海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第七章 栄耀栄華

第八十四矢 説得

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「北条と盟を結ぶ!?」

いつものように評議を行っていた最中、重臣たちから驚きの声が上がる。
それもそのはず。
河東の地を巡り争って以来、今川と北条の間では戦には発展しないものの緊張状態が続いていたのだ。
重臣たちは一斉に発言者である崇孚に視線を送る。崇孚は再び主張を繰り返した。

「我ら今川の当面の目標は尾張制圧。なれば、北条とは盟を結び、後方の憂いをなくすべきかと思いまする。」

俺は唐突な崇孚の提案に少し思案したが、うんと一回うなずいてから言った。

「名案だね。結ぼうよ、北条さんと同盟。」

俺はさっそく崇孚に指示を出した。

「ということで、使者として晴信君にお願いしてきてくれる?」
「はっ、承りました。」

そこで、俺にある考えがひらめいた。

「そうだ。たぶん長い付き合いになることだし、この機会に当主同士で会談とかしない?」

俺の言葉を聞いた途端、重臣たちはざわめいた。
というのも、当主同士の会談など当時ではあり得ないことだったのだ。

「なるほど、それは面白き案ですな。」

そんな中で崇孚は俺の案に賛成し、使者として躑躅ヶ崎館へと向かった。

武田家本拠地・躑躅ヶ崎館― 

武田晴信は大広間に入り今川の使者の顔を見た途端、少々驚いた。

「おぬしは…いつぞやの僧ではないか。」
「はっ、お久しぶりにございます。」

そう簡単に挨拶を交わして晴信がドスッと座ると、崇孚はさっそく今回の経緯を説明した。

「ふぬ、つまり貴殿らは我らに仲介をせよと言っておるのだな。」

晴信がギラリと鋭い視線を崇孚に向ける。
それに動じることなく、崇孚は言い放った。

「はい。此度の件は武田様にとっても利となりましょう。」

両者の間に沈黙が流れたのち、晴信は口を開いた。

「よかろう。我らが北条との間を取り持とう。…それにしても、当主同士で会談とは義元殿も面白きことをおっしゃる。」
「拙僧もそう思いまする。」

大広間から崇孚が退出した後、晴信はポツリとつぶやいた。

「あの僧がいる限り、今川が崩れることはないな…」

このやり取りの後、武田の仲介によって、北条氏康は崇孚との対面に応じた。

北条家本拠地・小田原城―

「此度のこと、晴信殿から全て聞いておる。」
「それは話が早うございまする。」

氏康は澄ました表情を一切変えず、単刀直入に言い放った。

「北条は今一度今川と盟を結ぼう。」

崇孚は落ち着き払った声で聞いた。

「それは真にございますか。」
「両家が対立したところで何も利益は生まれぬ。婚姻を結び、より深い縁を築こうではないか。」

そう、関東支配を目論む北条としても後方の脅威である今川とは盟を結びたかったのだ。
お互いの利害が一致した両者の同盟締結は意外にも円滑に進んだのである。
また氏康は会談のことについても触れた。

「会談のことだが、晴信殿や義元殿がどのような方か、ぜひとも膝を突き合わせ話し合いたい。」

こうして、両者の間で氏康の娘・はや姫と氏真の縁談が成立した。
また同時期に武田と北条も、元々進めていた晴信の娘・うめ姫と北条氏康の嫡男・松千代丸|《まつちよまる》との縁談が成立した。

そんな中、武田に嫁いだ蓮嶺姫からの文が届いた。

(蓮嶺、元気にしてるかなあ?)

そう思いながらも、俺はイソイソと文を読み始める。
文には以下のことが書いてあった。

父上、息災でございましょうか。
蓮は息災です。
まだ駿府が恋しく感じますが、ようやくこちらの生活にも慣れて参りました。

我が夫の義信様はたくましいお方にございます。
この間など私に武芸の稽古を見せてくださったのですが、稽古相手を次々に倒していました。
兄上では敵いそうにありません。
また義信様はとても優しく、時より見せる笑顔がとても可愛らしいのです。

…父上も暇がありましたら、是非ともこちらへ遊びにいらしてくださいね。

と、文の八割方が夫の義信のことで埋め尽くされていた。

「今度、暇があったら甲斐に行って義信君に会ってみたいな…」

俺は文を読み終え、どこか寂しさを覚えながらも甲斐国へ思いを馳せた。

今川、武田、北条。
深い因縁のある三勢力の当主が直接対面する日がいよいよ迫ってきていた。
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