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第八章 次世代へ
第九十矢 独立独歩
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崇孚が亡くなったという一報はたちまち領内に広がっていった。
今川の参謀の死に、今川と親交のある者たちは悲しみ、今川と敵対する者たちは喜んだ。
またその余波は一向一揆や三河の乱にも及び、双方を勢いづける要因となってしまった。
この事態の最中、俺は独り自分の部屋でボーッと座っていた。
実感が湧かなかった。
俺の中ではまだ崇孚は生きて、今でもひょっこりと何事もなかったように姿を見せそうで…
バチン
静寂な部屋に頬を叩く音が響いた。
(何をやってるんだ、俺…)
このままではいけない。
俺が呆けている今現在も、今川に対する反乱が勢いを増している。
今川の当主が先頭に立ち、この危機を乗り越えなければならない。
だが、それでも立ち上がれない。
その時、とある掛け軸が目に入った。
『独立独歩』
癖がある太字で力強く書き綴られた四字熟語。
(これは……)
あれは確か、今川の当主となって間もなかった頃のことだった。
「どうしよっかな~」
俺は自分の部屋の床で長方形の掛け軸と見つめ合っていた。
家督争いに勝利した記念に、部屋に掛け軸を飾ろうと思い立ってから早くも二時間。
なかなか飾るのにふさわしい文字が見つからず、苦戦していた。
「う~ん…どれもこれもなんかしっくりこないんだよなあ。」
俺は頭をポリポリと掻いて困り果てる。
すると、俺と共にずっと思案していた崇孚が提案をしてきた。
「独立独歩、というのはどうだ?」
それを聞き、俺は数秒間固まった後に反応を示した。
「おぉ、かっこいいじゃん。」
「…おぬし、さては意味を知っておらんな。」
「だって国語苦手だもん。特に四字熟語なんて、何言ってんのかわけ分かんないし。」
「全く、おぬしは相変わらずだな…」
図星を突かれて開き直る俺に対して、崇孚は半ば呆れながらも、独立独歩の意味について説明を始めた。
「独立独歩とは、他者に振り回されず己の道を歩むこと。つまり、己の信念を貫くということだ。」
「信念を貫く…」
俺がそう呟くと、崇孚が問いかける。
「おぬしは泰平の世を築くと言うておったな。」
「うん。」
俺は力強くコクリとうなずく。それを確認して、崇孚が言葉を続けた。
「その道は果てしなく遠く、限りなく困難。この先、苦労や迷うこともあるだろう。だからこそだ。」
崇孚は俺の目をジッと見た。
「今日を大切にせぬ者に明日など来ぬ。過ぎたことに囚われず、己を信じ、今を生きていけ…そのような拙僧の説法を込めてみたのだが、どうだろうか?」
崇孚の言葉が心に響く。
俺は感銘を受け、何度もうなずいた。
「うん、めっちゃ良い。掛け軸の言葉、独立独歩にしよう。」
そうして、独立独歩の文字が部屋に飾られることになったのだった。
あれから十数年。
静寂な部屋で、俺はその掛け軸を正面から見ていた。
(何でこんな大切なこと忘れてたんだろ…)
いつしか見失っていた、自分の信念。
今ようやく、崇孚のおかげで取り戻すことができた。
俺は指先で掛け軸にそっと触れ、目を閉じる。
すると、崇孚との記憶が最近の出来事のように蘇る。
寺での出会い、今川家での日々、そして訪れた別れの時。
「結局、最後まで助けられっぱなしだったなぁ…」
目をゆっくりと開け、掛け軸から手を放す。
「ありがとう、俺の師で親友だった人。」
俺は崇孚に別れを告げ、部屋の外へと出た。
風が吹いていた。
それは心地の良いそよ風。
もう立ち止まらない。
俺は前を見る。
崇孚と描いた、果てしない夢へと向かって―
今川の参謀の死に、今川と親交のある者たちは悲しみ、今川と敵対する者たちは喜んだ。
またその余波は一向一揆や三河の乱にも及び、双方を勢いづける要因となってしまった。
この事態の最中、俺は独り自分の部屋でボーッと座っていた。
実感が湧かなかった。
俺の中ではまだ崇孚は生きて、今でもひょっこりと何事もなかったように姿を見せそうで…
バチン
静寂な部屋に頬を叩く音が響いた。
(何をやってるんだ、俺…)
このままではいけない。
俺が呆けている今現在も、今川に対する反乱が勢いを増している。
今川の当主が先頭に立ち、この危機を乗り越えなければならない。
だが、それでも立ち上がれない。
その時、とある掛け軸が目に入った。
『独立独歩』
癖がある太字で力強く書き綴られた四字熟語。
(これは……)
あれは確か、今川の当主となって間もなかった頃のことだった。
「どうしよっかな~」
俺は自分の部屋の床で長方形の掛け軸と見つめ合っていた。
家督争いに勝利した記念に、部屋に掛け軸を飾ろうと思い立ってから早くも二時間。
なかなか飾るのにふさわしい文字が見つからず、苦戦していた。
「う~ん…どれもこれもなんかしっくりこないんだよなあ。」
俺は頭をポリポリと掻いて困り果てる。
すると、俺と共にずっと思案していた崇孚が提案をしてきた。
「独立独歩、というのはどうだ?」
それを聞き、俺は数秒間固まった後に反応を示した。
「おぉ、かっこいいじゃん。」
「…おぬし、さては意味を知っておらんな。」
「だって国語苦手だもん。特に四字熟語なんて、何言ってんのかわけ分かんないし。」
「全く、おぬしは相変わらずだな…」
図星を突かれて開き直る俺に対して、崇孚は半ば呆れながらも、独立独歩の意味について説明を始めた。
「独立独歩とは、他者に振り回されず己の道を歩むこと。つまり、己の信念を貫くということだ。」
「信念を貫く…」
俺がそう呟くと、崇孚が問いかける。
「おぬしは泰平の世を築くと言うておったな。」
「うん。」
俺は力強くコクリとうなずく。それを確認して、崇孚が言葉を続けた。
「その道は果てしなく遠く、限りなく困難。この先、苦労や迷うこともあるだろう。だからこそだ。」
崇孚は俺の目をジッと見た。
「今日を大切にせぬ者に明日など来ぬ。過ぎたことに囚われず、己を信じ、今を生きていけ…そのような拙僧の説法を込めてみたのだが、どうだろうか?」
崇孚の言葉が心に響く。
俺は感銘を受け、何度もうなずいた。
「うん、めっちゃ良い。掛け軸の言葉、独立独歩にしよう。」
そうして、独立独歩の文字が部屋に飾られることになったのだった。
あれから十数年。
静寂な部屋で、俺はその掛け軸を正面から見ていた。
(何でこんな大切なこと忘れてたんだろ…)
いつしか見失っていた、自分の信念。
今ようやく、崇孚のおかげで取り戻すことができた。
俺は指先で掛け軸にそっと触れ、目を閉じる。
すると、崇孚との記憶が最近の出来事のように蘇る。
寺での出会い、今川家での日々、そして訪れた別れの時。
「結局、最後まで助けられっぱなしだったなぁ…」
目をゆっくりと開け、掛け軸から手を放す。
「ありがとう、俺の師で親友だった人。」
俺は崇孚に別れを告げ、部屋の外へと出た。
風が吹いていた。
それは心地の良いそよ風。
もう立ち止まらない。
俺は前を見る。
崇孚と描いた、果てしない夢へと向かって―
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