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第一章
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老婆の先導で通されたのは、いかにもな応接室だった。
24畳くらいの広さの部屋にガラス製のローテーブルと一目で柔らかいことが分かる革張りのソファー。
高そうな一枚板の机(黒檀?)と革張りの椅子。
壁に掛けられた湖畔が描かれた絵画。
手入れの行き届いた観葉植物と青空を切り取ったかのような大きな窓。
天井までと本が敷き詰められた本棚。
煌びやかさはないけれど、洗練された高級さが漂う空間だった。
レミー……さんはソファーにゆっくりと腰を下ろしながらローテーブルの上に置いてあった金色のベルを鳴らした。
「適当なところに掛けな……と言っても、アンタ立ってた方が楽ならそのままでも構わないよ。よっこらせ。ああ嫌だね。歳を取ると座るのも掛け声がなきゃできないなんて……」
(「あの、何で俺は呼ばれたんですか?」)
「なに、さっきも言ったとおりゆっくり話したかっただけさ。色々と聞かれたくない話もあるだろうしね」
チラリと出入り口ではない扉に目を向けたレミーさん。
すぐにドアのノック音が聞こえてきた。
「入りな」
「失礼します。レミー様、ご用件をお伺いします」
【自動地図】で人が来るのはわかってたけど、隣はどうやら秘書室みたいなものなんだろう。
夜空のような濃紺のローブを羽織った見目麗しい女性が恭しく入室してきた。
「飲みのもと茶請けを適当に。……アンタには桶に水、の方が良いかい?」
(「お構いなく」)
「ふんっ。本当に人間みたいなやつだね。長話になるんだから受け取っておきな。桶に水で良いね。ファイノメナ、アタシにはいつもので頼むよ」
「かしこまりました」
入ってきた時と同様に恭しく退室していったファイノメナさんを草食動物特有の視野の広さで視線を動かさずに追っていると、レミーさんが面白そうに笑った。
「アンタもオスだね。やっぱり目の前のシワクチャ婆さんよりも若い女の方が良いかい?」
(「そんなつもりは……」)
「ファイノメナは美人だろう? ハーフエルフだが知識も魔力もそこらのエルフに負けない、優秀なアタシの右腕さ」
(「優秀な部下の自慢ですか?」)
「そうさ。年寄りの無駄話に付き合うのも若者の務めだろう?」
(「はぁ……」)
異世界でもお年寄りの言うことはあんまり変わらないらしい。
近所に住んでいた説教好きで世話好きな爺さんを思い出して、緊張で強張張っていた身体の力を少しだけ緩めた。
「その調子でスッパリ警戒心は解いちまいな。睨まれっぱなしじゃアタシも気が気じゃないからね」
こっちの状況がダダ漏れな、百戦錬磨の余裕を醸し出すレミーさんに俺は白旗を上げた。
敵対してるわけじゃないが、もしも敵に回ったとしたら万に一つも勝てないだろう。
今のところは殺されることはないと本能でわかってしまう。理解させられるだけの実力差がある。
(「了解。俺も疲れるだけだからな。んで、レミーさんは何者だ?」)
「良い切り替えの速さだ。アタシはレミー・オスマイト。この総合組合の組合長なんてもんをやってる。ちょっと知識量があって経験豊富なだけの老婆さ」
(「なるほど、組合長さんだったのか。知識量と経験値に関してはあなたの言った言葉を素直に聞くことにしますよ」)
「はっはっは! 良いねぇ、アンタ。最高に面白い魔物だよ!」
組合長という肩書きがしっくりくる豪快な笑い声だった。
ひとしきり笑ったレミーさんが落ち着いた頃、控えめなノックが聞こえてきた。
「レミー様、飲み物をお持ちしました」
「入りな」
「失礼します」
片手にティーセットと菓子類の乗ったトレイ、片手に水の入った木桶を持ったファイノメナさんが入ってきた。
城の給仕係と比べても遜色ない手際の良さで、持ってきたものをセッティングする彼女を見ていたらレミーさんが唐突に言った。
「ファイノメナはこう見えてもアタシと同い年だよ」
(「……は?」)
「エルフよりは短命だが、人間と比べれば十分な寿命を持つハーフエルフとは羨ましい限りだよ」
「レミー様、初対面の人にその話をして相手の反応を見て愉しむ趣味、いい加減辞めませんか?」
「良いじゃないか。これも年寄りの数少ない楽しみのひとつなんだよ」
「イタズラ好きは小さい頃から変わってないじゃないですか」
上司と部下っていう関係だけじゃなく、幼馴染だったのか。
さすが異世界。
見た目と年齢が一致しない種族と人間の対比……良いな!
久しぶりのラノベ要素に一人で内心ワクワクしていたが、そんなことを考えている場合じゃないとすぐに気持ちを切り替えた。
とにかく総合組合で身分登録をすれば【人化】を覚えた後も何かと便利になるはず。……人間になったら別に作った方が良いか。
不本意だが今の姿は意外と有名になったしな。
街を歩けば『王女様パーティのペガサス』、『王女様の愛馬』として注目を浴びてしまうのは、ここに来るまでに人の輪で囲まれたことから立証されている。
有名なのがこの国限定なら良いのだが、ゾディアカルト聖王国は大国であり、"聖"王国らしく魔物討伐に欠かせない聖女を多く輩出している。
特産品というものは無いが長年平和を守る役目を担ってきたという事実と伝統があり、宗教的にもこの世界の大多数が信仰しているスーズ教の総本山(城に併設されてるあの教会)があることでも有名で、観光客は絶えない。
つまり、他国にも俺の存在が認知されてる可能性はゼロじゃない。
ペガサスとして身分登録したあと、人間の姿でも身分登録するには権力が必要になる。
本当は主人公ムーブとかしたくないが、それもこれも、どこにいるかも分からないあいつらを探し出すためだ……。
そこまで考えた俺は、いつの間にか退室していたファイノメナさんの用意したお茶をゆっくりと飲みながら、ニヤニヤとした表情でこっちを見ていたレミーさんをまっすぐ見つめ返した。
「腹は決まったかい?」
(「ああ。どうやら隠し事は出来なさそうだし、色々と利点も鑑みて全てを話すことにした」)
「アタシの言った通り、長い話になるだろうね」
(「まあ、長いだろうな。それと他人には絶対口外しないという約束で頼む」)
「もちろんさ。誓約書を書いても良い」
真剣な顔つきになったレミーさんの返答を受けて、俺は元々人間であったことや別の世界から転生してきたこと、一緒に転生したはずの幼馴染と友人を探しに行きたいということを掻い摘んで話した。
「なるほどね。元人間の異世界転生者ってわけかい」
(「驚かないんだな」)
「驚いてるさ。ただ、この歳になると感情のコントロールが効くようになるだけだよ。それに転生っていう事象はこの世界でも往々にしてあるもんだからね」
(「そうなのか?」)
「勘違いや思い違いだとしても、転生の概念がある方がロマンチックだってアタシは思うがね。実際、前世の記憶を引き継いでるとしか思えないほど魔法や体術技能が優れてたり、突飛な発明品を作り上げるやつもたまに居るからね。全部が全部勘違いってわけじゃないだろう」
俺たち以外にも異世界から転生してきた人間はいるってことか?
転生してから約半年。
本当はこの世界に転生したのは俺だけで、他のみんなは別の世界に居て神様がそれを誤魔化すために一芝居うったのかと思ったこともあったが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
広い世界に、自分一人だけとは考えたくないからな……。
(「レミーさん。俺に、身分証を発行してください」)
「今更丁寧な物言いはするんじゃないよ。気色悪い。元々国王からの依頼でアンタに身分証は作るっていう話が出てたんだがね、今のでアタシも作ってやろうって腹が決まったよ」
(「ありがとうございます!」)
「嬉しいからって暴れんじゃないよ! たかが身分証くらいで! 下の連中が何事だと上がってきちまうだろう!」
レベリングが大事なことも生きる上での知識・情報が大事なことも分かっていたことだが、こうして目標に向かって大きな一歩を踏み出せたという実感に思わず立ち上がって翼をばたつかせてしまった。
人間の姿だったら飛び上がってガッツポーズしてただろう。
(「悪い。なんか、やっと進めた気がして……嬉しくて……」)
これで、他国や街道を普通に通行できるようになる。
身分がはっきりしない者を受け入れ拒否したり、問題を起こした時の保険として入国料や通行料を馬鹿みたいに取られたり、身元がはっきりしないというのは世界が変わっても不安要素でしかないのは共通だ。
だからこそ召喚獣や使い魔であっても組合登録は必要で、例え召喚術師や魔物使いの身分がはっきりしていても召喚獣や使い魔まで安全とは言い切れないということらしい。
それくらい総合組合で発行する身元保証書の信頼性は高いということだ。
「いいかい? アンタが問題を起こすということはゾディアカルト聖王国の国王様の信頼を貶め、国を貶め、総合組合ゾディアカルト支部の組合長であるアタシの信頼と名を貶めることだと肝に銘じな。もしも問題を起こしたらアタシが直々に引導を渡してやるから覚悟することだね」
睨みつける眼光は鋭く、俺が発する【威圧】とは格が違う。
脚が震えて立っているのもやっとなほどで、少しでも気を抜いたら膝を付いて屈服してしまいそうな威圧感。絶対的強者のそれだった。
殺気が混ざってないだけまだマシだと思うべきか。
主人公ムーブはしたくないが、人脈の大切さは知っているからこの人とは上手に付き合っていこう。
(「肝に銘じておくよ」)
「さて、戯れるのはそれくらいにしてさっさとアンタの身分証でも作ろうかね」
そう言ってレミーさんは机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「本来、魔物単体が総合組合長に登録しに来ることは無いからね。代筆はアタシがするから名前……アンタ、名前は?」
(「名前? 結城 天馬」)
「ユーキ・テンマ? それは転生前の名前かい?」
(「やっぱりこっちの世界だと変なのか?」)
「聞きなれない音の配列だね。魔物に苗字があるのも変な感じってだけだが……今以上に注目を浴びたくないなら無難な名前にすることをお勧めしとくよ」
やっぱり海外の名前っぽいこの世界だと日本名は違和感があるんだな。
(「違和感のない名前か……」)
母さんの旧姓……は小林だし、今の母さんの苗字は……早乙女だからもっと違和感あるだろうな。
「アンタは姫様の愛馬だから、名前が欲しけりゃ教会から天啓って形で貰う手もある。アタシはそれでも良いと思うんだが、ゾディアカルト城敷地内に行くにも他の教会に行くにも、結局二度手間になる。思うにそんな面倒なのは望んでないんだろう?」
選ばれた人間(貴族や聖職者)なら教会に行けば名前と真名を授かることができる。
スピカで言うなら、スピカ=メルクリアース・セイ・ゾディアックの"メルクリアース"が真名にあたる。
スピカという名前も教会で教皇様から頂いたらしい。
さすがお姫様という待遇だ。
ただ、レミーさんが言うような簡単に授けられるものじゃないだろうし、なによりスピカの愛馬になった記憶も事実もない。
教会に行ったからといって「スピカの愛馬です。名前下さい」とは絶対言えない。
俺が悩んでいると、レミーさんはため息を一つ吐いて本棚から一冊の本を取り出してローテーブルの上にそっと置いた。
クリーム色の立派な装丁で六法全書くらい厚みがある本には、総合組合員一覧-第8版-と書いてあり、俺の方にチラリと視線を寄越したあと静かに自分の席へと戻って行った。
(「……えっと、これは?」)
「見りゃ分かるだろう。その中から適当に選びな」
そんな適当な……。
そう思っていたのが雰囲気で分かったのか、レミーさんはニヒルな笑みを浮かべて宣った。
「これも神と星のお導きってやつさ」
適当に選んだものでも、その選択には運命が働いているという。
海千山千の遣り手にしか見えないレミーさんだが、どうやら占いや迷信を信じるタイプらしく、意外と乙女な部分もあるんだなと内心微笑ましく思っていると、急かすように机を指でトントン鳴らしてきた。
読心術でも持ってるのか?
決めなくてはいけないことから思考が脱線してるのは事実だから、早々に軌道修正して俺のペガサスとしての名前を決めるため、分厚い本に前脚をかけて器用にページを開いた。
24畳くらいの広さの部屋にガラス製のローテーブルと一目で柔らかいことが分かる革張りのソファー。
高そうな一枚板の机(黒檀?)と革張りの椅子。
壁に掛けられた湖畔が描かれた絵画。
手入れの行き届いた観葉植物と青空を切り取ったかのような大きな窓。
天井までと本が敷き詰められた本棚。
煌びやかさはないけれど、洗練された高級さが漂う空間だった。
レミー……さんはソファーにゆっくりと腰を下ろしながらローテーブルの上に置いてあった金色のベルを鳴らした。
「適当なところに掛けな……と言っても、アンタ立ってた方が楽ならそのままでも構わないよ。よっこらせ。ああ嫌だね。歳を取ると座るのも掛け声がなきゃできないなんて……」
(「あの、何で俺は呼ばれたんですか?」)
「なに、さっきも言ったとおりゆっくり話したかっただけさ。色々と聞かれたくない話もあるだろうしね」
チラリと出入り口ではない扉に目を向けたレミーさん。
すぐにドアのノック音が聞こえてきた。
「入りな」
「失礼します。レミー様、ご用件をお伺いします」
【自動地図】で人が来るのはわかってたけど、隣はどうやら秘書室みたいなものなんだろう。
夜空のような濃紺のローブを羽織った見目麗しい女性が恭しく入室してきた。
「飲みのもと茶請けを適当に。……アンタには桶に水、の方が良いかい?」
(「お構いなく」)
「ふんっ。本当に人間みたいなやつだね。長話になるんだから受け取っておきな。桶に水で良いね。ファイノメナ、アタシにはいつもので頼むよ」
「かしこまりました」
入ってきた時と同様に恭しく退室していったファイノメナさんを草食動物特有の視野の広さで視線を動かさずに追っていると、レミーさんが面白そうに笑った。
「アンタもオスだね。やっぱり目の前のシワクチャ婆さんよりも若い女の方が良いかい?」
(「そんなつもりは……」)
「ファイノメナは美人だろう? ハーフエルフだが知識も魔力もそこらのエルフに負けない、優秀なアタシの右腕さ」
(「優秀な部下の自慢ですか?」)
「そうさ。年寄りの無駄話に付き合うのも若者の務めだろう?」
(「はぁ……」)
異世界でもお年寄りの言うことはあんまり変わらないらしい。
近所に住んでいた説教好きで世話好きな爺さんを思い出して、緊張で強張張っていた身体の力を少しだけ緩めた。
「その調子でスッパリ警戒心は解いちまいな。睨まれっぱなしじゃアタシも気が気じゃないからね」
こっちの状況がダダ漏れな、百戦錬磨の余裕を醸し出すレミーさんに俺は白旗を上げた。
敵対してるわけじゃないが、もしも敵に回ったとしたら万に一つも勝てないだろう。
今のところは殺されることはないと本能でわかってしまう。理解させられるだけの実力差がある。
(「了解。俺も疲れるだけだからな。んで、レミーさんは何者だ?」)
「良い切り替えの速さだ。アタシはレミー・オスマイト。この総合組合の組合長なんてもんをやってる。ちょっと知識量があって経験豊富なだけの老婆さ」
(「なるほど、組合長さんだったのか。知識量と経験値に関してはあなたの言った言葉を素直に聞くことにしますよ」)
「はっはっは! 良いねぇ、アンタ。最高に面白い魔物だよ!」
組合長という肩書きがしっくりくる豪快な笑い声だった。
ひとしきり笑ったレミーさんが落ち着いた頃、控えめなノックが聞こえてきた。
「レミー様、飲み物をお持ちしました」
「入りな」
「失礼します」
片手にティーセットと菓子類の乗ったトレイ、片手に水の入った木桶を持ったファイノメナさんが入ってきた。
城の給仕係と比べても遜色ない手際の良さで、持ってきたものをセッティングする彼女を見ていたらレミーさんが唐突に言った。
「ファイノメナはこう見えてもアタシと同い年だよ」
(「……は?」)
「エルフよりは短命だが、人間と比べれば十分な寿命を持つハーフエルフとは羨ましい限りだよ」
「レミー様、初対面の人にその話をして相手の反応を見て愉しむ趣味、いい加減辞めませんか?」
「良いじゃないか。これも年寄りの数少ない楽しみのひとつなんだよ」
「イタズラ好きは小さい頃から変わってないじゃないですか」
上司と部下っていう関係だけじゃなく、幼馴染だったのか。
さすが異世界。
見た目と年齢が一致しない種族と人間の対比……良いな!
久しぶりのラノベ要素に一人で内心ワクワクしていたが、そんなことを考えている場合じゃないとすぐに気持ちを切り替えた。
とにかく総合組合で身分登録をすれば【人化】を覚えた後も何かと便利になるはず。……人間になったら別に作った方が良いか。
不本意だが今の姿は意外と有名になったしな。
街を歩けば『王女様パーティのペガサス』、『王女様の愛馬』として注目を浴びてしまうのは、ここに来るまでに人の輪で囲まれたことから立証されている。
有名なのがこの国限定なら良いのだが、ゾディアカルト聖王国は大国であり、"聖"王国らしく魔物討伐に欠かせない聖女を多く輩出している。
特産品というものは無いが長年平和を守る役目を担ってきたという事実と伝統があり、宗教的にもこの世界の大多数が信仰しているスーズ教の総本山(城に併設されてるあの教会)があることでも有名で、観光客は絶えない。
つまり、他国にも俺の存在が認知されてる可能性はゼロじゃない。
ペガサスとして身分登録したあと、人間の姿でも身分登録するには権力が必要になる。
本当は主人公ムーブとかしたくないが、それもこれも、どこにいるかも分からないあいつらを探し出すためだ……。
そこまで考えた俺は、いつの間にか退室していたファイノメナさんの用意したお茶をゆっくりと飲みながら、ニヤニヤとした表情でこっちを見ていたレミーさんをまっすぐ見つめ返した。
「腹は決まったかい?」
(「ああ。どうやら隠し事は出来なさそうだし、色々と利点も鑑みて全てを話すことにした」)
「アタシの言った通り、長い話になるだろうね」
(「まあ、長いだろうな。それと他人には絶対口外しないという約束で頼む」)
「もちろんさ。誓約書を書いても良い」
真剣な顔つきになったレミーさんの返答を受けて、俺は元々人間であったことや別の世界から転生してきたこと、一緒に転生したはずの幼馴染と友人を探しに行きたいということを掻い摘んで話した。
「なるほどね。元人間の異世界転生者ってわけかい」
(「驚かないんだな」)
「驚いてるさ。ただ、この歳になると感情のコントロールが効くようになるだけだよ。それに転生っていう事象はこの世界でも往々にしてあるもんだからね」
(「そうなのか?」)
「勘違いや思い違いだとしても、転生の概念がある方がロマンチックだってアタシは思うがね。実際、前世の記憶を引き継いでるとしか思えないほど魔法や体術技能が優れてたり、突飛な発明品を作り上げるやつもたまに居るからね。全部が全部勘違いってわけじゃないだろう」
俺たち以外にも異世界から転生してきた人間はいるってことか?
転生してから約半年。
本当はこの世界に転生したのは俺だけで、他のみんなは別の世界に居て神様がそれを誤魔化すために一芝居うったのかと思ったこともあったが、どうやら杞憂に終わりそうだ。
広い世界に、自分一人だけとは考えたくないからな……。
(「レミーさん。俺に、身分証を発行してください」)
「今更丁寧な物言いはするんじゃないよ。気色悪い。元々国王からの依頼でアンタに身分証は作るっていう話が出てたんだがね、今のでアタシも作ってやろうって腹が決まったよ」
(「ありがとうございます!」)
「嬉しいからって暴れんじゃないよ! たかが身分証くらいで! 下の連中が何事だと上がってきちまうだろう!」
レベリングが大事なことも生きる上での知識・情報が大事なことも分かっていたことだが、こうして目標に向かって大きな一歩を踏み出せたという実感に思わず立ち上がって翼をばたつかせてしまった。
人間の姿だったら飛び上がってガッツポーズしてただろう。
(「悪い。なんか、やっと進めた気がして……嬉しくて……」)
これで、他国や街道を普通に通行できるようになる。
身分がはっきりしない者を受け入れ拒否したり、問題を起こした時の保険として入国料や通行料を馬鹿みたいに取られたり、身元がはっきりしないというのは世界が変わっても不安要素でしかないのは共通だ。
だからこそ召喚獣や使い魔であっても組合登録は必要で、例え召喚術師や魔物使いの身分がはっきりしていても召喚獣や使い魔まで安全とは言い切れないということらしい。
それくらい総合組合で発行する身元保証書の信頼性は高いということだ。
「いいかい? アンタが問題を起こすということはゾディアカルト聖王国の国王様の信頼を貶め、国を貶め、総合組合ゾディアカルト支部の組合長であるアタシの信頼と名を貶めることだと肝に銘じな。もしも問題を起こしたらアタシが直々に引導を渡してやるから覚悟することだね」
睨みつける眼光は鋭く、俺が発する【威圧】とは格が違う。
脚が震えて立っているのもやっとなほどで、少しでも気を抜いたら膝を付いて屈服してしまいそうな威圧感。絶対的強者のそれだった。
殺気が混ざってないだけまだマシだと思うべきか。
主人公ムーブはしたくないが、人脈の大切さは知っているからこの人とは上手に付き合っていこう。
(「肝に銘じておくよ」)
「さて、戯れるのはそれくらいにしてさっさとアンタの身分証でも作ろうかね」
そう言ってレミーさんは机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「本来、魔物単体が総合組合長に登録しに来ることは無いからね。代筆はアタシがするから名前……アンタ、名前は?」
(「名前? 結城 天馬」)
「ユーキ・テンマ? それは転生前の名前かい?」
(「やっぱりこっちの世界だと変なのか?」)
「聞きなれない音の配列だね。魔物に苗字があるのも変な感じってだけだが……今以上に注目を浴びたくないなら無難な名前にすることをお勧めしとくよ」
やっぱり海外の名前っぽいこの世界だと日本名は違和感があるんだな。
(「違和感のない名前か……」)
母さんの旧姓……は小林だし、今の母さんの苗字は……早乙女だからもっと違和感あるだろうな。
「アンタは姫様の愛馬だから、名前が欲しけりゃ教会から天啓って形で貰う手もある。アタシはそれでも良いと思うんだが、ゾディアカルト城敷地内に行くにも他の教会に行くにも、結局二度手間になる。思うにそんな面倒なのは望んでないんだろう?」
選ばれた人間(貴族や聖職者)なら教会に行けば名前と真名を授かることができる。
スピカで言うなら、スピカ=メルクリアース・セイ・ゾディアックの"メルクリアース"が真名にあたる。
スピカという名前も教会で教皇様から頂いたらしい。
さすがお姫様という待遇だ。
ただ、レミーさんが言うような簡単に授けられるものじゃないだろうし、なによりスピカの愛馬になった記憶も事実もない。
教会に行ったからといって「スピカの愛馬です。名前下さい」とは絶対言えない。
俺が悩んでいると、レミーさんはため息を一つ吐いて本棚から一冊の本を取り出してローテーブルの上にそっと置いた。
クリーム色の立派な装丁で六法全書くらい厚みがある本には、総合組合員一覧-第8版-と書いてあり、俺の方にチラリと視線を寄越したあと静かに自分の席へと戻って行った。
(「……えっと、これは?」)
「見りゃ分かるだろう。その中から適当に選びな」
そんな適当な……。
そう思っていたのが雰囲気で分かったのか、レミーさんはニヒルな笑みを浮かべて宣った。
「これも神と星のお導きってやつさ」
適当に選んだものでも、その選択には運命が働いているという。
海千山千の遣り手にしか見えないレミーさんだが、どうやら占いや迷信を信じるタイプらしく、意外と乙女な部分もあるんだなと内心微笑ましく思っていると、急かすように机を指でトントン鳴らしてきた。
読心術でも持ってるのか?
決めなくてはいけないことから思考が脱線してるのは事実だから、早々に軌道修正して俺のペガサスとしての名前を決めるため、分厚い本に前脚をかけて器用にページを開いた。
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