海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

文字の大きさ
97 / 107
第八章 次世代へ

第九十矢 独立独歩

しおりを挟む
崇孚が亡くなったという一報はたちまち領内に広がっていった。
今川の参謀の死に、今川と親交のある者たちは悲しみ、今川と敵対する者たちは喜んだ。
またその余波は一向一揆や三河の乱にも及び、双方を勢いづける要因となってしまった。

この事態の最中、俺は独り自分の部屋でボーッと座っていた。
実感が湧かなかった。
俺の中ではまだ崇孚は生きて、今でもひょっこりと何事もなかったように姿を見せそうで…

バチン

静寂な部屋に頬を叩く音が響いた。

(何をやってるんだ、俺…)

このままではいけない。
俺が呆けている今現在も、今川に対する反乱が勢いを増している。
今川の当主が先頭に立ち、この危機を乗り越えなければならない。
だが、それでも立ち上がれない。
その時、とある掛け軸が目に入った。

『独立独歩』

癖がある太字で力強く書きつづられた四字熟語。

(これは……)


あれは確か、今川の当主となって間もなかった頃のことだった。

「どうしよっかな~」

俺は自分の部屋の床で長方形の掛け軸と見つめ合っていた。
家督争いに勝利した記念に、部屋に掛け軸を飾ろうと思い立ってから早くも二時間。
なかなか飾るのにふさわしい文字が見つからず、苦戦していた。

「う~ん…どれもこれもなんかしっくりこないんだよなあ。」

俺は頭をポリポリと掻いて困り果てる。
すると、俺と共にずっと思案していた崇孚が提案をしてきた。

「独立独歩、というのはどうだ?」

それを聞き、俺は数秒間固まった後に反応を示した。

「おぉ、かっこいいじゃん。」
「…おぬし、さては意味を知っておらんな。」
「だって国語苦手だもん。特に四字熟語なんて、何言ってんのかわけ分かんないし。」
「全く、おぬしは相変わらずだな…」

図星を突かれて開き直る俺に対して、崇孚は半ば呆れながらも、独立独歩の意味について説明を始めた。

「独立独歩とは、他者に振り回されず己の道を歩むこと。つまり、己の信念を貫くということだ。」
「信念を貫く…」

俺がそう呟くと、崇孚が問いかける。

「おぬしは泰平の世を築くと言うておったな。」
「うん。」

俺は力強くコクリとうなずく。それを確認して、崇孚が言葉を続けた。

「その道は果てしなく遠く、限りなく困難。この先、苦労や迷うこともあるだろう。だからこそだ。」

崇孚は俺の目をジッと見た。

「今日を大切にせぬ者に明日など来ぬ。過ぎたことに囚われず、己を信じ、今を生きていけ…そのような拙僧の説法を込めてみたのだが、どうだろうか?」

崇孚の言葉が心に響く。
俺は感銘を受け、何度もうなずいた。

「うん、めっちゃ良い。掛け軸の言葉、独立独歩にしよう。」

そうして、独立独歩の文字が部屋に飾られることになったのだった。

あれから十数年。
静寂な部屋で、俺はその掛け軸を正面から見ていた。

(何でこんな大切なこと忘れてたんだろ…)

いつしか見失っていた、自分の信念。
今ようやく、崇孚のおかげで取り戻すことができた。

俺は指先で掛け軸にそっと触れ、目を閉じる。
すると、崇孚との記憶が最近の出来事のようによみがえる。
寺での出会い、今川家での日々、そして訪れた別れの時。

「結局、最後まで助けられっぱなしだったなぁ…」

目をゆっくりと開け、掛け軸から手を放す。

「ありがとう、俺の師で親友ともだった人。」

俺は崇孚に別れを告げ、部屋の外へと出た。
風が吹いていた。
それは心地の良いそよ風。
もう立ち止まらない。
俺は前を見る。
崇孚と描いた、果てしない夢へと向かって―
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...