海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第五章 今川と織田

第四十八矢 康光の読み

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俺は軍を率いて田原城へと向かっていた。
道中、俺には一つ疑問があった。

「なんで戸田さんは裏切ったんだろうね。」
「と、言いますと?」

吉田氏好が聞き返す。

「だって裏切ったら大軍で攻められることくらい誰だってわかるじゃん。それなのに、なんで戸田さんは無謀なことをしたんだろうって思って。」
「確かに此度の戸田の裏切りは不可思議でございますね。…何か勝算があるのでしょうか?」
「どうなんだろ。戸田さんの思惑が見えてこないなあ。」

三河国・田原城―

「父上っ、父上!」

城内では戸田尭光たかみつが父親である戸田康光を呼び止めていた。

やかましいわ。いい歳をしてまだこの父上に甘えたいか。」
「断じて違いまする!」
「では何じゃ。」
「今川がこの田原に攻めてくるというのに何を呑気にしておるのです!」

康光はフンッと軽くあざ笑う。

「吞気も何も、籠城の準備を終えて何をするというのじゃ。」
「しかし、大軍が攻められて来たら我らはひとたまりもありませぬ。今すぐにでも織田の力を借りましょうぞ!」
「必要ない。わしは貴様のような馬鹿ではない。此度のこともよう考えて動いておる。」
「そうは言われても…」

尭光が納得いってない様子を見て、康光はヤレヤレといった感じで話し始めた。

「よいか、まずこの機を織田は黙っておらん。おそらくは松平へ従属するよう勧告するだろう。」
「それでは我らは…」
「ああ、もはや用済みじゃな。元より織田は我らを見ておらぬ。だが、それでいい。」
「え…?」

康光はニヤリと顔を歪ませる。

「断言しよう。松平は織田には下らぬ。奴らは相性が悪すぎるわ。じゃからこそ、此度は戦になる。その漁夫の利をわしらが得るのじゃ。」

康光はなぜか自信ありげに言うのだった。

そしてその康光の言う通り、竹千代を自らの手におさめた織田信秀はさっそく松平広忠に服従するようにと書状を送った。
信秀からの書状を読み終えた広忠は思いっきり書状を破り捨てた。
内容が全体的に極めて一方的で高圧的なものだと広忠は感じたのだ。

「わしを、三河を馬鹿にしておるわ…我らは織田なんぞに下らぬ!今川と共に三河は栄華を極めると信秀めに伝えよ!」

広忠は織田の使者を送り返したのだった。
そして、対する信秀も心中穏やかではなかった。

その一連の動きを聞いて最も驚いたのは、他ならぬ尭光であった。

(父上の予想が当たっておる!)

尭光は驚き、すぐさま康光の元へと向かった。

「父上!父上の言う通り、松平は従属することを拒否したようでありまする!」
「知っておるわ。そもそも、竹千代をった時点で松平との付き合い方を間違うておるわ。わしは金儲けができたがな。」
「今のところ、父上の上手くいっておりまするね。後は今川軍のみをどうにかすれば…」
「ああ、わしの読み通りいけばいいが…」

康光は目を細めて遠くを見据える。その目には少しばかり不安が見える。すると、康光は語り始めた。

「かつて戸田宗光むねみつ公はこの渥美一帯を支配した。我が先祖にできて、わしにできぬ道理などない。」

康光の声色に力が入る。

「三河の主は今川でも織田でも、ましてや松平でもない。最後に笑うは我ら戸田ぞ…!」

康光は自分自身を鼓舞したのだった。

そしてついに今川軍が渥美に到着し、田原城の包囲を開始した。その圧倒的兵力差から田原城の落城は時間の問題と当初は思われていたのだが、これがなかなかに落城しない。いや、今川軍が攻めきれない。

(決して城の防御が優れているわけではない。何度もあと一歩まで追い詰めてもいる。だが毎回落城までにはいかぬ、いやいけぬ。)

「籠城戦が上手いな―」

朝比奈泰能は思わず感心せずにはいられなかった。一方、それは俺も実感していた。

「堅城ってわけじゃないのに落ちる気配がないんだよねえ。」

そう俺がぼやいていると、

「わしは松平のものじゃ!通してくれぬか!」

軍の中を掻き分けて松平からの伝令が俺の元に来た。

「義元殿!先ほど織田が…」
「あー待って待って。」

口走ろうとする伝令を俺は止めた。

「なんかさ、めっちゃ嫌な予感しかしないんだけど。竹千代君が攫われた時もこんな感じだった気がするんだけど。」

無意識に嫌悪顔になっている俺に伝令がどうすればいいのかと戸惑っていると、

「続けよ。」

氏好が伝令にGOのサインを出した。

「先ほど織田の軍勢が我が領土に侵入をいたし、岡崎城へと向かっているとの報が入り申した!」

俺は手を頭に当てる。

「マジでかぁー、今攻めるんかぁー」
「急ぎ援軍を!」
「わかった。了解です。けどその前に…」

俺は後ろを振り向き、ちょうど近くにいた犬丸に頼んだ。

「承菊を呼んできてくれない?」

(承菊承菊…ああ、崇孚様のことか!)

「はっ!」

犬丸が承菊が誰だったか思い出すと、崇孚の元へと駆けていった。

「殿、崇孚殿をお連れしました!」

犬丸が戻ってくると、崇孚が犬丸の後ろからズイッと出てきた。

「どうした。何かあったのか?」
「うん、実は…」

俺がかくかくしかじかと状況を説明した。

「なるほど、織田の軍勢が…」
「んで、この軍を分けて片方を岡崎城に向かわせようと思ってて、承菊にはその片方を率いてもらいたいんだけどいい?」
「わかった。」

崇孚は即答で軍の大将を引き受けてくれた。

そうして、俺は軍を二分して崇孚を大将とした軍を岡崎城へと向かわせた。
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