来ていたんだろう貴族達までいる。

ここは訓練場の正反対だ。
城のだだっ広い敷地内の端の端にあるゴミ捨て場に、今日に限ってなんだってこう集まってるんだ。
いつもは昼寝出来るくらい静かで人なんか滅多に来ないのに。

「……てめぇ、狙いやがったな?」

(サジェドまで!?)

煽りのない、ドスの利いた声にギョッとする。
焦りながら横目に見た顔はひどく剣呑だ。

初っ端から本気な幼馴染みの追加はキツい。
腕の一本は折る気でいかないと止められない。

「アースィム様、この者達は貴方に相応しくありません!」
「この…ッ…」

懲りずに名前を呼んで背中に張り付いて来るリカルドに、イザームのこめかみに血管が浮く。その手を押さえている俺の手にもだ。

(勘弁してくれ!)

俺は内心悲鳴をあげた。
これ以上騒ぎが大きくなるのは非常によろしくない。相手はテオすら手を焼く侯爵家だ。何をしてくるかわかったものじゃない。

止める俺ではなく、俺の背後を真っ直ぐに射抜く最年長の幼馴染み。
クールそうな見た目に反して直情型で、俺や他の三人が少しでもバカにされたりするといつだって真っ先にケンカを売りに行く。

相手が泣いて謝るまでボコボコにするのは昔からだ。
呆れたり慌てたりする俺達の頭をポンポンと撫でて、もう大丈夫だなんて笑うから憎めない。頼もしいとも思う。

それが出来る十分な実力がイザームにはあるし、武器なんかなくたってどちゃくそ強い。
だから、同じ戦闘民族でもない限り何人相手でも負けたりはしないってわかってるけど。

ルーカスよめに手を出されたらどうすんだ……!)

ぎり、と奥歯を噛み締めた。
つい先日婚約したイザームの相手は王弟の息子だ。
リカルドだって簡単には仕掛けたりしないだろう。

でも貴族には貴族のやり方ってのがある。当人同士の殴り合いで大体のことが解決するクルシュとは違うんだ。ネチネチネチネチ姑息な手段とか使ってくるに決まってる。
俺達が惚れた相手は、そういう世界で生きている。

「…っ…イザーム……」

短く息を吐き出して低く呼ぶ。
俺とおんなじの黒い瞳がおもむろに俺を捉える、その瞬間ときに。

退け!」

短い命令を、口に乗せた。
イザームは冷静さを失っている。
だから、物心ついてから初めて本気で凄んだ。

「ッ、!!」

我に返ったんだろう。
手を払って勢いよく飛び退いた姿に肩から力が抜ける。
唐突に無くなった押し合いに前へヨロけそうになるのを踏ん張って耐えながら、は、と口端から息を抜き前髪を掻き上げて滲んだ汗を払った。

対人戦もケンカも苦手なんだ。
意識してこんなことしたことがなかったけど、落ち着いてくれて本当に良かった。

「っ、はぁ……られるかと思った……」
「わかる。アレはやべぇ」
「イザーム止めろよ、大将キレさすなよ」
「……俺のせいかよ」
「おーい、ディルガム?ビビりすぎて震えてんのか?」
「感動してんだろ」
「あぁ、なる」

三人のそばに戻ったイザームは顎から伝う汗を拭って、何やらボソボソと言っている。
それに対してやっぱりボソボソ返すのはカーミルとサジェドで、ディルガムは俺に向かってのファイティングポーズのまま目を輝かせていた。意味がわからないけどキレてはいなさそうだ。
イザームの両手首にガッツリ残った手の痕は、見なかったことにした。

「ッ、ひ……」

もう大丈夫かなと思って振り返ったら引き攣った悲鳴が聞こえて、視線を下げる。
リカルドもそのお供達も腰を抜かしていた。イザームがよっぽど怖かったに違いない。

「リカルド」

たくさんの人目があって、この男は典型的な貴族だ。
体裁ってものが大事なんだろうとゆっくり膝を折って片手を差し出す。

「ビビらせてごめんな。ほら」
「……ぁ、アース」
「ダメだよ」

またピリついた幼馴染み達を素早くひと睨みして黙らせ、リカルドの口に人差し指を当てるフリをする。あくまでフリだ。
棒っきれ一本であんなに嫌がるくらいだから、唇に触ったりなんかしたらショック過ぎて気絶するかもしれない。

「……でんか……」
「うん」

なんだか舌ったらずな口調だった。
そこは突っ込まないでへらりと笑う。重なった手を取った俺は、なるべくそうっと引き上げながら立ち上がった。
よろけたリカルドがぽすんと凭れてきて、また、あの甘ったるい匂い。

(っ、これ)

息を呑んだ。
二度目のそれに、記憶が蘇る。
遠路はるばるクルシュにやって来ては俺を可愛がってくれた、隣国の先王の顔が浮かぶ。

アルストリアに来るずっと前だ。

俺が婿入りすることが決まって間もなく、二人きりの時に教えてくれた花の香りと同じもの。
決して手を出してはいけないと言われたその花は隣の国だけに自生していて、ごく一部の研究用を除いて根絶やしにしたと話していた。
だから今は流通していないはずなのに。

(どうして、リカルドが)

胸元に頬を寄せている男を見下ろす。
今の俺は、動揺が滲んでいないだろうか。変な風に見られてはいないか。

さっきよりも強く香るのは距離が近いせいかもしれない。
自然と首筋に鼻先を埋めたくなるその衝動は緩やかなものだけど、毎日コレを嗅がされていたら。

結構な効果が、あるんじゃないか?

リカルドに追従している近衛二人を窺う。
俺に凭れ掛かるリカルドを止めようとも代わりに支えようともしない。
瞳は濁り、指先がごく微かに震えていた。

(なんですぐに気付かなかったんだ……!)

内心で舌を打つ。
わかりやすい中毒症状でざっと見ただけでも既に初期を抜けている。
でもまだ間に合う。
今なら治療が出来る範囲だし、万が一と叩き込まれた治療薬の作り方は覚えている。

この場でリカルドを取り押さえるのも近衛二人を捕縛するのも簡単で、俺にその権限があることもわかっていた。

王太子配だからじゃない。
俺には治外法権が適用されるからだ。
この国においても俺を縛る法はクルシュのもののみ。

テオと結婚をする時に出した、クルシュ側からの唯一の条件だった。
アルストリアみたいな大国の、それも王太子に婿入りするのに条件だなんておかしな話だと思った。いくら何も出来ない王子だと言っても、傲慢なまでの特別扱いをすんなりと受け入れたアルストリアの思惑も理解出来なかった。
だから、この国の法に則った生活をしてきたけれど。

麻薬の類を見つけたら容赦なく身柄を拘束するのがクルシュの法律だ。
徹底的に洗い出して完膚なきまでに大元を叩く。
再起や、ましてや逃亡など絶対に出来ないように、王族には刑の即時執行も認められている。

(テオが手を出せなくても、俺ならすぐに助けられる)

リカルドが首謀者かはわからない。
だけどその瞳は濁っていない。

この匂いの中で中毒症状が全くないことから見て、香水と一緒に薬も手に入れて服用している可能性が高かった。
それに、追従させるほど仲の良い近衛騎士二人の異変に全く気付かないなんてこともあり得ないと思う。関わっていると、思う。

隣国の中枢の本当にごく一部の人間と直接取引が出来るような人間で、リカルドに近い存在。

(……シュトーレン侯爵……?)

近衛騎士団団長でリカルドの兄。
侯爵の母方の叔母が隣国の王族に嫁いでる。戦はあったけど離婚していないから叔母はまだ隣国にいるはず。
そのツテであの花を手に入れたのか?
でも一体何のために?

「……そんなに怖かったのか?」

声がおかしくならないように気を張りながら、胸元にいるリカルドの肩に片手を乗せる。

「殿下がこうしていてくだされば大丈夫です」

恍惚とした表情で見上げてくる目に俺に対する警戒心は全くなかった。
今ならリカルドから香水そのものを引っ張れるかもしれない。もしくは屋敷に招かせて、どうにか俺に気を取らせている内に幼馴染み達に決定的な証拠を探してもらって。

あの花は隣でも禁制だ。
だから隣国の王族が事態に気づく前に秘密裏に叔母を捕えてしまえば───。

(……できない……)

そこまで考えを巡らせた挙句、弱く唇を噛んだ。

モノがモノだ。
リカルドや侯爵だけの話じゃない。

そもそもリカルドに渡したのが侯爵だって決まったわけでも、出所が叔母と決まったわけでもない。
早とちりだった場合にあがる侯爵や侯爵と親しい貴族からの反発は相当なものになるだろうし、クルシュの法だからとゴリ押ししきれなければ泥を被るのは俺じゃない。俺を伴侶にしてくれたテオだ。

毎日のように会っている騎士達にすら避けられる男が、日頃から話術と人脈で戦っているような貴族達を黙らせられるわけなくて。
国内で揉めている間に隣国は流した痕跡をきれいに消してしまうだろう。

そうなったら元も子もない。
大元を叩けずにテオの立場を悪くしただけで終わる。だから俺みたいなのは中途半端に口を出さない方が良い。

(相談しなきゃ……)

頼りになる幼馴染み達なら。
テオならきっと、上手く解決出来る。

(でも)

だけどと思った。
十分な証拠を集めたり周りを固めたりするだけの時間、既に中期の症状を見せているあの二人はつんだろうか。
隊長であるリカルドを守る為に側にいるんだろう、近衛騎士達は。

護衛の一件からたまたま顔を合わせる以外は距離を置いていたことがアダになった。
表に出て来て王宮騎士と言い合う近衛に違和感を抱いた覚えはないけど、他の近衛達の様子がまるでわからない。

(テオなら)

テオならわかるかもしれないと思った。
イザームがついてくれるようになってからはテオも近衛を遠ざけているけれど、それまでは関わりがあった。

「何をしている」
「…っ、…」

浮かべていた人物の声に縋るように顔を上げた。
何故か座り込んでいた顔見知りの騎士達や、周りにいた野次馬達が慌てて立ち上がり頭を垂れる。

(テオ、俺、どうしたら)

歩いて来るテオは堂々としていて、伴侶が他の男を胸元に張り付かせているなんていう、こんなふざけた場面でも威厳を失わない。

「良い度胸だな、アースィム」

真っ直ぐに重なった視線に、グッと、拳を握った。

「あーあ」
「放っときゃイイのによ」
「甘すぎんのも考えもんだよなァ」
「それな」

幼馴染み達の呆れた様子はいつもと変わらない。
みっともなく動揺しているのは俺だけだ。

「殿下」

上着を掴んでますます引っ付き俺を見上げるリカルドの顔が、首が、とても近かった。

近付く足音は確実に怒っている。
非常事態の合図は決まっているからテオにそれを示して、すぐに作戦会議をするべきで。

そう思うのに思考が少し鈍かった。
耐性が全く無い匂いを嗅ぎすぎたのかもしれないし、一旦退いたら目の前にいる近衛達を二度と見なくなるっていう予感のせいかもしれなかった。

「いつまでそうしている気だ」
「このような体勢で失礼致します。王太子殿下にご挨拶を」
「不要だ」

大股で歩み寄って来たテオが不機嫌に手を伸ばす。

「っ、」

俺は咄嗟にリカルドを抱き込んだ。
少しでも遠ざけたかった。

「おいおい、待てよ大将」

数秒置いて上がった響きはディルガムのものだった。呆気にとられたように目を丸くしている。

行き先を見失ったテオの手が宙で固く握り締められる。
言葉なく睨んでくる視線に俺は口を噤み、場違いな歓喜は腕の中から。

「あぁ、アースィム様……!」

興奮したように頬を上気させるリカルドと反対に、視界の端に動かないままの近衛騎士を捉え、逸らす。

「どういうつもりだよ」
「ソイツのこと嫌がってたじゃねぇか」

しゃがみ込んでいた幼馴染み達が次々と立ち上がり、訝しげに聞いてきた。

テオにこんなものを嗅がせるわけにはいかない。イザーム達こそどういうつもりなんだ。こんなにおかしな匂いがしているのに、どうして何も。

そう思っても何も言えない。
この場での上手い言い訳も誤魔化し方もわからない。

(とにかく合図を……)

リカルドを離さないまま考えていたら、テオが、ほんの少しだけ傷ついた顔をした。





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