海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第六章 三つ巴

第七十五矢 流れに棹さす

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織田信秀が菩提ぼだい寺として築いた萬松ばんしょう寺。
そこでは今日、信秀の葬儀が行われていた。
人々は悲しみと織田家の未来はどうなってしまうのかという不安に包まれていた。
そんな中でも、葬儀は粛々しゅくしゅくと進められていく。
しかし、信長は父の葬儀だというのに姿を現していなかった。

「全くあのおおうつけ者め…」
「あれが当主とは、織田の命運はどうなることやら…」

元々、うつけ者で評判悪かった信長の不在に家臣たちはヒソヒソとささやき合っていた。
その囁きは平手政秀にも聞こえていた。

(若…一体どこにいるのじゃ。このままでは、織田家を一つにまとめることはできませぬぞ…!)

しかし信長は現れないまま、ついに焼香の時が訪れた。
人々は信秀に想いを寄せて、順に焼香をしていく。

(殿…)

政秀も一筋の涙を流して焼香をした。
その時、信長が葬儀に姿を現した。
その姿はいつも通りのみっともない服装で、とても葬儀に来たとは思えないほどだった。
信長は無言で仏前へと進み出た。
すると、抹香まっこうを乱暴に一つかみして、なんと信秀の位牌いはいに投げつけたのだ。

「わ、若…」

あまりにも非常識な行動に、政秀を始めとした周囲の人々は唖然としていた。
そんな周りを気にすることなく、信長は位牌に向かって言った。

「じゃあな、親父。」

信長はきびすを返して、萬松寺から去っていった。信長が去っていった後、家臣たちは怒りを顕わにした。

「父君の葬儀だというのにあの振る舞い。やはりおおうつけ者よ。」
「信勝様とは大違いじゃ!」
「ああ、信勝様こそ当主にふさわしき方だ!」

信長で実弟・織田信勝のぶかつは信長とは正反対で品行方正な人物であった。
ゆえに、一部の家臣から支持されていたのだ。
そして、それは当主の座を狙っていた信勝にとって願ってもないことだった。

信秀の葬儀後、織田家の当主となったのは織田信長であった。
一方で、信秀の居城であった末森城は信勝が継承しており、織田家には不穏な空気が漂っていた。

織田家中の不穏。
それは駿府館にも伝わっていた。

「織田信長、ね…」

自分の部屋にいた俺は、バタンと後ろに大の字になって倒れた。

「マジかー。もしやと思ったけど俺、信長と同じ時代生きてんのかー」

織田信長。その名は、日本史があまり得意でなかった俺でも知っている。
俺の認識だと、確か敵を次々に倒していって、天下統一をしかけたところで、どこかの寺で家臣に裏切られて死んだ人物だ。

(というか、その敵の中に俺の名前も入ってたような気がするんだよな…)

「………今のうちに手を打っとこ。」

俺はガバッと起き上がり、犬丸と藤三郎に筆と和紙を持ってくるように指示した。

その織田では、家臣たちが信長派と信勝派に分かれ激しく対立していた。
その溝は日を追う毎に深まり、ついに信勝派の家臣たちに乗せられた信勝がこれを機と見て反乱を起こしたのだ。
そして、さらに信長を窮地に追い込む出来事が起こる。

水野の本拠地である刈谷かりや城では、俺が書いた書状が水野家当主である水野信元のぶもとの元に届いていた。
書状の内容は簡単に言えば、今川側へと寝返るようにというものだった。
信元は周囲の状況把握に長けていた。
ゆえに自分が今、どのように立ち回ればいいかを心得ていた。

「織田は荒れておる。今川につくのが徳よ。」

そうして、信元は今川側へと寝返った。
また、同じく俺が書状を送った鳴海城の城主・山口やまぐち教継のりつぐも、それに呼応するかのように今川へと寝返った。
これによって、織田の力が削がれることになったのだ。
俺は一連の報告を受けて、大広間で崇孚と相談していた。

「俺さ、この勢いで尾張も取ろうと思うんだけど…どう思う?」
「確かに流れはこちらに来ておる。」

崇孚は長考してから答えた。

「だが、今は尾張よりも三河に注視した方がよいだろう。」
「なんで?織田さん同士で争ってる今が絶好の機会だと思うんだけど。」
「三河の統治が安泰しておるのならな。」

崇孚は話を続ける。

「一向宗の大元を倒したといえど、未だ一揆は収束しておらん。まずは三河を安定させてから、満を持した状態で叩き潰した方が良いと拙僧は思っとる。」
「なるほど、確かに一理あるわ。じゃあ今は信長潰しの支援だけしとこっかな。」

ということで、俺は信勝を支持する織田信友のぶともと通じて、信勝の支援へとまわった。
そして、俺は今川の三河進出に着手した。
まず俺は、当初の予定通り松平竹千代を人質として駿府館で預かることにした。
これには影響力強化の他にも理由があり、後見がいない幼い竹千代を保護するためでもある。
石川清兼はその面を考慮して、渋々納得してくれた。
それにより竹千代が元服するまでの間、山田やまだ景隆かげたかが代理として岡崎城の城主となった。
つまり事実上、三河国は今川の支配下に入ったのだった。
三河、遠江、駿河の三国を領有する大大名となった今川。
その今川とまともに敵対する勢力は周囲にはおらず、今川栄華の時代が訪れようとしていた―
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