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第八章 次世代へ
第九十二矢 突撃
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快晴の空に、濁りのない美しい海。
三河湾に接した見晴らしの良い平野で、ついに両軍は相まみえた。
「来たな…」
吉良軍本陣では、大河内信貞が目を細め、遠方に見える今川軍を確認していた。
兵力差はやや吉良軍が劣っているだろうか。
またその兵力差を目の当たりにしたせいか、兵の士気も今ひとつ上がらない。
(…仕方あるまいか。今川軍の剛は言わずと知られておるし。)
「どうやら、皆には“漢方”が必要のようだな。」
信貞は小さなため息をつき、手前に布陣している水野の軍勢を見やった。
一方の今川軍の岡部元信もまた、吉良軍を睨みつけていた。
相手が誰であろうと手を緩めるつもりはない。
今川に刃向かう者を退けるだけ。
元信は一度大きく息を吐き、槍の柄をいっそう強く握りしめた。
穏やかな海風が平野を吹き抜ける。
そして風が収まったその時、元信の号令が辺り一帯に轟く。
「突撃せよ!!」
かくして、戦の火蓋が切られた。
今川軍が大将の元信を先頭ととして全軍突撃してくる。
「おおおおおおおお!!!」
今川軍は怒号を上げながら、敵軍へと突進していった。その迫力は吉良軍の兵らを怯ませるほどであった。
「な、なんじゃあれは…」
大将であるはずの吉良義安も、動揺し慄いていた。
そんな中、義安の傍らで信貞はいつもの冷めた口調で一言つぶやく。
「なんだ、蛮勇か。」
すると義安を通して、吉良家家臣・仁木常勝の軍勢のみを前方へと送り出した。
ただ、吉良軍の動きはそれだけだった。
常勝以外の軍勢は全く微動だにしなかったのである。
一連の吉良軍の動きを目にして、元信の頭にはある可能性が浮かび上がった。
(囮か…!?)
だとすれば、奇襲を気をつけねばならないが、この平野では伏兵など置けるはずがない。
となると、吉良軍の狙いはただ一つ。
今川軍を惑わし、動きを鈍らせようとしているのだ。
「構うな!突き進め!!」
元信がそう大声を上げ、兵や馬たちがさらに加速した。
そして、間もなくして今川軍は常勝の軍勢に突っ込んだ。
今川軍と吉良軍が対峙する少し前、駿府館の大広間では、俺が二人の青年と対面になって座っていた。
俺に突然呼び出されたためか、二人が緊張しているのが目に見えてわかる。
そんな二人に俺が告げた。
「君たちに副大将として一向一揆の鎮圧を任せたいんだけど、どうかな?」
二人は少しの間ポカーンと呆けた後、思わず声を重ねて聞き直した。
「「それがしがでございますか…!?」」
それに対して、俺がうなずく。
「うん。母衣衆での働きぶりを見て、任せてみようかなって思ってさ。」
そう、その二人の青年とは、かつて俺の小姓として仕えていた犬丸と藤三郎だった。
犬丸は喜びを隠せず、目を爛々と輝かせた。
また一歩、殿の重臣へと進んだ。
それが犬丸にとって、何よりも嬉しいことであったのだ。
藤三郎はと言うと、まだ実感が湧かずおそるおそる俺に聞いてきた。
「真に、それがしが副将に…?」
「うん、そうだよ。」
藤三郎はしばらく沈黙した後、俺に深々と頭を下げた。
一滴二滴と涙が畳にこぼれ落ちていた。
それに遅れを取るまいと、犬丸も後を追うように頭を下げた。
身体こそ大きくなれど、二人の姿は昔初めて出会った頃と全く変わっていなかった。
俺は懐かしさを覚えながら、二人に言った。
「じゃあ、二人とも副大将として俺を支えてちょうだいね。」
「はっ!」
そうして、俺は二人と共に一向一揆の鎮圧へと向かったのだった。
三河湾に接した見晴らしの良い平野で、ついに両軍は相まみえた。
「来たな…」
吉良軍本陣では、大河内信貞が目を細め、遠方に見える今川軍を確認していた。
兵力差はやや吉良軍が劣っているだろうか。
またその兵力差を目の当たりにしたせいか、兵の士気も今ひとつ上がらない。
(…仕方あるまいか。今川軍の剛は言わずと知られておるし。)
「どうやら、皆には“漢方”が必要のようだな。」
信貞は小さなため息をつき、手前に布陣している水野の軍勢を見やった。
一方の今川軍の岡部元信もまた、吉良軍を睨みつけていた。
相手が誰であろうと手を緩めるつもりはない。
今川に刃向かう者を退けるだけ。
元信は一度大きく息を吐き、槍の柄をいっそう強く握りしめた。
穏やかな海風が平野を吹き抜ける。
そして風が収まったその時、元信の号令が辺り一帯に轟く。
「突撃せよ!!」
かくして、戦の火蓋が切られた。
今川軍が大将の元信を先頭ととして全軍突撃してくる。
「おおおおおおおお!!!」
今川軍は怒号を上げながら、敵軍へと突進していった。その迫力は吉良軍の兵らを怯ませるほどであった。
「な、なんじゃあれは…」
大将であるはずの吉良義安も、動揺し慄いていた。
そんな中、義安の傍らで信貞はいつもの冷めた口調で一言つぶやく。
「なんだ、蛮勇か。」
すると義安を通して、吉良家家臣・仁木常勝の軍勢のみを前方へと送り出した。
ただ、吉良軍の動きはそれだけだった。
常勝以外の軍勢は全く微動だにしなかったのである。
一連の吉良軍の動きを目にして、元信の頭にはある可能性が浮かび上がった。
(囮か…!?)
だとすれば、奇襲を気をつけねばならないが、この平野では伏兵など置けるはずがない。
となると、吉良軍の狙いはただ一つ。
今川軍を惑わし、動きを鈍らせようとしているのだ。
「構うな!突き進め!!」
元信がそう大声を上げ、兵や馬たちがさらに加速した。
そして、間もなくして今川軍は常勝の軍勢に突っ込んだ。
今川軍と吉良軍が対峙する少し前、駿府館の大広間では、俺が二人の青年と対面になって座っていた。
俺に突然呼び出されたためか、二人が緊張しているのが目に見えてわかる。
そんな二人に俺が告げた。
「君たちに副大将として一向一揆の鎮圧を任せたいんだけど、どうかな?」
二人は少しの間ポカーンと呆けた後、思わず声を重ねて聞き直した。
「「それがしがでございますか…!?」」
それに対して、俺がうなずく。
「うん。母衣衆での働きぶりを見て、任せてみようかなって思ってさ。」
そう、その二人の青年とは、かつて俺の小姓として仕えていた犬丸と藤三郎だった。
犬丸は喜びを隠せず、目を爛々と輝かせた。
また一歩、殿の重臣へと進んだ。
それが犬丸にとって、何よりも嬉しいことであったのだ。
藤三郎はと言うと、まだ実感が湧かずおそるおそる俺に聞いてきた。
「真に、それがしが副将に…?」
「うん、そうだよ。」
藤三郎はしばらく沈黙した後、俺に深々と頭を下げた。
一滴二滴と涙が畳にこぼれ落ちていた。
それに遅れを取るまいと、犬丸も後を追うように頭を下げた。
身体こそ大きくなれど、二人の姿は昔初めて出会った頃と全く変わっていなかった。
俺は懐かしさを覚えながら、二人に言った。
「じゃあ、二人とも副大将として俺を支えてちょうだいね。」
「はっ!」
そうして、俺は二人と共に一向一揆の鎮圧へと向かったのだった。
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