海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

文字の大きさ
51 / 107
第五章 今川と織田

第四十七矢 舟の行く末

しおりを挟む
松平竹千代の護送日、岡崎城では松平広忠が自分の息子を見送っていた。

「竹千代、達者でな。」

広忠は淡々としていたが、息子に対して何もしてやれない自分のやるせなさからか少し腕が震えていた。
竹千代はそれを見た上で、

「はい、行って参ります。」

と、泣きたいのを我慢してニコリとした。
この日、竹千代の護送を請け負ったのは、三河国に深い縁がある戸田康光やすみつであった。
戸田家は代々三河国の渥美あつみ半島にある田原たはら城の城主を務めており、かつては渥美半島一帯を支配していた。
しかし、東の今川や西の松平の力には勝てず、現在では今川に服従していたのだった。
また松平とは婚姻関係を結んでおり、康光の娘を広忠の妻として再婚させた。
広忠は康光に頼んだ。

「義父上、竹千代をよろしくお願いいたす。」
「わかっておる。心配せずとも我が主は優しき方じゃ。悪いようにはなるまいて。」

康光はニコリと竹千代に微笑みかける。

「ささ、では駿府へ行くとするかの。」

竹千代の康光一行は岡崎城を出発した。岡崎城から歩いてしばらくして、渥美半島に差しかかった。そして渥美半島の浜辺まで行くと、あらかじめ舟が数隻用意されてあった。その一つに康光と竹千代は乗り、舟は海へと漕ぎ出した。

(この向こうに駿府が…)

竹千代は不安げに遙か彼方の水平線の向こうを見ていた。
舟はゆったりと進んでいた。

舟が浜辺に到着して、康光一行はさらに歩く。
そうして、ようやく康光一行は城にたどり着いた。

城内に入り、大広間で竹千代と康光の二人で待っているとひげを生やしてギラついた目をしている男が竹千代の前に現れた。

(この方が義元殿…?)

竹千代が少し疑念を持っていると、先ほどの好々爺ぶりが一転して冷たい眼差しを向けて康光がたしなめる。

「頭を下げよ。この方こそ織田信秀様にあられるぞ。」

“織田信秀“と言葉を聞いた竹千代がバッと康光の方を見る。

織田信秀。
その名前は幼い竹千代でも知っている。
松平・今川と対立している尾張国の国主の名だ。

「じじ様、まさか…」

竹千代が絶句するも、康光は竹千代の方を見向きもしない。
すると、信秀が口を開いた。

「うむ、ご苦労であった。褒美を遣わそう。」

信秀はそばにいた側近に指図をすると、康光の前に大金が差し出された。

「おお、こんなにも…」

康光は目を輝かせる。

「下がってよいぞ。」
「はっ!」

康光は嬉嬉として大広間を後にした。
その様子を信秀は呆れて見ていた。

「ふん、金で主君を変えるとは下品な男だ。」

そう、康光は織田と通じて竹千代を信秀に引き渡したのだ。

それから数日後―

「さすがに遅くない?山賊にでも襲われたのかな?」

俺は数日経っても未だに来ない竹千代を心配していた。そばにいた吉田氏好は俺を落ち着かせるように言う。

「竹千代の護送は戸田康光ら多数の兵を遣わしているはずでございます。山賊ごときが太刀打ちできるとはとても思えませぬ。」

すると、ドタドタと慌ただしい音が聞こえたと思ったら、一人の伝令が大広間に駆け込んできた。

「何があった。」

氏好が聞くと伝令は冷や汗を流しながら言った。

「戸田康光めが織田と通じ、あろうことか竹千代を織田へと引き渡したもようです!」

部屋内がザワッとざわめいた。
俺は少しの間、硬直したのち口を開いた。

「……それ本当?」
「確かかと!」
「あの爺めが叩き殺してくれるわ!」

事実と聞くやいなや、たまたま居合わせた岡部親綱が立ち上がり激昂げきこうした。

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。」

俺が咄嗟とっさに親綱をなだめると、親綱はドスンとその場に座った。
場が一旦は落ち着いたのを見計らって氏好が俺に言った。

「して殿、戸田をいかがいたしましょう。」
「うん、こっちも裏切り者を無罪放免にしてたら示しがつかないからね。徹底的にやるよ。」
「はっ!!!」

俺は家臣たちに戸田康光及び一族の掃討を命じて、大軍を康光が籠もる田原城へと差し向けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...