婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱

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羽化・4

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※後半テオ視点です。







「大将」
「うん」

先回りして隠れていたサジェドからペンと紙を受け取った俺は、素早く走り書く。
簡潔に、薬の材料と調合法を。

リカルドは頼んだ離婚申立書を取りに行っている。
ここはテオと俺専用の中庭で許可なく入れる人間はいない上、二人きりでゆっくりしたいとお願いした俺に、実にアッサリと近衛二人を帰したおかげで頼める人間がいなかったからだ。
まだナイショにしたいと重ねれば、鼻息荒くお任せくださいと走って行った。

俺から見ても単純過ぎるけどアレで隊長が務まるんだろうか。いや、務まっていないからあの状態の近衛二人を平然と連れ歩くのかと納得した。

隊長がこんなんだ。
事態が収まったら近衛騎士団は一度解体されるかもしれない。

「カーミルはすぐに調合の準備を。もっと重症な人を隠してる可能性があるから多めに。イザームを頭に三人は侯爵領とルーゼン伯の王都邸と領の制圧を。白くて花びらが大きくて尖ってる花があれば回収して。茎に黒い筋があるからわかりやすいと思う。薬の材料だ」

思った以上に上手く離れてくれたから、合図ではなく言葉でしっかりと伝えられるのは良かった。
手を動かしながら口を動かし、ついでだと簡単に花の絵も付け足しておく。

万が一にでもリカルド側の人間に見られたら困る。
だから他者の出入りが許されないこの庭を選んだし、やり取りは木に背中を預けながらだ。
サジェドは木の上から降りていない。

テオと二人で散歩した大好きな場所に連れて来るのは悩んだけど、サジェドとこうやってやり取り出来る他の場所が思いつかなかったんだから仕方ない。

今頃城中でウワサされてるんだろうか。
されているのなら、俺が血迷って浮気してテオを裏切ったみたいになっていればいい。

それを狙ってわざわざ見せつけるようにあんな言い合いをしたんだ。
リカルドが集めた人達を逆手に取ったカタチだ。

降ってわいたとんでもないスキャンダルは昨日までの俺達のイチャイチャなんか軽く吹き飛ばすに違いないし、あれだけハッキリと追い出すと言われた後だ。俺が王宮にいなくても誰も疑わない。だからテオもあの言い方をしてくれたんだと思ってる。

普段なら余計に警戒されるだろうけど今は麻薬があるから。
それに油断して、気を抜いてくれる分だけ俺達は動きやすくなる。

「大将は?」
「侯爵邸を制圧したらサウスレーデンに向かうよ。麻薬の根本を絶つ」
「うわ、出た、麻薬。それでこんないきなりなんか。らしくねぇと思ったわ」

サジェドが長いため息を吐く。
その言い方に、この聡い幼馴染みが気付いていなかったことに気が付いた。

リカルドとは少し離れていたからだろうか。
もしそうなら開戦の意味なんてわからなかっただろうに、こうやって話を聞きに来てくれるのは俺への甘さか信頼か。

(どっちもかな)

俺が間違えているだなんて思ってもいないのがヒシヒシと伝わってくる。
そういうのを素直な気持ちで受け止めてみると、こんな場面なのになんだか少しくすぐったかった。

単騎ソロ?」
「うん」

今度は沈黙。
何を言いたいかはなんとなくわかる。

嫌というほど経験して来た戦いの中、幼馴染み達が単独行動することはあっても俺はなかった。離れると言っても指笛が届く範囲だったのもある。
それが一気に隣の国だ。
いくら幼馴染み達でもすぐには駆け付けられない。俺だってサジェドや他の三人が一人で行くなんて言ったら心配になる。

「途中でバレたら終わる。騎士は動かせない。三箇所を一片に叩くのはサジェド達にしか出来ない。細かいのは後でいいから」
「そんなヤバいのか」
「依存性が高いし、相手は王族だよ」
「マジかよ……」

調合の手順を書き終えた俺は少しだけ迷った後、もう一枚の紙にペンを走らせた。

こうしている間にも、リカルドが離れてから頭の中で数えている秒数は進んでいく。
その足音と歩幅から出した計算通りならもうすぐ戻って来るからと、今一番に伝えたいことだけを記す。ペンを止めた手で木を軽く叩いた。

「今夜ぜろ時、イザームを侯爵邸に。サジェドもディルガムも到着次第制圧していいけど、外に悟られないようにして欲しいんだ。あと、そこから四日間はなんとか隠し通して欲しいって、テオに」
「了解」

使ったペンと、二枚の手紙。
見上げないままそれを上へ持ち上げればすぐに回収される。

「サジェド」

一番大切な事を言い忘れるところだった。
そこで初めて上を見上げた俺は、目を合わせてへらりと笑った。

「花は城の南門の脇に置いておく。六日目までに俺から返事がなければ、それ以上待たなくていい」
「……すぐ追いかける」

それに対しての返事はなく、二枚目は誰にと聞かないまま、低く押し殺した声を最後にサジェドの気配が離れて行った。
後頭部を幹に預けて、城へ続く外廊下をぼんやりと眺める。

(もう会いたくなってる)

アルストリアのものではない、クルシュに似た文字で書いた。
テオは幼馴染みの誰かに聞くだろう。
意味を知ったらもっと怒らせるかもしれない。

『Θα σ’ αγαπώ για πάντα.』

永遠の愛を、あなたに。

まるで最期の別れのような言葉だ。
いや、実際のところ、そうなるのかもしれないけど。

考えていることの全てを書き連ねるには圧倒的に時間が足りず、それならと真っ先に浮かんだ言葉はそれだった。
カッコつけすぎてて今更気恥ずかしくなってくる。どうして普通に愛してるって書かなかったんだ。

理由はわかってる。
大昔、死地へ向かうクルシュの戦士達はそんなような言葉を愛する者にのこしたと本で読んだせいだ。
頭を抱えたくなりながら、細く息を吐いた。

(また会いたいなら一人残らず抑え込まないと)

手袋の下に手早く巻いた、止血の布ごと握り締める。
右の手袋だけは持って来てくれた新しいものと変えた。何かの時に外すことになっても問題ないように。

気が付いたら握っていた拳。
ちょうどいいと更に握って香りを誤魔化していたせいもあって、中はなかなかにひどい惨状で。
サジェドは縫うんじゃないかと舌を打っていた。
慌ててテオには伝えないで欲しいってお願いはしたけど、心配性な幼馴染みがどうするかはわからない。

「お待たせ致しました」

書類を抱えたリカルドが戻って来たのは、サジェドが離れてからきっちり三十数えた後だった。

「全然待ってないよ。ありがとう」

恭しく渡された書類にざっと目を通す。申立書だからそこまでややこしくない。自分で正式な離婚届にサインが出来ない事情を書いて、夜に来たイザームに託すだけ。

「離縁までお考えだとは思いもよりませんでした。仲睦まじくされているとばかり……」
「いつもああだって言ったろ?」

しっかり書類を持って来た今になって戸惑ったような声を出し、すぐ側まで寄って来る。
途端、また鼻腔を擽る甘さに眉尻を下げた。コレがある限りどの道長期戦はムリだ。俺が中毒にでもなったら笑えない。

右手は布があるから握ってもムダで、左は利き手だからなるべく傷つけたくはない。
どうしようと悩む俺は、庭へ続く廊下の片隅にある、リカルドが連れて来た気配に微かに息を逃がす。

俺の様子を確認する為だと思う。
だから書類を片手に掴んだままその肩にぽすんと額を預ける。
リカルドの目的が俺にあるなら、こうして香りに夢中になる姿を見せれば見せるほどに油断させられるはずだ。

「……アースィム様……」

ごくりと息を呑む音。
瞼を伏せて、なるべく嗅がないように呼吸は最低限に。

(もう聞いたかな)

テオは、みんなは。
カーミルから近衛の状態を聞けば作戦会議も無しに動く理由を知るだろう。

治療薬には花が必要だ。
助けたいなら事態は一刻を争う。
あるかもわからない侯爵や伯爵の元に賭ける余裕はないし、下手につついて俺達が麻薬の存在に気付いたと悟られるわけにいかないから。

(ごめんな)

心の中でもう一度謝った。
考えていることをきちんと説明したとしてもテオは怒る。
本気で怒って俺を止める。
そんなことはわかってる。

今からでも近衛を諦めてしまえばずっと簡単で危険は減る。
ガッチリ証拠を押さえてから騎士団を動かして侯爵達を制圧し、それと同時に俺と幼馴染み達で隣国を片付ければいい。それこそ、主国の王太子であるテオが一緒なら危険なんて皆無だと言える。こんな浮気みたいな真似をする必要もなくなる。
王太子配ならそうするべきで、こんなのはただの自己満足だ。

(でも、テオにそんな決断をさせたくないから)

彼らだってテオの大切な民だから。
見捨てなくていい道があって切り拓けるのが俺だけなら、逃げずにやろうと決めた。

テオはどうしたって動けない。
大きく王宮騎士団を動かすわけにもいかない。
幸いなのは本格的に暑くなる前で、門の定期点検が近いこと。

テオは明日にでも王都と国境の門を閉じるだろう。
クルシュの俺達に門の開閉なんて関係ないけど、逃げ出そうとする人間を足留めし、外部との連絡を断つには十分。
それにその為なら騎士を通常通り配置出来る。いや、テオなら新しい団員の訓練も兼ねてとかなんとか理由を付けてシレっと増員するかもしれない。

そうやって頭の中を整理しながら、未だに残る迷いを丁寧に断ち切っていく。
そうでもしないとまた逃げたくなる。

大それたことをしようとしている自分。
無謀な賭け。
失敗したその後。
成功しても、サウスレーデンの王族を納得させられなかった時。

全部が怖い。
中でも一番怖いのは、傷つけたまま二度と会えなくなるかもしれないこと。

花に関わりの無い王族が俺の所業を受け入れなければ良くて幽閉。
普通なら言い訳も許されずに首を落とされる。
王族を───それも隣国が属国となった一端でもある俺が彼らを相手取るというのは、そういうことだ。

もちろんアルストリアやクルシュを改めて敵に回したくはないだろうから、他国の援護を受けられるまでは牢に繋がれるだけだろうけど。
間違いなくマトモな扱いはされないと思う。

「アースィム様」
「………」

恍惚と呼びながら背中を這う手に吐き気が込み上げた。
気持ち悪い。
でも、動かずに耐える。

幼馴染み達がジャレて飛びついて来たりすることはあったし、アルストリアの女達はやたらと触ってくる。
だけど抱き締められることなんてなかったから、テオと抱き合う心地良さ以外に知らなかった。

「本当に、なんてお労しいのでしょう。王太子殿下が貴方にあのような仕打ちをなさっていただなんて信じられません」

たったあれだけのやり取りで一体何をどう曲解しているのかと、ほんの僅かに眉根が寄る。

「貴方は国を救った英雄です。平和の象徴です。離縁が済んだら王太子殿下のなさりようを告発すべきです」

興奮し捲し立て始めた男に殊更ゆっくりと顔を上げた。

(……告発?テオを?)

麻薬なんてものを持ち出しておいて平和だなんて笑わせる。
何より、誰よりも身を粉にして国に尽くしている王太子相手によくもそんな言葉が出てくるものだ。

そんな風に腹の内側から込み上げてくるものは、怒り、なんだろうか。
人より劣る俺が誰かに腹を立てるなんて出来るわけなくて、だから今まで少しばかりイラッとすることはあっても本気で怒ったことなんてなくて。

「それにしてもあっさりと貴方を突き放された事といい、あの口振りといい本当に冷たい方ですね。表情も変えずに戦場を見て回っていたと聞きましたし、人の心など持ち合わせていないに違いない」

「───」

人の心を砕く代物しろものを使うおまえがセオドアを語るなと。

一切の思考が飛んだ。















(何から庇った?)

アースィムから離れて執務室へ向かう間、頭を締めるのは激しい憤りだった。
過ぎる者達の恐れや青褪めた顔は顧みず、考えれば考える程に苛立つ思考に大股で足を運んでいく。

(アースィムをあれ程動揺させる物は何だ?)

辿り着いた先の扉を乱雑に開き、上着を脱ぎ捨てた。
執務室にいたのはルーカスと文官のサイラスの二人だけ。
私を見るなり慌ただしく顔を上げ、放った上着を拾って後ろを着いてくる一人分の細かい足音。

「セオドア兄様、落ち着いてください」
「黙れ」

ルーカスだ。
もうここまで届いたのかと舌を打つ。
何年も聞いていなかった兄様呼びをする辺りにその困惑が簡単に読み取れて、おまえが落ち着けと更に苛立った。

「一体何をしたのかは知りませんが、今すぐ戻って謝ればアースィム様もきっと許してくれます」
「サイラス、これを摘み出せ」

普段はそれなりだが、色恋沙汰になると全く使えない従弟いとこの騒がしさに思考が邪魔される。
話を聞いただけならばアースィムに原因があると受け止めるだろうに、この従弟は何をもって私に謝れなどと言ってのけるのか。

サイラスは戸惑い私とルーカスを交互に眺めるばかりで動こうとしない。
文官にしてはご大層な体格は一体何の為だ。こういう喧しいだけの人間を摘み出す為だろうが。

「兄様!アースィム様がリカルド・シュトーレンなんかに誑かされても良いんですか!?」
「アースィムを誑かせるのはこの私だけだ。ごちゃごちゃとわめかず黙っていろ」
「え、自信家……」
「自信の無い王太子など何の役にも立たん」

何を言っているんだと一笑にした後、執務机に軽く寄り掛かる。
呆気に取られた顔で離れたルーカスに、止まっていた思考を再開した。

まず、近衛騎士団の隊長リカルド・シュトーレンと揉めているようだと聞きつけ足を運んでみれば、件の男を胸元に張り付かせているアースィムの姿があった。
かと苛立ち、回収すべく足を踏み出す。

そこまでは良い。
それだけならば多少の厭味を放ち回収した後にくどくどと言い聞かせるだけで済み、何の問題も無かった。

だがアースィムの様子は明らかにおかしかった。
雨の中、宿る場所を失った者のように頼りなく惑う目に眉根が寄った。
張り付かれ困りきり、救いを求めるいつもの顔ではない。

この男がおまえにそんな顔をさせているのか。

そう苛立った私が手を伸ばした瞬間にこそアースィムは大きく瞳を揺らした。
そして迷わず男を引き離した。

私からあの男を庇ったのではない。
あの男から私を守ったのだ。

それが分からぬほど愚鈍なつもりは毛頭なく、日頃から返す言葉に窮するほどに素直なアースィムへの猜疑などは微塵もなく。
守られたと悟った時、堪らなく不快になった。

(ふざけた事を)

瞳の揺れ、繕った声。
いつもならば相手の心境などまるで無頓着に触れる手が、過ぎるほどに丁寧に動く。

リカルド・シュトーレンを敵と宣言しながら向ける瞳は意識して柔らかく、探る為に重ねた問いはことごとく|煽られた。

よく知らない者からすれば気付かないような細やかな変化だったかもしれない。あの男を気に入ったように見えたかもしれない。
だが、伊達に伴侶を名乗っている訳ではない。
過保護な幼馴染み達があの男をアースィムから引き離し制圧しようと勇んでいたくらいには、ごく身近にいる者には分かりやすい。

その反面、与えられた情報は余りにも少なかった。
眼前にした敵への漏洩を防ぐ為ならば仕方がない部分もあると、それ自体には納得が出来る。

結婚当初、非常事態の合図だからとアレコレと教えてきたくらいだ。
私がわからなくとも幼馴染み達ならば何かしらの情報を得ている可能性も高い。
であれば私は、四人を待ち見解を擦り合わせてから改めて考えを巡らせれば良いのだが、ああも露骨に危ないから近付くなと訴えられては腹が立つ。

(私はそれほど頼りないか)

ぎり、と、噛み締めた奥歯が鳴った。
明らかに私を煽るアースィムの目的がリカルド・シュトーレンの屋敷にあるならばと突き放してはみたが、果たしてその判断は正しかったのか、否か。

今に至り、そんな迷いが生まれた。

(迷うな。考えろ)

アースィムは何をしようとしている。
奴の癖、行動理念。
考えろ。
思考を止めるな。

(何がある?あの男には何が)

私から離した理由は?
触った程度で危険があるのなら私が辿り着く前には捕縛している筈。

剣帯に剣はあったが使い手がアレではあんなものはただの飾りだ。新米騎士の方がまだ上手く扱える。
それがわからないアースィムではないから、剣を抜く事を危惧した訳でもないだろう。

(何と言っていた?思い出せ)

言葉、動き。
泣きそうな顔。

(何を焦っていたんだ)

あんな情けない顔をしてまで、一体何を。

アースィムはホッとすると言った。
それから、あの忌々しい男の髪に顔を寄せ匂いを嗅いだ。

私が知る限り、アースィムが好んで鼻先を寄せるのは私にだけだ。あれだけベタベタしている幼馴染みどもにもしない。
それを大した交流もないあんな小物にわざわざして見せた理由は何だ?

「匂い───……香りか?」

己の言葉に息を呑む。
例えば香水に何かしらを混ぜ込んでいて、それが危険なものだと判断したのなら私から遠ざけたのにも合点がいく。
リカルド・シュトーレンの肩を抱いた後、アースィムは私達に背を向けた。

それは何故だ?
私に対する気まずさから?
馬鹿を言え。
あのアースィムにそんな感覚があるものか。それがあるならあれほど無自覚にはならない。
では理由は?

「……風、」

小さく呟く。
あの時の風向き。
私と幼馴染み達の方からアースィムへと流れていた。

「王太子」

背後から見知った声に呼ばれ顔を向ける。
窓を蹴り上げ、簀巻きにした男二人を両肩に担いで入って来たのはイザームだった。
口に布を噛ませたそれらを床に転がし、すかさず駆け寄ろうとしたルーカスを目で制した男の表情は、硬い。

転がされ弱々しくうめく二人には見覚えがあった。
あの男が連れていた近衛騎士だ。

「誰にもバレねぇように医者を呼べ。薬物専門とかいりゃ、ソレだ」
「状態は」
「俺は詳しくねぇけどカーミルが多少わかる」

窓を閉める際に注意深く辺りを窺う背中に理解した。
リカルド・シュトーレンは一言で表すと無能な男だ。百歩譲っても無能だ。家の爵位を笠に着る以外に能がない。
そんな男が近衛騎士団の隊長としてあるのは、ひとえに兄によるコネでしかなかった。

しかしそれが敵であると言うのならば背後に何者かがいることは明白。
あの小物には私に喧嘩を売る度胸などない。

では誰がアレを使うのか。
可能性としては兄である侯爵が一番高く、更に考えを巡らせれば近衛騎士が二名も薬物中毒ときた。
どこの国でも厳しい規制のある依存性の高い薬物は、我が国アルストリアでも当然に取り扱いに細心の注意を払っている。それをバラ撒いたとなれば国賊として処罰されても文句は言えない。侯爵家単独と捉えるには事が大き過ぎる。

「敵は複数か」
「大将が目を止めた男がいる。待ってろ」

窓の横、壁に背を預けたイザームがそろそろと近付いた仔栗鼠こりすの頭を撫でた。だが表情は変わらない。硬いままだ。

次に入って来たのはカーミルで、サジェドとディルガムの姿はない。
私の疑問を代弁したのはイザームだった。

「サジェドとディルガムは」
「サジェドは大将んとこ。ディルガムは近衛探りに行った。……やっぱ目が濁ってんな。他も見てぇから一旦外すぞ」
「わかった」

この男達は私に許可を仰がない。
淡々とも言えるやり取りに無駄はなく、日頃の馬鹿笑いはなりを潜めていた。

一人を簀巻きから解放しても抵抗する素振りは全くなく、イザームは途中で肩を押さえる手を離した。
どこか虚ろな近衛の手を取り、口を開かせて内部を確認し、カーミルは悔しげに舌を打つ。

「なんの中毒だ?クソ、わかんねぇ」

これ以上は無駄だと諦めたのだろう。
髪を掻き毟った後に近衛を簀巻きに戻した。

薬や毒の類はカーミルが担当しているのかと今更ながらに知る。
二年もあったというのにその辺りは何も知らされておらず、尋ねもしなかった。必要なら話すだろうとたかを括っていた。

「アースィムは毒や薬にも明るいのか?」
「そんじょそこらの学者はお呼びじゃねーよ」

苛立ちを露わにした返しに眉を顰めた時、また窓が開いた。示し合わせたように扉も開く。

「近衛の半分は目ぇ濁ってんぞ」

予想を遥かに上回るその報告と。

「どうすりゃいい?大将ほとんど死ぬ気だ」

聞きたくもなかった震えた声に。

「───話せ」

私を王太子たらしめている最も大きな部分である冷静さが砕け散った。
込み上げる激情を何と呼ぶかなど露程にも興味はないが。

「一から十まで全てだ。思い通りに事が運ぶなどというナメた考えを叩き潰すぞ」

目の前の男どもを奮起させるには、十二分に効果的なものだった。










※ ※ ※ 

作中に出て来る言葉はギリシア語で、正しい翻訳は『永遠に君を愛してる』となります。
雰囲気重視しています。ご了承下さい。

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