23 / 54
第2章:記憶の錯綜編
第23話:交錯する違和感
しおりを挟む◆打ち上げの翌朝◆
眩しさで目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光が、シュンのまぶたをゆっくりと照らしていた。
身体はだるさを引きずっていたが、それ以上に心の奥にざわついた感覚が残っていた。
“現実”だったのか、“脚本”だったのか──昨夜の出来事がどこか他人事のようにも思える。
目覚めと共に押し寄せる不確かさに、シュンは胸の奥がそっと揺れるのを感じていた。
昨夜の記憶が、ぼんやりと脳裏に浮かぶ。
拍手、カーテンコール、打ち上げのざわめき。
そして──ユイの静かな笑顔。
寝ぼけたまま、机の上の台本に目をやった。
確かにあのセリフは、昨日の朝まではなかった。
でも今は、きちんと印刷された文字として、そこにある。
(夢じゃなかったんだよな)
(でも、なぜ印字される?……元々あったのか?俺の記憶が曖昧なのか?)
そんな疑問を抱きながら、手に取ったネックレスが、ひやりと冷たい。
昨日も、それをポケットに忍ばせていた。
本番のとき、ユイの声を聞いた瞬間、なぜか胸の奥に“何か”が灯った気がする。
(あの言葉……どこかで聞いたことがある)
だが、どこでかは思い出せない。
◆記憶の“上書き”とZIXIの同期◆
朝のコーヒーを淹れながら、スマホを開いた。ZIXIの画面に通知が浮かぶ。
《昨日の記録に基づく台詞一致率:100%》
これは、舞台上で発した台詞とZIXI内に記録された記憶ログとの“完全一致”を示していた。
セリフの正確な再現性をZIXIが確認したという意味だ。
「またそれか……」
タップすると、舞台本番のログが自動再生された。昨夜、自分が言ったはずの台詞。だが──
(……違う)
声の間、語尾のトーン、そして息の吸い方。どれも自分“らしい”のに、何かが違う。
「これは……本当に“俺”か?」
録音には、自分の声が残っていた。だがそれは、あまりにも“自然すぎる”再現だった。まるで、AIが自分の声色と口調を模倣して再構成したような――。
──逆デジャブってイメージが近いだろうか。
既視感が向こうからやってくるような。
(誰かが俺の記憶を“作ってる”……?)
恐怖ではなかった。
ただ、妙に冷静な違和感だけが、心にひっかかっていた。
◆稽古最終日のズレ◆
昼前、TINEにユイからメッセージが届いた。
《昨日の稽古、すごく集中してましたね。やっぱり来栖さんとの芝居はやりやすいです》
(昨日の……稽古?)
シュンは固まった。
昨日は本番初日だった。
稽古はその前日で終わっている。
返信しようとして、指が止まる。
《……昨日って、稽古してたっけ?》
少しの間をおいて、ユイから返信が返ってきた。
《……あれ? 私、変なこと言いました? なんか、夢と混ざってるのかも》
夢。
シュンはその言葉に引っかかる。
昨日の本番も、今朝の記録も、全部“夢”のような感触だった。
(まさか、俺たちの記憶ごと――)
ZIXIが何かを操作している?あるいは、ユイの言動そのものが──
(いや、考えすぎだ……)
でも、自分だけが違和感を覚えているわけではない。
ユイも、何かに気づいている。
または何かを知っているのか。
そのとき、不意にZIXIから新たな通知が届いた。
《補足ログ提案:該当音声に関連する外部記憶が検出されました》
(外部記憶?)
ZIXIはただの記録アプリではなく、記憶の“再構成”に関わっているのではないか?
シュンは画面をタップしそうになり、そしてためらった。
「……もしこれが、俺の“本当じゃない”記憶だったら?」
そう思う自分が、すでにZIXIに支配されかけているようで、恐ろしくなった。
◆カフェでの会話◆
その日の夕方、演出家から呼び出され、近くのカフェで会うことになった。
「セナくん、ちょっと聞きたくてね」
演出家はコーヒーを一口飲んでから、言った。
「あのセリフ、君……稽古のときから考えてたの?」
「……え?」
「“君が、ここに来てくれるって”ってやつ。あれ、妙に芝居の流れと合ってたからさ」
シュンは一瞬、言葉に詰まった。
「……すみません。俺、自分でもわからないんです。口が勝手に動いたというか……」
「ふうん……いや、悪いって意味じゃないよ。逆に、なんだか“運命”みたいなものを感じた」
演出家はそう言って、笑った。
「運命?……あとで冷静になって考えてみたら、あのセリフは一種のアドリブなんじゃないかって」
「あれがアドリブ?……ま、芝居って、そういう瞬間が一番面白いんだけどね」
だが、シュンの心には、別の“脚本”の存在が、静かに芽吹いていた。
「……俺たち、いつの間にか“誰かの演出”の中にいるのかもしれません」
演出家はカップを置きながら、わずかに眉を寄せた。
「その言葉……何だか、妙に腑に落ちるな。まるで、台本にも書かれていたみたいだ」
その言葉は、冗談のようでいて、自分の中では確かな実感だった。
演出家は一瞬だけ不思議そうな顔をして、そしてまた笑った。
「そのセリフ、次の芝居で使えるかもな」
◆誰が“演出”しているのか◆
帰宅後、再びZIXIを開いた。
《ログ更新中:関連記録を検索しています》
そのメッセージが浮かんだ瞬間、画面が暗転。
そして、数秒後に一つのログが表示された。
《2007年5月1日 未公開ログ》
(……再会から数日後の記録?)
音声再生ボタンに手をかけかけて──止めた。
今は聞くべきじゃない。
そのとき、背後でスマホが震えた。
TINEの通知。
ユイ《来栖さん……少し、話せますか?》
──画面の隅には、薄く表示された文字が浮かんでいた。
《Access Key: I.A.》
(……アクセスキー? 誰の……?)
──それはまるで、“誰か”が、次のページを開こうとしているようなタイミングだった。
けれど、画面を閉じるその指が、ふと止まった。
再生ボタンのすぐそば、ひとつだけ追加された情報欄に目が留まる。
《関連ID:A.IHITO》
(アマヤ……? いや、でも、なんでこのタイミングで……)
胸の奥が、じわりと熱を帯びていく。
知っているはずのない名。
聞いたことのあるような、でもどこか遠い記憶。
画面を閉じる直前、ふと浮かんだ。
(もし、あのセリフも——あの台詞すら、誰かの“想い”だったとしたら?……例えば、今井ハヤト、いや“アマヤ”と呼ばれた誰かの──)
そんな仮説が、まるで既に用意されていた結論のように、心にすとんと落ちた。
(第24話へつづく)
0
あなたにおすすめの小説
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
傷痕~想い出に変わるまで~
櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。
私たちは確かに愛し合っていたはずなのに
いつの頃からか
視線の先にあるものが違い始めた。
だからさよなら。
私の愛した人。
今もまだ私は
あなたと過ごした幸せだった日々と
あなたを傷付け裏切られた日の
悲しみの狭間でさまよっている。
篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。
勝山 光との
5年間の結婚生活に終止符を打って5年。
同じくバツイチ独身の同期
門倉 凌平 32歳。
3年間の結婚生活に終止符を打って3年。
なぜ離婚したのか。
あの時どうすれば離婚を回避できたのか。
『禊』と称して
後悔と反省を繰り返す二人に
本当の幸せは訪れるのか?
~その傷痕が癒える頃には
すべてが想い出に変わっているだろう~
オネエな幼馴染と男嫌いな私
麻竹
恋愛
男嫌いな侯爵家の御令嬢にはオネエの幼馴染がいました。しかし実は侯爵令嬢が男嫌いになったのは、この幼馴染のせいでした。物心つく頃から一緒にいた幼馴染は事ある毎に侯爵令嬢に嫌がらせをしてきます。その悪戯も洒落にならないような悪戯ばかりで毎日命がけ。そのせいで男嫌いになってしまった侯爵令嬢。「あいつのせいで男が苦手になったのに、なんであいつはオカマになってるのよ!!」と大人になって、あっさりオカマになってしまった幼馴染に憤慨する侯爵令嬢。そんな侯爵令嬢に今日も幼馴染はちょっかいをかけに来るのでした。
お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛
ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。
社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。
玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。
そんな二人が恋に落ちる。
廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・
あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。
そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。
二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。
祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる