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第六章 三つ巴
第五十八矢 敗れし者たち
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由比正信は義元への報告を終えて、駿府館の廊下を歩いていた。
すると、前方からドンドンと足音を立てて岡部親綱が歩いてくるのが見えた。
おそらく、遠江での一向一揆の鎮圧の報告をしに来たのだろう。
正信は親綱に気付くやいなやフンッと鼻を鳴らす。正信もムスッとした顔をして、両者の距離は近づいていく。
先に言っておくと、両者の関係は決して険悪ではない。むしろ、お互いがその武勇について一目置いている。
ではなぜこのような態度をしているかというと、同じ頃に今川家に仕官して、同じく武勇に優れ、あげくに同年代であるために、お互いに今川家内での好敵手と思っているからであった。
両者がすれ違うそのとき、正信は足を止めた。
「近々戦がある。そのときの戦功を競おうぞ。…おぬしには負けぬ。」
そう言って、正信は親綱の横を通り過ぎていった。
「望む所よ!」
親綱は周囲に響き渡る声で正信の提案に応じると、大広間の方へと向かった。
「…ったく、今の主は今までで最も扱いが荒いわ!」
場所は変わり、ここは三河国のとある寺。
そこで苛立ちを顕わにしているのは、玄海に雇われた傭兵集団の大将である堀越氏延。
この男、実はかつて今川家に仕えていており、しかも一城の主であった。
しかし、北条が河東の地をめぐり今川と争った際に北条に寝返り、挙げ句の果てにその北条に見捨てられてしまったがために、地位も名誉も全てを失うことになってしまったのだ。
(なぜこのわしがこんな目に遭わねばならぬ…)
国から追放された氏延は、路頭を彷徨いながら考えていた。
これは氏延が招いた結果なのか。
………いや、違う。
北条が寝返りの打診をしてこなければ、今川がもっと忠義を誓えるような主君であれば、そもそも氏延が今川を裏切ることはなかった。
(そうじゃ、全てあやつらのせいじゃ…)
氏延の身体の内側からフツフツと煮えくり返るような怒りがこみ上げてきた。
(絶対に許せぬ…必ずや借りを返さねばならぬ…)
氏延はその復讐心を胸にして、同じような境遇の武士や落ち武者などを何とかかき集めて傭兵集団を結成した。
それから現在に至るまで、様々な場所で傭兵としてひたすら戦場の経験を積んでいったのだ。
「待っておれよ、義元…!」
氏延はギリッと指を噛み、今川に対しての怒りを燃やしていた。
そして、寺の境内にはある二人組の姿があった。二人組は近くにいた僧侶に話しかける。
「そこの僧侶様。御院主様に伝えてくれませぬか。“戸田の使者が来た“と。」
僧侶は謎の二人組を怪しがりながらも、このことを玄海に伝えた。
(ああ、そういえばいましたね。そんな方々も…)
玄海はその二人が誰かがすぐさま見当がつき、僧侶に命じた。
「その者たちをここへ連れてきなさい。」
しばらくして、僧侶が二人を玄海の元へと連れてきた。
(やはりか…)
玄海の目の前にいたのは、戸田家に仕えていた忍の行商人と岩松八弥であった。
「お久しぶりでございます、御院主様。」
行商人は深く頭を下げて、玄海の方を見やった。
「ええ、本当に久しぶりですね。」
玄海は目が血走っている八弥にもニコリと微笑んだ。
それに対し八弥は不満げに頭をペコリと下げた。行商人が慌てて弁明する。
「すみませぬ。こやつは未だ亡き主君を忘れられぬのです。大目に見てくだされ。」
「いいですよ、別に。私は気にしておりません。」
玄海は相変わらずの優しげな微笑みを行商人に向けていた。
「それで?戸田様が滅ばれた今、あなた方は何用で来られたのですか?」
玄海がそう優しく聞くと、行商人は重い口を開いた。
「私共は御院主様の元で仕えとうございます。」
「ほう…」
(とてもこれから仕える主君を見る目ではありませんね。)
玄海は二人の目を見て、二人の思惑を見抜いていた。
この二人が玄海に忠義を誓ったわけではなく、亡き主君のために今川と戦うということを。
(主君の仇討ちとは泣かせるお話ですね。では遠慮なく彼らを利用するとしましょうか。)
「よいでしょう。これからはあなた方も我ら真宗の一門として迎え入れましょう。」
断る理由がない玄海はこれを承諾した。
行商人たちは再度頭を下げた。
「これからよろしくお願いいたす。」
行商人たちが去ったあと、静まり返った部屋で玄海はなぜか下を向いていた。
何の労もせずして貴重な戦力が手に入った。
それも、戸田ごときの残りカスにしてはもったいないのない代物だ。
「ふふふ…ふふふ…」
玄海は笑いを必死に堪えていたのだ。
「…以上で遠江の一揆は全て鎮圧させ申した。」
駿府館の大広間では、親綱がことの顛末を話し終えていた。
「ところで殿、一つ聞きたいことがあるのですが…」
「何?」
「正信から聞き申しましたが、近々戦があるというのは本当にございましょうか?」
「うん、そうだよ。」
「よしっ!」
俺がうなずくと、親綱は全身で喜びを表現した。
「岡部殿、殿の御前であられまするぞ。」
吉田氏好はそんな親綱をたしなめた。
「あっすみませぬ。つい喜びが溢れ出てしまい申した。」
「まあそれが親綱さんだよね。」
俺がある意味で納得した。
「じゃあ、次の戦もよろしくね!正信さんとの活躍を期待してるよ。」
俺がそう言って親綱の肩をポンポンと軽く叩くと、
「はっ!!殿のご期待に添える戦功をあげまする!」
親綱は畳に頭がつくほど深く頭を下げた。
親綱が大広間から去ったあと、俺は氏好と話していた。
「しっかし戸田さんの次は一向宗か~、ここんとこ連戦続きだなあ。」
「はい、確かにここしばらくは戦続きにございますな。」
「ひと段落ついたら、ねぎらいも兼ねて皆で花見でも行こうかな…もし花見をするとして、氏ちゃんはどこで花見したいとかある?」
「そうですね…」
氏好が少し考え込み、
「富士の山を見ながら花見を楽しむのはいかがでしょうか。」
と提案をした。
「お~、いいね。なんて言うんだろ。趣?深そう。」
俺は昔習った古典をぼんやり思い出して、氏好の提案に賛成した。
「ま、でもその前に三河を俺たちの手中に収めないとね。」
俺はそう言うと、頭の中でどう三河国を手中に収めるかを考え始めた。
すると、前方からドンドンと足音を立てて岡部親綱が歩いてくるのが見えた。
おそらく、遠江での一向一揆の鎮圧の報告をしに来たのだろう。
正信は親綱に気付くやいなやフンッと鼻を鳴らす。正信もムスッとした顔をして、両者の距離は近づいていく。
先に言っておくと、両者の関係は決して険悪ではない。むしろ、お互いがその武勇について一目置いている。
ではなぜこのような態度をしているかというと、同じ頃に今川家に仕官して、同じく武勇に優れ、あげくに同年代であるために、お互いに今川家内での好敵手と思っているからであった。
両者がすれ違うそのとき、正信は足を止めた。
「近々戦がある。そのときの戦功を競おうぞ。…おぬしには負けぬ。」
そう言って、正信は親綱の横を通り過ぎていった。
「望む所よ!」
親綱は周囲に響き渡る声で正信の提案に応じると、大広間の方へと向かった。
「…ったく、今の主は今までで最も扱いが荒いわ!」
場所は変わり、ここは三河国のとある寺。
そこで苛立ちを顕わにしているのは、玄海に雇われた傭兵集団の大将である堀越氏延。
この男、実はかつて今川家に仕えていており、しかも一城の主であった。
しかし、北条が河東の地をめぐり今川と争った際に北条に寝返り、挙げ句の果てにその北条に見捨てられてしまったがために、地位も名誉も全てを失うことになってしまったのだ。
(なぜこのわしがこんな目に遭わねばならぬ…)
国から追放された氏延は、路頭を彷徨いながら考えていた。
これは氏延が招いた結果なのか。
………いや、違う。
北条が寝返りの打診をしてこなければ、今川がもっと忠義を誓えるような主君であれば、そもそも氏延が今川を裏切ることはなかった。
(そうじゃ、全てあやつらのせいじゃ…)
氏延の身体の内側からフツフツと煮えくり返るような怒りがこみ上げてきた。
(絶対に許せぬ…必ずや借りを返さねばならぬ…)
氏延はその復讐心を胸にして、同じような境遇の武士や落ち武者などを何とかかき集めて傭兵集団を結成した。
それから現在に至るまで、様々な場所で傭兵としてひたすら戦場の経験を積んでいったのだ。
「待っておれよ、義元…!」
氏延はギリッと指を噛み、今川に対しての怒りを燃やしていた。
そして、寺の境内にはある二人組の姿があった。二人組は近くにいた僧侶に話しかける。
「そこの僧侶様。御院主様に伝えてくれませぬか。“戸田の使者が来た“と。」
僧侶は謎の二人組を怪しがりながらも、このことを玄海に伝えた。
(ああ、そういえばいましたね。そんな方々も…)
玄海はその二人が誰かがすぐさま見当がつき、僧侶に命じた。
「その者たちをここへ連れてきなさい。」
しばらくして、僧侶が二人を玄海の元へと連れてきた。
(やはりか…)
玄海の目の前にいたのは、戸田家に仕えていた忍の行商人と岩松八弥であった。
「お久しぶりでございます、御院主様。」
行商人は深く頭を下げて、玄海の方を見やった。
「ええ、本当に久しぶりですね。」
玄海は目が血走っている八弥にもニコリと微笑んだ。
それに対し八弥は不満げに頭をペコリと下げた。行商人が慌てて弁明する。
「すみませぬ。こやつは未だ亡き主君を忘れられぬのです。大目に見てくだされ。」
「いいですよ、別に。私は気にしておりません。」
玄海は相変わらずの優しげな微笑みを行商人に向けていた。
「それで?戸田様が滅ばれた今、あなた方は何用で来られたのですか?」
玄海がそう優しく聞くと、行商人は重い口を開いた。
「私共は御院主様の元で仕えとうございます。」
「ほう…」
(とてもこれから仕える主君を見る目ではありませんね。)
玄海は二人の目を見て、二人の思惑を見抜いていた。
この二人が玄海に忠義を誓ったわけではなく、亡き主君のために今川と戦うということを。
(主君の仇討ちとは泣かせるお話ですね。では遠慮なく彼らを利用するとしましょうか。)
「よいでしょう。これからはあなた方も我ら真宗の一門として迎え入れましょう。」
断る理由がない玄海はこれを承諾した。
行商人たちは再度頭を下げた。
「これからよろしくお願いいたす。」
行商人たちが去ったあと、静まり返った部屋で玄海はなぜか下を向いていた。
何の労もせずして貴重な戦力が手に入った。
それも、戸田ごときの残りカスにしてはもったいないのない代物だ。
「ふふふ…ふふふ…」
玄海は笑いを必死に堪えていたのだ。
「…以上で遠江の一揆は全て鎮圧させ申した。」
駿府館の大広間では、親綱がことの顛末を話し終えていた。
「ところで殿、一つ聞きたいことがあるのですが…」
「何?」
「正信から聞き申しましたが、近々戦があるというのは本当にございましょうか?」
「うん、そうだよ。」
「よしっ!」
俺がうなずくと、親綱は全身で喜びを表現した。
「岡部殿、殿の御前であられまするぞ。」
吉田氏好はそんな親綱をたしなめた。
「あっすみませぬ。つい喜びが溢れ出てしまい申した。」
「まあそれが親綱さんだよね。」
俺がある意味で納得した。
「じゃあ、次の戦もよろしくね!正信さんとの活躍を期待してるよ。」
俺がそう言って親綱の肩をポンポンと軽く叩くと、
「はっ!!殿のご期待に添える戦功をあげまする!」
親綱は畳に頭がつくほど深く頭を下げた。
親綱が大広間から去ったあと、俺は氏好と話していた。
「しっかし戸田さんの次は一向宗か~、ここんとこ連戦続きだなあ。」
「はい、確かにここしばらくは戦続きにございますな。」
「ひと段落ついたら、ねぎらいも兼ねて皆で花見でも行こうかな…もし花見をするとして、氏ちゃんはどこで花見したいとかある?」
「そうですね…」
氏好が少し考え込み、
「富士の山を見ながら花見を楽しむのはいかがでしょうか。」
と提案をした。
「お~、いいね。なんて言うんだろ。趣?深そう。」
俺は昔習った古典をぼんやり思い出して、氏好の提案に賛成した。
「ま、でもその前に三河を俺たちの手中に収めないとね。」
俺はそう言うと、頭の中でどう三河国を手中に収めるかを考え始めた。
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