海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿

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第八章 次世代へ

第九十三矢 対照的な二人

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岡部元信にとって、父・岡部親綱は永遠の憧れであった。
戦から堂々と帰還してくる親綱の姿は、幼い頃の元信には息子として誇り高かった。
しかし、そんな親綱も歳には勝てず、二年前に家督を元信に譲った。
これからは父の分まで、今川を自分が支える。
その覚悟を胸にして、親綱が長年使用した槍を手に取った。
そして、現在。

「どけええ!!!」

元信は味方の誰よりも速く敵軍に突撃して、瞬く間に敵兵を倒した。

(父上はこんなものを振るっていたのか…)

親綱から受け継いだ槍は、以前の槍と比べ物にならないほど重かった。
元信は改めて父の偉大さを実感し、敵兵を屠っていった。
その迫力は敵兵を萎縮し、味方の兵の士気を高めた。
そうして今川軍がさらに勢いづき、吉良軍の仁木常勝の軍勢が押し込まれていく。 
結果として、初手で遅れを取った吉良軍は防戦一方となってしまったのだった。

(やはり、割に合わんな。)

そんな最中、常勝はやる気がないような淀んだ目をして戦場に立っていた。
だが、常勝はまだ戦意を失っていなかった。
それには大河内信貞との約束が関係していた。

出陣前のこと、常勝は信貞に呼び出されていた。

「此度の戦、おぬしに先鋒を任せたい。」
「はっ…」

常勝がやる気なさげに返事をした。
今川に勝てるわけがない。 
極めて無駄で何の意味も為さない戦。
しかも、先鋒となれば高い確率で討ち死にするだろう。
絶対に嫌だ。
そんな思いが常勝の顔に出ていたのか、信貞が冷たい視線を常勝に向けている。
気まずく重たい空気が流れる。
しばらくして、信貞が沈黙を破った。

「…よかろう。活躍次第では、おぬしにそれなりの褒美をくれてやろう。」
「褒美、とは…?」

常勝がつかさず、図々しくもわざとらしい声色で聞いた。

「………」

信貞はジロリと睨みつけるも、答える。

「そうだな…もし戦に勝利したならば、相応の地位と領地を与えてやる。」

地位と領地。
その言葉に、常勝がピクリと反応した。
常勝にはある野望があった。
それは贅沢に暮らすことだ。
地位と領地、この二つが同時に手に入れば、常勝の野望があっさりと叶う。
危険こそあるものの、この機を利用して一気に全てを手に入れるか。
はたまた、いつになるか分からない次の機を狙うか。
答えは明白だ。
常勝はすぐさま快諾し、今に至る。

(とはいえ、このままでは兵が削られるばかり…)

「皆の者、退け。」

常勝は一旦後退して、態勢の立て直しを図ろうとした。
だが兵力差と敵の士気の高さを前に、なかなか後退することすらできない。
そしていつの間にか、常勝の軍勢の兵数は開戦前の半分以下となっていた。

「どうなっておる…まだ始まって四半刻も経っておらぬぞ!」

吉良軍本陣では、味方の劣勢に吉良義安が慌てふためいていた。
義安はそばにいた大河内信貞に言った。

「大河内、もう軍を動かして良いのではないか!?」
、その時ではございませぬ。」
「ではいつなのじゃ!今動かなくして、いつ動くのじゃ!!」

義安の中では、苛立ちと不安が時間が経つに連れて積み重なる。
対して、信貞は余裕の表情を浮かべていた。

その頃、戦場の中央で常勝は次の展開について考え込んでいた。
今のところ、活躍どころか醜態ばかり晒している。
このままでは、褒美は愚か自身の命も危ない。
ここから何とか持ち直さなければならない。
とはいえ、ここから形勢逆転できるような策は全く思いつかない。
考え抜いた末、常勝はある結論にたどり着く。

「ならば自ら槍を振るい、兵を鼓舞するまでよ。」

そう思い立つやいなや、さっそく前線に出ようとした。その常勝の姿を元信が捉えた。

「敵将、見つけたり…!」

元信は目をギラリと輝かせ、騎兵を引き連れ一直線に常勝の元へと進んでいく。
常勝もまた、元信に気づいた。
凄まじい気迫を放ち、鬼のような形相をした敵将が向かってくる。
常勝の本能が言っていた。
あれには勝てない、と。

「それがどうした。」

常勝の頭にあるのは、自身の野望のことのみ。
野望を阻む輩は誰であろうと許しはしない。
例え、それが名だたる将だとしてもだ。
常勝はそのまま、元信の方へと向かった。
お互いの距離が見る見るうちに、縮まっていく。
そして、ついに両雄の槍が交わった。
槍と槍がぶつかる音が辺りに響く。
初撃はやや元信が力で押した。

「ぐぬ…」

だが、常勝も負けじと押し返す。
両者の力にさほど差がなく、どちらとも時が止まったかのように動かなくなった。
二人の周りでは、双方の兵たちによって壮絶な殺し合いが展開されている。
それでも動かない。

(…らちが明かぬわ。)

しびれを切らして先に動いたのは、常勝の方だった。
常勝は一度槍を引き、攻めに転じようとした。
そこを元信が見逃さなかった。

「せいっ!!!」

元信が常勝の胸目がけて、槍を前へと突きだした。
だが、いつもより少し動作が遅れた。

「っ!」

常勝は反射的に仰け反り、間一髪のところでかわす。

(外したか…!)

自信のあった突きを敵のまさかの反応で躱され、元信は動揺した。
その隙に常勝はひとまず元信から離れ、少し距離を置いた。

今川の為に戦う元信と自身の欲の為に戦う常勝。
対照的な二人の将が、この戦場で相対した。
しかし二人の戦いとは別に、全体の戦況は大きく変わりつつあった。
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