海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第八章 次世代へ

第九十一矢 錯綜

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三河国の反乱鎮圧へと向かった今川軍率いる大将の岡部元信は立派な馬に乗り、堂々と進軍をしていた。
元信の父である岡部親綱が元信に家督を譲ってから二年。
今や、元信は今川軍の中でもきっての猛将となった。戦場で鬼気として槍を振るうその姿は、鬼と畏れられるほどだ。

「敵が誰であれ、わしは殿の覇道を阻む者を退けるまでよ。」

元信は戦意をたぎらせて、吉良義安の居城である西条城へと進軍する。

その今川軍から、三つ四つほど山を越えたところに西条城がそびえ立っていた。
辺り一帯でも追随を許さない大規模な造りに、堅牢な城設備。
その雄大さは人々の目を惹き、もはや芸術的美しさを覚えるほどである。
そんな西条城の元には、反今川を掲げた勢力が結集していた。

「おぉ…」

義安は思わず立ち尽くす。
なんと義安の前には、織田や今川にも匹敵するほどの軍勢が連なっていたのだ。
義安が呆然としていると、大河内信貞が義安に促した。

「殿、号令を。」
「う、うむ!」

たじろぎながらも、義安は号令を発した。

「出陣する!!」

かくして、吉良を筆頭とした反乱軍が動き出した。
進軍の最中、義安は落ち着かない様子でそばにいた信貞に言った。

「大河内、そちを頼りにしておるぞ!」
「はっ、私にお任せくだされ。」
「うむ!」

信貞の返事に義安が満足げにうなずく。
そして信貞は義安から視線を移し、左方にいる水野の軍勢を見やった。

(水野…全く、厄介な奴らだ。)

此度の戦について、水野ひいては織田には直接的に利益がない。
だというのに、水野は此度の戦に参戦した。
それは何故か。
今川軍と吉良軍を上手く潰し合わせ、漁夫の利を得るためだ。
反乱が起きた現在、三河国は誰の者でもない。つまりは、誰にでも三河国を手に入れる権利があるのだ。
そして織田が三河進出の作戦として、吉良軍を今川軍と戦わせるために兵力を強化させようと、水野を仕向けたと考えれば全て納得がいく。
そうして戦を長引かせ、両軍が疲弊している内に三河国へと侵攻する。
これが、だいたいの織田の目論見だろう。

「さて、果たしてそう上手くいくかな…」

信貞は不敵な笑みを浮かべ、前方の遙か彼方にいるであろう今川軍を見据えた。
今川軍と吉良軍の戦が始まらんとしていた。

 場所は変わり、一向一揆の本拠地となっている実誓の寺。
そこでは、質素な寺には似合わぬ僧兵や傭兵が出入りしていた。
そんな境内の様子を実誓は遠目に眺めていた。

ここまで来るのに長かった。
最初の頃は、今川の厳しい取り締まりをすり抜け、密かに一向宗を信仰していた武士共を利用して金を得た。
そして少しずつ得た金を武器に変え、また傭兵に変えていった。
さらには、その武士共を利用して、三河国での反乱を助長させることにも成功した。

「ふふ…」

実誓は笑いを堪えようとしたが、ついついこぼれ出てしまう。
それほどまでに、全てが順調に進んでいたのだ。
その実誓の後方には行商人と岩松八弥が控えていた。
行商人の横にいた八弥が小さな声でブツブツとつぶやく。

「ようやくだ…ようやく仇を討てるぞ…」

戸田家が滅亡して以降、元々笑うことが少なかった八弥からいっそう笑顔が消えた。
代わりに、今川への憎悪と憤怒のみが彼の生きる糧となってしまっていた。
そんな八弥を傍らで見ていた行商人は思うことがあった。
もっと別の未来もあったのではないか、と。

(だが、もう引き下がることなどできぬ。)

そう自分に言い聞かせるも、行商人の中には確実に迷いが生じていた。
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